
- ユーザーの半数は12カ月後も継続的に利用
- 在庫精度やピックアップ効率の向上においても成果、「toB向けのPMF」に近づく
- 他国から遅れる日本の食品・日用品EC化率、小売企業のキャパシティ拡大がカギ
- Stailerの展開加速へM&Aなども視野に
生鮮食品や日用品をオンラインで購入できる体験を当たり前にする──そんな目標の実現に向け、スーパーやドラッグストアなど小売チェーンのEC立ち上げを包括的に支援する10Xが事業を拡大中だ。
同社は2020年から展開する「Stailer(ステイラー)」を通じて、イトーヨーカ堂やフレスタ、ライフコーポレーション(以下、ライフ)といった小売企業のネットスーパーアプリの立ち上げをサポートしてきた。
2021年3月には業種を広げ、ドラッグストアの薬王堂と共同で商品をスマートフォンから注文し、店頭または店舗駐車場で車上受取できるアプリ「P!ck and(ピックアンド)」を開発。4店舗を対象にスタートしたこの取り組みは、3カ月で325店舗にまで広がっている。
10Xでは今後2年間でStailerでの流通総額を10倍以上に広げることを目指す方針。組織体制を強化した上でプロダクトの機能拡充を進めるほか、他社のM&Aなども視野に入れる。
そのための資金として同社は7月28日、既存投資家のDCM VenturesとANRIを引受先とする第三者割当増資により約15億円を調達したことを明らかにした。
ユーザーの半数は12カ月後も継続的に利用
Stailerは多店舗展開している小売チェーンのデジタル化を支援するプロダクトだ。消費者向けのモバイルアプリだけでなく、店舗の担当者が使うピックパック(商品のピッキングとパッキング)や在庫管理システム、配送業者向けのシステムなどを自社でまるっと提供している。

たとえばスーパーの場合はSKUが多いことに加え、生鮮食品を扱っていることなどから他業界と比べてもECの立ち上げ難易度が高い。10X代表取締役の矢本真丈氏によると「ネットスーパーをやりたいのにそのための手段がない状態で、バーニングニーズ(今すぐにでも解決したい大きなニーズ)になっている」という。
従来であれば複数のシステムベンダーが関与し、複雑な構造になりがちだった部分をStailerでは一気通貫で全面的にサポートしている点が特徴。それによって小売事業者がネットスーパーやECを始める際の障壁を下げているのがポイントで、初期費用をなくし、月額利用料と売上に連動した従量課金制を採用しているのも同様の理由からだ。
イトーヨーカ堂とのネットスーパーアプリを2020年5月にローンチしたのを皮切りに、10Xは合計4社と消費者向けのアプリを運営してきた。矢本氏の話では数カ月〜約1年の月日が経過する中で、特に「リテンション(継続率)とARPU(平均購入額)」において大きな成果が見えてきているという。

具体的にはStailerを通じて提供するネットスーパーアプリの利用者の翌月継続率が約70%、12カ月後でも50%を維持している状況だ。1カ月の平均購入額も約2万円の数字を保ち続けている。
「(他の分野などと比べても)バスケットのカゴ単価が高く、月の利用頻度も2回〜3回ほどと高い。リテンションの数値も含めて、自信を持ってエンドユーザーに提供できるものが作れてきています」(矢本氏)
イトーヨーカ堂やライフについては以前からウェブ版のネットスーパーを自前で展開しているが、ウェブとアプリでは利用用途やユーザー属性が大きく異なることもわかってきた。
一例を挙げるとウェブ版は圧倒的にPCでの利用が多く、購入頻度が少ない代わりに1回当たりの購入量が多い傾向にある。米や1ダースの飲料、トイレットペーパーなどがなくなったタイミングが典型的な利用シーンだ。
一方のアプリは利用頻度が高く生鮮食品の購入など日常使いが多い。主な利用者層も30〜40代が中心でウェブ版に比べると年齢層が若いといった違いがある。特に生鮮食品は粗利率が高く、スーパーとしては積極的に販売したい商材。そういった点も含めてパートナー企業からの評価も高いという。

在庫精度やピックアップ効率の向上においても成果、「toB向けのPMF」に近づく
Stailerを用いることで、在庫管理の精度向上やスタッフの業務効率化といった運用上のメリットを享受できる点も同サービスが小売企業から注目を集める理由の1つだ。
実際にとあるパートナー企業との実証実験では、従来のシステムからStailerに切り替えることでネットスーパー上で扱える在庫の幅が130%ほど拡大したという。
「実はお店には1.3〜1.4万点の商品があるのに、ネットスーパーではそのうちの7000〜8000点しか掲載できていないことも珍しくないんです。その理由は在庫を推測する能力がなかったから。Stailerでは内部のシステムと繋ぎこむことで発注データやPOSデータなどを統合し、独自のアルゴリズムで在庫を推測します。その精度が上がることで、スーパーは人手をかけずにお店が持つ本来のポテンシャルを発揮できるようになります」(矢本氏)
これは商品のピックパックにおいても同様だ。既存のオペレーションとStailerを使った際の時間をストップウォッチで計測したところ、後者の方が作業時間が15%ほど削減されたほか、ミスの削減にもつながった。
従来のオペレーションは紙を用いて手作業で進めていたため、どうしてもミスが発生してしまい、それが他の作業を止めてしまう原因にもなっていた。これに対してStailerでは検品作業をスマホアプリで完結する仕組みを構築。「商品コードをスマホで読み込み、正しい商品か判定しなければ次の工程に進めない」といったように、確認や検査を機械に預けるようにしたことが、具体的な成果にも現れたかたちだ。


