Photo: John Lamparski /gettyimages
PayPal創業者のピーター・ティール氏 Photo: John Lamparski /gettyimages
  • 仕組み化された「スタートアップ支援」が機関投資家から評価
  • 約2万人へのワクチン接種の舞台裏
  • 日本のスタートアップと海外の投資家をつなぐ架け橋に

1号ファンドの組成から約5年半──これまでに1号ファンド(38億円)と2号ファンド(60億円)に加え、SPV(Special Purpose Vehicle)と呼ばれる専用ファンド(SmartHR向けで20億円)、追加投資専用のグロースファンド(27億円)の合計4つのファンドを組成し、約150億円を運用してきたシードステージのベンチャーキャピタル(VC)が「Coral Capital」だ。4つのファンドを通じて、80社以上の国内スタートアップに投資を実行してきた。

そんなCoral Capitalは、さらなるスタートアップへの投資機会を求め、過去の運用総額と同規模の新ファンドを設立した。8月31日、Coral Capitalは総額140億円規模となる3号ファンドの組成を発表した。今回の出資者はPayPal創業者のピーター・ティール氏が率いる米VCのFounders Fund、シンガポールの投資運用会社・Pavilion Capital、みずほ銀行、三菱地所、新生銀行、第一生命、グリー、非公開の国内外の機関投資家や財団などが名を連ねる。

3号ファンドの投資対象は、シード期からシリーズAのフェーズにあるスタートアップで、初回の投資額は1社あたり3000万円から5億円を予定しているとのこと。なお、3号ファンドでは追加投資に関して、最大20億円まで単独で出資できる。

また、ファンドの運用期間は過去のファンド同様に10年に設定されているが、3号ファンドではスタートアップを長期間にわたって支援すべく、最大14年まで延長できるという。創業パートナー兼CEOのジェームズ・ライニー氏は「ファンドの運用期間を最大14年まで延長できるようにすることで、より長期にわたってスタートアップを支援できます。日本からより多くのユニコーン企業を輩出していきたいです」と語る。


仕組み化された「スタートアップ支援」が機関投資家から評価

Coral Capitalはもともと、500 Startups Japanの1号ファンドとしてスタートを切ったVCだ。2019年3月に2号ファンドを組成したタイミングで、現在のファンド名に変更。核融合やロボティクス、バイオなどのディープテックから、SaaSやFintech、D2Cまで、多様な領域のスタートアップに投資してきた。

代表的な投資先として先日、海外の投資家などから約156億円の資金を調達し、ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業のこと)となったSmartHRがある。

また、これまでにアメリカン・エキスプレスによるポケットコンシェルジュの買収、メルカリグループ(メルコイン)によるBassetの買収、ツナグ・ソリューションズによるReglus Technologiesの買収など7件(うち4件は非公開)のイグジット実績も生まれているという。

(後列の左から3番目)Coral Capital創業パートナーの澤山陽平氏、(前列の一番右)Coral Capital創業パートナー兼CEOのジェームズ・ライニー氏 すべての提供画像:Coral Capital
(後列の左から3番目)Coral Capital創業パートナーの澤山陽平氏、(前列の一番右)Coral Capital創業パートナー兼CEOのジェームズ・ライニー氏 すべての提供画像:Coral Capital

そうした実績も評価され、今回立ち上がった3号ファンドの大部分は機関投資家から資金を集めており、海外投資家比率も約3割を超えているという。創業パートナーの澤山陽平氏は「国内の事業会社からの出資比率が高かった日本のベンチャーキャピタル業界ですが、3号ファンドでは、より純投資を目的とする資金の比率が高くなっている」と語る。

ここ数年、200〜300億円規模のファンド組成のニュースが目立つなど、ベンチャーキャピタルの規模も大きくなってきている。ただ、立ち上がってから約5年半のベンチャーキャピタルが140億円規模のファンドを組成するのは異例とも言える。

なぜ、Coral Capitalは国内外の機関投資家や財団などから資金を集めることができたのか。その理由を澤山氏は「仕組み化されたスタートアップ支援にある」と説明する。

「Coral Capitalではこれまでの活動を通じて、スタートアップの資金調達や人材採用、情報発信などを支援する仕組みを構築してきました。そこが国内外の機関投資家や財団などから『他のベンチャーキャピタルと違う』と思ってもらえた部分だと思います」(澤山氏)

約2万人へのワクチン接種の舞台裏

Coral Capitalでは2016年4月には標準化された投資契約書のひな形「J-KISS」を公開しているほか、スタートアップ業界の知見を共有するオウンドディアの立ち上げ、採用支援など、スタートアップ支援を仕組み化して展開してきた。

