
- 20億円調達し、国産木材を使用した住居を建設
- 異なるバックグラウンドの2人が「自然」でつながったワケ
- 都市型ホテルとは異なり、「生活を営む」がコンセプト
- セカンドホームを通じて「環境問題」を自分ゴトに
地方移住や多拠点生活、ホテル暮らし──コロナ禍を背景に、新たな生活スタイルへの関心が高まっている。リクルートキャリアとリクルート住まいカンパニーが実施した調査結果によれば、二拠点居住や都心以外の暮らしに対する関心はコロナ前(2018年11月)の14.0%に対して、コロナ禍(2020年7月)で27.4%になるなど倍増している。
そんな暮らしへのニーズが変化する中、新しい住み方を提案するサブスクリプション(定額制)サービスが誕生した。
そのサービスの名は「SANU 2nd Home(サヌ・セカンドホーム)」。文字どおり、都市部に生活拠点を持ちながらも「自然の中で生活を営むためのもう1つの家」を提供するためのサービスだ。
具体的には白樺湖(長野県)や八ヶ岳(山梨県)など東京から片道2時間程度の自然豊かな地域に建てられた、国産木材100%使用の環境に配慮した建物「SANU CABIN」を月額5万5000円(税込)で利用できる(利用日により1泊1部屋あたり5500円〜の宿泊費がかかる場合あり)。初期費用は無料。滞在する拠点は自由に選べるため、都内に自宅を持ちながらの「多拠点生活」が可能になる。

同サービスの運営元であるSANUを立ち上げたのは、「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」や「CITAN」、「K5」など多くの人気ホステル・ホテルを手掛けてきたBackpackers' Japan(バックパッカーズ・ジャパン)創業者・本間貴裕氏。そしてマッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に参画した経験を持つ福島弦氏の2人だ。
バックグランドが異なる2人がタッグを組み、なぜセカンドホームのサブスクリプションサービスを展開しているのか。その理由について話を聞いた。
20億円調達し、国産木材を使用した住居を建設
本間氏と福島氏が代表を務めるSANUが目指すのは、「人と自然が共にある社会の実現」だ。都市部の人口過密化や環境破壊が深刻化する中、事業を立ち上げた根底には「人と自然との距離を近づけたい」という思いがある。CEOの福島弦氏は次のように語る。
「自然との共生を考える上で、ペットボトルの利用を控えようとか、飛行機での移動をなるべく少なくしようとか、人間の活動を抑制・縮小しなければならない側面はあると思います。でも、アプローチはそれだけではありません。僕たちは、都市部に住む人を自然の中に連れ出して、その美しさや心地よさを体験してもらうことが重要だと考えています。自然との距離を縮め、親しんだ結果として『もっと大切にしよう』という意識も生まれてくるのではないか、と思っているんです」(福島氏)
SANUは山梨県や長野県など、都心から車で約2時間前後の距離にある自然豊かな地域に、滞在先となる家・SANU CABINを建設。ユーザーは別荘感覚で同所を訪れて休暇を楽しんだり、ワーケーションの場として活用したりできる。サステナブルな建築に強みを持つADXがSANU CABINの建築設計・施行を担当し、共同で開発した。

サービスインは秋ごろを予定。2021年度内に5拠点(40棟)、22年夏ごろまでに新たに5拠点がオープンし、合計10拠点(90棟)を展開する計画だという。会員は専用のスマートフォンアプリで好きな時間と場所を予約し、利用できる仕組みとなっている。
4月に先行申し込みを開始した初期会員の枠には多くの応募があり、会員数には上限が設けられているため抽選となった。
SANU CABINはなるべく自然を傷つけず、原状復帰も比較的短期間で可能な設計を採用。国産木材を使用することで、「建設過程でのCO2排出量は、従来工法に比べ30%減に抑制する」とSANUはうたっている。
立ち上げから約1年半で不動産への投資用に20億円の資金を調達。投資家からの期待も大きい。「多拠点生活ができる」というキーワードから、コロナ禍との関わりが注目されがちだが、ファウンダー兼ブランドディレクターの本間貴裕氏は「都市部の人々の『自然に触れたい』というニーズは、5~10年のスパンで顕在化してきた」とみる。
「都市化・工業化が急速に進んだ高度経済成長期は、みんなに『おらが町より東京のほうがいい』という憧れがあったと思うんです。でもそれが一段落して、気候変動などの環境問題も深刻化し、30代前後の僕たちの世代には『本当にこれでハッピーなのか』『生き方を変えたほうがいいんじゃないか』という実感が広がってきている。世界的な新型コロナの感染拡大が、その変化をさらに後押ししている状況です。そうしたトレンドと、僕らが事業を立ち上げたタイミングがぴったり合致したという感覚はあります」(本間氏)

