yup代表取締役社長の阪井優氏yup代表取締役社長の阪井優氏 Photo by Naoki Noguchi
  • フリーランスの報酬を“先払い”
  • スモールビジネス経営者の不安を払拭したい
  • 現代の資金ニーズに対応したファクタリングサービス
  • まだまだブルーオーシャン、市場規模は10兆円にまで成長か
  • 小さな組織で働くあらゆる人々をサポートしたい

フリーランスや個人事業主といった企業に縛られない働き方が注目を集めている。しかし、企業勤めを前提にしている日本では、彼らにとって不便な慣例も少なくない。そんなフリーランスの資金面での不安を解消するとして好評なのが、請求書を送るだけで報酬を“先払い”してくれる「yup(ヤップ)先払い」だ。このサービスを提供するyupの代表取締役社長である阪井優氏によれば、彼らが見据える市場規模は10兆円にものぼるという。(編集・ライター 野口直希)

フリーランスの報酬を“先払い”

 yup先払いは、翌月、あるいは翌々月に払われることが多いフリーランスの報酬を、すぐさま受け取ることができるサービス。事前に事業内容や免許証情報を登録しておけば、請求書をyupに送るだけで、最短1時間で審査が完了。早ければ翌日に、自分の口座に指定した金額がyupから“先払い”される。

 振り込み金額は請求書に記載されている金額以下なら自由に指定することができ、クライアントから報酬が支払われたタイミングで、yupに振り込み金額とサービス利用料を支払うことになる。サービス利用料は振り込み金額の10%で、登録料などのその他の利用料は一切かからない。また、yupへの返済が遅れるなどの特別な事情がない限りは、yupからクライアントに連絡が入ることはないため、周囲に知られることなくサービスを利用できる。

 9月末にベータ版を公開した直後から申し込みが殺到し、2019年末で200人以上のユーザーが総額1億円以上の先払いを依頼したという。11月には「クラウド会計ソフトfreee」と提携し、同サービスで作成した請求書をそのままyupに送付するだけで先払いを申請できるようになった。すでに、想定を超えた申請がある状態だという。

「yup先払い」のイメージ 提供:yup「yup先払い」の利用イメージ 提供:yup

スモールビジネス経営者の不安を払拭したい

 yupの創業は2019年2月。これまでにベンチャーキャピタルのインキュベイトファンドや、ヘイ代表取締役社長の佐藤裕介氏、コネヒト創業者の大湯俊介氏、スマートラウンド代表取締役社長の砂川大氏といった個人投資家から資金を調達している。

 代表取締役社長の阪井優氏は、NTTドコモで技術営業を経た後、キャッシュレス決済サービスを手がけるコイニーでの営業担当という経歴を持つ。そこで関わった人々の苦労する姿が、起業の原体験だったという。

「コイニーでやりとりした個人事業主や大学時代にバイトしていた工場などのスモールビジネス経営者を見ていると、順調に仕事を受注できている人でも資金繰りに苦労していることが多々ありました。仕事をこなしても、その報酬が振り込まれるのは翌月末、あるいは翌々月末。手元に資金がない期間が長いため、その間の生活資金や次の事業の準備を工面しづらいんです」(阪井氏)

 そんな時、アメリカで中小企業を対象にオンラインファイナンスサービスを手がける「FUNDBOX(ファンドボックス)」を知ったという。同様のサービスを日本で展開できないか。そう考えた中で生まれたのがyup先払いだ。

 筆者もフリーランスのライターとして生計を立てているが、その課題は、仕事の達成と報酬振り込み期間の「ギャップ」。周囲でもそこに悩まされているというケースは多い。結果としてフリーランスは、定期的に取引するクライアントがいなければ、毎月のキャッシュフローが大きくバラついてしまうのが実情だ。時間はかかるが報酬額が大きい大口案件を獲得したとしても、移動費などの作業経費も含めて1、2カ月後に振り込まれるため、それまでの生活費を工面しなければならない。

 特に辛いのが、フリーランスに転身した直後だ。最初の報酬が入ってくるまでの数カ月は手元に入ってくるお金がないため、独立時にはそれなりの資金を準備しなければならない。それが心配で、独立したりフリーランスになることを諦めている人も少なくないはずだ。yupの利用者は、そうした課題を持つライターやエンジニア、デザイナーなど、個人事業主やスモールチームのいわゆるクリエイティブ職が利用者の3割を占めるという。

