
- 加熱する車中泊ブーム
- 移動する家“可動産”としての可能性
- 長期滞在できる車中泊スポットを増やす
- 夫婦バンライファーに聞く車中泊生活の苦楽
- 若者の「車離れ」解消にもつながる
車中泊をしながら全国を旅する欧米発のライフスタイル「バンライフ」が話題となっている。時間や場所を問わずに働ける仕事をしながら、全国各地にある車中泊スポットで寝泊まりする自由なカルチャーは、若い世代のみならず、中高年にも人気だ。日本のバンライフ市場について、バンライフを「移動する家=可動産」ととらえてシェアリングビジネスをするスタートアップ企業と、実際に車中泊をしている夫婦バンライファーたちに聞いた。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
「VANLIFE(バンライフ)」という言葉を知っているだろうか。
車を移動手段だけでなく、ベッドや生活用品を乗せることで“移動できる生活拠点”とし、時間や場所にとらわれずに全国を旅しながら暮らすライフスタイルのことだ。

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日本ではまだ耳なじみがない人も少なくないが、欧米では数年前から広がりを見せており、インスタグラムで「#vanlife」と検索すると、なんと650万件(2020年1月時点)もの投稿がある。そのどれもが、マイカーをDIYで居心地の良い空間に作り替え、旅を満喫している写真ばかりだ。
加熱する車中泊ブーム
かつては車中泊といえば、宿泊するお金がない旅行者の手段というイメージが強かった。しかし、欧米を中心に広がったバンライフは、SNSでの投稿も相まって「自由でおしゃれなライフスタイル」として捉えられるようになり、若者の心をとらえた。
PCさえ持っていれば場所を問わずに働けるという仕事のスタイルも増えたことで、日本でも気軽にバンライフを楽しむ“バンライファー”たちが続々と増えている。自分たちの生活を発信するバンライフユーチューバーが現れたり、カルチャー誌でも特集が組まれていたりと、本格的なブームが到来する日は近そうだ。
また、2020年1月24日からは、テレビ東京で車中泊をテーマにしたドラマ「絶メシロード」がスタートした。ごく普通のサラリーマンが週末に車中泊をしながら、絶滅寸前の絶品メシを探して旅をするというストーリー。この主人公同様、平日はオフィスで働く会社員でも週末限定でバンライフを楽しむケースも多い。
このように20代30代の若年層が、自由な生活を求めてバンライフを始めるケースだけでなく、中年層が家族と一緒に楽しんだり、リタイア後の時間に旅をして過ごしたりと、世代問わず人気が高いのも特徴だ。
移動する家“可動産”としての可能性
日本でじわじわと広がりを見せるバンライフムーブメントに目をつけたのが、スタートアップ企業・Carstay(カーステイ)だ。
代表取締役の宮下晃樹氏は、過去に外国人の日本ガイドをするNPO団体を立ち上げ、1000人以上の外国人をガイドした経験から、地方を活性化できるサービスを作りたいと考え、2018年6月にCarstayを起業した。2019年4月に、ライフタイムベンチャーズ及び原田大作氏(メルカリの新規事業責任者)から約3000万円の資金調達を実施している。
車を「不動産ならぬ“可動産”のプラットフォームとして考えている」という宮下氏。2019年1月に、全国各地に点在する駐車場や空き地を車中泊・テント泊スポットと、滞在先を探す旅行者をマッチングするサービス「Carstay」をリリースした。バンライファーが土地の管理者・所有者に滞在費を支払うことで、スポットに宿泊・滞在ができるというものだ。
また、昨年4月から日本だけでなく訪日外国人もターゲットにした多言語バンライフメディア「VANLIFE JAPAN」を立ち上げた。さらに、2020年2月には車中泊可能な車を持っているユーザーが共用(バンシェア)できるサービス「VAN SHARING」も開始予定だ。今後は、バンライフ向けにカスタマイズした自動車が投資の対象となる“可動産取引”が成り立つ未来まで見据えている。
「時間もお金もかけずに拠点を増やせるバンライフ。多様な働き方や自動運転が浸透すれば、想像以上に広がると考えています。使い方次第で、動くオフィスにも移動型コミュニティにもなるでしょう。空きスペースができてしまうリスクもないので、民泊ならぬ、“バン泊”マーケットが来ると思っています」(宮下氏)
長期滞在できる車中泊スポットを増やす
しかし、バンライファーたちが不自由なく暮らせる仕組みは、まだ整っていないのが現状だ。
バンライファーの多くは道の駅やサービスエリアを活用しているが、実は法的にはグレーゾーンなのだ。国土交通省の公式ホームページによれば、道の駅は休憩施設のため、駐車場など公共空間で宿泊目的の利用はNGだが、交通事故防止のため24時間無料で利用できる施設でもあるので、「仮眠はOK」としている。
そのため、バンライファーは建前上はあくまで「仮眠」として、道の駅やサービスエリアを利用しているのだ。中には食器類をトイレで洗ったり、駐車場スペースで洗濯物を干したりするなど、一部マナーを守らないバンライファーも問題にもなっている。
「カルチャーの流行が先行していますが、滞在場所や保険制度などの最低限の生活ができるインフラ整備と、バンライフに対する周囲の人々の理解が追いついていません。早く受け皿を作らないと、バンライファーたちが地方に滞在した際にマナーの悪い人間だと誤解されてしまう可能性がある。また、バンライファー自身も、旅の途中で身体も心も落ち着かせることのできる滞在拠点がないと、バンライフ疲れを引き起こしてしまう。きちんとお金を払って、貸す側も借りる側も気持ちよく活用できるスポットを増やしています」(宮下氏)

