ARIGATOBANK代表取締役CEOの白石陽介氏と共同創業者・取締役の山口公大氏
ARIGATOBANK代表取締役CEOの白石陽介氏と共同創業者・取締役の山口公大氏
  • 「お金に困っている人をゼロにする」ARIGATOBANKの創業前夜
  • “決済”よりもまず“寄付”をやる──前澤氏からの「LINE」
  • 現状は前澤氏限定の寄付アプリ、今秋からはプラットフォームの開放へ
  • オンライン寄付サービスは本当にマネタイズできるのか
  • 前澤氏の意向はkifutownにどの程度反映されているのか
  • 日本の寄付文化醸成にkifutownは一石を投じられるか

ZOZO創業者の前澤友作氏が、Twitterを通じて「100人に100万円(総額1億円)のお年玉を配る」と投稿したのは2019年1月5日のこと。このツイートのリツイート(RT)数は後にギネス世界記録に認定されるほど伸び、前澤氏のフォロワー数も数日で約50万人から600万人以上に増え、大きな反響を呼んだ。

その後も前澤氏は、100万円を1000人に配る2020年のお年玉企画をはじめ、2年半で総額約32億円を2万5000人余りに配ってきた(「お金配り」と称していたが、のちに「お金贈り」に変更した)。そして今年7月24日、前澤氏が個人的に始めた“お金贈り”のプロジェクトは「個人間寄付プラットフォーム」として事業化された。

プラットフォームの名は「kifutown(キフタウン)」。事業を営むのは、前澤氏の100%出資で2020年11月に設立したARIGATOBANK(アリガトウバンク)だ。

お金贈りの事業としての仕組み化を担う、ARIGATOBANK代表取締役CEOの白石陽介氏と共同創業者・取締役の山口公大氏。2人に創業のいきさつや、寄付プラットフォームというフィンテック事業の可能性、今後の事業展開などについて聞いた。

「お金に困っている人をゼロにする」ARIGATOBANKの創業前夜

2019年9月12日、ヤフーへの事業売却に伴いZOZO代表取締役社長を退任した前澤氏は、翌13日に新生スタートトゥデイを設立した。そのスタートトゥデイに2020年、新規事業づくりのメンバーとして参画したのが山口氏だ。山口氏はソフトバンクなどが出資するインド発のホテル・旅館スタートアップ、OYO(オヨ)の日本法人の立ち上げに関わった人物だ。

「OYOを辞めてスタートトゥデイに参画してからは、ずっとエンタメや不動産など、いろいろな新規事業を提案していました。その中で、自分が前澤のお金に対する考え方に共感してスタートトゥデイに入った経緯もあったので、フィンテック事業を提案してみたんです。すると、その構想が前澤にすごく刺さった。それまでの提案には、前澤は非常に厳しかったのですが、フィンテック事業だけはすんなりやることが決まりました」(山口氏)

山口氏や複数の業界関係者によると、前澤氏や山口氏は当初、自身の個人資産でスタートアップに投資する取り組みである「前澤ファンド」でフィンテック事業を検討していたという。だがこの取り組みではスタートアップと組むことはできなかったため、新会社を立ち上げ、ゼロイチでフィンテック事業を立ち上げることとなった。

ただ、2人ともフィンテックのプロではない。そこで前澤氏がフィンテック領域の専属メンバーを募集するnoteを公開し、Twitterにも投稿。この採用募集をきっかけに入社することになったのが、白石氏だった。

白石氏はヤフーで「Y!mobile」や「Yahoo!マネー」などの立ち上げを経て、決済プロダクトの統括責任者に就任し、PayPay立ち上げにも携わっていた。2019年には暗号資産交換業を営むディーカレットに参画し、CTOを務めている。

前澤氏とは共通の知人も多く、またソフトバンクグループで直接の面識はなかったものの、山口氏とも共通項があった白石氏。採用選考で初めて会った2人と意気投合し、入社はトントン拍子に決まった。そして2020年11月、前澤氏個人の100%出資の新会社としてスタートしたのがARIGATOBANKだ。

最初のプロダクトであるkifutownは、寄付を受けたい人とそれを応援したい人とをつなぐ、CtoCの寄付送金プラットフォームだ。現時点では支援者は前澤氏のみ、iOS版アプリのみでサービスをスタートしている。前澤氏によるTwitterでの告知効果もあり、アプリのダウンロード数はリリースから1週間で50万件を超えた。すでに複数の寄付プロジェクトを公開しているが、現時点ではすべてのプロジェクトが終了している。

