
- 薬機法違反はネット普及以前より横行
- 一部の外資系プラットフォームは違反広告を「静観」
- 「BULK HOMME」と「FUJIMI」──2つのD2Cブランドが見る改正薬機法
- JARO「上場企業の広告でも薬機法抵触の可能性」
- 広告の改善は「社会問題」──自ら動く事業者も
- 大手企業以外への影響は不透明
医薬品などの虚偽・誇大広告を規制する薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)。8月1日には改正法が施行し、課徴金や措置命令といった制度が新たに盛り込まれた。
これまで虚偽・誇大広告に対する罰金は最高で200万円だったが、課徴金の導入により上限金額は事実上撤廃されるかたちとなった。また、措置命令では違反広告の中止や、再発防止策の公示などを命じられるようになった。
前編では、法改正の詳細や広告業界の課題や厚生労働省の対応などについて報じた。後編では化粧品やサプリメントを販売するメーカーやD2Cブランド、広告配信プラットフォームにその実態を聞く。
薬機法違反はネット普及以前より横行
広告主、代理店、アフィリエイターそれぞれの思惑が絡まって生まれる虚偽・誇大広告。だがこれは、なにもネット上に限った話ではない。たとえば化粧品業界では、対面での接客販売においては同様の表現が使われてきたと、ある業界関係者は語る。
「化粧品大手は薬機法遵守に対する意識が歴史的に低いのです。美容部員などの販売員向けの説明資料には、薬機法上問題のある表現があったとも聞いています。ですがそのほうが商品が売れる。このようなことはネットが普及する前から常習的に行われてきました」(業界関係者)
化粧品は医薬品でないため、法律で認められた56種の表現(「頭皮、毛髪にうるおいを与える」や「肌を整える」など)を超える効果・効能はうたえない。だが店舗では説明の際に口頭で認められた範囲を超える表現をしたり、ビフォー・アフター写真を見せたりすることもあるという。
関係者は「ネット広告と比較すれば、店舗での薬機法違反は誤解を生むような大きな違反ではないかも知れません。一方でネット広告は多くの人が目にするため、世の中に与える影響が大きいと思います」と語る。だが、そういった化粧品大手がやってきた手法を新興のD2C事業者が模倣していることも、問題ある広告につながっている側面もある。
一部の外資系プラットフォームは違反広告を「静観」
前編でも伝えたが、一部の悪質なアフィリエイト広告は「成果報酬型」であるがために表現が過激になり、結果として問題ある表現が生まれてきた。彼らは法令に違反すると分かっていながらも虚偽・誇大広告を作成すると前述の業界関係者は言う。
過激な広告を減らすには、もちろん警察当局や厚労省による取り締まりの強化も重要だが、広告プラットフォームについても、問題のある広告を野放しにせず、健全化に踏み切る姿勢が求められる。
後述するが、国内プラットフォーム数社は健全化に向けて自主的に動いている。一方、同業界関係者は「一部の外資系広告プラットフォームは違反を静観している状況だ」と述べ、唇をかむ。米大手SNSのケースでは、広告のチェックを基本的には自動で行っている上、人的なチェックもインドなど海外で行っており、日本の法的観点でのチェックが完全ではないのでないかという声もある。
「WELQ騒動(編集部注:2016年、DeNA運営の医療情報メディア「WELQ」に盗用や情報の誤り、薬機法に抵触するような表現などが多数存在することが明らかとなり、サイトのクローズだけでなく、キュレーション・バイラルメディア全体のあり方が問われるにまで至った一連の騒動)のような大きな社会問題にならない限り、(外資系)プラットフォームが動くことはないのではないかと思っています」(業界関係者)
「BULK HOMME」と「FUJIMI」──2つのD2Cブランドが見る改正薬機法
D2Cブランドを運営するスタートアップは改正薬機法をどう見ているのだろうか。メンズスキンケアブランド「BULK HOMME」を展開するバルクオム代表取締役CEOの野口卓也氏は7月に開催した男性向け化粧品の新商品説明会の質疑の場で「あまりインパクトがあるような事象ではない」と説明した。
「弊社ではトリプルチェック体制で、展開する広告の内容に目を通しておりますので、課徴金制度について何か特別に思うことはありません。一方で、『D2Cブランド』と広くとらえると、もしかしたら一部の会社には何か影響があるのかもしれないなとは個人として思っております」(野口氏)
化粧品大手のポーラ・オルビスホールディングス(以下、ポーラ)が38億円で買収して話題となった、パーソナライズサプリメント「FUJIMI」などを展開するトリコはどうだろうか。改正薬機法対応に向けた同社の対応について代表取締役社長の花房香那氏に取材を依頼したところ、「今回の取材は遠慮させていただきたいです」という回答があった。
