COTEN代表取締役の深井龍之介氏
COTEN代表取締役の深井龍之介氏
  • 広報活動のはずだったPodcastが人気を博す理由
  • 「歴史を学ぶ」ために課金する人々の背景
  • 歴史におけるアンラーニングがマネタイズにつながる

日本・世界の歴史を軽快なトークで解説していく──そんなPodcastの番組に、今多くのビジネスパーソンや経営者が夢中になっている。

そのPodcastの番組名は「コテンラジオ」。同番組を運営するのは、世界史データベース「coten(仮称)」の開発に取り組む福岡発のスタートアップ・COTENだ。同社の代表である深井龍之介氏とメンバーの楊睿之氏、地方のクリエイターを支援するBOOK代表の樋口聖典氏の3人が“歴史を面白く学ぶ”をコンセプトに、吉田松陰や秦の始皇帝、宗教改革など、日本史や世界史をフラットな視点で、かつディープに語り合っている。

コテンラジオの公式サイトのスクリーンショット
コテンラジオの公式サイトのスクリーンショット

もともと、数千年分の歴史のケーススタディを体系的にまとめ、検索可能にする「世界史データベース」を開発し、事業にしようとしていたCOTEN。コテンラジオはもともと、そんな同社の広報活動として2018年11月にスタートした。

定期的にコンテンツを配信し続けることで番組にファンがつき、運営から2年半が経った2021年6月時点で月間のユニークリスナー数は約14.2万人を突破。総再生回数は約1900万回を超え、Apple Podcast、iTune上のPodcast国内ランキングでも1位を獲得している。2020年にニッポン放送が主催した「JAPAN PODCAST AWARDS」では大賞とSpotify賞の2つを受賞した。

そんなCOTENは2021年6月、REAPRA、ドーガン・ベータ、エンジェル投資家などから総額8400万円の資金調達を実施。エンジェル投資家にはメルカリ共同創業者の石塚亮氏と富島寛氏、スターフェスティバル取締役CTOの柄沢聡太郎氏などが名前を連ねている。

調達した資金は、2021年中にベータ版をリリース予定の世界史データベースの開発に充てる。また、2021年8月には開発速度を上げるため、エンジェル投資家としてCOTENに出資している柄沢氏を同社の技術顧問に招聘した。

とはいえ、事業内容は「歴史」である。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というオットー・ビスマルクの言葉がしばしばSNSなどで引用されるように、確かに歴史を知りたい、学びたいというビジネスパーソンや経営者は多い。例えば、歴史や哲学、宗教などに関するトピックを紹介する『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』(文響社、デイヴィッド・S・キダー 、ノア・D・オッペンハイム著)はシリーズ累計発行部数150万部を突破するほど、人気を集めている。

だが、果たして歴史は“ビジネス”として可能性がある分野なのだろうか。深井氏に話を聞いた。

広報活動のはずだったPodcastが人気を博す理由

「何をやっても、100%の力を発揮できている感覚がなかったんです」

COTENを創業するまでのキャリアを振り返り、深井氏はそう語る。深井氏は九州大学文学部社会学研究室を卒業後、東芝に就職。その後は福岡の電気自動車ベンチャー企業・リーボの取締役COO、ヘルスケアAIベンチャー企業・ウェルモの社外取締役CSOなどを歴任してきた。

今では事業として「歴史のデータベース化」に取り組んでいる深井氏だが、高校時代までは「歴史は受験のための暗記モノ」と思っていた。

そんな深井氏が歴史に興味を持つきっかけとなったのは、大学入学後に先輩に連れられて参加したイベントだ。そこで「人物にフォーカスした歴史」に触れ、歴史の面白さを知る。「もっと歴史を深堀って勉強したい」と考えた深井氏は、人文学を追究するか、もしくは就職を選ぶかで進路を悩むことになる。

「人文学とは『人間とは何か』を考える学問。一時は学問の世界へ足を踏み入れようと思っていたんですが、そうなるとビジネスを諦めることになる。なかなか決断しきれず、最終的には就職の道を選びました。でも、お金を稼ぐことにはあまり興味を持てなかったんです」

「いろいろと経験した末に改めて自分が何に興味を持つのかを考え、人文学へ戻ってきました。同時に、ビジネスの経験を通じて培ってきたAIや経営の知見を掛け合わせられると思ったんです。そしてひらめいたのが、世界史のデータベース化でした」(深井氏)

COTENを創業したのも、歴史から“会社”の形態を学ぶなかで、株式会社にすることが最も人やお金を集めやすいと判断したからだった。

だが、「歴史で事業を興す」と言っても、すぐに理解してもらうのは難しい。

そこで広報活動の一環として始めたのが「コテンラジオ」だった。じわじわと人気を集め、今や人気Podcastランキングでは必ず上位にランクイン。支持する約14.2万人のユニークリスナーは、深井氏によれば「おもにビジネスパーソンや経営者など知的好奇心が高いリスナー」だという。COTENが公開したアンケートの結果では、コテンラジオのリスナーの半数以上が会社員、自営業・個人事業主などの就業者だった。