「お金に困っている人をゼロにする」ことをビジョンに、「ありがとうの力で新しいお金の流れを作る」をミッションに創業したARIGATOBANK。最初に選んだフィンテックサービスが、なぜkifutownというかたちだったのか。

“決済”よりもまず“寄付”をやる──前澤氏からの「LINE」

山口氏は「白石の入社前から、決済サービス単体ではビジネスとして勝つのが難しいことは分かっていて、ユーザーを巻き込む仕掛けが必要と考えていました。そこで決済サービスやインフラストラクチャーを作ったら、前澤のお金贈りなどを統合しながらソーシャルネットワークを作ろうと考えていたんです」と説明する。

「ところがある朝起きたら、前澤からLINEでものすごく解像度の高い、今のkifutownのベースになる事業の要件が届いていて、開発する順番が変わりました」(山口氏)

構想を詰める過程で山口氏は、他社と同様の決済サービスを始めるより先に、「お金の流れを変えて困っている人を助けるビジネス」を始めた方が、自社の狙いがユーザーに伝わりやすいと考えるようになっていった。白石氏は面接の際に、前澤氏のこれまでの(お金贈りなどの)行動をシステム化して、サービスに落とし込む提案をするよう求められたが、これが山口氏の構想と合致するものになっていたという。

「その時は今のkifutownの様相ではありませんでしたが、お金を相互に送り合うといったキーワードや、ウォレットサービスなどは盛り込んでいました」(白石氏)

こうしてkifutownの構想は固まった。しかし、いざプロダクトを生み出すとなれば、体制づくりも必要だ。白石氏は構想を実現するための事業計画案や組織図、プロダクトアウトラインなどを携えて前澤氏、山口氏との2度目の面談に訪れた。提案にはその場でゴーサインが出た。すぐに組織づくりのための採用活動が始まった。

採用はかなりのハイペースで進んだそうだが、さすがに3、4カ月は体制づくりにかかったとのこと。本格的にプロダクト開発が動き出したのは今年の春ぐらいからで、その開発にも、かなりのスピード感で臨んだという。

「リリースまで実質3カ月ぐらいの開発期間です。前澤からLINEで要件が送られてきてから2日ほどで、実装方法や法務的な整理をCTOの河津(拓哉氏)やエンジニアの何人かと検討してプレゼンし、そこからすぐに開発に入る。そんな感じのスピードでした」(白石氏)

現状は前澤氏限定の寄付アプリ、今秋からはプラットフォームの開放へ

前述したとおりkifutownは、寄付を受けたい人とそれを応援したい人とをつなぐ、CtoCの寄付送金プラットフォームである。

従来のオンライン寄付プラットフォームは、寄付を受けたい人や団体がプロジェクトを立て、そこへ寄付者がお金を出すという形式が一般的だ。たとえばクラウドファンディングなども、応援を受けたい挑戦者がプロジェクトをプラットフォームに登録し、その挑戦に対して寄付者が送金するスタイルになっている。

一方、kifutownは応援者が「こういう人たちを応援したい」とプロジェクトを立て、寄付を受けたい人がそこへ応募する、逆方向のスタイルだ。

白石氏は、応援されたい人からプロジェクトを立てるかたちも「将来的には可能性としてはある」と言う。ただ、現在のサービスコンセプトは個人への寄付を前提としており、法人やNPOへの送金は想定していない。そのため「まずは、組織の本人確認などをきちんと設計しなければならない」とのことだった。

現時点はサービスを開放しておらず、応援者になれるのは前澤氏のみ。まさに前澤氏がSNSで行っていたお金贈りをアプリ化しただけの機能しかないが、9月中にも寄付者を一般にも開放する予定だという。そこで気になるのが、反社会的組織による資金洗浄やテロ資金供与防止のための、寄付者の審査がどこまで行われるかという点だ。

「一般的な範囲で、反社会的組織やAML/CFT(マネーローンダリングおよびテロ資金供与対策)のチェックはもちろん行います。トランザクションや書き込み内容に法的問題がないかモニタリングする体制も用意しています」(白石氏)

しかし、今までにないプロダクトであるがゆえに、これまでの金融系サービスにはなかった課題も当然ある。白石氏も「すでに例がある決済サービスでは、守るべき点がある程度決まっている。それを押さえれば、誰が作ってもある程度同じクオリティになる。一方、僕らがやろうとしている寄付者側からお金を配るサービスは今までなかった。そこで法的な立て付けから考えなければならない」と語る。