特にオウンドメディアについては、国内ベンチャーキャピタルによる情報発信の草分け的な存在としてスタートアップコミュニティでは知られている。またスタートアップの採用支援に関して、Coral Capitalではスタートアップへの潜在・顕在転職者と投資先企業を結ぶキャリアサービス「Coral Careers」を展開。同サービスの登録者数は約6000人となっており、これまでに約100人の採用が決まっているという。

「2016年に自分たちがファンドを立ち上げたときから、国内のベンチャーキャピタル業界のパイ(市場規模)を奪い合うのではなく、業界自体を大きくし、日本のスタートアップ・エコシステムの発展に貢献したい思いでやってきました。そのためには自分たち自身もスタートアップのように活動していこう、ということで当時珍しかったコンテンツの発信や標準化された投資契約書のひな形の公開などに取り組んできました」(ライニー氏)

最近の取り組みでは、投資先企業であるCAPSグループと協力して2021年6〜8月に実施したCoralワクチン合同職域接種がある。ワクチン接種に関して何も情報がない中、投資先であり、年中無休の診療クリニックを運営するCAPSと連携するかたちで職域接種に取り組んだ。当時は政府が大企業を対象にしていたが、投資先スタートアップや同業VCの45社と協力するかたちで、体制を整えていった。

「5、6年前だとスタートアップ業界には変な人しかいないと思われていて、キャリアとしても選ぶ人は限られていました。職域接種を通して業界にいろんな家族や、キャリアが増え、ある意味では業界の成熟を感じました。一方でスタートアップはIT健保(関東ITソフトウェア健康保険組合。IT業界向けの健康保険組合)に入ることも含めて福利厚生が難しい。これ(職域接種)だけでビジネスが成立しなくてもいいのがVC。VCにはまだまだやれることはあると思いました」

「スタートアップは“ムラ社会”と言われがちですが、ある意味では“ムラ”だからこそできたこと。今後(協力したVCと)共同で投資するかどうか別だけれども、横のつながりができました」(Coral Capitalシニアアソシエイトの吉澤美弥子氏)

最終的にスタートアップ企業923社のメンバー(正社員、業務委託、インターン)とその家族、計2万1536人への2度のワクチン接種を22日間の日程で完遂した。

Coralワクチン合同職域接種の様子
Coralワクチン合同職域接種の様子

「ここ数年でミドル・レイターステージのベンチャーキャピタルがシード特化のファンドを組成するなど、競争環境が激しくなってきています。そうした中で重要になってくるのが、起業家から選ばれるベンチャーキャピタルになること。そこに関しては、1号ファンドの立ち上げ時からずっと意識してきた部分ではあり、これまでのスタートアップ支援の取り組みはCoral Capitalの大きな強みにもなっています」(澤山氏)

日本のスタートアップと海外の投資家をつなぐ架け橋に

引き続き、国内スタートアップへの投資・支援を行っていくCoral Capitalだが、今後は国内のスタートアップと海外の投資家のマッチングなども視野に入れる。現在、約10社の投資先に対して、海外投資家への紹介を進めているという。

「最近は上場企業、未上場企業でもいかに海外投資家を取り込めるか、が重要になってきています。SmartHRが未上場でも156億円の大型調達を実行できたのは、海外投資家を取り込むことができたからです。この流れは今後も続いていくはず。今後はより一層、国内のスタートアップと海外の投資家をつなぐことにも力を入れていき、スタートアップが成長を目指す上での世界の壁を取り払っていければと思います」(澤山氏)

3号ファンドで、Founders Fundなど海外の投資家から資金を集めたのも、海外の投資家たちと国内スタートアップの関係性を構築していくのが狙いだ。

「Founders Fundとは前から関係性があったのですが、彼らは『日本のスタートアップ・マーケットも見ておきたい』という考えがあり、その流れで今回Coral Capitalに出資してもらいました。シード・アーリーステージの投資は自分たちが見て、その中から良い案件が出てくればFounders Fundに繋げていくといった動きもできればと思っています」(ライニー氏)

昨今、海外投資家から資金調達する国内スタートアップの事例も増えてくるなど、海外のベンチャーキャピタルや機関投資家からの国内スタートアップへの注目度は高まっている。

そうした背景も踏まえ、Coral Capitalはこれまでの取り組みは継続させていきながらも、今後は国内スタートアップと海外の投資家をつなぐ架け橋としての役割を担い、世界へ羽ばたくスタートアップ企業の支援を加速させていくという。