創幻科技のバーチャルアイドル、Kiraによるライブパフォーマンス すべての画像提供:創幻科技
創幻科技のバーチャルアイドル、Kiraによるライブパフォーマンス 画像提供:創幻科技
  • 中国VTuber、登録人数はすでに1万人超え
  • バーチャルアイドルのすそ野を広げる中国スタートアップ
  • バーチャルアイドルに魂を吹き込む“中の人”、どう育成?

拡大を続ける中国のバーチャルアイドル事情。前編では、中国バーチャルアイドル産業の萌芽と、IP産業との連携について紹介した。巨大な産業と既存技術を持つ企業が従来から保有するコンテンツの強化を図っている一方で、新進気鋭のテクノロジー企業やフリーランスで活動を続けるVTuberなど、バーチャルアイドルに関わるプレーヤーは無数に存在する。後編では彼らに主眼を置き、中国バーチャルアイドルの今を紹介する。

中国VTuber、登録人数はすでに1万人超え

動画配信サービスで情報発信するYouTuberから派生して、モーションキャプチャーを活用したCGキャラクターによる配信を行うのがバーチャルYouTuber、すなわちVTuberだ。2020年1月、YouTubeなどを主な活躍の場とする日本国内のVTuberの総数は1万人を突破し、現在も増加を続けている。そして日本同様、中国でも存在感を増すVTuberだが、その活動の在り方は日本とは大きく異なる。

まず日中では主要なデジタルプラットフォームが違っている。中国のVTuberは主に「BiliBili」などの中国発の動画プラットフォームで、「虛擬主播(Virtual Uploader、以下VUP)」として活動している。

「腾讯网(Tencent News)」などの各種報道によると、2021年現在も定期的にBiliBiliで活動が確認されるVUPは約4000人。登録人数だけなら、すでに日本に迫る1万人となっている。BiliBili以外にも「優酷(Youku)」などさまざまな動画視聴プラットフォームが存在する中国では、プラットフォームをまたいでの活動も確認されている。中国VUPを総合的に分析する企業も出現するなど、日本のVTuberとは別の生態系を生み出しつつある。

リアルタイムでの視聴状況や人気状況をまとめるvtbs.moeのサイト(スクリーンショット)
VTuberの視聴状況や人気状況をまとめるvtbs.moeのサイト(スクリーンショット)

匿名で取材に応じてくれたある中国VUPが、バーチャルアバターを使わない生身の動画配信者からVUPへ転身した経緯と、運営状況について語ってくれた。

もともと実況をはじめ、各種動画をアップしていたその人物は、2020年からVUPとしての活動を開始。自身のアバター作成や機材の購入などで2万元(約34万円)ほどの初期投資が必要となった。現在の収入を見ると1カ月約60時間の実況放送で収入は約2万元、プラットフォームとの契約内容によるが、おおよそ売り上げの半分ほどが自身の収益となるという。視聴者からのおひねりをはじめとする収益確保は決して簡単ではないが、生身での動画コンテンツと比較すると自身のトーク力や対応力で競争ができるのが、魅力だと語る。

バーチャルアイドルのすそ野を広げる中国スタートアップ

では、VUPはどのように“アイドル”として成長していくのか。自社IPのバーチャルアイドル育成を進める企業への取材を通して、中国におけるバーチャルアイドルの生態系について学んでいこう。

広州市に本社と開発拠点を設ける広州創幻数碼科技有限公司(Dreamland Maker Technology、以下創幻科技)はAR・VR技術を活用して、バーチャルアイドルサービスを提供する企業だ。創業者で代表を務める陳堅氏が2015年にこの会社を設立するに至ったのは青春時代の思い出からだという。

「中国のサブカルチャーは上海が最大の市場で、多くの企業も上海市内に拠点を構えています。しかしこの広州市は1998年、中国で最初のアニメ漫画フェスティバルが行われた地域です。私自身はもともと建築学を学んでおり、この会社を立ち上げるまでは、建築デザイン業界に携わっていました。もともと中国のARやVRといった編集技術は建築業界に早く取り入れられており、2015年にバーチャルアイドル技術の開発企業を立ち上げたのも、その下地があったからです」(陳氏)

