Photo by History on Unsplush
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  • オバマ大統領を誕生させた「Self Us Now」理論
  • デービッド・アーカーの「シグネチャーストーリー」
  • ハイネケンの最高すぎるCM

「プロセスエコノミー」の正体について理解したものの、実践するにはどうしたらいいのか。『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(幻冬舎)では、その具体例としてオバマ大統領のスピーチ、ブランド経営論の大家であるデービッド・アーカーのシグネチャーストーリー、ハイネケンのCMが紹介されている。

ビジネスパーソンがプロセスエコノミーを理解し、実践していくにあたって重要なことは何か。その内容について、同書より一部抜粋してお届けする。

オバマ大統領を誕生させた「Self Us Now」理論

人はなぜプロセスに共感し、熱狂していくのか。2008年のアメリカ大統領選挙で、オバマフィーバーが吹き荒れます。

「Yes, we can」(私たちはできる)、「Change」(変革)というキャッチフレーズは、9・11テロ後のアフガニスタン紛争とイラク戦争に疲れ切っていたアメリカ人の心に突き刺さりました。こうして2009年1月、有色人種初のアメリカ大統領が誕生したのです。

オバマを当選に導いたのは、選挙戦の参謀を務めたマーシャル・ガンツ(ハーバード・ケネディスクール講師)でした。彼は「パブリック・ナラティブ」「コミュニティ・オーガナイジング」という手法を選挙戦と演説に取り入れます。

これが「Self Us Now」理論です。オバマはいきなり「大きな物語」を聴衆にぶつけるのではなく、「私はこういう人生を歩んできた」と「小さな物語」を訴えるところから語り始めました。

「私は黒人としてマイノリティの苦しみをずっと味わってきた。でもアメリカという国が自由を与えてくれたから、私はここまでのぼってこられた。マイノリティの苦しみを味わった人間が、変革を起こしていく。これってみんなもできることだよね」

そんなふうに「story of self」(自分がここにいる理由)を語り、「story of us」(私たちがここにいる理由)を聴衆に投げかけ、「story of now」(今行動を起こすべき理由)を訴える。大統領候補の生い立ちという「他人の物語」から「自分の物語」へと変換させることによって人々を巻き込んでいったのです。

この話がプロセスエコノミーとどのように関連するのでしょうか。

「Self Us Now」理論で人生のプロセスを共有するうちに、自分の中にあるストーリーが、異なる他者のストーリーとどんどん重なっていきます。「私はこういうふうに生きてきた」「君は今こういう道を歩んでいるんだね」「私と君には共通点がある。その共通点をきっかけに連帯しながらみんなで何かを起こそうよ」

自分のプロセス(生き様)を開示し共有することで、個の熱狂が集団の熱狂へと広がるのです。

一人のリーダーのアウトプットによって大きな社会変革がいきなり起きるわけではありません。一人が100歩前進するのではなく、プロセスを共有した仲間100人が一歩ずつ前進する。一緒に動いていく。閉塞感漂うアメリカをチェンジするために取ったオバマ大統領の手法は、まさに人がプロセスに共感するメカニズムを捉えていました。

デービッド・アーカーの「シグネチャーストーリー」

皆が一緒に冒険したくなるストーリーやナラティブはオバマ元大統領のような強力なリーダーからしか生まれないのでしょうか?

尾原和啓著『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(出版:幻冬舎)
尾原和啓著『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(出版:幻冬舎)

ブランド経営論の大家であるデービッド・アーカーは『ストーリーで伝えるブランド
シグネチャーストーリーが人々を惹きつける
』(翻訳=阿久津聡、ダイヤモンド社)という本の中で、ブランドにとってシグネチャーストーリー(Signature Story)が大事と語っています。その企業・サービスを象徴するような際立ったストーリーを徹底的に打ち出せば、ブランドは顧客の心の底まで深く突き刺さるというわけです。

そしてストーリーをもっているのは、創業者だけとは限りません。むしろ従業員の場合もあれば、取引先やお客さんのほうがリアリティがあることも多いです。大切なのは、そのブランドの「こだわりや哲学」に一致するストーリーであるかどうかなのです。