改正薬機法の対応に関して、トリコが発言を控える背景には2月に公開した「不適切な表現に関するお詫び」というタイトルのプレスリリースが関係していると見られる。
そこでは「ホームページ等、自社発信の情報に関する調査の過程で、一部のページの記載に疑義があった」、「インフルエンサーの方々の投稿および自社ホームページ、SNS を含むお客様とのコミュニケーションについて不適切な表現があった」などと説明している。薬機法違反には言及していないが、この出来事をきっかけに同社が何かしらの対応を迫られたことは間違いない。実際、花房氏との取材の依頼に関するやり取りの中では「あの一件(編集注:2月のプレスリリースと思われる)の後、全社を挙げて対策をしている」との発言もあった。
対策しているのであれば、なぜその内容を明らかにしないのか。トリコは今年6月、女優の広末涼子さんを起用したFUJIMIのテレビCMを公開した。CMで使われている楽曲は「I won't lie anymore(もう嘘はつかない)」という歌詞で始まる。DIAMOND SIGNALでは同社の買収に関して取材を行い、記事化している。大手企業による買収のようなポジティブな出来事に関する取材には応じる一方、薬機法に対する取り組みについては明言を避けている同社の現状を見ると、その歌詞もむなしく響く。
トリコのように公式で謝罪をした企業もあるが、一方ではネット上にはるかに悪質な広告表現もいまだに散見される。例えば、あるまとめサイトに配置されたバナー広告をクリックすると、「飲み始めて1カ月以内に5キログラム以上の減量に成功した人が実に9割にものぼる」、「宿便をドサッと排出してくれるので、それだけで、3〜4キログラムくらいなら1週間もあれば実感できる」とうたうサプリメントの広告が確認できた。


JARO「上場企業の広告でも薬機法抵触の可能性」
では、新興のD2C企業ではなく、上場企業の広告はどうだろうか。前述の業界関係者は「分かった上で薬機法に違反した広告を出している上場企業も存在するのではないか」と述べる。
関係者らが名指しした1社が、2020年10月に東証マザーズに上場したプレミアムアンチエイジングだ。美容ブランド「DUO」などで躍進。株価は上場以来約3倍まで伸び、時価総額は1400億円を超える。編集部で調査したところ、同社の製品を宣伝するアフィリエイト広告に薬機法に抵触する可能性があるものが複数見つかった。
例えば以下の広告には、使用者と見られる人物による「使った直後から毛穴汚れが目立たなくなって感動」という口コミがあるが、この表現に問題があると広告の自主規制機関である公益社団法人日本広告審査機構(JARO)の担当者は指摘する。
「たとえ口コミであろうとも、効能を保証するような表現は薬機法に抵触する可能性があります。使用感であれば最低限認められるかもしれないが、薬機法では基本的には体験談を認めていません。広告内に『これを使ってみてどうなった』という表現が用いられていれば、口コミだとしても広告と見なされ、薬機法に抵触しうるものです」(JARO担当者)

また、以下の広告には「1回のクレンジングで毛穴の黒ずみが気にならなくなる」という表現があるが、「『1回』と数を断定し、何かしらの改善が見込めるとする表現は、効果の保証表現になりうるため薬機法に抵触する可能性があります」(JARO担当者)と指摘する。

プレミアアンチエイジングには、薬機法に抵触するのではないかと考えられる内容を含む記事広告を複数確認していると問い合わせをかけ、以下の回答を得られた。
「弊社といたしましては、法令を遵守した広告出稿を行うために、法律専門家等の助言を得ながら、社内ルール及びその履践を含む体制を整備しております。 この体制整備の中には改正法への対応も含まれ、改正薬機法を含む諸法令の改正につきましては顧問弁護士らと協議の上、弊社の業務運営に随時反映しております。 なお、弊社は業界における広告などの一般的な傾向についてご意見を申し上げる立場にはございませんが、弊社としましては、引き続き、単に法令を遵守するだけに留まらず、化粧品をお求めの全てのお客様が安心して購入いただけるような社会を形作れるよう事業運営してまいりたいと存じます」(プレミアアンチエイジング法務部)
上記の回答を得たのち、「JAROが効果・効能を保証するような表現は薬機法に抵触しうると指摘している」と追加で問い合わせたところ、同社は「担当者の夏期休暇等で回答できない。回答可能な期日が確認でき次第、改めて連絡する」とした。
ではこのような広告を作成、掲載するメディアやアフィリエイターらは現状をどう捉えているのか。複数社に問い合わせたが、その多くからは期限までに回答が得られなかった。その中で唯一回答を得られたのは美容関連メディア「HowTwo」を運営するAiロボティクスだ。同社は女性向けキュレーションメディア「4meee!」などを運営し、エニグモに売却したスタートアップ・ロケットベンチャーの中核メンバーらによる新会社。みずほ銀行やニッセイ・キャピタル、日本ベンチャーキャピタル、アライドアーキテクツ、SBIインベストメントなどから10億円以上の資金を調達するスタートアップでもある。