取材に応じる創幻科技代表の陳堅氏
取材に応じる創幻科技代表の陳堅氏

当時はまだまだ中国でもバーチャルアイドル自体の認知度が低かった頃。それから6年がたち、会社の状況も大きく変わってきた。

「設立当初は20人ほどのチームで、IPキャラクターを生み出すための動画や映像のシステムをIP保有元へ開発・販売する、BtoB業務が中心でした。19年からこの状況は大きく変わります。日本で(バーチャルアイドルの)キズナアイが認知を得たことで、中国でも(個人の)VUPが増加していきました。この流れを機に、VUP向けのBtoCビジネスを開始することになったのです。現在はBtoBの開発で培った技術力と、VUP向けのBtoCビジネスを通じて蓄積したマーケティング戦略をもとに、自社のバーチャルアイドルのプロモーションを行っています」(陳氏)

高利益とされる企業案件のみならず、コンシューマー市場を開拓する創幻科技。コンシューマー市場の成長はどこまで望めるのだろうか。

「ご存じの通り、中国のバーチャルアイドルはBiliBiliが主な活動プラットフォームです。私たちの市場予測と業界動向を加味すると、2021年の1年間でVUPの数は400%の成長をすると推定できます。またバーチャルアイドルに必要なのは、モーションキャプチャーなどの基礎技術だけはありません。19年に(100点満点で)80点の評価だった作品が21年には60点ほどの評価に下がるほど、技術は日進月歩で進化しています。高品質なバーチャルアイドルが世に出ていくには、色合いやライブ会場の細やかな設計など、求められる要素が多々あります。VUPがファン層を拡大していくにつれて設備投資も必要となっていくので、個々のシステム単価も上昇し続けています」(陳氏)

専用の撮影スタジオをフリーランスのVUPにも提供する創幻科技。取材当日は中国のこどもの日「国際児童節」に向けての撮影準備が進んでいた
専用の撮影スタジオをフリーランスのVUPにも提供する創幻科技。取材当日は中国のこどもの日「国際児童節」に向けての撮影準備が進んでいた

「私たちがコンシューマー市場の拡大に確信を抱いているのは、社員の中にも現役を含むVUPがいるからです。いわば市場に最も近い位置から、VUPへの最適なツールを提供しています。企業や自治体でもバーチャルアイドルの導入が進んでいますが、この領域は広告業界のマーケティングがもっとも重要な要素となっていて、サブカルチャーの愛好家たちが求める要素とは異なってきます。誰もが夢見るキャラクターになれる時代、その時代を作るのが今の目標です」(陳氏)

バーチャルアイドルに魂を吹き込む“中の人”、どう育成?

積み重ねた土台の上に、ビジネス領域を拡大する創幻科技。同社のアイドルIPそのものも新しい進化を続けている。

「中国結び」と呼ばれる伝統の組みひも工芸を衣装に取り入れたキズナアイ
「中国結び」と呼ばれる伝統の組みひも工芸を衣装に取り入れたキズナアイ

「私たち自身はもともとキズナアイの中国国内での版権の管理や運用もおこなっています。中国でキズナアイが受け入れられるように、中国文化の意匠や中国語音声でキズナアイコンテンツを広めてきたのが、自社のアイドルIP事業の先駆けといえます」(陳氏)

「自社で新しいアイドルを生み出すにあたって必要になるのは、キャラクターイメージすべてにかかわることです。外見、性格といった要素はもちろん、家族など、設定は多岐にわたります。これに加えて重要になってくるのが『中の人』、いわばキャラクターの動作を作る人物です」(陳氏)

VUPが増えつつある中国では、中の人に相当する人材は一見、非常に多くいるように見える。

「声の印象やダンスの才能といった点が重要に見えますが、一番重要になってくるのはライブパフォーマンス時に観客たちと一体感を演出できるコミュニケーション能力です。フリーランスのVUPやダンサー、歌手など、多くの人材は面接と研修を経ることで、ようやくバーチャルアイドルに魂を吹き込める中の人になれるのです」(陳氏)

日本で生まれたバーチャルアイドル文化。中国で育まれた試みは故郷である日本へも還流するだろうか。

「私たちは中国の大学や学校で定期的にVUPになるための講座や、モーションキャプチャー、画像編集のワークショップを開催しています。人材発掘という意味合いもありますが、文化としてバーチャルアイドルを根付かせることも必要です。我々も動画編集ソフトの無料版を配布しており、中国語、英語に加えて日本語版も用意しています。日本からIPが来るのを待っているだけではなく、中国のバーチャルアイドルが日本で受け入れられる時代を創り上げるのが今から楽しみです」(陳氏)