
- 過激な広告を生み出す業界構造
- 課徴金導入により罰金の上限金額が事実上撤廃
- 違反広告増加の背景にある「D2Cブランド」の台頭
- 化粧品も課徴金の対象に
- D2Cスタートアップには措置命令が「大きなインパクト」
- アフィリエイター・インフルエンサーへの影響は
- 課徴金の虚偽・誇大広告に対する影響は限定的か
医薬品などの虚偽・誇大広告に対する課徴金や措置命令といった制度を盛り込んだ改正薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)が8月1日に施行された。
これまでも医薬品や化粧品の広告における虚偽・誇大表示は薬機法で禁じられてきたが、違反時の罰金は最高200万円と軽微なものだった。ネット上にはこれまでも「肝臓が半年で復活」「スベスベ肌にする」「飲むだけで痩せる」といった表現で医薬品や化粧品、健康食品などを紹介する広告も散見されていた。
2020年度、公益社団法人日本広告審査機構(JARO)には広告に関する苦情が約1万2000件寄せられた。これは過去最多となる数字だ。中でもネット上の不適切な広告・表示に対する苦情の増加が顕著で、JAROでは「医薬品的な効果や誤認をまねく定期購入契約など不適切な広告・表示への苦情が増加するとともに、不快感を訴える広告表現に関するものも増加した」と説明している。

改正薬機法で導入された新制度は、問題ある広告が減るきっかけになるのか。改正薬機法の内容や医薬品・化粧品などの広告を取り巻く環境、そしてメーカーの実態などについて前後編でレポートする。
過激な広告を生み出す業界構造
改正薬機法について触れる前に、そもそもなぜ不適切な広告が増えたのかの背景について触れておこう。
電通グループが発表した「2020年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」によれば、2020年のネット広告費は2兆2290億円。すでにテレビの広告費を超えており、日本における総広告費の約3割を占める。
今ネット上で目立つ虚偽・誇大広告の多くは、「アフィリエイト広告(成果報酬型広告)」で、広告主(事業者)は代理店を通じてアフィリエイター(メディアを運営する個人や企業)に成果報酬型で広告作成を依頼するというもの。それ自体は何の問題がない仕組みだが、成果を上げるためにアフィリエイターが過激な広告表現を用いるようになってきたのだ。ある匿名の業界関係者は「法令に違反すると分かった上で虚偽・誇大広告を作成する悪質なアフィリエイターも存在する」と説明する。
もちろん悪質なアフィリエイターだけの問題ではない。広告主や代理店はアフィリエイターによる薬機法違反を特には黙認し、発覚した際には広告主は代理店へ、代理店はアフィリエイターへと責任転換するというケースもあるという。「彼らは罪をなすりつけ合っており、広告主や代理店が『アフィリエイト会社が勝手にやった』ということで責任逃れをしようとするケースが起こっています」(業界関係者)
JAROでは2020年度、悪質な広告15件に対して厳重警告を出しているが、わずか1件を除く14件がアフィリエイトに関するものだった。厳重警告を受けたのは以下のようなアフィリエイト広告だ。
・毛穴の汚れがごっそり取れる、ノーベル賞受賞成分のコスメなどとうたい、鼻の角栓の合成写真を広告に使っていた化粧品のジェル
・濃いシミもぽろっと排出などとシミがはがれてなくなるかのような広告をしていた卵隔膜を使った美容液
・白髪が消えるかのような表示をしていたシャンプー
課徴金導入により罰金の上限金額が事実上撤廃
薬機法では医薬品や化粧品などの広告における虚偽・誇大表示(名称、製造方法、効能、効果、性能等)を禁じている。虚偽データを元にした表現や承認効能を逸脱した表現の広告は違反となる。
従来、罰金は最高で200万円だったが、今後は違反していた期間における売上額の4.5パーセントの課徴金を課すことになるため、事実上上限が撤廃されるかたちとなる。ただし売上高が5000万円未満の場合、課徴金納付の対象にはならない。
厚生労働省 医薬生活衛生局 監視指導・麻薬対策科の野原形太氏は、課徴金制度の施行をきっかけに、虚偽・誇大広告が減ることを期待しているという。
違反広告増加の背景にある「D2Cブランド」の台頭
課徴金制度自体は、2013年に発覚した製薬大手ノバルティスファーマの高血圧症治療薬「ディオバン」を巡る臨床データ改ざん事件をきっかけに導入されたたものだ。だがその騒動から8年たった今、虚偽・誇大広告を出すのは同社のような製薬大手だけではない。
Eコマースの拡大により、化粧品やサプリメント(食品)などで薬機法上問題のある広告を展開するケースが増加。SNS上でも薬機法違反の広告がたびたび指摘されている。D2C(Direct to Consumer)と呼ばれる小規模・新興の通販事業者が台頭した結果、その流れは加速していると業界関係者は言う。今年2月には、インフルエンサーとしても活躍する起業家・ハヤカワ五味氏が展開するスタートアップ・ILLUMINATEのサプリメントが薬機法に抵触していた可能性があったとして謝罪するに至った。だが、薬機法に臆することなく、過激な広告で商品をアピールする事業者は後を絶たない。
化粧品も課徴金の対象に
