スマホ連動型のクレジットカード「Nudge(ナッジ)」
スマホ連動型のクレジットカード「Nudge(ナッジ)」
  • 独自のAI審査で、若年層や非正規雇用の人がターゲット
  • 3割が審査落ち、20・30代にはいまだ“怖い”印象のクレジットカード
  • 黒字化の目安はユーザー数25万人、2年後には黒字化へ
  • カードを利用しながら、好きなクラブなどを応援

「使いすぎないか不安」といった理由に、クレジットカードを保有しない若年層は少なくない。クレジットカード会社のJCBが実施した「クレジットカードに関する総合調査」によれば、日本のクレジットカードの保有率は86.6%だが、20代に限定して見ると男性で74%、女性で79.8%と平均より低い値になっている。

クレジットカード以外の選択肢も増えている。昨今ではスタートアップを中心に、後払い決済(BNPL)やプリペイドカードを提供する事業者も台頭してきている。後払い決済は先日PayPalに3000億円で買収されたPaidyや約10億円の資金を調達したネットプロテクションズ、プリペイドカードはバンドルカードを提供するカンムがそうだ。

クレジットカードの代替となる金融サービスを提供するプレーヤーが増える中、あえて“クレジットカードの提供”にこだわった起業家がいる。ベリトランス(現:DGフィナンシャルテクノロジー)の創業メンバーであり、日本の決済サービスに長く携わってきたナッジの沖田貴史氏だ。

ナッジはスマホ連動型のクレジットカード「Nudge(ナッジ)」を提供するスタートアップ。昨今、海外などで注目を集める“チャレンジャーバンク”の日本版とも言えるサービスの1つだ。

チャレンジャーバンクとは新たに銀行免許を取得し、これまで銀行が提供していた金融サービスをアプリ上で提供する企業のことを指す言葉。ただ、日本はデジタルバンクに特化した銀行業ライセンスや審査の枠組みがあるわけではなく、銀行法に定められた要件を満たさなければ銀行業免許を取得できない。そのため、新規参入のハードルは高いことから、既存の銀行と連携した“デジタルバンク”のようなサービスが多い。

チャレンジャーバンクは海外ではイギリス発のMonzo、Revolut、そしてドイツ発のN26ような企業が該当する。なかでも、Revolutは2020年10月に日本へ上陸(編集部注:同社は2018年に資金移動業者として金融庁に登録されている)している。

国内でも、auフィナンシャルホールディングスと三菱UFJ銀行が共同出資して設立した「auじぶん銀行」や、ふくおかフィナンシャルグループが設立した「みんなの銀行」などが日本版のチャレンジャーバンクとして、金融サービスを提供している。

そのほか、明確に“銀行”とは言えないが、VISAブランドのプリペイドカードを提供する「Kyash」や、VISAブランドのプリペイドカードと支出管理アプリを組み合わせた「B/43」などが、既存銀行との提携により“ネオバンク“として、新たな金融サービスを提供している。

独自のAI審査で、若年層や非正規雇用の人がターゲット

ナッジは2021年4月に施行された改正割賦販売法で新設された「少額包括信用購入あっせん業者」の認定を2021年8月に取得。現在、上限10万円以下の範囲内でクレジットカードおよびデジタルクレジットカードを発行している。

彼らが発行するクレジットカード・Nudgeは、アプリ上で利用履歴の確認やクレジットカードのロックができ、返済は好きなタイミングでセブン銀行ATMから行える。年会費や入会金もなく、カード発行の手数料も基本的には無料(編集部注:一部、有償発行のカードもある)となっている。

クレジットカード番号等の適切な管理などのセキュリティ面に関しては、従来のクレジットカードを扱う信用購入あっせん業者と比べて、規制面での違いはない。

特筆すべきは、その審査方法だ。

少額包括信用購入あっせん業者は、事前・事後チェックによる過剰与信防止措置を前提に、従来の包括支払可能見込額調査に代わるビッグデータやAIなど先端的な技術を活用した与信審査手法が認められている。それを活用するかたちで、ナッジは株主でもあるクレディセゾンと手を組み、AIを用いた独自のアルゴリズムを開発した。

「転職や副業が当たり前の時代に勤務先や年収などの項目は最適ではない」として、AIを組み合わせた審査基準を設けた。eKYC(オンライン上の本人確認)にはスタートアップのLiquidが提供するソリューションを活用している。