現時点で店舗向けのシステムも含めて提供しているのは薬王堂のみだが(他の3社はモバイルアプリの部分のみを導入)、既存のパートナーの中には裏側のシステムもStailerに変えようと話が進んでいるところもあるそう。またStailerは大手小売企業など約90社から引き合いがあり、これらの企業からは店舗向けのシステムについても強く興味を示されているという。
「最初は(アプリを作ることによる)顧客接点の拡大に対する期待値が大きかったのですが、信頼関係が深まるに連れてより基幹システムに近い部分を任せてもらえるようになってきました。そういった意味でもtoB向けのPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を確信しつつあります」(矢本氏)
現在も複数社との間でアプリ提供に向けた準備や導入の検討が進んでおり、来年の前半にかけてパートナーの数が数倍に拡大する見込み。「在庫管理やピックパック、配送なども含めてサプライチェーン周りの機能をしっかりと実装したプロダクトが、十数個出ていくことになる計画」だという。

他国から遅れる日本の食品・日用品EC化率、小売企業のキャパシティ拡大がカギ
新型コロナウイルスの影響もあり、この1年だけでも世界中で食品・日用品ECの市場が大きく成長した。
ただアメリカやイギリス、中国といった国々に比べると日本のこの領域のEC化率は低く、成長スピードにおいても遅れをとっているため、その差が開いてきている状態だ。

そのような市場環境に加えて、消費者が当たり前にネットスーパーのような体験を利用できるかどうかという観点も踏まえて「日本は10年分くらい遅れている」と矢本氏は話す。
「『そもそもネットスーパーにアクセスできるお客さんがほとんどいない』ということに1番強い課題を感じています。都心に住んでいるとそんなことはないと思われるかもしれませんが、少しエリアを移動すれば配送範囲外に当たる人も多い。日本地図で言えば3割程度しか埋められていないのではないかという感覚があり、現状ネットスーパーはマス向けには提供されていないサービスだと捉えています」(矢本氏)
この状況を変えていく上で重要になるのが「小売企業側のキャパシティ(供給量)の上限を広げていくこと」だ。実際に日本では緊急事態宣言下において消費者のニーズに供給が追いつかず、企業にとっては機会損失が発生している状態も続いていた。
「一度利用してもらうというハードルさえ乗り越えられれば、緊急事態宣言など関係なく継続的に使ってもらえるというのが見えてきました。企業はそのチャンスがあるのに逃してしまっている状況です。キャパシティがないという問題を解かない限り、EC化率は上がっていきません」(矢本氏)
Stailerの展開加速へM&Aなども視野に
キャパシティを広げるためには、まさにStailerがやってきたような在庫管理やピックパック、配送などにまつわる課題を1つずつ解決していく必要がある。こうした体制が整備されなければ、そもそも既存の店舗をネットスーパーに対応させることもできない。
中でもピックパックと配送が重要で、地域によってやり方は異なるものの「ピックパックと配送がボトルネックにならないように工夫している国が伸びている」というのが矢本氏の見解だ。
たとえばアメリカではギグワーカーの台頭が大きい。急成長を続ける「Instacart(インスタカート)」はその典型例であり、ピックパックや配送をギグワーカーが担うことで物流面のボトルネックを解消した。そこに小売企業のDXに対する積極的な取り組みなども合わさって、EC化率が高まっているという。
イギリスの場合には小売企業がピックパックから配送までをカバーする機関(マイクロ・フルフィルメント・センター)を自前で設ける動きが主流で、アメリカとは異なるアプローチからオンライン化に対応している。
必ずしも同じような手段を採るわけではないが、10Xとしても今後プロダクトの機能拡張や組織拡大を通じて、小売チェーンのEC立ち上げを後押しするための取り組みを進めていく方針。今回の資金調達もその動きを加速させることが大きな目的だ。
Stailerに関しては、より多くのパートナーがECに挑戦しやすくなるように機能開発を続ける計画。たとえば在庫データやピックパックの仕組みも含めてすべてゼロからベンダーに依頼するとなると、数十億円規模の資金が必要になる可能性もある。そこまでの予算を確保するのが難しい企業でも安心して使えるプラットフォームを目指す。
また特に物流面などは人の力が必要になる工程も多く、ソフトウェアを提供するだけではサポートが足りない場面もあるという。今後はより深く顧客を支援するべく、場合によっては10X自体が人を抱えたり、物流機能を抱えたりするなど“フィジカル”な領域への投資も進める方針だ。
こうした取り組みに向けて「会社を丸ごと3倍くらいのサイズまで広げていく」(矢本氏)ほか、シナジーの高い企業やプロダクト開発に強みのある企業への出資・M&Aなども積極的に検討していくという。