
- 分割可能、無利子がPaidyの強み
- Squareは約3兆円でAfterpayを買収、群雄割拠のBNPL市場
- この10年で起きた国内のクロスボーダーM&A事例
海外企業が日本発の決済スタートアップを買収する事例が増えている──先日のGoogleによるスマホ送金アプリ「pring」の買収に続き、今度は米決済大手のPayPalが動いた。
PayPalは9月8日、後払い決済サービス「Paidy」を運営するPaidyの買収を発表した。買収金額は3000億円。金額としては国内最大規模のクロスボーダーM&Aの事例となる。
PayPal傘下に入った後も、Paidyのブランドは維持したまま、これまで通りビジネスを展開していくという。また、ラッセル・カマー氏(代表取締役会長)、杉江陸氏(代表取締役社長兼CEO)含めた経営陣も引き続き、Paidyの経営を行っていく。
なお、PayPalはPaidyを買収したことで今後、日本での越境EC事業や日本の決済市場における機能やサービスの拡充を図っていく予定とのこと。
分割可能、無利子がPaidyの強み
Paidyは、ECサイトで買い物した代金を翌月にまとめて支払う後払いサービス。海外では「BNPL(Buy Now, Pay Later)」、日本語に訳すと「今買って後で支払う」と呼ばれており、大きく盛り上がっている市場のひとつだ。
買い物した代金を翌月に支払う手段としては日本ではクレジットカードが一般的だが、クレジットカードは与信審査の観点から若年層は所持しづらい。一方、後払いサービスはクレジットカードと比べて与信審査が厳しくないため、若年層から支持を集めている。
例えば、PaidyはECサイトで買い物をした際、メールアドレスと電話番号、認証コードを入力するだけで、購入代金の後払いが選択できる。そうした手軽さが受け入れられ、Paidyは2014年のサービス開始以降、利用者を増やし、現在アカウント数は600万件を超える。
日本国内では競合サービスとして、ネットプロテクションズが展開する「NP後払い」やGMOペイメントサービスの「GMO後払い」がある。それらと比較して、Paidyの強みはどこにあるのか。
Z世代向けのクレジットカード「Nudge(ナッジ)」を展開するNudgeに出資する、ジェネシアベンチャーズ代表取締役・ジェネラルパートナーの田島聡一氏は「分割払いも選択できる利便性」と語る。(編集部注:田島氏はジェネシア・ベンチャーズを立ち上げる前はPaidyに出資したサイバーエージェント・キャピタルに所属していた)。
「欧州で最も有名な後払い決済サービス『Klarna(クラーナ)』は無利子で4回までの分割払いが選択できます。彼らのように無利子で分割払いにも対応する攻め方をしているのは、国内のサービスでは(現時点では)Paidyしかいないと思います」(田島氏)
NP後払いやGMO後払いは分割払いが選択できず、一括払いしかできない。またメルペイが提供する「メルペイスマート払い」は分割支払いができるが、手数料は年率15%かかる。一方、Paidyが2020年10月に開始したサービス「3回あと払い」は分割手数料なしで支払い代金を“3回”まで分割することができる。

また、田島氏は「大手企業と提携して加盟店を増やすことで、トラクションを伸ばしていったこともPaidyの強さ」と語る。2019年11月にAmazonでの支払い方法のひとつとして導入されたほか、2021年4月にはPayPalと連携。そして、2021年7月にはVisaと提携し、Visaのオンライン加盟店でPaidyが利用できるようになった。
最近ではApple Store、Appleオンラインストアでの支払い方法として、最大24回、金利無料で分割払いが可能になるサービス「ペイディあと払いプランApple専用」も追加している。
Squareは約3兆円でAfterpayを買収、群雄割拠のBNPL市場
Paidyの設立は2008年。当初はエクスチェンジコーポレーションという社名で、ソーシャルレンディングサービス「AQUSH(アクシュ)」(編集部注:2018年6月にソーシャルレンディング事業から撤退している)を展開しており、2014年に現在のPaidyをリリース。その後、事業をPaidyに集中させるとともに、現在の社名に変更している。