前述の業界関係者は、対面販売を主戦場にしていた大手化粧品メーカーの中にはセールストーク中に薬機法を違反する企業も存在する、だがそのような実態が黙認されてきた経緯があると説明。その上で、「(化粧品やサプリなどの)D2Cブランドの多くは大手化粧品メーカーの広告を参考にしている。薬機法違反をする大手化粧品メーカーが存在してきたため、そのような問題意識の希薄さまでもが受け継がれてしまっているのではないか」と話す。
課徴金はこのようなD2Cブランドにも課されるのか。厚労省の説明によると、医薬品や医療機器だけでなく、化粧品も課徴金の対象となる。例えば「塗れば即座に美白」といった化粧品の広告には課徴金が課されうるという。
厚労省いわく、健康食品であるサプリメントも課徴金の対象となりうるが、基本的には措置命令での処分を想定しているという。措置命令を受ければ、違反広告の中止や、再発防止策などの公示などを命じられるようになる。
とはいえ売上高の4.5パーセントという課徴金では、そもそも売上高の小さい小規模事業者にとっては抑止力にならない可能性もある。この点について厚労省の野原氏は、「(4.5パーセントという割合は)必要に応じて今後、見直していくこともありうる」と話す。
D2Cスタートアップには措置命令が「大きなインパクト」
D2Cブランドには、スタートアップが展開するものも少なくない。彼らにとって改正薬事法の影響はどれほどのものだろうか。スタートアップの事情に精通するGVA法律事務所では、課徴金や措置命令の導入によって、以前より薬機法関連の相談件数は増加すると見込む。
GVA法律事務所の宮田智昭弁護士は「売上高が課徴金の対象となる規模に達さないケースも多いかと思いますが、措置命令という行政処分が別途用意されています。スタートアップの業務、ビジネスにおいて大きなインパクトだと言えるでしょう」と話す。
「厚労省では課徴金制度の対象として、当初サプリメントなど医薬品以外の商品(未承認医薬品等)を扱う事業者も想定されていましたが、今回の課徴金制度においては、医薬品や医療機器等を対象とする薬機法の第66条第1項の虚偽・誇大広告を行った事業者が対象とされました。スタートアップは弁護士に相談する前の段階で、広告が規制の対象になるか否かの判断をすると思います。判断の指標として、厚労省が『医薬品等適正広告基準』を公開していますので、そちらを参考にすることが重要です」(宮田氏)
アフィリエイター・インフルエンサーへの影響は
多くの虚偽・誇大広告はアフィリエイターによるものだと説明したが、SNS上では薬機法に違反した表現を使うインフルエンサーも多々見られる。課徴金は代理店、アフィリエイターやインフルエンサーにも課されるのだろうか。
厚労省は第75条の5の2を根拠に、課徴金が課されるのは製造販売業者、卸売販売業者、販売業者などだと説明した。課徴金は「医薬品等の対価の合計額」をもとに計算するため、広告は該当しないという。ただし、厚労省いわく、依頼を受けて虚偽・誇大広告を行った代理店、アフィリエイターやインフルエンサーには課徴金こそ課されないが、措置命令の対象となりうる。
(薬機法・第75条の5の2 課徴金納付命令)
第六十六条第一項の規定に違反する行為(以下「課徴金対象行為」という。)をした者(以下「課徴金対象行為者」という。)があるときは、厚生労働大臣は、当該課徴金対象行為者に対し、課徴金対象期間に取引をした課徴金対象行為に係る医薬品等の対価の額の合計額(次条及び第七十五条の五の五第八項において「対価合計額」という。)に百分の四・五を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。
一方、宮田弁護士は「代理店、インフルエンサーやアフィリエイターも注意が必要だ」と指摘する。
薬機法の第66条にある「何人も」という主語を根拠に、「課徴金制度については厚労省の説明のとおり医薬品等の取引を行う事業者が対象となりますが、薬機法上の広告規制自体は必ずしもその商品を取り扱っている事業者(製造販売業者や、販売業者など)には限られない、という解釈になります」(宮田氏)
(薬機法・第66条 誇大広告等)
何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない
2020年には健康食品会社のステラ漢方が医薬品として未承認の製品について「ズタボロになった肝臓が半年で復活」といった文言の広告を出し、薬機法違反の疑いで、同社社員に加えて代理店の代表ら6名が逮捕される事態へと発展した。この事件は警察当局が「何人も」を適用した数少ないケースとして広告業界に衝撃を与えた。
課徴金の虚偽・誇大広告に対する影響は限定的か
製薬大手によるデータ改ざん事件をきっかけに導入された課徴金制度は、本来大手による違反広告を制するためのものだった。厚労省の説明だけでは、D2Cブランドを展開するスタートアップ、アフィリエイターやインフルエンサーに対する影響は限定的だと思えるかもしれない。だが、同時に導入された措置命令の対象になりうることは忘れてはならない。
アフィリエイターに責任転嫁する業界構造の問題についてもふれたが、製薬大手やD2Cブランドのような製造・販売事業者、代理店、アフィリエイター、インフルエンサー──広告に関わるすべての人物がより当事者意識を持ち、薬機法を厳守しなければならない。
では、事業者らは今回の法改正をどのように考えているのか。後日掲載の後編ではD2Cブランドや広告配信プラットフォームへの取材で得られた情報をもとに、改正薬機法が業界にもたらすインパクト、そして残す課題についてお伝えする。