
- 自らCVC立ち上げを提案、原点は「ベンチャーへの出向経験」
- 本体とのシナジーやキャピタルゲインよりも新規事業の創出
- OLIが新たな投資先にHRTech企業を選んだ理由
- スタートアップ単独では難しい取り組みが可能になる
- 他のVCがやっていないことに挑戦することが生き残りのカギ
近年日本では“CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)ブーム”と言っても過言ではないほど、さまざまな企業がCVCの立ち上げに乗り出している。新型コロナウイルスの影響でスタートアップへの投資をストップする、もしくは件数や金額をセーブするような企業もあったものの、この数年間でCVCを起点に大企業とスタートアップの協業が加速した。
東京ディズニーリゾートの運営企業としてお馴染みのオリエンタルランドもその中の1社だ。2020年6月に全額出資の子会社としてオリエンタルランド・イノベーションズ(以下OLI)を設立した。
OLIの1番の目的はスタートアップへの投資や協業により「新規事業を創出する」こと。本体事業とのシナジーやキャピタルゲインを重要視するCVCも多い中で、同社のスタンスは少し珍しいかもしれない。
「オリエンタルランドとしてもいろいろ新規事業にトライしてきましたが、テーマパーク事業と並ぶような大きい事業までには育っていないという状態が続いています。このまま自社だけでやるのではなく、スタートアップ企業をはじめとしたパートナー企業と組んで実現を目指す道も必要なのではないかと考えました。その1つの方法として2019年の秋ごろからCVCの検討を始め、昨年6月に立ち上げています」
OLIの設立背景について、代表取締役社長を務める豊福力也氏はそのように説明する。
同社では2021年3月に1号案件としてホテルのD2Cブランドを展開するNOT A HOTELへの出資を発表。その後は流通小売領域のDX支援を推進するアドインテ、「個別指導 コノ塾」を運営するEdTech企業のコノセルと続き、直近では5月にリファラル採用支援サービスを手がけるリフカムへの投資を実行している。
出資枠は30億円で、主な投資対象はシリーズA前後のスタートアップ。資金の提供だけでなく人材交流なども含めて密に連携を進めながら「スタートアップのバリューアップに寄与する」方針を掲げる。
たとえばリフカムとは同社が運営する既存サービスの成長に伴走するだけでなく、共同で新サービスを開発することも検討しているという。
OLIがどのような思いからスタートしたCVCで、何を目指しているのか。また投資先のスタートアップとどのように関わっていくのか。豊福氏、そしてリフカム代表取締役の清水巧氏に話を聞いた。
自らCVC立ち上げを提案、原点は「ベンチャーへの出向経験」
実はオリエンタルランドにおけるCVCの立ち上げはトップダウンで決められたものではなく、豊福氏自らが社内で提案し、承認を得てスタートした取り組みだ。
なぜCVCだったのか。その原点には新卒で入社したオリエンタルランドで3年間人事を経験した後、同社の投資先でもあった「スープストックトーキョー」運営のスマイルズに人事課長として出向した経験があるという。
当時のスマイルズは全体で約100人規模の組織で、人事の担当者は豊福氏も含めて3人ほど。まさに事業も組織も成長真っただ中のベンチャー企業だった。
もともとオリエンタルランドでは評価制度や昇格制度などの運用・アップデートを中心に担当していたが、スマイルズでは細分化された業務を深堀りするよりも人事全体を広くカバーすることが求められた。
特定の業務で100点満点を目指すというよりも、人数が少ない中でいかに広い領域で合格点をとっていくのかーー。大企業とベンチャー企業で異なる仕事のやり方やミッションに刺激を受けながら、日々の仕事にあたった。
出向期間は1年弱と長くはなかったものの、その経験を通じて「大企業での経験とベンチャーの勢いをうまくブレンドさせることができれば、新たな価値を生み出せる」と感じた豊福氏。そのことが、後にCVCを提案したことにも大きく影響している。
「ベンチャー企業は勢いがある反面、社内の体制や仕組みにおいてはシステマティックではない部分もあったりします。その際に大企業が培ってきたノウハウや仕組みが役立つと思うのですが、それをそのまま持っていくだけではうまくいかない。ベンチャー側の事情や個性に合わせてカスタマイズした上でいかに注入できるかが個の力の見せ所ですし、いい形で混ざり合うことができれば絶対にプラスになるということを実感できました」(豊福氏)

