転びながら、痛い思いをしながら補助輪なしの自転車に乗る訓練を繰り返す──。自転車に乗っている大人たちの誰もが、子どもの頃に経験してきただろう。

自転車を乗りこなすまでには困難が伴うが、一人で乗れるようになった瞬間は「できた!」という達成感に満ちあふれ、子どもにとって大きな自信につながる。

こうした子どもの「できた!」という体験を何よりも重視するのが、老舗のりものメーカーのアイデスだ。三輪車や自転車などののりものを通じて、幼少期に適切な運動を提供する重要性を第一に考え、革新的な自転車を開発し続けている。

幼児用自転車「D-Bike MASTER+(ディーバイク マスター プラス)」は、キックバイクから工具なしでペダルを取り付けて自転車にできる機能や、子どもの弱い握力でもかんたんにブレーキを掛けられる「Vブレーキ」、漕ぎやすさを重視した従来の2倍のサイズのペダルなど、従来の子ども用自転車の概念を覆す機能を搭載している。

こうした機能は、自転車を乗りこなす上でのちょっとした工夫だ。しかしそこには、開発者のたゆまない探究心と、子どもの成長を最優先に考えるアイデスの理念が込められた、いわば「小さなイノベーション」がある。

アイデスの「小さなイノベーション」が生み出される原動力はどこにあるのか。D-Bike MASTER+ の開発担当者、田中秀幸氏がその背景を語る。

私は現在、バイク事業部の開発リーダーを務めています。「バイク」といっても、エンジンがついているのりものではなく、自転車のことです。二輪のペダルレスのキックバイクから、自転車、ヘルメットやサイクルパーツの開発を手がけています。

アイデスに入社したのは1998年。もともと子ども向けのキャラクターが好きだったこともあって、キャラクター自転車や、三輪車につけるブザーの開発などを任せてもらい、楽しく仕事をさせてもらっていました。

その後、本格的に子ども用の自転車を開発することになったのですが、当時は自転車に関する知識がありませんでした。仕事で開発するのであれば知識を高めなければならないと思い、マウンテンバイクやロードバイクに乗り、クロスカントリーやロードレースといった競技に出場するようになりました。かなり過酷なダウンヒル(山道を駆け下りる競技)にも挑戦しましたね。広く深くのめり込んでしまうタイプなので、乗るだけでなく、自分で自転車をカスタマイズしていく中で、知識を身につけていきました。

我々の商品である子ども用の自転車はアグレッシブな競技用ではないので、大人用のマウンテンバイクほど精度の高いパーツは必要ありません。

とはいえ、競技用自転車の軽さ、強度、メンテナンスのしやすさは子ども用でも通じるので、マウンテンバイクやロードバイクで採用されている機能を子ども用の自転車に生かせないかと考えて商品開発をしていました。

その結果、生まれたのが子ども向けの自転車「D-Bike MASTER+」です。

現在のD-Bike MASTER+は第4世代ですが、第1世代の頃はキックバイクは流行っておらず、足で蹴ってバランスを取る練習をして、その後ペダルをつけてこぐ練習することが今ほど一般的ではない時代でした。

自転車は自転車店で組み立てて陳列するので、繁忙期になると組み立てが追いつきません。組み立てられた状態で店に陳列されていなければ、自転車の販売ロスにつながります。

店によってはプライスカードがあり、カードをレジに持っていくと新しい自転車を組み立ててくれる店舗もあるのですが、メーカーとしては、自転車店での組み立ての簡略化が店舗スタッフ様の作業軽減につながるので、なんとかできないかという課題を抱えていました。

アイデスにとって販売店もお客様ですが、販売店の取り扱いやすさを考えるだけでなく、並行して本来のお客様であるエンドユーザーに使ってもらうためにどうすればいいかも考えました。

メーカー、販売店、エンドユーザーのそれぞれにメリットがある機能。そこで最初に開発したのが、工具なしでかんたんに着脱できる補助輪でした。

一般的な自転車は、店で補助輪を取り付ける作業が必要ですが、アイデスは工具を使わずにワンタッチではめるだけの機構を開発しました。この機構があれば、自転車の練習をするときに、そろそろ補助輪を外したいと思った瞬間に工具なしで、いつでも、どこでもエンドユーザーが補助輪を外して練習することができる。うまく乗れなかったときも、すぐに補助輪を戻すことができるようになりました。

