KULEANAの代替マグロを使った寿司 すべての画像提供:KULEANA
KULEANAの代替マグロを使った寿司 すべての画像提供:KULEANA

「なぜ我々は今、カメラやマスク越しに会話をしているのか──それはわれわれが動物を食すことで不健康になっているからです」

米名門アクセラレーターY Combinatorの成果発表であるデモデイ。昨年夏、コロナ禍でオンライン開催となったそのデモデイでこう言い放ったのは、植物由来の原料で生マグロの代替食品を開発する米国のスタートアップ、KULEANA(クレアナ)の創業者でCEOのJacek Prus氏だ。

デモデイに登壇した198社は各社1枚の資料を用意し、約1分間の短い時間の中でピッチした。トラクション(実績)で投資家の気を引こうとするスタートアップが大半だったが、KULEANAだけは政治的な主張を中心にピッチを構成し、異彩を放った。

当時はまだプロダクトの開発途中だったが、今では全米展開する飲食チェーンがKULEANAのプロダクトを使ったメニューを提供する。起業の背景や代替マグロを開発する理由について、「元々はクレイジーな活動家だった」というPrus氏に話を聞いた。

KULEANA創業者でCEOのJacek Prus氏
KULEANA創業者でCEOのJacek Prus氏

──起業のきっかけは。

私はテキサス大学に在学中、動物愛護活動家として活動していました。7年ほど前の話です。動物愛護団体のPETA(People for the Ethical Treatment of Animals:動物の倫理的扱いを求める人々の会)と手を組み、大学のカフェテリアにビーガン向けのメニューを導入するよう働きかけるなどしていました。

動物愛護活動家になったきっかけは、動物倫理の授業で見た「EARTHLINGS」という工場畜産に関するドキュメンタリーです。とてもパワフルな作品で、衝撃を受けました。残酷な環境に閉じ込められている動物たちを見るのがとても苦しく、動物たちを開放したいと思うようになりました。

活動家から起業家へと転身したきっかけは、ロサンゼルスで見たある講演でした。The Good Food Institute(代替肉や培養肉の普及を目指す非営利団体。Y Combinatorが出資)の創業者・Bruce Friedrich氏などが登壇していて、「サステナブルな食品を展開すればビジネスでも動物や環境は救える」と気づかせてくれました。その講演を見た後、ビジネスとアントプレナーシップの修士学位を取得し、ドイツへと渡りアクセラレーターを立ち上げました。ProVeg Incubatorという、代替タンパクに特化したY Combinatorのようなアクセラレーターです。

KULEANAのアイデアを思いついたのはProVeg Incubatorに関わっていた時のことです。WWF(World Wildlife Fund:世界自然保護基金)は2015年の報告書「Living Blue Planet Report」において、過去40年で世界の海の生物が半減したとしています。そのため、世界にポジティブなインパクトを残したいと考え、代替シーフードを開発するに至りました。

──KULEANAのミッションは。

KULEANAという社名は「責任」という意味のハワイ語に由来します。ミッションは「人々に美味しい食を提供すると同時に、環境破壊を防ぐこと」です。シーフードを代替するよりよい選択肢を提供し、2040年までに世界のシーフードの消費を半減することを目標としています。目標を達成するには、美味しくヘルシー、かつサステナブルなプロダクトを展開する必要があります。

たとえばTeslaの車は見た目も性能も素晴らしく、環境にも優しい。私たちは食品の領域において、Teslaのような存在になりたいと思っています。

そこで開発したのが植物由来の素材でできた代替マグロです。藻類やバンブーファイバーが主な成分で、着色には野菜を使っています。シンプルでヘルシーな代替タンパクです。

KULEANAが開発する代替マグロ
KULEANAが開発する代替マグロ

──どのようなユーザーがKULEANAの代替マグロを食べるのですか。

KULEANAのユーザーは、環境保護や動物愛護への意識が高い人たちから、健康に気をつけている人たちまで、さまざまです。ベジタリアン(菜食主義者)やビーガン(卵やチーズ、魚などを含む動物由来のものを一切口にしない完全菜食主義者)だけではありません。「マグロを食べたいけど、水銀を摂取したくないから」という人たちもいます。意識の高い新しい、物好きな人たちからも注目されています。

マグロを代替しようと決めた理由は、比較的高価な魚なので、同等もしくはより低価格な代替食品を提供できると考えたからです。加えて、例えば植物由来のフィッシュスティックでは面白くないなと思い、まだ成功事例のない植物由来の素材を使ったマグロの赤身を開発するに至りました。

──Prusさんご自身はビーガンですか。

ビーガンになろうとチャレンジしてみたのですが難しく、“ほぼ”ビーガンといった状態です。「80パーセントビーガン」と説明することが多いです。いつも自分で買い物をして自宅で食事をするのであれば簡単なのですが、外出したり誰かに会ったりすることもありますからね。KULEANAでは完璧主義を目指してはいません。完全にビーガンのメンバーもそうでないメンバーもいます。お互いを尊重し、いいプロダクトを開発するのみです。

──KULEANAの代替マグロはどこで食べられますか。

KULEANAの代替マグロは全米展開するハワイ料理専門店「Poké Bar」のポキボウル(ポキ丼:白米にマグロの赤身などをのせたハワイ料理)や、カリフォルニアを中心に展開するオーガニックスーパー「Erewhon Market」の寿司などに採用されています。今はBtoB展開がメインですが、数カ月後にはD2Cビジネスも開始する予定です。

KULEANAの代替マグロを使ったポキボウル
KULEANAの代替マグロを使ったポキボウル

今後は商品ラインナップを増やし、植物由来の素材で作ったスモークサーモン、マリネ、エビやカニなどを展開していきたいと考えています。

──日本での展開は視野にありますか。

名前は明かせませんが、すでにパートナーになりうる企業や人々とは会話をしています。消費者が何を求めているのかなど、日本市場についてはもっと詳しく知りたいと思っています。

日本に訪れた際、食べ物がとてもおいしかったので驚きました。日本人は舌が肥えている。少なくともマグロに関して言えば、アメリカ人よりも味を知っている。そのため我々としては日本人よりもアメリカ人を相手に商売する方が簡単だというのが現状です。

ですが、日本はシーフードの消費量がとても多い国なので、日本市場への参入はもちろん視野にあります。日本人は寿司が好きだと思うのですが、後の世代も寿司を楽しめるようにするためにはどうするべきなのか、長期的な視野で考えるべきだと思います。私たちの目標は、植物由来の代替食品を提供することで人々が消費するシーフードの量を半減させること。KULEANAの代替マグロは美味しいですし、本物の赤身に近い風味と食感なので、いつか試してみてください。

──代替食品の普及は今後も進みますか。

プロダクトが進化するにつれて、代替食品の普及はどんどん加速していくと思います。今はまだプロダクトが不完全な状態なのです。

トヨタのプリウスはいい車ですが、大多数の人々が買うようなプロダクトではありませんでした。一方、Teslaの車は見た目もかっこいいですし、速く、機能的です。Teslaが登場したことで、EVの普及は一気に加速しました。代替食品市場でも同じようなことが起こるのではないでしょうか。

KULEANAの代替マグロを使った寿司 すべての画像提供:KULEANA
KULEANAが開発する代替マグロ
KULEANAの代替マグロを使ったポキボウル
KULEANA創業者でCEOのJacek Prus氏