Nudgeの申し込みや発行手続き、各種問い合わせはスマホアプリで完結する。申し込みにあたって勤務先情報や口座情報は必要なく、本人確認書類1点をアップロードし、住所や氏名など5つの必要項目を入力するだけでいい。審査が完了後、5営業日ほどでカードが自宅に届く。届いたカードに付随している認証コードをアプリに打ち込めば、すぐに使い始めることができる。

Nudgeの利用イメージ
Nudgeの利用イメージ

ナッジは2021年2月にジェネシア・ベンチャーズやD4V、セゾン・ベンチャーズなどから資金を調達。その半年後の2021年8月にはSpiral CapitalやHeadline Asiaなどから資金を調達しており、累計の調達額は約10億円となっている。

金融サービスを提供する多くのスタートアップは発行の際に与信が不要、かつKYC(本人確認)も不要、将来的に銀行口座に転用できるという点から“プリペイドカード”を提供している。そうした中、なぜナッジはあえてクレジットカードに目を向けたのか。その狙いを、ナッジ代表取締役社長の沖田貴史氏に聞いた。

3割が審査落ち、20・30代にはいまだ“怖い”印象のクレジットカード

前述のとおり沖田氏は一橋大学在学中にサイバーキャッシュ(後のベリトランス 、現DGフィナンシャルテクノロジー)の立ち上げに参加し、同社は2004年に上場。2012年にはデジタルガレージ傘下としてecontext ASIAを共同創業し、香港証券取引所に上場させるなど、アジアでの決済・ECインフラサービスを進めてきた。同時に金融審議会専門委員、SBI大学院大学経営管理研究科教授、Fintech協会の代表理事会長(現任)も務めてきた。

長く金融業界を渡り歩いてきたキャリアを持つ沖田氏がナッジを立ち上げるにあたって、課題に感じたのが従来のクレジットカードの仕組みだ。

ナッジ代表取締役社長の沖田貴史氏
ナッジ代表取締役社長の沖田貴史氏

「従来のクレジットカードは、多重債務者を増やさないために厳しい審査基準を設け、支払い能力に少しでも疑問を抱く人は審査の段階ではじくようにしてきました。そうした仕組みはいろんな人が考えた結果、作りあげられたものなので理解はします。その一方で非正規雇用(フリーランス)や若年層で『きちんと支払える能力はあるにもかかわらず、従来のクレジットカードの仕組みでは審査に通らない』という人がたくさんいました」(沖田氏)

フィンテックを含めた金融サービスの多くは“金融業界出身かつテクノロジーに詳しい人“が立ち上げたものであるため、従来の金融サービスの仕組みで困っている人たちの課題解決につながっていなかった──沖田氏はそう自省する。

「自分たちが良いと思うものを前提に、『もっとこういう機能があった方がいいよね』といったアプローチばかりしてしまっていたんです。その考え方は反省すべきだと思いました」(沖田氏)

20〜30代の若年層は性別や非正規雇用であることを理由に、クレジットカードに申し込んだ人の約3割は審査で落とされてしまっているという。また、クレジットカードは申し込みの際に大量の個人情報を入力しなければならず、手間がかかる。

「そうした従来のクレジットカードの仕組みに対して『怖い』や『不安』といったイメージを抱く若年層は想像以上に多くいました。だからこそ、若年層をメインターゲットにしたクレジットカードを提供するべきだと思ったんです」(沖田氏)

Nudgeはサービスイメージも若年層を意識したデザインになっている
Nudgeはサービスイメージも若年層を意識したデザインになっている

黒字化の目安はユーザー数25万人、2年後には黒字化へ

Nudgeは審査の際に過去の不正利用や多重債務、延滞の情報は確認する一方、性別や勤務先、年収などの情報は確認しない。与信上限は10万円となっており、使用した月の翌月末までにセブン銀行のATMで返済すれば、手数料は一切かからない。期限を越えると、1日ごとに「2000円につき1円の手数料(年利18.25%相当)」が発生する仕組みとなっている。

クレジットカードの支払い銀行口座からの引き落としが一般的だが、ナッジはあえて「セブン銀行ATMを使った現金での返済方法」に限定している。その理由は、口座引き落とし自体が「怖い」という若年層の声を反映したからだという。