Carstayは全国各地にある駐車場や土地の持ち主と交渉して、車中泊可能なスポットを増やしている。2020年1月時点で、全国に約140のスポットが存在する。
近くにトイレがあれば車中泊は可能なので、寺院や神社、城など、通常ならば夜は滞在できないような文化財の駐車場にも交渉し、マッチングを実施。また、車中泊スポットと一緒にその地域ならではの体験(ダイビングや洋上パーティー、果物狩りなど)ができるツアーもサイト内に登録されている。
さらに、古民家の駐車場を車中泊スポットにすることで、長期滞在可能な施設をつくる試みも実施している。その最初の施設として、2019年4月に能登半島の奥地・石川県穴水町に住める駐車場「田舎バックパッカーハウス」を開設した。「地方の空き家や空いたスペースを利活用できること、より地域に密接した体験ができることから、「空き家問題や地方創生につながるメリットもある」と宮下氏は説明する。
夫婦バンライファーに聞く車中泊生活の苦楽
実際に、車中泊生活している夫婦バンライファー2組に話を聞いた。
1組目は、昨年10月からバンライフを開始した夫婦ブロガー・ゆうすけさんとちあきさんだ。夫婦ともども勤めていた会社を辞め、トヨタのハイエースで全国を旅しながら、車中泊に関するブログ「ミチトライフ」を運営し生計を立てている。
夫のゆうすけさんは「もともと2人で『キャンピングカーで全国を旅してみたいね』と話していたのがきっかけ。結婚するときに挙式のコンセプトを考えていて、バンライファーになる道を見つけた」のだと言う。

彼らが寝泊まりする車の特徴は、ほとんど家から持ち出した家具や収納を使っていることだ。ハイエースの後部座席に収納ボックスを載せ、その上に木材を敷いてベッドのマットレスを乗せている。バンライフのために購入したのは後部座席の窓に付けている断熱材とカーテンを掛けるフックだけだ。
妻・ちあきさんは、「車に寝泊まりすることにはすっかり慣れました。自分の部屋のような感覚で、帰ってくるとほっとするし、今では実家に帰ってもハイエースで寝たくなるほど」と笑う。
料理道具や衣類など、なんでも日常使う物は手の届く範囲にあるため、家にいるよりも便利だと言う。逆に不便なのは、水回りの確保とゴミ捨てで、特にできるだけ水を使わずに料理するのには慣れが必要だそう。
2組目の夫婦は、ウェブデザイナーの菅原拓也さんとライターの恵利さんだ。それぞれの仕事をリモートでこなしながら、「えりたく夫婦」としてユーチューバーもしている。

彼らは、スズキの軽自動車ハスラーで旅をしている。寝るときは運転席から後部座席まですべて倒して、車内全体がベッドに様変わりする構造になっている。夫の拓也さんによれば「ここまで狭い環境でバンライフをしているのは、バンライファーの中でもかなり珍しい」らしい。
もともとアドレスホッパーだった2人は、定住場所を持たずに移動する生活を続ける中で出会い結婚した。今では、愛犬も交えてバンライフをしている。
「前職はスタイリストをしていたので、服やメイク道具をたくさん持っていましたが、この生活をすると決めて整理しました。今では洋服は4パターンくらいしかありませんが、不思議と物欲はありません。飽き性なので、同じ場所にずっといるより移動する生活の方が性に合っているんです。さすがにもう少し広い車に替えたいですけどね(笑)」(恵利さん)
また、拓也さんはCarstayを利用して「車中泊のできるスポットのありがたみを実感している」と言う。
「各地に気兼ねなく滞在できる拠点があるとすごく助かります。常に動いていると疲れるので。あとは、車中泊スポットにはバンライファーが集うので、人とのつながりができるのがうれしいです。普通なら出会えない人と親しくなれるのが旅の醍醐味ですから」(拓也さん)

これだけ聞くと、バンライフは自由で楽しそうだが、リアルな生活は日々の積み重ねであり、もちろん楽しいことばかりではない。
「生活自体が新鮮なのは最初の1カ月くらいで、すぐに慣れてしまいます。毎日必ず、泊まる場所やお風呂を探さないといけないのは、結構大変。また、いくら仲の良い夫婦でも、四六時中一緒にいて逃げ場がないと、しんどくなることもあります。私たちはこの生活を始めてから1年ほど経ちますが、これまで何度も大きな喧嘩をしました。だからこそ、1人になれる時間がすごく大事なので、銭湯に行くとお互い4時間くらいは出てきませんね」(恵利さん)
若者の「車離れ」解消にもつながる
Carstay代表の宮下氏は、若者が続々とバンライフに乗り出すことで「新しい車の需要が生まれるのではないか」と主張する。
「移動手段としての車というよりは、家や秘密基地のような感覚に近い。自分たちで工夫して居心地の良い居住空間に改造するのも面白いので、若い世代の車離れが進む中で、バンライフが一石投じられたらうれしい」(宮下氏)
実際、車を居住空間として考えるトレンドは、数字としても出ている。2019年7月に一般社団法人日本RV協会が発表したキャンピングカー業界の調査では、国内のキャンピングカー保有台数は11万台を超えており、販売総額は年々増加傾向にあるのだ。
時間や場所もとらわれずに、好きな場所で自由に働ける時代だからこそ、都心で働くビジネスマンにとっても、旅をしながら働く生活は遠いものではない。IターンUターンや企業誘致だけでなく、バンライフも地方を盛り上げる1つ切り札になるだろう。