公園や河川敷で、補助輪を外したばかりの子どもが練習している様子を観察していると、やはりうまくこげずに苦労している。うまくいかないと子どもは投げ出してしまいます。本当であればまた補助輪を戻して「また明日頑張ろう」と励ませばいいのですが、1回お店で補助輪を外すと、すぐに戻すことができません。お店へ自転車を持ち込み、工賃を支払い補助輪を戻すのは、親御さんの負担にもなります。

自転車は「転びながらうまくなるものだ」というような精神論で練習をしがちですが、子どもの立場になると、つらくて痛い自転車の練習は嫌に違いありません。それで自転車が嫌いになってしまっては、元も子もありません。

そこをなんとか解決できないかという思いから、工具なしで親がその場でかんたんに取り外しできる補助輪が生まれたのです。

自転車の常識を覆したD-Bikeの技術革新

やがてキックバイクが全盛となり、足で蹴りながらバランスを取る練習をするのが世の中の主流になっていきました。

アイデスの自転車はかんたんにペダルが外せるし、もともと補助輪がついていないからキックの練習に向いているのではないかと思いつつも、D-Bikeは認知されていなかったため、普及目的の体験会を実施しました。

体験会では、子どもが転ばないようにアイデスのスタッフがサポートします。ペダルと補助輪を外して足で蹴る練習をやってもらううちに、スタッフが自転車の乗り方を教えるようになってきました。

その後、さらにこの体験会をブラッシュアップするにはどうすべきか考えていました。そこで自転車の乗り方に関するより専門的な知識、そして参加者への指導の仕方の知識を得るために、マウンテンバイク協会のインストラクターの資格を取得しました。

その後、宮城県東松島市の小学校からある依頼がありました。

子どもたちが震災の影響で自転車の練習ができず、なかなか乗れるようになれず悩んでいるので、自転車教室をやってくれないかというのです。その依頼を受け、初めて本格的な自転車教室を開催しました。

この活動を知ったマウンテンバイク協会の会長から「自転車に乗れない子が増えているから、自転車教室のアイデアはいい」という反応をもらいました。それが契機になり、自転車教室を実施してほしいという提案が増えたため、マウンテンバイクを使った基本動作や体の使い方、自転車の操作方法などを子ども向けにアレンジした、アイデス独自の自転車教室を始めました。

従来の自転車教室は、ただ自転車に乗って決まった道をぐるぐる回ったり、交通ルールを教えたりするようなものでした。それでは子どもたちにとって面白いものではなく、すぐに飽きてしまいます。そこでアイデスが得意とする「遊び」の要素を入れた教室を心がけました。たとえばガムテープを使って横断歩道を作って「ここで止まってみて」などと子どもにチャレンジさせたり、道路に線を引いて「この線で止まれたら100点だよ」などと、ゲーム感覚で自転車の練習をしてもらったり、子どもが遊びながら自然と自転車にチャレンジするような工夫をしました。

そこで目についたのが、止まりたいときにブレーキが固くて握れない、足で蹴ってもクランクが足に当たって自分で蹴った勢いを止めてしまうといった子どもたちでした。

乗り始めの子どもは、ブレーキの扱い方がよくわからない。しかも固くて握れないため自分が思ったよりも遠くで止まってしまうことが往々にして見られました。これは、安全性という意味で大きな問題となり得ます。

アイデスは、幼児用自転車で一番必要とされることは安全性だと考えています。そこで、まずはキックバイク向けに独自のブレーキ構造「LBS(Light Brake System)」を開発し、その後ブレーキの制動力を向上させた「EZB(Easy Brake)」、そして従来の幼児車のブレーキに比べて、半分の力で止まれる子ども用の「Vブレーキ」をD-Bike MASTERと、その後発売されたD-Bike MASTER+に採用しました。

もともとの幼児車のブレーキは、子どもの平均握力の倍くらいの力を入れないといけないものでした。しかし、子ども自身が使えないと意味がないので、子どもが握りやすいブレーキを独自に開発しようとしたのです。自転車のブレーキを製造する日系の会社は2社あるのですが、そのうちの大手の1社が「そんなことを言ってくるメーカーはどこにもない」と、興味をもって協力してくれました。

