Photo:Linh Pham /gettyimages
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  • 柔軟で使いやすい決済手段の台頭
  • クレジットカード保有率はインドネシアに次いでワースト2位
  • 誰もが自分の信用を高めようと努力する社会の実現
  • 失敗を経験した創業者が、次のチャレンジに生かす重要な教訓

いま買って、支払いは後で──海外では「BNPL(Buy Now, Pay Later)」と呼ばれる、後払い決済の市場が大きな盛り上がりを見せている。

今年の8月に、モバイル決済サービスを手がけるSquareがオーストラリアの後払い決済サービス最大手の「Afterpay」を約3兆円で買収。先日、オンライン決済サービスを手がけるPayPalが日本の後払い決済サービス「Paidy」を3000億円で買収したのは記憶に新しい。

また、サンフランシスコ発の後払い決済サービス「Affirm」は2021年1月に米ナスダック市場に上場し、Amazonとの提携も発表。そのほか、スウェーデン発の後払い決済サービス「Klarna」はソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)などから約700億円を調達し、企業価値は約5兆円にまで膨らんでいる。

こうした後払い決済の市場の盛り上がりは、日欧米などの先進国に限った話ではない。東南アジアなどの新興国では、そもそもCIC(割賦販売法・貸金業法指定信用情報機関)のような信用機関がないため、オンライン決済のいち手段として後払い決済が普及し始めている。

先日、ジェネシア・ベンチャーズが投資したベトナム発のスタートアップ・CHERRY TECHNOLOGYも、後払い決済サービスを提供する企業だ。同社のサービス「Fundiin(ファンディン)」にはベトナム国内最大級の小売店を含む250以上の店舗が加盟、10万店舗以上のネットワークを持つオムニチャネル販売プラットフォームSapoとも提携している。

ベトナムにおける後払い決済の可能性とは何か。以下は、ベトナムに駐在するジェネシア・ベンチャーズ アソシエイトのホァンティキム・ズン氏によるコラムの和訳だ。

柔軟で使いやすい決済手段の台頭

現在、ベトナムではCovid-19の第四波の影響でロックダウンが行われています。厳密な外出自粛生活を実行するようになってから100日以上が経過。私の勉強や仕事に関する活動はすべてホーチミン市(通称:サイゴン)の小さなアパートの中で行われています。

私のことをよく知る家族や友人だけでなく私自身も、外向的であるはずの自分が2021年のほぼ3分の1の期間を自宅で過ごせていることに驚いています。とてもストレスのかかる生活ですが、落ち込んでいる暇はありません。

社会の変化に合わせて、私は自宅にいても忙しくて有意義な生活を維持する選択をしました。日々のスタートアップ企業への投資活動に加え、金融の専門知識を深めるためにオンライン学習コースにも積極的に参加しました。興味深いことに、このコースに参加したことで、投資活動のための新たなインスピレーションと有意義なインサイトが得られたので、ぜひ本稿で皆さんと共有したいと思います。

そしてこれは、今回私たちが決断したスタートアップ・Fundiinへの投資が納得できるものであることを説明する理由でもあります。

8月初旬のある日、私はハーバード・ビジネス・スクールの有名なオンライン学習コースのひとつ、「Leading with Finance」を受講することにしました。

授業料の支払いには、e-check(電子小切手)や、国際送金サービス「Western Union」による外貨での支払いの他に、クレジットカードでの支払い方法がありました。ありがたいことに、授業料を半分に分けて別々のカードで支払うことや、授業料の支払いを代行してくれる人に決済メールを転送することなどもできました。

ハーバード・ビジネス・スクールの支払い画面のスクリーンショット
ハーバード・ビジネス・スクールの支払い画面のスクリーンショット

このパンデミックの時期に、自宅にいながら学費を払い、質の高いオンライン学習コースを学べるという柔軟性は、私にとって本当にありがたいことです。なぜなら、このような幸運に恵まれなかったベトナム人がたくさんいるかもしれないからです。

このような支払いの選択肢は、アメリカなどの先進国の学習者にとっては目新しいものではないのかもしれません。ただ、ベトナムで生活する人からすると、このような「親切」で「柔軟」なソリューションを利用できることは、なかなか得がたい経験です。

クレジットカード保有率はインドネシアに次いでワースト2位

以下のデータは、多くのベトナム人がこの時期に収入を減らしている現状、また銀行サービスの利用率が低いために支払い方法が非常に限られていることを明確に示しています。

2021年7月6日に発表されたベトナム統計局の報告書によると、2021年第2四半期には、最大で1280万人のベトナム人労働者が、失業やジョブローテーションによる離職、労働時間の短縮など、Covid-19の感染拡大による悪影響を受け、収入の減少や損失を被っています。

