古川健介(けんすう)氏(右)と徳力基彦氏(左) 画像提供:Agenda note
  • 19歳で社長を経験した後、新卒でサラリーマンになった理由
  • KDDIやリクルートとインターネット企業との違いとは
  • キュレーション問題と同じことが、マーケティングの世界でも起きている
  • 北朝鮮ですら変わっている、大企業も「弱み」を見せては?
  • 「誰かの応援があれば勝ちそう」な人が一番応援される

生活情報サイト「nanapi」の創業者で、現在はマンガのコミュニティサービスを展開するアルの代表取締役社長 “けんすう”こと古川健介氏が登場。IT企業の経営に加えて、リクルートやKDDIなどの大企業での勤務経験も持つけんすう氏に、ミレニアル世代をターゲットにする際に持つべき視点について聞きました(編集注:本記事は2019年4月25日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)。

19歳で社長を経験した後、新卒でサラリーマンになった理由

徳力 けんすうさんにお話を聞くに当たって、まずは私なりに問題意識を整理させていただきます。これまでのデジタルマーケティングは、極端に言えば、コンマ数%のコンバージョンさえあれば、残りの99%のユーザーからは嫌われても問題ないという世界観の中で展開されてきたように思います。

 さらに最近は、ネットの広告枠にお金をかけずにPayPayの「100億円あげちゃうキャンペーン」やZOZO前澤さんの「100万円を100人にプレゼント」のように、直接ユーザーにキャッシュを渡すような方法も出てきています。しかしこれらは、どちらかと言うと、金銭の「価値」や「量」を重視していたソフトバンクの孫さんたちネット第一世代のスタイルのように感じています。

 一方で、若い世代に本当に響くのは、例えばSHOWROOMのような応援できるサービスだったり、キングコングの西野亮廣さんが運営するオンラインサロンのように、体験の機会を提供したり、言わばつながりの「質」や「自己承認欲求」を満たさせたりするものではないかという仮説があります。

 これらは私の持論ですが、若い世代にどうすれば企業のサービスや製品が受け入れられるのか、本日はけんすうさんのご意見を伺いたいと思っています。

けんすう 分かりました、よろしくお願いします。

徳力 まずはご経歴からですが、そもそも、けんすうさんがインターネットに初めて触れたのは、いつ頃ですか。

けんすう 15歳の時(1996年)にNECが提供していた「パソコン通信」に触れたのが最初ですね。その頃から、現在のアル CTOでnanapiの共同創業者である和田(修一)と一緒にホームページをつくっていました。

古川健介(けんすう)氏(右)と徳力基彦氏(左) 画像提供:Agenda note

 大学生の頃は、大学受験の情報コミュニティ「ミルクカフェ」を立ち上げたほか、「したらば掲示板」というレンタル掲示板を運営する会社の社長も務めて、その後1年ほどで掲示板事業をライブドアに売却し、そのまま同社でアルバイトをしてから新卒でリクルートに入社しました。

徳力 一度、社長を務めたにもかかわらず、サラリーマンになろうと思ったのは、なぜですか。

けんすう ライブドアは、エンジニアのレベルが非常に高いんですよ。それを目の当たりにして、自分はエンジニアの世界で勝負できないと思いました。そのまま就職せずにだらだら生きようかとも思ったのですが、2ちゃんねるの創設者であるひろゆき(西村博之)さんに「このままいくと、おいらみたいになるよ」と言われ、「それは、まずい」と真剣に考えて就職することにしたんです。

徳力 (笑)。そしてリクルートを経て、nanapiを起業されたわけですね。

けんすう はい。リクルートを3年で退社して、2009年にnanapiを創業して、2014年にKDDIに売却しました。そこから2018年まで4年間、KDDIグループに在籍していました。

KDDIやリクルートとインターネット企業との違いとは

徳力 リクルートやKDDIは企業規模が大きく、けんすうさんが創業したnanapiなどのベンチャー企業とは、カルチャーが全く異なると思いますが、どのような違いがありましたか。

けんすう リクルートは、マンガの『キングダム』の世界に似ていますよね。今は違うのかもしれませんが、当時は猛者どもが「俺は、天下を取るぞ」と方々で叫んでいる感じで、実はあんまりロジックがなかったりするんですよ。天下をとった後に「あれっ、俺どうするんだっけ」的な(笑)。

 一方で、KDDIの遺伝子は、インフラですよね。きちんと計画通りに事業を進めて、お客さまにもきちんとしたサービスを提供し続けることが大事だと考えています。両社とも“インターネット企業”では、ないですよね。

古川 健介氏 アル 代表取締役社長 1981年生まれ。リクルートを経て、nanapiを創業。2014年にKDDIグループ入りしたのち、現在はマンガサービスを手がけるアル代表取締役社長。 画像提供:Agenda note