あふれる情報の中で人の心が動くのは「本物」だけです。だから、ブランドを語るときに加工されたクリエイティブではなく、サービスとの関わりの中から立ち上がったリアルなストーリーを見つけ出し、磨くのです。「伝える」ではなく「伝わる」。話を聴いている人が、進んで一緒に歩きたくなるようなストーリー、ナラティブを言語化する。

そこに共感が生まれ、お客さんを一緒に冒険してくれる仲間にしていく。その仲間がまわりの人に声をかけて、さらに多くの仲間が寄ってくる。そして共にモノやサービスを作り上げていく。

このループを回していけば「コミュニティこそが経営戦略の根幹である」という方向性に至ります。そのコミュニティをベースのところで下支えするのが、ストーリーでありナラティブな語り口、語り方なのです。

さらにクリエイティブディレクターの佐藤尚之さんは著書『ファンベース 支持され、愛され、長く売れ続けるために』(筑摩書房)の中で、ファンの支持を強くするためには3つのアップグレードがあると述べています。

①共感→熱狂
②愛着→無二
③信頼→応援

プロセスを共有することによって、最初に抱いていた「共感」はやがて強い「熱狂」にまで高まっていく。ブランドへの「愛着」は、このブランドではなくてはダメだという「無二」の感情へと変わっていく。そして受動的な「信頼」から能動的な「応援」へと高まっていくのです。

こういった蓄積が「Community Takes All」(コミュニティを制するものがすべてを制す)につながってくるのです。

ハイネケンの最高すぎるCM

またプロセスを共有すると、人間はまったく違うポリシーや思想をもつ他者にも親しみを覚えて「この人は自分の仲間だ」と感じるものです。ハイネケンの素晴らしいコマーシャルを素材に使いながら、この点について考えてみましょう。

右翼と左翼、フェミニストとアンチ・フェミニスト、トランスジェンダーの当事者とアンチ・トランスジェンダー、「気候変動は人類のせいで起きているわけではない」という論者と「地球温暖化対策をやらなければ人類は滅亡する」という論者が、倉庫の中で初めて出会います。

フェミニズムやLGBT、地球環境問題といった複雑な議論をいきなり始めるわけではありません。そういう話は脇に置いて、主義主張がまったく異なる2人が一緒に椅子を組み立て始めるのです。

組み立て作業を1人でやるのは大変なので、助け合ったり指示を出し合ったりしながら椅子が完成します。2人はさらに協力を重ね、立派なバーカウンターができあがります。

そのあと、2人が出会う前に収録したそれぞれのインタビュー映像が流されます。このとき初めて、お互いの主義主張や考え方がまったく異なることが判明するのです。動画を見たあと「部屋から出ていくか。それともビールを飲みながら話を続けるか」と問われ、2人はどちらを選ぶのか。

「そりゃビールだよな」と乾杯し、ハイネケンの小瓶を片手に和やかに議論を始めるのです。「今日は一緒に働いて楽しかったよ」「オレたち意見は違うけど、とりあえずこうやってビール飲むのはいいよな」「人生に白黒なんてはっきりつかないよな」。そんなふうに 語り合いながらビールを飲むコマーシャルは、実に感動的です。

ペアワークで一緒に汗を流し、運命共同体として1つのプロジェクトに取り組む。考え方がまったく違っていても、1つの仕事を成し遂げることはできる。「なんだ、オレたちはケンカしたりぶつかったりする必要なんてなかったのか」と、みんなが気づくのです。

SNS社会では、至るところで相手を論破しなければ気が済まないとばかりに、ロジックとロジックをぶつけ合っています。でも相手の主義主張なんて簡単に変わりはしません。

世界は複雑で、どちらにも正義があるというのがほとんどです。それでもなお相手を強引に屈服させようとしたら、最終的にはケンカ、戦争になってしまいます。

ハイネケンのコマーシャルは、プロセスでつながる大切さを伝えるためのとても良い教材です。

YouTubeで「価値観の違う他人と仲良くなれるか?」と検索すると、日本語字幕つきの4分半の映像を視聴できます。皆さんもアクセスしてみてください。

このように人間というのは本能的に、他人とプロセスを共有することに幸福を感じ、主義主張を超え、つながることができる生き物なので、プロセスエコノミーは人間本来のメカニズムと非常に相性が良い仕組みなのです。