「今回、我々は“お金贈り”の仕組みを、最初は収納代行サービスとして設計しています。将来的に決済をやるときには、現状では前払い(前払式支払手段の発行業務。プリペイド型の支払手段発行業者としての登録)をベースにサービス設計を考えています」(白石氏)

ただし、前払式支払手段発行業も規制が強化される方向にある。ARIGATOBANKでは資金洗浄対策などをどこまで自主的に取り入れるべきか、社内でも議論がなされているという。

「我々がイメージしていないユースケースにどこまで対応すべきか、どういう悪用の仕方があり得るかを類似サービスがない状態で想像しなければならず、結構悩みました」(白石氏)

また、プロジェクトを立てる寄付者としては気になるであろう、寄付したお金の使われ方についても、現状では使途を確認する仕組みはない。こちらについては「いずれ追いかけられるようにしたい」(山口氏)とのことだった。

さらに寄付を受けたい応募者側から、毎日のように数多く寄せられているのが「Android版を早く出してほしい」との声だ。白石氏らは「Android版も来週にもリリースする予定で動いている」と説明する。

「決済サービスなら、僕らも知見があるので不正のやり口や使われ方がイメージできますが、kifutownには類似サービスがない。だから寄付者やデバイスを絞り、機能を限定的に出しています。寄付者と応援される側が自由にメッセージを送れたら盛り上がると思いますが、そういう機能もあえて作っていません。最初のうちは、極力リスクがないようにサービスを設計しました」(白石氏)

オンライン寄付サービスは本当にマネタイズできるのか

前澤氏個人の試みから、事業としての寄付プラットフォームへ移行したARIGATOBANK。これからはビジネスとしての継続性や収益についても当然、考えなくてはならない。白石氏は個人寄付の市場について、次のように語る。

「日本では、個人による寄付の市場規模は確かにあまり大きくないです。アメリカと比べると金額で2桁、名目GDP比では100倍の乖離(かいり)があります」(白石氏)

日本ファンドレイジング協会が発行する「寄付白書2017」によれば、2016年の日本の個人寄付総額は7756億円で名目GDP比が0.14%であるのに対し、アメリカでは30兆6664億円(2816.6億ドル)、名目GDP比で1.44%に上っている。

「アメリカでは個人の寄付をベースにしたビジネスがいくらでもある。例えば難病の子どもが手術を受けたいというときに、その親に代わって、手数料をもらってファンドレイジングするビジネスが成立しています。それをなりわいとするファンドレイザーやNPO職員といった職種が、アメリカでは人気職業ランキングにも入っています」(白石氏)

つまり、今後アメリカと同じような状況になるとすれば、日本には大きな伸びしろがあるというのだ。白石氏も、日本がアメリカのような状況に短期でいきなり変わるとは考えていない。だが「経済の二極化、分断する社会などと言われている現状を踏まえれば、日本にも結構、寄付ビジネスの可能性はある」と言う。

「二極化が進めば、今の国のシステムで受けられる社会福祉だけでは、賄えない部分が当然出てくる。すると、多少の余剰資金がある人が、自分より効率的に世の中のためにお金を使ってくれる人にお金を委ねたいというニーズが生まれるのではないか。ですから、マーケットとしては成長市場なんじゃないかという前提が、まずあります」(白石氏)

さらに白石氏は、金融サービスでユーザーを集める仕掛けとしても、寄付サービスには注目していると続ける。

「kifutownのようなプラットフォームから派生して決済サービスを作ろうとしたところで、すごく利益を上げられる訳ではありません。寄付に高額の手数料がかかるとなると、ちょっと悪どい印象も与えてしまう。ただ最終的に、善意あるユーザーと、そこに滞留するユーザーがいる状態を作れれば、そこからお金を文脈にしたサービスを派生して、それでマネタイズしていくことはできると思っています」(白石氏)

独立系決済サービスを、ユーザープールがない状態から立ち上げてマネタイズするのはハードルが高いという白石氏。まずはkifutownを使うユーザーを集めて、そこから決済、金融サービスへ流し込んでいくというのが、彼らの考える王道のストーリーラインだ。

「PayPayやメルペイのように大企業が一機能として決済サービスを作って、そこから将来的に手数料を有料化してマネタイズしていくというモデルはあると思うんですが、その手段を選べない場合は、やっぱり別のサービスでユーザープールを作って、そこからマネタイズを考えていく方法しかないと思っています」(白石氏)