徳力 今のけんすうさんの話でいう“インターネット企業”と、その他の会社は何が違うのでしょうか。

けんすう 一番の違いは、リクルートもKDDIも「お客さまは、お客さま」と考えていることだと思います。メルカリに代表されるようなインターネット企業は、「お客さまは、仲間」という意識に近いのではないでしょうか。僕の中でも、社員とユーザーの区別は、あまりないんですよ。

徳力 なるほど。けんすうさんがこれまで手がけてきたサービスも、ユーザーと一緒につくってきたという感覚なのですね。

けんすう はい。なので、現在のアルのビジネスでも、書いたワイヤーフレームをTwitterやFacebookに投稿してユーザーと話をしながらつくりました。僕にとっては、このやり方がしっくりくるし、上司に話すのもユーザーに話すのも同じ感覚なんですよ。

徳力 ある意味、生活のハウツー情報をユーザーに書いてもらっていたnanapiも同じつくり方ですよね。

徳力 基彦氏 アジャイルメディア・ネットワーク 取締役CMO NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。 画像提供:Agenda note

けんすう そうですね。例えば「カルピスのつくり方」などのように、一見すると誰でもが知っている情報も、実は知らない人が多いんです。でも、ごくごく基本的な情報のコンテンツをつくるのは、ユーザーにとっては正直つまらない。なので、そこを書いてくれる人には、きちんとお金を払おうという意識でした。

nanapi 画像提供:Agenda note
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徳力 nanapiは、目の付け所がすごく良かったんですよね。当時のインターネットメディアはニュース系ばかりで、本当にみんなが欲しているハウツー系の情報は、まだまだ足りていませんでした。その点nanapiは、みんなが求めている情報をみんなの力でつくるメディアでした。

 ただし、お金を払って、ユーザーにコンテンツをつくってもらうというスキームだけが他社のニュース系メディアにコピーされてしまって、結果的に質の低いキュレーションサイトが大量に出てしまったことにつながってしまったように思います。

キュレーション問題と同じことが、マーケティングの世界でも起きている

徳力 実はキュレーションサイトの問題と同じようなことが、マーケティングの世界でも起きていると思います。例えば、コミュニティを活用したマーケティングの成功事例としては、ネスカフェアンバサダーが挙げられます。

 起案者の津田さん(元ネスレ日本 津田匡保氏)が東日本大震災を支援しにいった際、被災地の仮設住宅へバリスタを持って行ったところ、引きこもりがちだった人々が無料のおいしいコーヒーを求めて集まるようになって、コミュニティが再結成されたという経験がもとになっていると聞いています。そして、コーヒーの素晴らしさをみんなと一緒に伝えたいから手伝ってほしいと、アンバサダーを募集する「ネスカフェアンバサダー」を始めました。

 この場合もnanapiと同じように、みんながある意味、自発的に動いているから、本来であればネスレの社員がやるべき補充や集金、掃除をお客さんがしてくれます。そういう意味で非常に利益率が高い構造になっているはず。一方でアンバサダーであるお客さん側も、ネスカフェアンバサダーを始めたおかげで職場に会話が生まれたと喜ばれるケースが多かったと聞いています。

 でも、ネスカフェアンバサダーの表面上の仕組みだけを真似したところで、魂が抜けてしまって、あまりうまくいかないんですよね。場合によってはコミュニティに人が集まらなかったり、ファンとは思えない「インフルエンサー」に小銭を払って、ヤラセ的な投稿ばかりさせてしまったりしがちです。コミュニティを活かしたビジネスを他の場所でも成功させるには、どうしたらいいのでしょうね。

ネスカフェアンバサダー 画像提供:Agenda note
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けんすう 難しいですね。まず、よくある失敗は、お客さまに働いてもらうとタダじゃないかと思って表面的な施策だけを真似て、とても“悪(あく)のもの”ができあがるということです。

徳力 タダは悪いから、3000円くらい払おっか、みたいなサービスもありますよね。

けんすう はい。「お客さんのやりがいや楽しみを刺激し続ける」という仕組みを真似するのは、原理的には可能だと思うんですよ。それを最も正しく実行しているのは、おそらくGoogleで、ユーザーのあらゆる行動を機械学習に生かしています。

徳力 たしかに、GoogleとFacebookが社会から批判をされているのは、その文脈ですね。

けんすう Googleに勤めていた人から聞いたのは、言い方は悪いですが、自分たち社員の行動もずっと機械学習のエサにされていて、最終的に人は切られるのだろうなと感じていた、という話です。

 その人は、いきなり2週間の海外研修を命じられたときも、これは社員が2週間いなくなったらどうなるかという実験で、そのデータをもとに改善が行われて、最終的には自分がAIに置き換わるという感覚だったと言っていました(笑)。

徳力 それは、おもしろいですね。本当かどうかはともかく、それほど日々の仕事でデータをもとに分析と改善を繰り返していたということですね。

けんすう そうです。その人は、面接官も担当していたのですが、質問はすべて決まっていて、それに対する回答もすべてデータに基づいて機械的に判断されて、基準値に達すれば採用という形だったそうです。

 現在は、また別の形かもしれませんが、Googleは定性的な部分も定量に置き換えて、将来的には機械を使って採用活動することを見据えているのでしょう。僕は、そこにあまり魅力を感じないのです。

北朝鮮ですら変わっている、大企業も「弱み」を見せては?