経済産業省が発表した「令和2年度電子商取引に関する市場調査」によれば、2020年の日本のBtoC EC市場規模は19.3兆円。これは中国、米国、英国に次いで世界4位の市場規模だ。その一方、EC化率は約8%しかない。また、決済手段としても“現金”の人気は根強く、キャッシュレス決済比率も2020年時点で29.7%しかない。
「EC化率、キャッシュレス決済比率がそこまで高くない日本において、後払い決済サービスのような“現金をオンライン化する”仕組みは、まだまだ成長余地がある。その点がPayPalに評価され、3000億円での買収に至ったのではないか」と、ジェネシア・ベンチャーズ ジェネラルパートナーの鈴木隆宏氏(編集部注:鈴木氏も田島氏同様サイバーエージェント・キャピタルの出身)は語る。
PayPalは2020年8月に、4分割払いができる後払い決済サービス「Pay in 4」を展開しているが、日本市場におけるPayPalの存在感はそこまで強くない。また、過去にはソフトバンクと組んで日本市場に参入していたが、失敗に終わっている。
そうした背景もあってか、今回PayPalは日本のオンライン決済市場で存在感を示すPaidyを買収し、彼らの顧客基盤を活用することに可能性を見出したのではないだろうか。実際、PayPalは2019年にCVCのPayPal VenturesからPaidyに出資している。
今回のPayPalによるPaidy買収に限らず、決済大手がBNPL企業の買収を進める動きは激しい。海外ではモバイル決済サービスを手がけるSquareがオーストラリアの後払い決済サービス最大手の「Afterpay」を約3兆円で買収。
また、サンフランシスコ発の後払い決済サービス「Affirm」は2021年1月に米ナスダック市場に上場し、Amazonとの提携も発表している。そのほか、スウェーデン発の後払い決済サービス「Klarna」はソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)などから約700億円を調達し、企業価値は約5兆円にまで膨らんでいる。
なぜ、ここまでBNPL市場は盛り上がりを見せているのか。その理由について、鈴木氏はこのように解説する。
「日欧米などの先進国においては、従来の金融機関の与信審査に弾かれてしまっていた人でも“クレジットカードのような使い方”ができるとして、若年層を中心に支持を集めています。一方、東南アジアなどの新興国ではそもそもCIC(割賦販売法・貸金業法指定信用情報機関)のような信用機関がありません。そのため、オンライン決済のいち手段として後払い決済が使われています。今後、新興国では後払い決済サービスでの支払い履歴などが与信情報となり、それをもとにクレジットカードを発行するといった流れが出来上がっていくと思います」(鈴木氏)
この10年で起きた国内のクロスボーダーM&A事例

「PayPalが3000億円でPaidyを買収する」と大々的に報じられた今回の一件だが、海外企業による日本発スタートアップのクロスボーダーM&A事例は増えてきている。
直近10年ほどで見れば、2010年にはゲームサービス「まちつく!」などを開発していたウノウ(代表の山田進太郎氏は、のちにメルカリを創業。現在も代表取締役CEOを務める)を米ソーシャルゲーム大手のZyngaが買収したことが業界で大きく話題になった。2015年にはThe Match Groupがエウレカを買収。公式な買収額は発表されなかったが、業界関係者の間では100億円超の大型クロスボーダーM&Aとして知られていた。
だが今年に入ってから潮目が変わりつつある。Googleによるpringの買収も100億円超となり、今回は約3000億円という大きな評価がついたからだ。
また、スタートアップの買収額と時価総額を同じ理屈で評価できないものの、クラウド人事労務ソフトのSmartHR(約156億円)や製造業向けの受発注プラットフォームのキャディ(約80億円)などが、海外投資家を含む大型の資金調達を実施している。買収、出資対象として、国内スタートアップに対する視線も徐々に熱を帯び始めている。