前澤氏の意向はkifutownにどの程度反映されているのか

ARIGATOBANKは「お金に困る人をゼロにする」をビジョンに掲げる企業だ。白石氏も「(マネタイズに当たっても)この辺りのサービス設計は慎重にやらないといけない」ことは理解している。「我々が世の中にある決済サービスと、単純に同じようなことをやっても意味がない」とは白石氏の弁。とはいえ、企業としてはサービスを続けられる体力も必要だ。

「VCによる投資が入っているわけではなく、前澤からも短期のリクープを求められているわけではありません。事業計画として、いつ黒字にするといった目標はありますが、僕らには端的に収益を上げるとか、何年でイグジットするという目標はそもそもありません。ただ、前澤も慈善事業として出資しているわけじゃない。投資を効率的に使いながら、ビジョンを少しでも早く実現するというところに、我々は最もフォーカスしています」(白石氏)

実際、白石氏は前澤氏に“儲かる絵”、つまり成功確率の高いであろうビジネスを提案したこともあるが、「これでは既存の金融ビジネスと変わらない。儲かるのは分かるけど、やる意味がない」と却下されたそうだ。

ではkifutownというプロダクトは前澤氏のためのものなのか。白石氏はそれを否定した上で、前澤氏のプロダクトへの関わり方について、以下のように説明する。

「プロダクトの責任者は最終的にはプロダクトオーナーである私、方向性はプロダクトマネジャーである宮尾(拓氏)が決めることだと、僕は思っています。では、前澤はどういう立場かというと、株主としてはパワーはあります」

「ただ、前澤は株主であると同時にファーストユーザーであり、プロダクトコンセプトから思い入れがあるユーザーでもあります。また『寄付を受けたい』と応募してくれる人も前澤の(Twitterの)フォロワーがほとんど。kifutownを構成するユーザーは、前澤と前澤の感性を中心として集まってきている人たちなんです。だから前澤が『こうすべきだ』ということは合っている可能性が高い。その前澤が出す要望を、プロダクトとして入れた方がいいのか、それとも特殊ケースとして採用しないのか、現場の工数や状況、優先度を勘案しながら拡張している感じです」(白石氏)

日本の寄付文化醸成にkifutownは一石を投じられるか

直近ではAndroid版kifuutownのリリース、そして寄付機能の解放を予定しているARIGATOBANK。その後も決済や金融関連サービスを出す構想がある。

「でも、繰り返しになりますが、お金を贈り合う、寄付し合うといったカルチャーができることが、そもそも僕らには一番大事なこと。それがもし小さくてもムーブメントになれば、我々のビジネスは結果的にスケールしていくと思っています」(白石氏)

コロナ禍により、クラウドファンディングをはじめ、オンラインでお金を出して困っている人を支援するような概念は、日本でも以前よりは広がっている。しかし「寄付」と言われると、まだ少し遠いものに感じる人も多いだろう。白石氏も「最初は正直、前澤以外でお金を贈りたい人なんて本当にいるだろうかと思っていた」と明かす。

「ただ、前澤のお金贈りにコラボレーションしたいと応募してくる方がいたり、kifutownのアカウントに『前澤さん以外のユーザーが寄付できるようになるのはいつか』といった声が結構あったりするんです。金額の多寡はもちろんあると思いますが、自分もお金を贈ってみたいという人は一定数はいるという実感があります」(白石氏)

一方で、前澤氏のお金贈りが始まった後、“売名”を目的に札束をばらまくようなキャンペーンをSNSで行う人がいたことも確かだ。kifutownでも同様のことは起こらないだろうか。

「kifutownのコンセプトとして、1億円配りますみたいな(大々的な)ことをやりたいわけじゃないんです。10万円でも1万円でも、1000円でもいいかもしれない。少額を、自分が興味を持つテーマや応援したいテーマに贈る習慣をつくることを、プロダクトとしてやりたい。大きい金額をドーンというより、少額の送付がたくさん起きるのが一番きれいなかたちだと思っています」(白石氏)

白石氏らが目指すのは「ありがとうの代わりにチップのようなものを渡す文化、頑張っている人をちょっと応援したいというような気軽さで、手軽にお金を贈り合える社会」だという。

「寄付をテーマに、寄付をハックしに行くようなプロダクトは、今まで日本にはなかったと思います。それが、スマホで寄付ができるアプリ『dim.(ディム)』をWEDが出したり、NPOをキュレーションして簡単に寄付をできるようにした『solio(ソリオ)』というサービスが出てきたり、去年ぐらいからそういう流れが日本でもどんどん出てきはじめた。これは、すごくいいことだなと思います」(白石氏)