Photo:Andriy Onufriyenko/gettyimages
  • 世界のアート市場で偽造品による被害額は年間48億ドルと推定
  • チューブ絵の具が印象派を生み出したようにNFT技術がデジタルアートを生み出す
  • LVMHもブロックチェーン技術による流通情報基盤を開発

「かつて、活版印刷が庶民に情報を手にする機会をもたらし、インターネットが情報発信の機会を与えたように、ブロックチェーンは誰もが確かな情報を記録し利用できる機会を与える存在となる」。ブロックチェーン関連事業のスタートアップ、Ginco創業者で書籍『超入門ブロックチェーン』(エムディエヌコーポレーション)などの解説書を著してきた森川夢佑斗氏は、そう語る。

確かな情報を記録する力が最初に発揮された「価値の記録」の領域で、ブロックチェーンはどのように利用されているのか。「記録の技術」がたどってきた歴史的な背景からブロックチェーン技術誕生の意味を解説した前回に続き、「ブロックチェーンは、アナログと最新テクノロジーの融合のために生まれてきた」と考える森川氏が、アートやブランド品の世界でブロックチェーン技術やNFTが果たす役割について、事例も交えて紹介する。

※本稿は、森川夢佑斗『超入門ブロックチェーン』(エムディエヌコーポレーション)を一部抜粋・再編集したものです。

世界のアート市場で偽造品による被害額は年間48億ドルと推定

アート作品の取引では、来歴を証明できるかどうかが非常に重要視されます。そこには「価値のつき方」と「真贋管理の難しさ」という2つの問題があります。

まずアート作品の価値については、「最初が最高値で中古品は安い」という市民的な感覚に反し、新品が最も安値で、所有者が移転するたびに価値が高まっていくという性質があります。

これは、アーティストのキャリアや、その作品がどんな人に買われたか、どんな展覧会に展示されたかによって作品が持つ意義や文脈が深まっていくことに由来します。ところが、世界中のアート作品に対してこうした来歴情報を正確に管理するのは困難を極めます。

また、アート作品は本物か偽物かによって大きく価値に差が出てしまうため、鑑定によって発行される「作品証明書」を通じて、本物であることを証明する必要があります。

このように、アート作品が本物かどうかを証明するプロセスを「真贋管理」と呼びます。真贋管理においては、本物と複製物を区別する必要があるため、アート作品の所有権管理は厳密になされる必要があります。

従来この所有権管理や真贋管理においては、オークションハウスや鑑定士といった第三者による信頼の付与がなされてきました。ところが、鑑定書自体の偽造も行われるためネット上で自動化もできず、アート作品の多くが流通しづらいという問題があります。

オンラインアートギャラリーのSaatchi Artによると、少なくとも現在世界のアート市場で起きている不正行為による被害額は、年間60億ドルにのぼり、その内の80%が偽造品によるものといわれています。

チューブ絵の具が印象派を生み出したようにNFT技術がデジタルアートを生み出す

アート管理へのブロックチェーン活用に拍車をかけているのがNFTです。NFTはデジタル空間における鑑定書そのものであり、真贋つまりオリジナルか否かをひと目で判別することのできる目印だからです。

アートの分野でブロックチェーンとNFTが果たしている役割は、管理のみにとどまりません。これらの技術を用いることで、デジタル空間上の表現のみをオークションなどで販売することができるようになったことは、これからのアート表現を変革する可能性があります。

ちょうどチューブ絵の具が印象派を生み出し、印刷技術の大衆化がアンディ・ウォーホルのモダンアートを生み出したように、NFT技術がデジタル空間を舞台にしたアート作品を生み出そうとしています。

例えば、アーティストのBeepleが作成し、オークションハウス・クリスティーズで競売にかけられ75億円で落札されたアート作品『Everydays - The First5,000Days』などは、現実世界に出力されていないデジタル・ネイティブなアート作品です。

その他にもスマートコントラクトを利用して、連鎖的にNFTを自動生成していくNFT作品なども生まれています。

この分野では日本のStartbahn社が、先進的な取り組みで注目を集めています。同社はデジタルアート作品の来歴を管理することのできるブロックチェーン基盤や、それを利用したアート作品の売買プラットフォームを開発しています。作品の所有権はブロックチェーン上で記録され、過去にどのような所有者にいくらで売買されてきたのかといった来歴を証明できるようになります。すでに米国やシンガポールに拠点を構え、各地のアートギャラリーやオークションハウスとの連携を強化しています。

海外でもロサンゼルスのVerisart(ベリサート)は、それぞれのアート作品に関する所有者や所在地、信頼性などの情報をブロックチェーン上に記録し、所有権証書の管理プラットフォームを構築するプロジェクトを進めています。またロンドンのBlockverify(ブロックベリファイ)は、アート作品の追跡や、模造品、盗難品の識別を簡素化するシステムを、ブロックチェーン上に構築しています。

LVMHもブロックチェーン技術による流通情報基盤を開発

贋作・偽物が出回るのはアートだけに限りません。ブランド品や宝飾品もアートと同様に真贋管理の問題を抱えています。

OECD(経済協力開発機構)の調査によると偽造品・海賊版の流通総額は、およそ4兆5000億ドルと推定されています。そのうち高級時計やバッグなどのラグジュアリー製品は、医薬品や娯楽製品をしのぐ6割から7割を占め、1兆2000億ドルと推定されるラグジュアリー製品の全取引額の4分の1ほどを占めると見られています。

こうした背景を受け、特に被害規模の大きいブランドは対応に多額の費用を投じています。ルイ・ヴィトン、シャネル、クリスチャンディオール、タグ・ホイヤー、モエ・エ・シャンドンなど75もの高級ブランドを有する巨大グループ「LVMH」は、60人以上の弁護士を雇い、コピー商品に対する法的措置に、年間1700万ドル費やしているといわれています。

偽造品の流通は、C2C取引の普及によって増加を続けているとされ、匿名をいいことに、約4割近くがインターネット上で売買されているとの調査結果もあります。

『超入門ブロックチェーン』
森川夢佑斗著『超入門ブロックチェーン』(発行:エムディエヌコーポレーション/発売:インプレス)

LVMHは、この問題を根治するためブロックチェーン技術を利用した流通情報基盤「AURA」を開発しています。AURAでは、原材料の調達から店頭に並ぶまでの一連の情報を記録し、保全しています。

また、実際に商品を手に取る消費者もブランドのアプリを用いてQRコードやスマートタグを読み取ることで、その商品が本物かどうかを確認することができるようになります。

宝飾品やブランド品以外にも、2014年に設立されたChronicledは、スニーカーの信頼性をブロックチェーン上で管理できるサービスを展開していますし、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングは世界中のワインの管理・追跡を行う「ワイン・ブロックチェーン」の実証実験に取り組んでいます。

さまざまな商品がC2Cサービスによって二次流通する市場環境において、ブロックチェーンがその真贋を担保する仕組みは、ありとあらゆる領域で必要とされるでしょう。

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