COTENのプレスリリースより
COTENのプレスリリースより

一体、何が彼らの心をつかんだのか。

「多くのビジネスパーソンは歴史の知識は必要だと思っていますが、いざ歴史について聞かれると意外と答えられない。歴史を知らないことに対して罪悪感のようなものを持っているんです。そのため、最近は書店などに歴史を題材にした書籍なども数多く販売されています。ただ、分厚い書籍を最初から最後まで読むのは面倒。その点、コテンラジオは“ながら聴き”するだけで歴史について学べるので、多忙なビジネスパーソンのニーズにマッチしていたと言えます」(深井氏)

「歴史を学ぶ」ために課金する人々の背景

「現代社会における“歴史を学びたい欲”はまだまだ高まる」──深井氏がそう言い切るのには3つの理由がある。

「少し壮大な話ですが、歴史を振り返り新たな哲学が生まれる瞬間には『余暇、多様な考え、未来への不安』という3つの要素があります。例えば、アリストテレスやプラトン、ブッダはほぼ同じ時代に登場しています。当時は鉄の発見とともに農耕器具が発明され、食べる物にも余裕が出始めていました。それと同時に、シルクロードができて他国との交流が生まれ、今までにない考え方に触れる機会も生まれやすかったんです」

「そして、ペルシャ戦争などが起こって生活が脅かされ『今までの成功体験が通用しない』と憂いていた時代でもありました。このように3つの要素が重なったとき、過去を振り返ってみても歴史を学ぶ意欲が高まりやすいのです」(深井氏)

現代社会において、基本的に食料に困ることはあまりない。またインターネットの登場で、自分とは違う考えに触れる機会も溢れている。それに加え、新型コロナウイルスによって未曾有の状況下にある。「歴史を学ぶ欲」が高まりやすい条件が揃っていると言うのだ。

COTENのプレスリリースより
COTENのプレスリリースより (拡大画像)

その証拠に、コテンラジオは基本的には無料で視聴できるにも関わらず、「サポーター」として月1100円(税込)からの金銭サポートに課金するリスナーは少なくない。なかには月2万円を支払うサポーターもいるという。現在、COTENの収益はこのアクティブリスナーからのサポートによって成り立っている。まだ黒字化には至っていない。

必要な条件は揃っている──だが、歴史を深く理解するには少なくとも数十〜数百冊の専門書を読む必要がある。それを万人が行うのは難しい。一定のルールで情報を整理し、あとは検索で自由に調べられるスタイルにすれば、歴史にもっと触れやすくなると考えた結果、深井氏は世界史データベース「coten」のアイデアにたどり着いたのだった。

歴史におけるアンラーニングがマネタイズにつながる

データベースというからには、歴史のあらゆる情報を集約していくことになる。なかでも難しいのが「ルール化」だ。

「歴史はあくまで『終わった出来事』です。これ以上データが増えていくことは基本的にないので、ビッグデータを扱うような難しさはありません。どちらかと言うと、ビジネスマンだけでなく歴史学者から見てもおかしくないルールで情報を整理するのが難しい。僕らはここ2年ほどかけてルールづくりをしてきました」(深井氏)

cotenでは歴史上の情報を同一ルールで整理し、違う時代の出来事でも比較できるようにする。また、社会情勢を同時に盛り込むことで、歴史上の事件をその当時の気候や人口動態などを踏まえて俯瞰できる状態を目指す。これにより、例えば「部下に殺された人物」「大器晩成型の人物」と検索すれば、近しい経験をした歴史上の人物を見つけ出すことができ、当時の情勢も体系的、包括的に比較できる。

同時に、歴史を用いた他のビジネスも予定している。コテンラジオに集まった約14.2万人のリスナーをターゲットに学習サービスを展開するほか、有料コミュニティ形成、経営層向けのコンサルティングなども検討しているという。

「歴史を学ぶ魅力は、アンラーニングできるところ。長い歴史の中で培われた知見に触れると、自分の成功体験がほんの一部でしかないことがよくわかります。固執していた知識や価値観を手放すきっかけになるわけです。何より『歴史上の話』となると、生身の人間が語る成功体験よりも素直に聞き入れられる」

「データベースが完成して誰でも歴史の情報にアクセスできるようになれば、今の時代にはない新たな気づきに出会える。そうすると、世の中はより良い方へ向かうと思っているんです。とは言え、完成にはまだ時間もお金もかかります。その日まで、自分たちが死なない状態も作らなければいけないんですよね」(深井氏)

Podcastの番組からスタートしたCOTENの歴史事業。今後、世界史の歴史情報を体系的に整理し、キーワード検索やタグによる検索を可能にした上で、世界史データベースを活用した教育・事業・人材開発など幅広い分野でのサービスの展開を目指すという。