徳力 おそらく若い世代がネットに対して持っている感覚は、けんすうさんに近いのだと思います。お金や効率性も大事だけど、どちらかと言えば、つながることや自己承認欲求を満たされることの方が喜びになる。それをカルチャーの違う大企業の人にも理解してもらうには、どうしたらいいのでしょうか。

けんすう 企業が行う施策は、基本的に一貫性が大事で、いわば「線」でつながっていることが大事です。なので、いきなり「ユーザーを巻き込んだ施策をしましょう」といったような、「点」の施策を真似してもいびつになるだけです。リクルートもKDDIも自分たちとお客さんを切り分けて考える方法で成功しているので、無理に変える必要はないと思います。

徳力 でも今後、大企業が若い世代をターゲットにしたときに苦しむのではないかと思うのですが。大企業は、どういうやり方ならインターネット企業的なコミュニティを重視するやり方をできると思われますか。

けんすう氏 画像提供:Agenda note

けんすう 本気で遺伝子ごと変えるのであれば、できると思います。実は最近、北朝鮮の政府が行う国民向けの施策が成果を上げていると思います。これまで北朝鮮の指導者は、メディアを使って、自分が完全無欠で偉大であることを示してきましたが、今の金正恩は苦労している様子など、一緒に汗をかいている姿を見せているらしいんです。

 大企業も同じで、マスメディアのみが情報源だった時代は、思いどおりにイメージを確立することができましたが、インターネットの時代には人々のうわさ話がとても力を持ってしまう。それならば、最初から弱みを見せて、応援してもらう形にしようとしていた方がいいかもしれません。

徳力 北朝鮮ですら、変わっているのは驚きです。実際、大企業の中でも、けんすうさんがおっしゃるように、開発者として苦労している、または新規事業担当者として悩んでいる姿を見せることで、ユーザーをうまく巻き込んでいるパターンは結構あると思います。

けんすう 多分、この話にはポイントが2つあって、ひとつは苦労を外に見せて応援してもらうことが大事だということ。もうひとつは、そのリアルタイム性も大事だということだと思います。大企業の場合、発信する情報の確認に時間がかかるので、ユーザーがついてこないというデメリットもあるのかもしれません。

徳力 これはソーシャルメディアのアカウント運用においても同じことが言えそうですね。例えば、シャープさん(シャープのTwitterアカウント、@SHARP_JP)は、最初から弱みを見せることで応援されていますよね。

けんすう はい。ただ、シャープさんの場合、あまりにアカウント運営が上手すぎて、「中の人」を応援しようという雰囲気になっているかもしれません。「会社を応援する」というより「シャープという大企業の中で、こんな発信しているこのアカウントの中の人がすごい」という感じになっている。

 大企業だと、そのように、会社としての人気があがるのではなくて個人がフィーチャーされてしまうことがあります。大企業を応援するというのは、対象が曖昧になってしまうので、わかりづらいのかもしれません。

 ちなみにキングコングの西野さんも、弱みが見えたときでなければ、サロンの会員数が伸びないと言っていました。「発言や行動が炎上して批判されたとき」や「えんとつ町のプペル美術館の建設のために土地を買ったとき」などは伸びるけれど、「このままいけば成功するだろうな」と思われると、その瞬間から伸び悩む、と。

徳力 応援する必要がなくなった、と感じられてしまうということですね。そうなると映画『カメラを止めるな!』のヒットも分かりやすい事例かもしれません。

けんすう そうですね。無名の人たちが少ない予算で映画をつくったというストーリーは、応援しやすいですよね。パソコンでもAppleがマイクロソフトに負けている時代があったけど、今はもう完全にAppleが勝っているという雰囲気なので、逆に最近はマイクロソフトの方が応援されている感じがしますよね。

「誰かの応援があれば勝ちそう」な人が一番応援される

徳力 なるほど。そうなると、けんすうさんが言うように、すでに勝っている会社は無理にインターネット的な方法におもねる必要はない、という結論になるのでしょうか。

けんすう いえ、常に負け続けるという状態にすることも可能です。それは、挑戦し続けるということです。今は弱い立場だけれど、誰かの応援があれば勝ちそうだと思われる人が一番応援されます。

徳力 それは、おもしろいですね。ソフトバンクの孫さんが一番分かりやすい気がします。掛け金を常に上げ続けていますよね。

けんすう そうですね。ソフトバンクは、まだ世界では負けているけれど、孫さんなら勝つかもしれないと思われています。本当に負けてしまう人は、応援されないですから。