次に、足がクランクに当たる問題はどう解決すればいいかを突き詰めて考えてみた時、「じゃあ、クランクごと外せるようにすればいいじゃないか」と思いつきました。

言うはかんたんですが、実現には多くのハードルがありました。取り外しができるクランクは、それまでどのメーカーも作ったことがありません。かんたんに外せても、装着した時にクランクがガタつかないように、何度も着脱させても大丈夫な仕様にしないといけません。

こうしたアイデアに乗ってくれて、部品を共同開発してくれる工場を探すのにとても苦労しました。

通常、自転車のパーツをオリジナルで開発する際は工場と連携しながら進めます。当社が機構のアイデアとラフスケッチ、かんたんな図面を工場に送り、工場側はその部品を量産できるか検討します。ですが、着脱できるクランクの開発はかなりの困難を伴うので、乗ってくれる工場がありません。

日本では子ども用から大人用まで、自転車が年間600万台売れています。例えば大人用の自転車のように、大量に売れる数が見込めるものに対しては工場も共同開発に積極的です。しかし、子ども用自転車は大人用に比べて生産台数が少なく、開発協力をしてくれる工場を見つけるのにもとても苦労しました。

詳細な技術の説明は避けますが、誰もやったことがない開発でしたので、クランクと着脱するアダプターという2つのパーツの開発に協力してくれる工場が必要でした。

日本の高い要求品質に応えられるクランクを製造する工場はそもそも数が少ないのです。幾度となくアプローチを続けた結果、渋々ながら応じてくれるところがいくつか現れましたが、アダプターに関してはまったく見つかりませんでした。

しかし、探し続けてから半年以上たったころ、一度断ってきたAという工場が連絡をくれました。当社のアイデアがユニークで「幼児用自転車のデファクトスタンダードになるかもしれない」と可能性を感じてくださっていたそうで、その後も開発が可能か検討を続けてくれていたのでした。開発のめどがつき、「クランクとアダプターをまとめて作りますよ」と連絡をくれたのです。ここから、D-Bike MASTER+の開発が正式に始まりました。

開発に協力してくれた工場は長年クランクを開発していて、国内外の有名な大手スポーツ自転車メーカーのクランクを製造しています。その工場の開発担当者は当初「作ってはみるが、きっと強度検査で壊れてしまう。持たない」という反応でした。

しかし、既存の部品を加工して着脱できるクランクとアダプターのテストサンプルを作り、JIS(日本産業規格)で要求される強度検査を実施してみたら、予想に反して壊れなかったのです。

その検査では壊れないとしても、着脱を繰り返す際に装着する穴が広がってガタつきが大きくなる可能性も心配しました。しかし、これも検査してみると、意外なことに問題なかったのです。

イノベーションを起こすには、とにかくやってみることが必要だ、と痛感しました。

これで、やっと商品化できそうだという手応えをつかみました。何かが身体の中から湧き上がってくるような感じがしたのを今でも覚えています。工場もこの検査結果に驚いていました。

また、せっかく新しいクランクを作るのであれば、さらに工夫をしようと考えました。自転車教室で目についたのが、ペダリング(ペダルをこぐ)をしようとすると、かかとでクランクの先端を踏んでしまい、うまく回せない子どもがいることでした。私たちが手伝って子どもの足を戻してあげても、手を放すと元に戻ってしまう。

なぜ子どもたちはうまくペダルが踏めないのか。よく観察してみると、膝から下がガニ股になってこいでいる子どもが多い。そもそも、子どもにとっては左右のクランクの幅が広いのではないかと考え、新しいクランクを作る際に幅を限界まで狭くし、子どもの足がまっすぐ下りるようにしました。

その試作品を静岡市主催の自転車教室に持ち込み、従来の自転車と乗り比べしてもらいました。すると、試作品に乗る子どもは、かかとでクランクの先端を踏むことがありませんでした。従来の自転車は、実は構造的に子どもには乗りにくいものになっていたことがはじめてわかったのです。

また、乗り始めの子どもはペダルがうまくこげずに足を踏み外すことが多いので、どうしても足元を見てしまう。足元を見ながらこぐと自転車がふらついてうまく乗ることができません。すると転んで痛い思いをして……ということになってしまいます。自転車教室で指導する私たちが「前を見てこいでください」と言っても、子どもはペダルを確認するために、どうしても下を向いてしまう。

