
- 上場企業傘下での成長に「限界」
- VR市場は「これから黄金時代に入る」
- gumiが成功しきれなかった「3つの要因」
- 今後、日米のスタジオで2本の新規タイトルをローンチ
スタートアップ黎明期の2007年に創業。ソーシャルゲームの波に乗り、「ブレイブ フロンティア」などのヒットタイトルを生み出すことで成長を遂げてきた企業が「gumi(グミ)」だ。そんなgumiの創業者であり、取締役会長の國光宏尚氏が任期満了で退任したのは7月28日のこと。それから約1週間ほど。國光氏の次なる挑戦の内容が明らかになった。
彼が今後注力するのは「VRゲーム」の開発だ。VRゲームの企画・開発を行うThirdverseは8月10日、代表取締役CEO・ファウンダーに國光氏が就任することを発表した。その発表に併せて、同社はジャフコグループ、インキュベイトファンド、KDDI Open Innovation Fund、Presence Capital、Animoca Brandsを引受先とした第三者割当増資(シリーズA、シリーズB)によって約20億円の資金調達を実施したことも明かしている。
國光氏はgumiの取締役会長を退任した際、保有していた株式の224万5200株を売却しているほか、創業者特別功労金としてgumiから1億5000万円を受け取っている。SNS上ではこれらの動きに対して、さまざまな憶測が飛び交った。そこで得た資金の用途に関しては明確になっていないが、國光氏は過去、功労金の有無に関わらず、総額4億円の個人資産をThirdverseへの投資に充てている。
Thirdverseは北米に新たなゲームスタジオを設立しており、今後は調達した資金をもとに、ゲームクリエイターを中心とする人材採用を強化していくほか、日本と米国のスタジオで各1本ずつ、合計2本の新作VRタイトルの開発に取り組む。
國光氏がメディアやイベントなどで“VR元年”と語ったのは2015年頃のこと。そこからすでに6年が経った。だが、同氏は6年を経たタイミングであらためて「“VR2年”に突入した」と語る。
その根拠としているのが、2020年10月にFacebookが発売開始したVRヘッドセット「Oculus Quest 2」の売れ行きだ。カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチが調査した結果によれば、2021年第1四半期までにOculus Quest 2の累計販売台数は世界で460万台に到達したという。
「今後、数年で本格的にVR市場が立ち上がってくると思います。だからこそ、いまVRに全振りすべきなんです」(國光氏)
もともとファウンダー兼投資家としてThirdverseに関わっていた國光氏。なぜこのタイミングで代表取締役CEOに就任することを決めたのか、話を聞いた。
上場企業傘下での成長に「限界」
今回、國光氏が代表取締役CEOに就任したThirdverseは、VRのオンラインマルチプレイアクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」を開発・提供する。もともとは、ゲームジャーナリストの新清士氏(現・取締役CSO)が2013年4月に“よむネコ”という社名で立ち上げた会社だ。
当初はスマートフォン向けの脱出ゲームの開発・運営を行っていたが、マネタイズで苦戦し、方向転換を余儀なくされる。新たな道を模索していたとき、新氏がVR用コントローラー「Oculus Touch」のデモ機に触れたことがきっかけとなり、VRゲームの開発に取り組み始める。
その後、新氏は、2015年にOculusの開発者会議「Oculus Connect 2」の報告会を東京で行った際、國光氏と出会い、意気投合。VR・AR・MRなどXR領域のスタートアップに資金やワークスペース、バックオフィスサービスなどの支援をすべく、gumiが2015年12月に設立したTokyo XR Startups(旧:Tokyo VR Startups)に取締役として参画した。
また、Tokyo VR Startupsのインキュベーションプログラム第1期企業によむネコが採択され、VRゲームの開発が本格化。2016年12月にはVR脱出ゲーム「エニグマスフィア~透明球の謎~」をリリースしている。
