Photo:Thithawat_s/gettyimages
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「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」とともに目にする機会が増えたキーワード「ESG」。最近ではメディアで目にするだけでなく、スタートアップやベンチャーキャピタル関係者の間でも「ESG投資」というキーワードで聞くようになったのではないだろうか。

デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部長/DGインキュベーション Managing Director/D2 Garage 取締役であり、ESG分野への投資に特化したファンド「Open Network Lab・ESG1号 “Earthshotファンド”」を担当する松田信之氏に解説してもらう。

──あらためて「ESG」という言葉について教えて下さい。

ESGとは、「Environment=環境」「Society=社会」「Governance=ガバナンス」の頭文字をとった言葉で、企業がその価値を高めるために考慮すべきことを指し示します。「環境」は気候変動を中心とする地球全体の環境問題について。「社会」は不平等の排除や従業員の健康と安全といった職場環境の向上や地域貢献について。「ガバナンス」は企業の法令遵守や経営の透明性といった企業統治についての内容です。

ESGの考え方そのものは、1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミットで採択された「Agenda 21」にさかのぼります。その後、日本でも「CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)」といった言葉で、利益一辺倒ではなく社会への貢献に企業が目を向ける活動が啓蒙されてきたことは記憶に新しいのではないでしょうか。

しかし近年、特に金融業界で盛んに取り上げられるようになったESGは、これまでのものと背景に大きな違いがあります。そのルーツは、2006年に当時のコフィ・アナン国連事務総長が主要国の金融機関や法務関係者との議論を経て提唱したPRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)です。

このイニシアチブは金融業界への提言であり、投資ポートフォリオのパフォーマンスへの影響に言及しています。誤解を恐れずに言うと、「ESGを考慮した投資はパフォーマンスが高いので、私たちはESGを考慮した投資を行います」という金融機関による宣言なのです。

この宣言は非常に画期的でした。巨額の資金を運用する機関投資家というのはつまり年金基金や保険会社であり、一般人の資金を預かって運用しています。そのため、世界中の機関投資家は法的に受託者責任──つまり資金を預けている人の利益を第一に考える義務を負っており、投資パフォーマンスが下がる投資判断をすることができません。

PRIの策定にあたって、ESGと受託者責任の関係が各国の法律事務所により分析され、投資の意思決定にESGを考慮することは、受託者責任に違反しないことが整理されたのです。ここから、多くの機関投資家がパフォーマンスを上げる投資活動の一環としてESGを考慮するようになりました。

──ESG投資は世界でどれほどのペースで拡大しているのでしょうか。今注目を集めている理由と今後の見通しについて教えて下さい。

ESG関連投資は急拡大しています。ブルームバーグ・インテリジェンスによると、ESG運用資産残高は2016年の22.8兆ドル(約2495兆円)から、2018年には30.6兆ドル(約3348兆円)に増加しています。さらに、2025年までに53兆ドル(約5800兆円)に達し、全世界の合計運用資産残高の3分の1以上を占めると予想されています。

ESG投資が盛り上がる要因は大きく3つあります。1つは、世界経済がESGの失策を経営リスクとして真剣にとらえているからです。World Economic Forumが毎年発表している「グローバルリスク報告書 2021年版」でも、最も発生確率が高く最も影響が大きいリスクとして、「気候変動への対応の失敗」と「感染症の拡大」が挙げられています。今、世界中でCOVID-19が大きな影響を及ぼしていますが、気候変動に対してもそれと同じくらいの危機感を持っている、ということです。報告書の評価には経済、地政学といった項目も入っていますが、リスクとして重視されているのは、環境、社会、テクノロジーなのです。

次に、これはいろいろな研究があり断定的には言えないのですが、ESG投資は投資効果がポジティブであることです。もう1つは、先ほどのPRIです。2021年7月現在、世界で4171の投資家がPRIに署名していますが、PRIの第6文には「私たちは、本原則の実施に向けた活動や進捗状況をそれぞれ報告します。」とあります。つまり、4171の投資家にESG投資に関する年次報告が義務付けられているのです。こうしたPRIの運用方法も、ESG投資の拡大に影響していると言ってもよいのではないでしょうか。

──ESGと聞くと、社会(Society)や企業統治(Governance)に対する投資と比較して、環境(Environment)に対する投資を連想する人が多いと考えます。実際、どのような企業や事業がいわゆるESG投資で資金を集めているのでしょうか。

誤解されがちなのですが、ESG投資とは、必ずしも「ESGのどれかの分野に当てはまる事業に対する投資」を指すのではありません。外から企業を見たときに一番分かりやすいのがサービスや商品なので、ESG投資に直結するサービスや商品に環境関連が多いということだと思います。