実は上に挙げたアフィリエイト広告の1つは、Aiロボティクスが運営するHowTwoに掲載されたものだ。Aiロボティクスの担当者は問い合わせに対して「当該コンテンツについては、広告主様及び代理店様にもご確認をお願いした上で、数回の修正作業を経て掲載しており、 薬機法との関係では特に問題ないものと考えておりましたが、今般ご指摘をいただきましたので、 改めて当社内及び広告代理店等と内容を精査の上、疑義がある点については解消するよう努めてまいります」と説明。また、「当該コンテンツは、6月24日にて広告配信を停止しているものとなります」とした。ただしそのコンテンツは8月13日現在もURLを入力すれば閲覧可能だ。
広告の改善は「社会問題」──自ら動く事業者も
虚偽・誇大広告の撲滅に向けて動いているのは警察当局や厚労省だけではない。広告プラットフォームの中には自ら進んで広告の健全化に踏み切ったプレーヤーもいる。そのうちの1社が2015年に中国の検索大手Baidu傘下となった広告配信事業者のpopInだ。
popInでは5月、「広告配信基準の引き上げ」を宣言した。きっかけはプロジェクターとスピーカーを組み込んだ照明器具「popIn Aladdin」を自社でリリースし、広告主としての顔も持つようになったことだった。

「企業の将来性を強く意識するようになり、企業コンプライアンスや社会的な責任がより重要となる中で、まずは自分達から動いていこうという判断となりました。世の中の動きで言えば、薬機法改正も控えていたこともあり、単純な『広告』の問題ではなく『社会問題』として捉えた事は大きいです」(popIn取締役の西舘亜希子氏)
popInは2019年、サイバーエージェント、グノシー、ログリーなど9社と共同声明を出し、「ネット広告の健全化に向け、フェイク広告やコンプライアンス違反広告を根絶するために連携して対応策を検討していく」と宣言した。その際にも独自に配信基準を引き上げたが、収益が大幅に下がり、代理店やメディアからの指示を断れなくなってしまったため、約3カ月で元の基準に戻した。
「それぞれの企業の方針が異なっていることや、類似事業とはいえそれぞれの企業の事情もあることも推察でき、足並みがそろわず形骸化してしまいました」(西舘氏)
虚偽・誇大広告など問題のある広告がネット上に発生してしまう理由について問うと、西舘氏は「参入障壁が低く、広告を気軽に掲出できる環境が理由の1つとして挙げられる」と説明する。
「薬機法、景品表示法、特定商取引法など、商品を販売する中で守らなくてはならない表記に関して、その『ルール』の難しさがある中で、『生活者をおいてけぼりにしていないか』、『嘘をついていないか』、制作する方の知識とモラルが必要だと思います。 加えて、広告表現の問題も存在します。過激なクリエイティブ表現になればなるほど、目を引いてしまい、クリックを誘発し、購買につながる確率が上がるケースもあります。 単純に収益になるからいい、という考えはとても危険だと考えます 」(西舘氏)
Googleも7月下旬、違反広告に対する罰則を強化するシステムを9月より試験運用すると発表した。「不正行為を助長する商品やサービス」、「不承認の薬物」、「危険な商品やサービス」が対象で、ポリシー違反に対しては違反警告が発せられる。3回の違反警告でアカウントは強制停止される。
大手企業以外への影響は不透明
popInの西舘氏は改正薬機法には虚偽・誇大広告などを抑止する効果があると考えている。「性善説に委ねても止められない場合は法規制になる。(ネット広告が健全化に向かうための)きっかけには十分だと捉えています」(西舘氏)
取材に応じた業界関係者の1人も「施行についてはポジティブに受け止めている」と話す。
「社会の関心度はどの会社が改正薬機法で罰されるによって変わってくると思います。小さい会社が罰されても多くの人は関心を寄せません。コーポレートガバナンスがしっかりとしていなければならない上場企業が虚偽・誇大広告で罰されたなら、それは社会に大きなインパクトをもたらすのではないでしょうか」(業界関係者)
広告業界では警察当局や厚労省による規制の強化に加えて、広告プラットフォームによる自主規制が進んでいる。popInのような広告基準の引き上げを行うプラットフォーマーが現れただけでなく、グローバルでも見てもGoogleやAppleがサードパーティクッキーの廃止に動いている。法律、システムそれぞれでの問題ある表現は自粛、規制が進みつつある。
8月11日にも美容家電メーカーのヤーマンが短期間で痩身効果があるとうたって美容ローラーを販売し、根拠がないとして景表法(不当景品類及び不当表示防止法)違反を指摘され、消費者庁より239万円の課徴金の納付を命じられた。コロナ禍、そしてD2Cの台頭などでECが人々の生活により近づく中、薬機法や景表法に照らし合わせるかたちで、広告表現を見直す時期がきている。