異なるバックグラウンドの2人が「自然」でつながったワケ
そもそも、2人はこれまで全く別のキャリアを歩んできた。環境問題、ひいては人々のウェルビーイングに関わる領域に、なぜビジネスを通してインパクトを与えたいと考えるようになったのだろうか。福島氏の原体験のひとつは、マッキンゼー時代、ヨルダンで太陽光発電のためのインフラ建設事業に携わったことだという。
「自然エネルギーを基軸に、どんな街をつくっていくのか。これからの生活をどうしていきたいのか。さまざまなステークホルダーの人たちが集まって、街の課題について熱心に議論する様子に刺激を受けました。人々の心や考え方に訴えかけることで、社会が抱える課題にコミットできるような事業を自分で起こしてみたいと思うようになったのです。そのタイミングで、本間と出会えたのは大きかったですね」(福島氏)
一方の本間氏は、バックパッカーとして世界を巡った自身の経験を背景に2010年、Backpackers' Japanを起業。「あらゆる境界線を越えて人々が集える場所」を理念に掲げ、ホステルやホテルの開発・運営をしてきた。10年ほど「場づくり」を追求し続ける中で、「人と人」だけではなく「人と自然」をつなげることへの関心が強くなっていったと語る。
「僕は福島県の会津若松出身で、子どものころは山や水辺で遊んで暮らしていたんです。上京して数年間で、都会の生活がどこか味気なく感じられるようになり、オフは自然の中に出かけて過ごすことが増えていきました。自然との関係を深めていくセカンドホーム事業を思い立った背景には、個人的経験も大きかったです。さらに、これまで培ってきた『場づくり』のノウハウを、より広い社会・世界の課題解決に生かしていきたい、という思いも強まっていました」(本間氏)
事業経営のコンサルティング経験を生かし、ビジネスの仕組みづくりに強みを持つ福島氏と、独自の世界観に基づいた人の心をつかむプロダクトづくりに定評がある本間氏。「SANU 2nd Home」は、その相乗効果によって生み出されたものでもある。
都市型ホテルとは異なり、「生活を営む」がコンセプト
ユーザーの滞在先であり、サービスの体験価値の核を担う「SANU CABIN」には、本間氏ならではのこだわりが詰まっている。ラグジュアリーを追求する都市型ホテルと大きく異なるのが「自ら生活を営む」というコンセプトだ。
「贅沢なフルサービスが受けられるホテルもいいですけど、『生活を営む』ほうがおもしろい時代になっていると思うんです。例えば、地元の新鮮な野菜をシンプルにグリルして食べてみて、『野菜ってこんなにおいしかったんだ!』と発見する。消費すること以外でも『楽しさ』って生み出せるんだと思い出す。そういう体験を提供したいと思っています」(本間氏)
設計も無駄を極力省き、「料理を引き立てるまっさらな白い器」(本間氏)のようなミニマルデザインを目指した。
「シンプルに、使いやすく。解放感たっぷりの大きな窓から、借景としての自然を存分に楽しめる。ちょっとした仕掛けとして、それぞれのSANU CABINには必ず、花瓶とハサミが置いてあります。散歩に出かけて、何でもいいので草花を摘んで帰ってきて、生けてみてほしい。その土地の美しさを発見するきっかけにしてもらえたらと思います」(本間氏)

本間氏の考えた案は、「ビジネスとしての規模を拡大していく上でも利点になっている」と福島氏は指摘する。
「これまで『建築』というと、1棟ずつがすべて違うものとしてデザインされるものだと考えられてきました。その固定観念を捨てて、ミニマムな標準スペックだけ規定することで、それぞれの土地の魅力と掛け算していきやすい形をつくれた。これは、初期段階で事業に一定の規模感を持たせる上では非常に大きかった。いわば僕らは、Allbirdsが今の時代に適した靴をデザインしたように、今の時代に適した『家』をデザインしたわけです」(福島氏)
セカンドホームを通じて「環境問題」を自分ゴトに
サービスローンチへこぎつけるまでの過程では、米国の住宅需要などに起因する木材の供給不足「ウッドショック」にも見舞われた。建材50トンの調達先を確保するため、多くの生産者に自分たちのビジネスの必要性を訴えてまわった。その中で、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)時代に求められるブランドのあり方についても改めて考える機会になったと2人は語る。
「『社会をよくしていく』という信念を持ち続け、愚直に実践していけば、その価値はプロダクトを通じてユーザーにも伝わっていくはずです。例えば、ウッドショックの背景には、日本の林業が抱えてきた構造的問題がある。今すぐにそこまで知ろうとすることは難しくても、やがてはこうした状況を『自分たちの問題』として捉え、考えていくきっかけにもなるのではないでしょうか」(福島氏)

「モノが溢れる今の時代、どんなプロダクトであれ、その一つひとつの機能的な差異は、分かりづらくなっています。そういう中で問われるようになるのは『プロダクトを通して、どのような生き方を提案できるか』。みんな、近年の異常気象には危機感を抱いているけれど、地球環境に優しい選択一つひとつを、自ら学んで組み合わせていくのには時間がかかります。僕らのプロダクトを通して、『心地いいな』『自然が好きだな』と実感するところから始まる、新しい生き方があるのではないか。SANUは、そんな選択肢を提示できる存在でありたいと考えています」(本間氏)
SANUが実施した独自の調査によれば、首都圏在住の30代〜50代男女の約8割が「今後、自然との接点を増やしていきたい」と回答しているという。コロナ禍で変わった、人々のライフスタイル。都内に自宅を持ちながら、自然の中にもう1つの家を持つ暮らし方は今後定着していくのだろうか。