「クリエイティブ職はもちろんですが、もっと多様な職種の方々にも利用していただければと思っています。例えば、地域の工務店やリフォーム業の方にとっては材料の仕入れのための資金繰りや、個人農家など数カ月にわたってお金が入ってこない時期がある業種の方など。先払いは、個人事業主やスモールビジネス経営者をいろんな面でサポートできると思っています」(阪井氏)

現代の資金ニーズに対応したファクタリングサービス

 yupやFUNDBOXは企業や個人事業主がキャッシュを手に入れるために行う資金調達手段の1つだが、これは「ファクタリング」と呼ばれ、銀行などからお金を借りる「融資」とは区別される。融資はお金を直接借りるが、ファクタリングでは売掛債権(商品やサービスを販売した際の代金を請求する権利)をファクタリング業者に売りつけることで、将来的に振り込まれるはずのお金を早めにキャッシュにすることを指す。

 近年アメリカやヨーロッパではファクタリングサービス市場が活性化しており、中でも注目を集めているのが、FUNDBOXなどのネット上でやりとりが完了するオンラインファクタリングサービスだ。日本でもスタートアップのOLTA(オルタ)の「OLTAクラウドファクタリング」やGMOクリエイターズネットワークの「FREENANCE(フリーナンス)」、マネーフォワードの「MF KESSAI アーリーペイメント」などファクタリングサービスが増えている。その背景にあるのは、「既存の融資サービスが時代の変化に追いついていないこと」だと阪井氏は考えている。

「既存の融資では、いまでも勤務先企業の社員人数や持ち家の有無など、終身雇用が当たり前とされていた頃の審査条件が重視されています。また、フリーランスへの報酬の振り込みに2カ月以上かかってしまう問題も、現行の企業体制や銀行側のAPIの都合ですぐに改善されることはないでしょう」(阪井氏)

まだまだブルーオーシャン、市場規模は10兆円にまで成長か

 続々サービスが立ち上がっているとはいえ、日本ではまだファクタリングサービスが普及しているとは言い難い。阪井氏によれば、すでに米国では中小企業やフリーランスが発行する請求書のうち、約15%でファクタリングが活用されているという。さらに、FUNDBOXのCEOであるエヤル・シナー氏は米オンラインメディア・TechCrunchの取材に対して、同社が狙うマーケットは3兆ドル以上になるはずだと語っている

 一方、日本でのファクタリング利用率はまだ5%未満。しかし、フリーランスや多様な働き方に対応した資金調達手段に対する需要の増大から、ファクタリングサービスの需要は今後も高まり続けると阪井氏は考えており、「中小企業やフリーランスの市場規模から考えて、利用率が10%程度にまで成長すれば、ファクタリングの市場規模は10兆円規模になるはず」と予想する。

 そんな中でyupが同業他社との差別化として重視するのは、煩雑な手続きの少なさと審査の早さだ。最短で60分、長くても90分程度の審査は、所属企業ではなくフリーランスやスモールビジネス経営者といった個人を重視した独自の与信ロジックをベースにすることで実現しているという。また、OLTAとはターゲット層が比較的近いが、両者を比較しているユーザーはあまり多くないそうだ。

「カードローンより素早くキャッシュを手に入れることができる上に、利用していることが周囲にバレない点を評価していただいています。意外なくらいに注文が殺到していて、現状はかなりのブルーオーシャンです。正直、自分でもここまで大きなニーズがあったことに驚いています」

「しかし、これは逆にいえば、まだファクタリング市場を認知している人が多くないということでもあります。同業の皆様と協力して、日本のファクタリング市場をより大きくしていきたいです」(阪井氏)

小さな組織で働くあらゆる人々をサポートしたい

 絶えることのない先払い依頼に対応するため、yupでは早急な資金調達を計画している。「これからの5年で、50億円くらい集めることができれば」という阪井氏の言葉からも、yupへの多大なニーズがうかがえる。

 また、サービス当初から審査の自動化を進めているが、今後は機械学習などを導入することでより審査のスピード・正確性を高めていく。現在業務に関わっているのは10人程度だが、マンパワーの増加ではなくプロダクトのアップデートによってサービスの規模を拡大する方針だ。

 また、将来的にはほかの面からもフリーランスやスモールビジネス経営者を支えるサービスの開始も見込んでいる。現在想定しているのは、請求額がきちんと振り込まれるよう保証する入金保証サービスや、企業に所属していない人に配慮した審査を行う独自のクレジットカードなどだ。

「いまのところ、日本発の世界的なフィンテック企業は登場していません。フリーランスという枠に囚われず、古くから続く家族経営者から入金システムが確立されていない東南アジアの事業者まで、小さな組織で働くあらゆる人々をサポートできるサービスを生み出したいです」(阪井氏)