
AIとデータを活用し、最適な生産量や販売量を高い精度で予測する──。いわゆる「AI需要予測」は製造業や小売業を始めさまざまな領域で社会実装が進んでいる。
薬局における「医薬品の発注」もまさにその一例だ。「この薬がもっと必要になる気がするから、ひとまず3箱分買っておこう」といったように担当者の“勘や経験”に頼りがちで、結果として欠品や廃棄ロスが課題になっていた。業務負荷の軽減という観点からも、AIを活用して需要予測や在庫管理の質を改善する価値は大きい。
薬局向けのクラウド型電子薬歴システム「Musubi(ムスビ)」で薬局のDXに取り組んできたカケハシでは、そんな在庫管理のためのサービスを9月8日より開始した。
新サービスの名称は「Musubi AI在庫管理」。来局情報などを基にしたAIによる需要予測を通じて、医薬品の発注を最適化する仕組み。薬局側は目安として半年〜1年分ほどの来客情報を用意しておけば、それを軸に患者の来客予測を行う。

カケハシ代表取締役CEOの中川貴史氏によると、同サービスは薬局へのヒアリングも実施しながら約1年半ほどかけて開発を進めてきた。特にコアとなるアルゴリズムは社内の開発チームで内製しており、これが需要予測の精度やユーザー体験にも大きく影響を与えているという。
たとえば同じ28日分の薬をもらった患者でも、きっちり28日後に来局する人もいれば、飲み忘れなどによって少しタイミングをずらして来局する人もいる。こうした患者ごとの特徴に加えて、長期休暇の有無(重なると前後にばらつきやすい)や薬ごとの特性(季節性のある薬など)なども踏まえながら柔軟に需要を予測できる点が特徴だ。

また従来型の在庫管理・発注システムにおいて適切な需要予測が難しかった理由の1つに、薬を管理するための“コード体系”の問題がある。同じ薬でも包装されたシート状のものとボトルに入っているものや、複数の味が存在するものなど「本来薬局としては分けて管理したいもの」を区別することができず、これがネックになっていた。
その点カケハシでは薬局のニーズに合わせる形で細かく薬を管理できる独自コードを用意することで、AIによる需要予測や発注の半自動化の実現につなげている。
サービスの提供に先駆けて、約40店舗の薬局へ試験提供も実施。ある薬局では無駄な在庫を持たなくてよくなったのと同時に発注頻度も約2分の1に減るなど、導入店舗では総じて効果が得られたという。
中には「Aという薬を飲んでいるBさんが、いついつくらいに来局する可能性が高い」といったような要領で逐一紙に記録している薬局もあり、作業に時間がかかるだけでなく頻繁に在庫切れが発生していたそう。薬が足りなくなれば卸に急きょ配達を依頼する必要があり(急配)、患者を待たせてしまうほか、薬局自体や卸の業務負荷が増すことにもつながる。
Musubi AI在庫管理では店舗間で在庫情報を融通する仕組みや、受発注・在庫状況に関わるレポート閲覧機能などを今後実装していく計画。月額の利用料金はMusubi導入済みの薬局は3300円、未導入の薬局は月額5500円を予定しているが、2022年3月末までに申し込んだ場合には半年間無料で提供する。
また2022年には医薬品の二次流通サービスを展開するPharmarketと連携した「らくトク売却」機能も追加する方針だ。同社は2021年4月にカケハシが買収した企業で、この連携により不動在庫を自動的に検知し、シームレスに売却できるような仕組みも実現していくという。
医薬品の発注におけるAI需要予測の活用は近年少しずつ広がり始めている状況で、「メドオーダー」や「ASKAN」を始めとしたサービスがあるほか、クオールホールディングスのようにAIスタートアップと組んで実証実験に取り組む事例も出てきた。
「テクノロジーの力を入れることによって薬局の負担を大幅に減らせるだけでなく、(医薬品の流通を担う)卸売事業者を後押しすることもできます。カケハシが進めるDXの範囲を、薬局の業務や患者の体験を支える物流のところまで広げていきたいという考えがあり、今回の取り組みをその第一歩にしていきたいです」(中川氏)