2017年にはgumiがよむネコの株式を取得し、グループ化。gumi傘下でVRゲームの企画・開発に取り組んだよむネコは約2年の開発期間を経て、2019年にソード・オブ・ガルガンチュアをリリースした。だが、彼らは途中で限界を感じ始める。そのことについて、國光氏はこのように語る。
「上場企業は“株主の利益の最大化”のために、いかに利益を上げられるかが重要になります。そうなると、なかなか新規事業に全振りするのは簡単ではありません。例えば、ひとつの事業を本格的にやるとなると最低でも10〜20億円は必要になりますが、gumiの営業利益は20億〜60億円ほどです。そうした状況を踏まえると、gumiの中で新しく事業を立ち上げるハードルは高いな、と思いました」(國光氏)
一方、ここ数年で未上場のスタートアップが2桁億円の資金調達をするのは当たり前となっており、中には3桁億円の資金調達を実施するスタートアップも出てきている。
そんなスタートアップ・エコシステムの変化もあり、國光氏は「事業運営、資金面でも未上場企業の方が有利な状況になっている。であれば、独立してやった方が開発のスピードも早まるのではないか」と考えるようになったという。
その結果、2020年3月に國光氏はgumiの連結子会社「gumi X Reality」から、よむネコの全株式を譲受、いわゆるMBO(マネジメント・バイアウト)を実施した。その3カ月後、2020年6月に社名を今の“Thirdverse”に変更。そのタイミングで、ソニー・インタラクティブエンタテインメントでPlayStation事業のゲームプロデューサーを務めた経験を持つ伴 哲氏を取締役COOに迎えるなど、新たな経営体制で再スタートを切った。
VR市場は「これから黄金時代に入る」
再スタートから約1年弱。なぜ、このタイミングで國光氏はThirdverseの代表取締役CEOに就任することにしたのか。その背景にあるのが、VR市場の勃興だ。
2016年にVRデバイスが本格的に出そろうと言われ、日本でも「VR元年」といった言葉が飛び交ってはいた。ただ期待通りに普及が進まず、毎年のように「今年こそがVR元年」と言われながら、実際にはVRは一部の好事家のものであり続け、一般化はしていない。そうした中、Oculus Quest 2の登場で風向きは大きく変わる。
「初代のOculus Questは発売から2年で累計120万台しか売れていないのですが、Oculus Quest 2は発売から約半年で約4倍も売れている。また、初代が抱えていた弱点の大半を克服するなど、Oculus Quest 2はVRデバイスの圧倒的なゲームチェンジャーとなっています。年内には累計販売台数が1000万台を突破するのではないでしょうか」(新氏)
台頭するOculus Quest 2の後を追うように、ソニーもPlayStation VR の次世代モデルを2022年以降に発売することを発表している。
「Oculus Quest 2やPlayStation VRを中心にVRデバイスが普及することで、ミリオンヒット(100万本以上の売り上げ)を記録するゲームタイトルも出てくるようになるはずです。そうなると多くのゲームメーカーにとってVRデバイスは意味のあるプラットフォームになり、VRゲームの数が増える。コンテンツ数が増えればユーザー数も増えていくので、今後数年以内にVR市場は間違いなく良いスパイラルに入っていきます」(國光氏)
とはいえ、Oculus Quest 2の累計販売台数の大半は北米が占めている。日本でVRデバイスが普及していく見込みはあるのだろうか。累計販売台数が8904万台(2021年6月時点)を突破した「Nintendo Switch」や、累計販売台数が1000万台(2021年7月18日時点)で1000万突破した「PlayStation 5」と比較すると、まだまだ市場の規模は小さい。
「年内にはOculus Quest 2限定で『バイオハザード4』が発売される予定です。目玉となるタイトルが登場することで、日本も盛り上がってくるんじゃないかと思います。今年7月に公開された映画『竜とそばかすの姫』も題材として“VR”のことを取り扱うなど、もともと日本はVRとの相性が良いマーケットだと思っているので、何かのきっかけで人気に火がつけば、アメリカと並んで重要なマーケットになるはずです」(國光氏)
そんなVR市場について、國光氏は「昔のソーシャルゲーム市場に似ている」という。スマートフォンが普及したことでソーシャルゲーム市場が伸びていったように、VRデバイスが普及していくことでVR市場も急速に成長するフェーズに入っているというのだ。