2020年にボストンコンサルティンググループ(BCG)が発表したレポートによると、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアの5カ国の中で、ベトナムは銀行口座の保有率(40%)、デビットカードの保有率(34%)ともに最も低い数値となっています。

また、クレジットカード保有率はインドネシアに次いでワースト2位(11%)、ローン口座保有率はタイに次いでワースト2位(15%)となっています。また、ベトナムの電子決済手段の保有率は11%で、マレーシアに次いでこれまた低い水準となっています。

画像出典:Southeast Asian Consumers Are Driving a Digital Payment Revolutionより
画像出典:Southeast Asian Consumers Are Driving a Digital Payment Revolutionより

そのため、この時期にベトナムの多くの人たちが困難な状況に直面していることは想像に難くありません。生活をより快適で楽にしてくれる製品やサービスを購入する余裕がなく、また、新しい技術を学び、新しい仕事を見つけ、より良い生活を送る機会さえも、お財布に優しい柔軟な代替決済手段を利用できないことで、遠のいてしまうのです。

そこで私は、さまざまな決済方法を調べた結果、BNPLという最も適したソリューションを見つけました。多くの人がこの支払い方法を通常の分割払いと混同しているかもしれませんが、根本的な違いは「利息」にあります。

通常の分割払いを利用した場合、消費者は返済期間中に分割払いの利息を支払わなければなりませんが、BNPLのサービスでは、基本的にその利息は発生しません。

ベトナムでBNPLのサービスを提供するスタートアップはいくつかあります。その中で私が見つけたのはFundiinでした。

Fundiinの利用イメージ
Fundiinの利用イメージ

買い物の支払い方法としてFundiinを選択すると、消費者は3回の分割払いを指定できます。注文金額の3分の1ずつを1回目は購入時に、2回目は購入後30日以内に、最後の3回目は購入後60日以内に、それぞれ支払うことになります。

期限内に支払えば、利息はゼロです。消費者が期限内に支払わない場合は、毎週未払い額の0.6%のペナルティ(延滞金)が課せられます。

BNPL市場はKlarna(2005年にスウェーデンで設立)、Affirm(2012年に米国で設立)、AfterPay(2012年にオーストラリアで設立)、Paidy(2008年に日本で設立)などの著名な企業によって、大きな成長の可能性が証明されてきました。

最近では、AfterPayがSquareに約3兆円で買収されたり、Paidyが3000億円でPayPalに買収されたり、この分野の成長に大きな期待を抱かせるポジティブなニュースが続いています。

インドネシアでは2016年に設立され、500万人以上のユーザーを持つKredivoが、先日、SPAC(特別目的買収会社)を通じて米国で上場するIPO計画を発表し、期待値は25億ドルに達しています。

ベトナムにおいては、私たちが投資したFundiinが大きな成長の可能性を秘めています。ベトナムの1720億ドル規模の小売市場において、柔軟で優しい支払方法に対する消費者の需要の高まりは容易に予測することができるからです。

誰もが自分の信用を高めようと努力する社会の実現

先進国ではクレジットカードの保有率が非常に高く、例えば日本では2020年時点で87%、アメリカでは79%という数字を記録しています。

一方、なぜベトナムではクレジットカードの保有率が先述のように低いのでしょうか。この記事(ベトナム「労働者新聞」電子版)では、ベトナム人の多くがまだクレジットカードを使うことを恐れていると書かれています。例えば、カードで損することを心配していたり、カードを使う過程で発生するコストをすべて把握していなかったりするということです。

また、先に挙げたBCGのレポートにもあるように、新興国では従来の消費者金融サービスがまだ未発達で、顧客の信用度を確認する手段がありません。そのため、消費者が銀行からクレジットカードを発行してもらうことが難しいなど、多くの困難に直面しています。

ベトナムでは信頼性が高く、定期的に更新される必要のある信用情報データベースが十分にありません。例えば、昨日までは信用度の高い善良な市民だった人でも、今日になって窃盗を犯したり、不良債権を抱えたりすると信用度は変わります。ですから、データは迅速かつ正確に更新する必要があります。

その点、BNPLのサービスは電話番号、インターネットに接続された電話、身分証明書があれば、誰でも利用することができます。クレジットカードが前世紀の発明であるとすれば、BNPLは21世紀の新しいクレジットの形であると言えるでしょう。

