
この10年でその存在を強めてきた国内のスタートアップのエコシステム。資金調達額で見れば2011年の822億円から2020年の4611億円と5.6倍に成長したほか(INITIAL「Japan Startup Finance 2020」調べ)、新興市場であるマザーズ、ジャスダックへの新規上場企業数は2011年の27社から2020年の77社(2.9倍)になっている。
外部からの資金調達を原動力にして、速いスピードでのIPO(新規株式公開)やM&Aといったイグジットを目指すスタートアップが生まれる一方で、新興市場に上場した企業の約半数は、上場後の成長が停滞している。そんな実態を伝えるレポートが発表された。
「上場後の成長の谷に関する共同研究レポート」と題したレポートを作成したのは、一橋大学大学院経営管理研究科教授で、コーポレートファイナンスを研究する鈴木健嗣氏。そして上場後の企業の成長支援を行うグロース・キャピタルだ。このレポートでは、時価総額や時価総額の成長率をもとに、上場後の企業の成長について論じている。
レポートによると、2013年から2019年に日本の新興市場(マザーズ、ジャスダック)に上場した企業の株価時価総額の中央値は、IPO直後期が83億7500万円で、直近(2021年3月30日)では95億2600万円。時価総額の成長率を中央値で見ると、1期間で-2.1%、3期間でも3.0%という数字になっている。一方平均値で見れば、時価総額はIPO直後期が162億4700万円で、直近では298億3800万円。時価総額成長率は1期間で23.%、3期間で66.3%となった。下図にもあるとおり、上場後に時価総額ベースで大きく成長している企業がある一方で、半数近くの企業はほぼ成長していないという。

また国内の動向を米ナスダック市場へ上場した企業とも比較している。同期間のナスダック上場企業においての中央値はIPO直後期が464億7100万円、直近が673億4600万円、成長率で見ると1期間で7.1%、3期間で13.2%となっている。

グロース・キャピタル代表取締役社長/CEOの嶺井政人氏は、そもそもナスダックと日本の新興市場で上場時の企業規模や時価総額に違いがあることや、最近、公正取引委員会が調査に乗り出したように、日本では公開価格と初値に差があるといった事情があるとしつつも、日米での成長率の違いが顕著だと説明する。
ナスダックにおいては、IPO直後期末で時価総額1000億円未満だった会社のうち9社は直近で時価総額5000億円を超えており、うち2社(Sunrun、Fiv9)は時価総額1兆円を超えているのだという。一方、日本ではメルカリとペプチドリームが時価総額5000億円を超えたが、まだこの10年で新興市場から時価総額1兆円企業は生まれていない。

レポートでは上場ベンチャーの成長を妨げる要因として(1)上場前後の急成長期に将来への成長投資を絞り、成長のポテンシャルを減らしてしまう、(2)上場後、経営人材やベンチャーマインドのある人材の採用が難しくなる、(3)多くの経営者が上場企業の経営経験がなく、手探りで上場後の経営を行っている、(4)目線の違う個人投資家、初めて対面する機関投資家とのコミュニケーションの難しさ──という4点を挙げるそして課題解決のために、産官学での議論や連携が必要だとした。

鈴木氏、嶺井氏には今回のレポート発表に合わせて、(1)今回のレポートの結果をどう見るか、(2)上場後に企業が価値を上げるため行うべきアクションについて、本誌から尋ねている。以下に回答を掲載する。
鈴木氏
【問1】成長余地が多いはずの小規模IPO企業においてNASDAQ企業と比べ日本のIPO企業は成長率が低いです。これは日本の小規模IPOがIPOの利点を生かし切れていない可能性があります。成長率のバラつきもNASDAQの方が大きいことからは、NASDAQに上場する企業がリスクを取ってチャレンジしていることを示唆する結果といえます(リスクとリターンは正の関係にありますので、大きな成長にはリスクを取らなければならないという考えと整合的です)。
【問2】企業の急成長はNPV(Net Present Value:正味現在価値)が正の投資案に投資をすることで成長するわけですが、要はリスクを取って勝負に出れるかどうかかと思います。長期的かつ柔軟に高い視座を持ち、投資家・債権者などから十分な信頼を獲得し、勝負できる環境を整えることができることが望ましいです。
嶺井氏
【問1】上場後の停滞は、日本からイノベーションを起こし、新産業を生み出す上で、大きな課題です。日本に、世界一上場しやすいと言われるマザーズ市場があることは、日本のスタートアップにとって、大きなメリットです。しかし今回の研究結果では、上場を通じて資金調達や信用力獲得を早いフェーズで行うことができるメリットを日本のベンチャーが活かせていないことを示唆しています。
ここまでベンチャーの上場後の成長停滞を「IPOゴール」などの言葉で揶揄することはあっても、その構造的課題が真剣に議論されることはありませんでした。
上場後の成長は今まで議論が行えていなかった、日本の大きな伸びしろとも言えます。この10年で上場ベンチャーが数多く生まれ、そこには上場まで辿り着いた優秀な経営陣や、事業が何百とあり、大きな成長ポテンシャルがあります。
【問2】自社の成長戦略をステークホルダーに伝え、上場前から中長期目線での成長投資を行っていくことが重要です。
しかし今回レポートで発表させて頂いたように、上場前後において中長期目線での成長投資を行いづらい構造的課題があります。これらはスタートアップだけで解決できることではないため、関係者が共にこの構造的課題に向き合う必要があると考えています。