これをどう解決すべきか。マウンテンバイクは、でこぼこ道で乗ることが多いので、ペダルを踏みやすくまた安定させるために大きいペダルを使用しています。ならば、子ども用の自転車もペダルを大きくすれば解決するのではないかと考えました。

ペダルに足を乗せやすくするため、ペダルの大きさを倍にしたことで、ペダリングに集中してもらえます。

こうして少しずつ改良したクランクとペダルのセットを開発し、自転車教室に持ち込み子どもたちに新旧どちらのものが良いか選んでもらいました。すると、幅を狭くしてペダルを大きくした新しい仕様を選ぶ子どもが多かったのです。

「なんでこっちの自転車に乗るの?」と子どもたちに聞いてみたら、「なんかわからないけどこっちのほうが乗りやすい」という回答でした。子どもたちにとって気付かないような細かな変化だったのかもしれませんが、改良したクランクやペダルは着実に使いやすくなっているというのを体で感じてもらえたという手応えがありました。

こうした試行錯誤を経て、D-Bike MASTER+の生産と販売に至ったのです。史上初めて登場した、子どもの体に構造的に合った子ども用自転車なのではないかと密かに思ったりしています。

子どもの成長に寄与する「小さなイノベーション」

日本マウンテンバイク協会との連携や、静岡市や東松島市といった自治体の協力を得て実施してきた自転車教室が、「小さなイノベーション」を生み出す舞台になっています。「乗れた!」という子どもたちのリアルな反応から、自転車の新しい機能を生み出していくきっかけが生まれているのです。

限られた手段の中で、何ができるのかを模索する。そうした工夫はひとつひとつを取ってみると些細なことかもしれませんが、それらが「小さなイノベーション」の積み重ねとなり、結果的には革新的な商品を生み出していく。

こうした「小さなイノベーション」を生み出す原動力は何かというと、「幼少期に最適な運動を提供する重要性」を第一に考えることです。

最適な運動を子どもに提供するためのオリジナルのパーツを作るのは、自転車業界の常識ではありえないことで、ある意味タブーに近いのです。自転車は安全性を担保するためにJISを厳格に守ることが求められています。JISを守りながら、さらに機能を高めるための工夫を凝らすのは、非常に高いハードルとなります。

しかし、決まったルールを守りながらも、それを乗り越えていかなければ、イノベーションは生まれません。自転車業界の歴史は長く、常識を変えることは並大抵ではありません。

ですが、アイデスは自転車メーカーであるとともに、子どもの成長に寄与するために存在している会社です。子どもが楽しめるもの、子どもが使いこなして自信を持ってくれるものを作る。

自転車は子どもに「運動による成長」という価値提供をするツール、という考えなので、自転車業界の常識にとらわれずに、常に革新を続けるという姿勢を心がけています。

安全、安心は大前提で、子どもには自転車を通じて遊びに集中してもらい、楽しみながら夢中になり、子ども自身が知らない間に心も体も成長できる自転車を作る。そのためには、新しい機能を生み出す開発上のリスクを克服しながら、子ども用自転車を作っていく姿勢が必要だと考えています。

そのイノベーションのゴールは何か。それは、子どもが自転車に乗れたときの「できた!」という瞬間までの導線を作り、演出すること。

D-Bikeシリーズの開発者として最も喜びを感じた瞬間があります。それは、D-Bikeに乗っている子どもが、友達が自分の家の遊びに来た時にわざと見える場所に自転車を置いて誇らしげにしていた、という話を聞いたときです。

また、「子どもが自転車を洗ったり、きちんと駐輪したり、物を大切にするようになった」という感想をいただきました。

D-Bikeは自転車デビューを応援するツールなのですが、補助輪なしで乗れる子どもを見て親御さんが喜ぶ、涙を流してくれる瞬間に立ち会えるのは、開発者冥利に尽きます。

子どもが将来、自分で何かやりたいことを達成するときに、そのベースとなるような体験をD-Bikeを通じて提供する。

夢中になって何かに取り組むことの大切さを知ってもらうために、私たちは可能な限り最善を尽くし、楽しく遊びながら学んでもらいたいと思っています。

問い合わせ先
アイデス
https://www.idesnet.co.jp/

アイデスのオフィシャルオンラインストア
https://ides.shop-pro.jp/