「マーケットが伸び続けているときは何を出してもヒットする。来年以降、VR市場は究極の“黄金時代”になると思っています」(國光氏)
gumiが成功しきれなかった「3つの要因」
VRに全振りして、世界で勝ち切る──今回の代表取締役CEO就任に際し、國光氏はこのように語っているが、本当に勝ち切れるのか。gumi時代、國光氏はSNSを通して「時価総額8兆円は見えた」と言っていたが、2014年12月、東証一部に上場した直後、業績を大幅に下方修正したことで株価が急落する、いわゆる“gumiショック”が起きるなど波紋を呼んだ。
“スモールIPO”と揶揄されるなど、gumiが想像通りには成功しきれなかったことについて、國光氏は「世界まで届かなかった理由は3つある」と話す。
1つ目が「スマートフォンへの移行」の遅れだ。gumiは2007年に創業し、ソーシャルゲームの開発に取り組んでいたが、日本はガラケー(フィーチャーフォン)のマーケットが大きく、そこでソーシャルゲームがヒットしていたため、ネイティブアプリのゲーム開発に乗り遅れてしまった。gumiが同社初のスマートフォン向け本格RPGゲーム「ブレイブフロンティア」をリリースしたのは2013年7月のことだ。
「スマホシフトに遅れたのは痛恨のミス」と國光氏は過去を振り返る。また、スマホシフトに遅れたことでAppleやGoogleといったプラットフォーマーとの距離感を詰めきれず、結果的に海外勢から遅れをとるかたちになってしまった。
「そのほか、人材も含めてグローバルで勝てる組織体制になっていませんでした。gumiを立ち上げたばかりの頃は僕たちにも実績がなく、今のように資金調達の環境も整っていなかったので、なかなか優秀な人を採用できずにいました。当時、採用候補者に『年収が半分になってしまうけど』と言っていたのですが、さすがにその条件では採用できません」
「また、日本で成功してからグローバルに打って出るスタートアップは多いと思いますが、それではなかなか優秀な人材を集めにくい。任天堂のように世界中の人が知っているブランドがあれば優秀な人を集めやすいと思いますけど、gumiは誰も知らないじゃないですか。一方で、日本で成功してからだと組織も日本っぽいので、世界中から優秀な人を採用するハードルが上がってしまいます。最初からグローバルを前提にした組織づくりをすべきだったのですが、gumiではそれができていませんでした」(國光氏)

今後、日米のスタジオで2本の新規タイトルをローンチ
だが、Thirdverseは「gumiで起きた失敗がすべて解消できている」(國光氏)という。まずタイミングについては前述した通り、VR市場は普及前夜にあると國光氏は考えている。
2020年11月に、調査・分析会社のIDCが発表した世界のVR・AR市場に関するレポートによれば、VR・ARの市場規模は2020年から2024年の5年間に年率54%で成長し、120億ドル強(約1.3兆円)から728億ドル(約8兆円)に増加することが予測されている。
「2015年からVR事業に取り組み始め、ようやくVR市場が盛り上がりの兆しを見せ始めました。そんなタイミングですでにソード・オブ・ガルガンチュアをリリースできていて、Facebookからも高い評価を得ています。今回は本格的に普及する前から市場に参入できていて、なおかつプラットフォームとも良い関係性を構築できています」(國光氏)
実際、ソード・オブ・ガルガンチュアはOculus Quest 2の発売以降、成長スピードが加速し、今年の6月に過去最高のMAU(月間アクティブユーザー)を達成したという。
組織に関しては2人の取締役が米国に在住し、現地でVRゲームのマーケティング、開発を手がけている。また、Microsoftのゲーム開発統括組織「Xbox Game Studios」に所属する、inXile Entertainment創業者のブライアン・ファーゴ氏がアドバイザーに就任するなど、「現時点で国内外で戦える組織づくりができている」と國光氏は語る。
「Thirdverseは初期からレベルの高いメンバーが集まっています。gumiでの失敗を、今回は入り口から解消できているからこそ、世界で勝ち切れると思っています」(國光氏)
今後、Thirdverseはソード・オブ・ガルガンチュアの運営も行っていきながら、新作VRタイトルの開発に注力。日米のスタジオで2本の新規タイトルをローンチする予定だ。