しかし、グローバルのESG投資で最も多い投資手法はネガティブ・スクリーニングです。これは、ギャンブルやポルノなどESGに反する企業を投資対象から外すスクリーニングです。近年では、財務情報にESGに関する非財務情報を加味して投資判断を行う手法も多く採用されています。

ESG投資に関しては、「特定分野のサービスや事業が資金を集めやすい」というより、「ESGに反した企業活動をしていると経営リスクが高いとみなされ、投資家の投資対象から外れてしまう。結果として資金調達の機会を失ってしまう」ということだと考えた方がよいかもしれません。

──スタートアップやVCがESGに目を向けるべき理由はありますか。

VCがファンドを立ち上げるときに、大きな規模になると、機関投資家がLPの候補になります。機関投資家はPRIに署名していますから、ESG投資をすることはVCにとって、ファンドの資金が調達しやすくなるということです。こうして資金を調達したファンドは、当然ESGを考慮した投資を行うため、スタートアップにとってもESGを考慮した経営を行うことで、資金調達の機会を増やせるのです。

ESGを考慮した経営は、外部環境はもとより、従業員の勤労意欲やきちっとした企業統治により経営リスクが減ります。それは当然ながら事業成長にプラスになりますから、投資家から好感を持たれます。このため、ESGの考えを持つことはもはや起業家や投資家として当たり前と言えるのではないでしょうか。

──ESGとともによく聞く言葉としてSDGsがあります。その違いは何なのでしょうか。

SDGsは日本語で表現すると、「持続可能な開発目標」となります。SDGsの特徴は、その名の通り目標であることです。人類が持続可能な形で発展するために、2030年までに達成する目標です。言い換えると、2030年の人類のあるべき姿を定めたものです。一方で、ESGは企業が会社の発展のために考慮すべき項目であり、それに言及したPRIは金融機関における投資の指針です。ESGとSDGsはめざす方向性は共通していますが、ESGはビジネス視点であり、SDGsとは異なります。

──ESG投資は通常の投資とどのように違うのでしょうか。

ESG投資の投資手法は、ESGを経営リスクへの対応と捉え、そうした対応をしている企業に投資を行うもので、通常の投資に排除基準を追加する方法(ネガティブ・スクリーニング)や、社会・環境に良い影響を与える技術やサービスを提供する企業に絞る方法(インパクト投資)、株主として投資先にアクティブに働きかける手法など、さまざまな考え方があります。

その中でも最も先端的な投資がインパクト投資です。これはIFCが定めた「インパクト投資の運用原則」にあるように、投資ポートフォリオが定量的なインパクト目標を達成することをきちんとモニタリングし、その達成に向けて的確なアクションをとることまで視野に入れた投資です。インパクト投資ではESG投資の中でも非常に高い目標を掲げ、その達成にコミットメントします。まだESG投資全体の2%程度を占める規模ですが、今後はインパクト投資のシェアが拡大し、ESG投資の主流となることが期待されています。

──ESG投資には、グリーン・ウォッシュ(企業や企業の商品・サービスなどが、あたかも環境に配慮しているかのように見せる行為のこと)の発生、短期的なリターンが少ない傾向にあるといったことも聞きます。ESG投資の課題とは一体どういうことでしょうか。

日本のESG投資における課題は、ESGを差し迫った経営課題として捉えるのではなく「企業の利益の一部を社会に還元する」といった旧来のCSR的な考え方がまだまだ多く残っていることでしょう。グローバルではESGは投資パフォーマンスを高めるものであり、経営リスクを下げて利益を増やすためにESGを考慮した経営を行うことが主流です。

また、最近はESGがブームのようになっていて、マーケティング効果を狙った見せかけだけのESGも問題です。これは消費者を欺くグリーン・ウォッシュのような問題を生みますが、投資家がESGについてきちんとデューデリジェンスをすることで、きちんとESGを経営に取り入れている企業に資金が届き、ESGに反する活動を行っている企業と扱いが変わってくることが重要だと思います。

株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部長

DGインキュベーション Managing Director/D2 Garage 取締役の松田信之氏
松田信之氏

デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部長

DGインキュベーション Managing Director

D2 Garage 取締役

松田信之

東京大学大学院在学中に学習塾向けコミュニケーションプラットフォームを提供するベンチャーを共同設立。卒業後、株式会社三菱総合研究所において、民間企業の新規事業戦略・新商品/サービス開発に係るコンサルティングに参画。スタンフォード大学への留学時にシリコンバレーのスタートアップエコシステムについて学び、現在は株式会社デジタルガレージにおいて、スタートアップ投資およびアクセラレータプログラムを軸とするスタートアップ支援に携わる。