
- 5Gの目玉コンテンツとしてARを展開
- 3Dモデルを“撮って出し”
- “脱・携帯キャリア”の一環として制作設備を開放
30台の4Kカメラが全身を撮影し、等身大サイズの高精細なARモデルを作成する──ソフトバンクが5G時代の目玉コンテンツに据えるARの高度な撮影ができる専用スタジオ「xRスタジオ」が8月、メディアに初公開された。8月下旬から放送されているソフトバンクのテレビCMでは、アイドルグループ・V6のメンバーたちが全身をスキャンされ、“AR化”する様子も放映されているが、その撮影も、xRスタジオにて行われたものだ。
その日まで。
— V6 5G LOVE! (@SoftBank_5GLOVE) August 23, 2021
まだまだ、愛を届けたい。
ソフトバンクと一緒に、
もっとみんなの近くへ。
26年分の思い出とともに。
今、届けたい愛がある。
そんな #V6 のメンバーの想いを込めた、 #V6_5GLOVE のCMが本日公開です!
ぜひご覧ください✨ #5GLAB#SoftBank pic.twitter.com/UwAzg359SJ
政府の意向で携帯料金の値下げを迫られているソフトバンク。同社は“脱・携帯キャリア”を目指す「Beyond Carrier」戦略の一環として、xRスタジオを活用し、アイドルやタレントなどをターゲットとした新たな産業向けサービスの展開をもくろむ。
5Gの目玉コンテンツとしてARを展開
XRとは、仮想空間上に3Dモデルなどを表示する技術の総称で、完全な仮想空間内で体験するVRや、現実空間上を映し出したカメラ上に仮想の物体を表示するARなどが含まれる。位置情報ゲーム「ポケモンGO」で、ポケモンを現実空間にいるかのように表示する機能も一種のARだ。
本格的なVRやARのコンテンツを配信するには、通信インフラやデバイス側に高い処理能力が求められる。次世代のモバイル通信「5G」とは相性の良いコンテンツと言えるだろう。ソフトバンクでは5Gのサービス開始にあわせて、コンテンツ配信サービス「5G LAB」を公開。その一環として、XRコンテンツの開拓と普及にも力を入れている。
5G LABのコンテンツの1つ「AR SQUARE」では、アニメのキャラクターやアイドル、お笑い芸人などのARモデルを配信している。ARコンテンツをスマホの画面上に表示すれば、動く人形のように愛でたり、一緒に写真を撮ったりできる。
ARでスマホ上に呼び出せる芸能人は、アイドルではNiziUやでんぱ組.inc、お笑い芸人ではEXITやコロコロチキチキペッパーズといった面々がそろっている。
3Dモデルを“撮って出し”
AR SQUAREで配信している芸能人のARモデルは、すべて江東区のxRスタジオで撮影されている。スタジオを運営するのはソフトバンク傘下のリアライズ・モバイル・コミュニケーションズ(以下リアライズ)だ。ARモデルの作成技術では世界トップクラスの米8i社の技術を採用したことで、短期間で高品質な全身ARモデルを作成できるという。

実写映像からARコンテンツで使われる3Dホログラムモデルを作成する技術そのものは珍しくはないが、通常の制作プロセスでは作成に数週間から数か月かかる場合もある。画像をつなぎ合わせた際の修正作業に手間がかかるためだ。
xRスタジオが採用する8i社のソリューションは、AIによる自動化を駆使して高品質な3Dモデルを“撮って出し”を可能にした。

xRスタジオのメインステージでは、グリーンバックの周囲に4Kカメラを30台配置。人の動きを約200万点の特徴点として認識する。一般的な映像のようにフレームレート30fpsで撮影しても膨大な処理量となるが、人の顔などの特徴的な要素を重点的に認識することで、リアルタイムに近い処理速度でレンダリングが可能となっている。

レンダリングされるコンテンツ自体が高品質なため、従来技術と比べて人手による処理時間を大幅に短縮できるという。15秒のARコンテンツなら最短2時間ほどで3Dモデル化を可能とする。
特にアイドルなどのARコンテンツを作成する場合、芸能事務所の許諾を得る必要があるため、品質の良し悪しが重要となる。xRスタジオではその水準を満たす品質でコンテンツを作成できる。

また、ソフトバンクでは3D映像を配信するプラットフォームも運営している。視聴するスマートフォンの性能にあわせて、配信するコンテンツのストリーミング品質を柔軟に調整できる仕組みとなっている。


“脱・携帯キャリア”の一環として制作設備を開放
ソフトバンクの“本業”とも言える国内の携帯電話事業は、大きな転換点を迎えている。5Gの基地局展開を進めながらも、その資金源となる携帯料金は政府の意向で値下げを迫られている状況だ。
個人向けの携帯電話料金から得られる収益は今後も減少傾向にあると見られる中で、携帯各社は新たな収益の柱を探している。ソフトバンクではBeyond Carrier戦略を掲げ、通信サービスと親和性が高い産業向けのサービスを拡充する方針を示している。

リアライズのxRスタジオも、Beyond Carrier戦略における新たな産業向けサービスとなる可能性がある。xRスタジオは、現在は自社コンテンツのAR SQUAREでの利用が大半を占めているが、今後は外部のパートナーに開放し、コンテンツ制作の支援サービスとして展開していきたいという。
ソフトバンクでAR系サービスを統括する公文悠貴氏は、「5G LABは一種の事例研究として、さまざまなARコンテンツを展開してきた」と言及する。短期的にはARをファン向けビジネスにおけるプロモーションで需要があると見ており、例えば、「アイドルの生写真にスマホをかざすとARの立体映像が表示される」といった活用で、コンテンツの付加価値向上につなげられる可能性があるという。

高速で通信できる5Gデバイスの普及によって、動画を中心としたエンターテインメントの世界にも変化が起こるだろう。ARの普及は、その進化の1つの方向性として有望と言える。ソフトバンクのAR SQUAREでの取り組みには、ARコンテンツがより普及した段階で制作から配信まで展開するプラットフォーム化を見据えての試行錯誤という意味合いもあるだろう。

スマホ上でのAR体験については、技術的素地も整いつつある。スマホ向けOSでは、AR Kit(iOS)、AR Core(Android)というソフトウェア開発キット(SDK)が導入されており、対応機種も増えつつある状況だ。加えて、ウェブサイト上でAR表示をサポートする仕組みも整いつつある。ソフトバンクでは8i社の技術を応用し、ARでリアルタイムの動画中継をする技術の開発を進めている。
ただし、現状のARコンテンツでは利便性の面での課題もある。まず、スマートフォンなどの再生デバイス上の処理能力が追いついていないことが挙げられる。それ以上に課題となるのは、ユーザーにとっての再生までの心理的・物理的ハードルの高さだ。
ソフトバンクが配信する5G LABアプリでは、AR SQUAREのすべてのコンテンツを無料で利用できる。他キャリアのユーザーでも利用可能だ。そういう意味での利用のハードルは高くはないものの、スマホで見るようなARコンテンツでは、長時間の配信は難しいという。
公文氏は「AR SQUAREのコンテンツはすべて1分以内の短尺の動画になっている。現代のスマホの平均的な処理能力に合わせているためだが、長時間のARコンテンツを視聴するためにスマホを構え続けるのは現実的ではないという事情もある」と話す。ARコンテンツで映画のような長尺な動画を楽しむには、グラス型のARデバイスの普及を待つ必要があるだろう。