豊福氏はオリエンタルランドに戻った後、グループ会社の再編業務や自社農園の立ち上げなどを経験。経営戦略部を経て、現在は自らの提案で誕生したOLIの代表を務める。
もともとCVCやベンチャー投資の経験があるわけではなかったため、設立前からスタートアップ関連のカンファレンスに参加したり、他社のCVC担当者にヒアリングをしたりしながら情報を収集。OLI設立後もまずは独立系VCのジェネシア・ベンチャーズとANOBAKAに出資し、業界の作法を学んだ。
並行してスタートアップとの関係性も少しずつ構築していく中で、今年に入って投資が本格化し始めた状態だという。
本体とのシナジーやキャピタルゲインよりも新規事業の創出
冒頭でも触れた通りOLIの1番の目的は新規事業の創出だ。会社としては「『夢・感動・喜び・やすらぎ』というミッションをグループとして掲げているので、そこに対してポジティブな印象を出せる事業を舞浜の外でも作っていきたいという思いが強い」(豊福氏)という。
出資を伴わない協業という選択肢も考えられたが、OLIとしては投資先と資本関係も結んだ上で、単なる協業に止まらず深く連携しながら事業開発に伴走するスタンスを重視した。投資先と相談しながら、かつて豊福氏が経験したように担当者の出向などの人材交流やジョイントベンチャーの設立なども検討する。

「個人的な思いとしては我々自身が投資先のサービス拡大に深く関わって、貢献できていることが外からもはっきり見えるくらいの成果を出せるようにしたいです」(豊福氏)
一方でスタートアップ側としては「果たしてオリエンタルランドのCVCがどこまでスタートアップのハンズオンをできるのか?」という疑問もわくかもしれない。豊福氏自身も「その視点で何ができるかが、自分たちにとっても大きなチャレンジ」だと話す。
「たとえばスタートアップは人事経験者が少なかったり、その知見が足りていなかったりするかもしれない。その点、我々の会社は人を大事にしてきた会社ですし、ヒューマンリソースに関しては強みがあります。デジタルとリアルを組み合わせた事業であれば、スタートアップの方達のデジタルの知見と、我々が積み上げてきたリアルなオペレーションに対する見解を融合することもできるでしょう。エンジニア主体の企業に対して、テクノロジーのサポートができるかと言われればできませんが、分野を選べばサポートできる部分もあると考えています」(豊福氏)
実際に3つ目までの投資先はホテル(NOT A HOTEL)、リテール(アドインテ)、塾(コノセル)と領域は異なれど「OMO(Online Merges with Offline)」という共通点がある。
NOT A HOTELとコノセルの2社はデジタルも取り入れたオフラインの場を運営。アドインテもIoT端末などを用いて収集したオフラインのデータをオンラインのデータと統合・分析し、販促に活用する事業に取り組む。
オリエンタルランドとしても「リアルには強い反面、デジタルに関してはまだまだ学ばなければならない部分もあると思っている」(豊福氏)ため、それぞれの得意領域を掛け合わせることができれば、双方にとってプラスになる面も大きいだろう。
OLIが新たな投資先にHRTech企業を選んだ理由
その3社と比べると、新たな投資先であるリフカムは若干毛色が異なる。同社は2016年にローンチしたリファラル採用活性化サービス「Refcome」を軸に、企業の採用コストの削減や離職率の低減、従業員エンゲージメントの向上などをサポートしてきたHRTechスタートアップだ。