「カードの締め日、引き落とし日が分からず、その日になって口座から引き落とせなかったらブラックリストに載ってしまうのではないか、と不安になる若年層は多い。そのため、まずは分かりやすく、利用の最短翌日から好きな金額をセブン銀行ATMで返済できる仕組みにしました」(沖田氏)

現在、返済方法はセブン銀行ATMのみ。ただ、銀行間の資金決済を担う全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)の送金手数料が10月1日から一律62円に引き下げになる予定で、それに伴い銀行振込による返済方法も今後提供する予定となっている。

また、プリペイドカードにしなかった理由について、このように語る。

「プリペイドカードも選択肢にありました。ただ、プリペイドカードはチャージをしてもらうのが大変ですし、意外と使えない場所が多くあるんです。また、チャージする際に一定の手数料がかかるなど、ユーザーフレンドリーとは言い切れない仕組みのものもあります。クレジットカードは審査に手間がかかるものの、現金の次に使える場所が多い。UX(ユーザー・エクスペリエンス)の良さも含め、クレジットカードの提供が最も良い選択肢だと思ったのです」(沖田氏)

ナッジの収益も従来のクレジットカード会社と同じく、加盟店から得られる決済手数料がメインとなる。ただし「ユーザーを借金漬けにして延滞の利息だけで儲けるだけの事業にはしたくない」(沖田氏)として、利息の発生を知らせる通知機能をアプリに実装している。また、長期延滞にまつわる事務手数料も一切取っていない。

「よく『(決済手数料だけで)儲かるんですか?』と聞かれますが、コロナ禍で小売業が苦しかった丸井も黒字を維持しています。その背景にあるのが『エポスカード』を起点としたフィンテック事業。ほかのクレジットカード会社もそうですが、(決済手数料による)事業自体は安定しています」(沖田氏)

ナッジの黒字化の目安はユーザー数25万人。2年後の黒字化を目指すという。

「決済手数料だけでブレークイーブン(損益分岐点)までは持っていける算段です。だからこそ、ユーザーが本当に必要なものだけを提供することを最優先にサービスをアップデートしていく予定です。その考えは、投資家や提携企業の方々にも理解してもらっています」(沖田氏)

カードを利用しながら、好きなクラブなどを応援

Nudgeはクレジッドカードとして利用できるほか、提携するアーティストやアスリート、スポーツクラブを選び、応援することもできる。具体的には、あらかじめ応援の対象を設定したユーザーがクレジットカードを使用すると、利用額に応じて応援先の用意するデジタルコンテンツなどの限定特典が受け取れるというもの。例えば、月1000円の利用であればアーティストの限定メッセージ動画がもらえ、月1万円の利用であればイラストなどがもらえるという具合だ。

一方、アーティストやアスリート、スポーツクラブ側は、初期費用や運営費用が不要でファン向けにクレジットカードを用意できる。必要なのはロゴなどの画像とファンに提供するデジタルコンテンツのみ。問い合わせ対応や金融リスクはナッジが負担するほか、クラブなどの提携カードを利用して発生した決済手数料はレベニューシェアを予定しているという。

現在、提携先として発表されているのは、歌手の加藤ミリヤさんのほか、サッカーJ2リーグの「ブラウブリッツ秋田」、福島県を本拠地とするプロ野球独立リーグのチーム「福島レッドホープス」、プロバスケットボールB3リーグの「岩手ビッグブルズ」、格闘技選手である堀口恭司さん、アーティスト・クリエーターや「D.D.マーケット」などのECサイトなどの約20クラブ。月に1回、支援先とともにデジタルカードのデザインを変更することも可能だ。

約20クラブと提携している
約20クラブと提携している

「世間一般で言われる投げ銭機能は『サポートしたいけど身銭を切りたくない』という心理的負担にもなります。ただ、Nudgeのようにクレジットカードでの支払いと同期させれば、そういった負担もなく応援したいクラブなどを支援できます。支援先となるクラブやアーティストとしても『寄付してください』とアピールしなくてもいいという利点もあります」(沖田氏)

利用額に応じて受け取れるデジタルコンテンツなどの限定特典は、将来的にNFT(非代替性トークン)形式での提供も検討しているという。

ナッジは今後、提携カードを発行するアーティストやアスリート、スポーツクラブなどを増やし、2年後にはNudgeの提携カードを利用するユーザーを25万人、3年後に50万人規模にすることを目指す。またBaaS(Banking as a Service)などを活用した、融資や資産運用サービスの追加も検討していく予定だという。