BNPLでは、無利息の特典を利用して期限内の支払いを促し、次回の利用時には利用限度額を引き上げる仕組みを持っています。消費者のタイムリーな支払いは、消費者自身の「クレジット残高」に貢献します。これによりBNPLは、人々が自分の信用度を高め、より良い機会へのアクセスという利益を享受する社会の構築を促進します。

金融テクノロジーと、柔軟でユーザーフレンドリーな新しい決済ソリューションを提供するという大きなミッションを持つFundiinは、人々が商品やサービスに手頃な価格でアクセスし、生活の質を向上させるのに役立つと信じています。

私たちは、Fundiinのようなスタートアップ企業が、より豊かな社会の実現に向けて、これらの課題を一歩一歩解決していくことを期待しています。

失敗を経験した創業者が、次のチャレンジに生かす重要な教訓

昨年、Fundiinの共同創業者兼CEOのグエン・アン・クアン氏と初めてお話しする機会がありました。その時は性急なコミュニケーションだったので、あまり印象に残らなかったのですが、半年ほど経った頃、偶然にもベトナムのビジネスやカルチャーに関するデジタルメディア「Vietcetera」のPodcast「Vietnam Innovator」を聴いていたら、クアン氏がFundiinでの挑戦について語っているエピソードがありました。

穏やかな物腰、謙虚な姿勢、金融業界以外の人でも理解しやすい言葉を慎重に選んでいて、彼がやりたいBNPLのサービスを明確に理解することができました。特に感心したのは、以前の投資キャリアで蓄積したお金を立ち上げたスタートアップですべて失ってしまうような失敗に直面し、そこで得た貴重な教訓をFundiinでの挑戦に反映させていることです。

クアン氏はFundiinを創業する前に、2017年から3年以上にわたって「Lendiz」というスタートアップを経営していました。Lendizが提供していたのはバイクの購入資金と教育費用にフォーカスした分割払いサービスです。

当時、Lendizの他にも分割払いサービスを提供する企業はいくつかあり、HomeCreditやFECreditなどの大手企業も参入していました。競合他社が提供するサービスと比較して、Lendizのサービスには競争優位性がありませんでした。

それでも強引に大々的なマーケティング施策を実施したところ、その実績としてバイク購入者1000人、学生100人というユーザは獲得できました。ただ、ユーザーの信用スコアリングシステムが未整備だったため、急なスケールに対応できず、最終的にユーザーからの回収も実現せず、多くの借金を抱えてしまった失敗があったそうです。

Podcastでの彼の発言から、Fundiinで同じ失敗を繰り返さないためにクアン氏が2つの重要な教訓を学んでいると理解することができました。

それは、「自分のソリューションが、市場の競合他社と比較して、明確なバリュープロポジションを持つ、より優れたものでなければならない」ということ、「Product Market Fit(PMF)を達成していないのに、急いで事業を拡大してはならない」ということです。

また、私たちの投資検討の過程では、Fundiinの成長戦略や持続的な競争優位性の構築方法などについて多くの議論が交わされました。クアン氏は、繊細な精神を持ち、鋭く、学ぶことに熱心で、持続的な成長事業の構築を目指す創業者であることを示してくれました。

彼の優れた能力とFundiinのビジョンにより、彼の周りの多くの人々が彼を支援し、伴走したいと考えており、それは彼が共同創業者兼CTOのボー・ホアン・ナム氏とすでに強力な創業チームを構築していることに反映されていると思います。

(左から)Fundiin共同創業者兼CTOのボー・ホアン・ナム氏、共同創業者兼CEOのグエン・アン・クアン氏 すべての提供画像:Fundiin
(左から)Fundiin共同創業者兼CTOのボー・ホアン・ナム氏、共同創業者兼CEOのグエン・アン・クアン氏 すべての提供画像:Fundiin

Fundiinの信用リスク評価モデルの構築を成功させるためには、ナム氏の役割は非常に大きいです。ナム氏はベトナムの大手銀行・TP Bankの技術部長として、TP Bankのクレジットカードやデビットカードのデータベース管理を支援する金融アプリケーションであるTPBank MyGoの構築を担当した経験があります。2人の共同創業者は、Fundiinの将来の成功を生み出すのに適した「Product Fit Founders」であると、私は確信しています。

以上が、ベトナムにおけるBNPLサービスへの期待と、私がFundiinへの投資を決定した理由です。彼らが今回私たちや他の投資家を納得させたように、これからも一歩一歩、ユーザーや小売業者を納得させ、ベトナムのBNPL領域の発展に成功し、人々がより良い生活のために商品やサービスを利用する機会を増やすことに貢献してくれることを期待しています。