これまでVCや事業会社から総額で数億円規模の資金調達をしながら事業を拡大しており、同社のサービスはスタートアップから大手外食チェーン、製造業に至るまで累計で880社に活用されている。
このように既存事業についてはすでに一定の規模に成長している段階だが、今回OLIがリフカムと一緒に進めていくのは新サービスの拡大と開発だ。
リフカム代表の清水氏によると、同社では現在Refcomeから派生したアルバイト雇用企業向けの新サービス「Refcome for Stores」の開発を進めている。
同サービスではスタッフ間のコミュニケーションツールとしての機能を中心に、給与明細や業務マニュアルなどをアプリ上で閲覧できる機能などを実装予定。店舗業務の効率化や従業員のエンゲージメント向上をサポートし、結果としてリファラル採用が積極的に起きる状態を作るというものだ。
「我々もアルバイトのスタッフを多く抱えていることもあり、(リフカムが)解決しようとしている課題は自分たちにとっても大きく関連する事業です。またそれを解決していくことで従業員の働きがいやエンゲージメントを高めていきたいという清水さんたちの考えは、自分たちのミッションともよく合い共感しました」
「(他の3社も含めて)自分たちが何かしらサポートし得るような部分がある会社に出資して、一緒に事業を作っていければという考えが根本にあります。その観点でも、微力ながらサポートできることがあるのではと考え、投資を決めました」(豊福氏)
一緒に事業を作っていくことを前提に、早速OLIの担当者が週2回ペースで清水氏らと密にディスカッションを始めているという。

スタートアップ単独では難しい取り組みが可能になる
リフカムとしては社内で多くのアルバイトが活躍しているオリエンタルランドと事業を作っていきたいという思いに加えて、オリエンタルランドと一緒に実際にサービスを検証したいという思いもあるようだ。
背景として清水氏の中には、日本は海外と比べても非正規雇用領域におけるテクノロジーの導入スピードがかなり遅れているという危機感がある。特に「エンタープライズ企業が導入をして、その事例を発信するという点で遅れが大きい」というのが同氏の見解だ。
ただスタートアップがいきなりエンタープライズに入り込んでいくことは、そう簡単ではない。リフカム自身もそれを経験してきたからこそ、ハンズオンで共に新規事業を作っていくというOLIの考え方には魅力を感じたという。
「日本では自分の職場を友人などに紹介したいと考えているアルバイトの方(ロイヤルティの測定指標であるNPSにおける推奨派の割合)は3%程度しかいないと言われています。その現状を変えようと思った時に、どこにアプローチすべきなのか。彼ら彼女らの多くが働いているのはいわゆる大型チェーン店であることも踏まえると、エンタープライズ×非正規雇用領域はリフカムとして絶対に取り組まなければならない領域です」
「それを推進する上で自分たちに一番足りていないピースが、エンタープライズへの理解や、実例を世の中に発表する際のインパクトです。オリエンタルランドグループの過去の取り組みや知見を聞きながらプロダクトを開発することできれば一気にパワーアップできる感覚がありますし、もしその事例を世の中に広げていくことも一緒にできれば、スタートアップ1社では難しかった取り組みも可能になると考えています」(清水氏)

リフカムでは中長期的にRefcome for Storesを”非正規雇用領域のスーパーアプリ”のような形で進化させていく構想で、それに合わせて事業領域を拡張していく計画。その過程においてはOLIとジョイントベンチャーを作って新たな事業をゼロから立ち上げることも検討していくという。
他のVCがやっていないことに挑戦することが生き残りのカギ
OLIは今年の6月に設立から丸1年を迎えた。最初は全くスタートアップのことがわからない中で試行錯誤を続けてきたが「この1年間で少しずつ知見が高まってきた中で、リフカム社を含む数社と共創の取り組みを始められた。やっとスタートを切れたというのが正直な感想です」と豊福氏は最初の1年を振り返る。
もっとも、OLIにとってはここからが正念場とも言える。
投資先が増え、具体的な取り組みも進んでいく中でどのような価値を出せるか。冒頭でも触れたようにスタートアップに投資するプレーヤーも多くなってきているからこそ周囲からはシビアな目で見られるだろう。
「出資をして一緒に共創していただく方々に対してどういった価値を提供できるかだったり、それをどのように評価していただけるかに本当に懸かっていると思っています。我々もその期待に応えられるようにしっかりやっていきたいです」
「(自分自身の原体験もあって)行動指針として『伴走』という話を社内でもよく話しています。しっかりと寄り添い、OLIとしての価値を出していく。他のCVCや通常のVCがあまり取り組んでいないようなところにもチャレンジしていくことが、我々が生き残るというか、認めてもらえる方法の1つと思っているので、そこにはこだわっていきます」(豊福氏)
