アジャイルメディア・ネットワーク取締役の徳力基彦氏(左)と、アル代表取締役の古川健介氏(右) 提供:Agenda note
  • 宗教コミュニティが拡大する3つの段階
  • VRやブロックチェーンが「人間」を進化させる
  • 好きなクリエイターに「祈り」を還元できる仕組みを

生活情報サイト「nanapi」の創業者で、現在はマンガのコミュニティサービスを展開するアルの代表取締役社長 “けんすう”こと古川健介氏が登場。IT企業の経営に加えて、リクルートやKDDIなどの大企業での勤務経験も持つけんすう氏との対談後編です。(編集注:本記事は2019年5月13日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)。
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宗教コミュニティが拡大する3つの段階

徳力 けんすうさんのネットの広告についての考えを教えてください。最近、スタートアップ企業がある程度の成長が見込めたら、テレビCMなどのマス広告を使って認知を大きく伸ばすという手法が勝ちパターンになってきていると思います。

けんすう そうですね。ただ、それでは持続的な成長が見込めないため、大手のスマートフォン系のゲーム会社などは、その手法から脱却して「ファンのコミュニティ化」を意識している、と聞いたことがあります。

徳力 コミュニティは、どうすればできますか。

けんすう 難しいですね。コミュニティはつくろうと思って簡単にできるものではないと思います。そもそもつくろうと思った時点で、その難易度が上がってしまうんです。

 昨年12月に発売された前田裕二さん(SHOWROOM 代表取締役社長)の著書『メモの魔力』は読者によるコミュニティが形成されていますが、おそらく前田さんも編集者の箕輪厚介さん(幻冬舎 編集者)もコミュニティをつくろうなんて一切考えていなかったと思います。

 前田さんが100万部を販売するという桁外れのチャレンジ目標を掲げたところ、書店員や読者がどう売るかを考え始めて、それがコミュニティになっていったのでしょう。

徳力 つまりコミュニティをつくるのではなく、まずコミュニティが存在する理由をつくることが必要なのでしょうか。

古川 健介 1981年生まれ。リクルートを経て、nanapiの創業。2014年にKDDIグループ入りしたのち、現在はマンガサービスを手がけるアル代表取締役社長 提供:Agenda note

けんすう はい、その通りだと思います。そういえばIT批評家の尾原和啓さんがこんな話をしていました。宗教のコミュニティができあがっていくには段階があって、最初は人についていく「教祖の時代」、次にその教えをまとめた「教典の時代」、そして最終的には「教会の時代」になり、その厳かな雰囲気に魅せられて人が増えていくのだと。企業も、この順番を追うべきではないでしょうか。

徳力 たしかに、宗教がコミュニティの原点だとすると、それを参考にするのは大事ですよね。最初は、開発者やブランドマネージャーが苦労を共有しながらファンをつくり、次に製品やサービス自体が教典的な役割を果たしていく、と。

けんすう そうですね。先ほどのシャープのTwitterを例に言えば、中の人の「シャープさん」は教祖だけれど、まだ教典にまでは辿りついていませんよね。シャープの製品が教典となり、最終的にはシャープ製品を持っていること自体に大きな価値を感じてもらえる教会を目指していくということですね。

徳力 ある意味、スターバックスが「リア充」の可視化に成功していることに近いですね。

けんすう たしかにスターバックスも、いろんなカフェがある中で、飛び抜けておしゃれというわけではないですもんね。これはAppleも同じで、Apple製品を持っていると、かっこいいという雰囲気があります。その段階まで企業がいくと、強いんでしょうね。

VRやブロックチェーンが「人間」を進化させる

徳力 けんすうさん(1981年生まれ)よりも、さらに下の世代、例えば「ジェネレーションY(1980~95 年頃の生まれ)」や「ジェネレーションZ(1995 年以降の生まれ)」と呼ばれる世代を見ていて、自分とは違うと感じることはありますか。

徳力 基彦氏 アジャイルメディア・ネットワーク / 取締役CMO NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職 提供:Agenda note

けんすう うーん、違うと思ったことは、あまりないかもしれませんね。ただ、それはインターネットという文脈で違和感を持ったことがないだけで、VRやブロックチェーンの世界にネイティブな人たちとは、感覚が違うなと思っています。

 最近、Vtuber(参考:バーチャル・ユーチューバー:架空のキャラクターになってYouTubeなどで情報発信している人)で美少女になっている友人がおじさんなのに会うたびにどんどん可愛くなっていくんです。

 どうやら、バーチャル上の外見が変わると、かわいいものやコスメに興味が湧くみたいなんです。まるで人間の進化を目の当たりにしているようで、「精神とは何ぞや」という気持ちになって怖くなりました。

徳力 すごいですね。VRによって人間がこれから進化し始めるということでしょうか。ブロックチェーンの方は、いかがですか。

けんすう ブロックチェーンが普及することで、「コピーできるもの」と「コピーできないもの」という感覚がはっきり分かれるようになると思います。

 モノがデジタル化してコピーが可能になったので、価値がないように感じたという面はあると思っています。なので、たとえば音楽だと、音源を買うよりもライブにいく、といったような「モノからコトへ」と変化したといわれたりしていますが、今後は「デジタルだけどコピーできない」というものが容易に可能になっていくのかなと。

 人は、アナログだから価値を感じやすい、デジタルだから価値を感じにくい、というわけではなく「複製が容易かどうか」で価値を感じると思っています。この感覚は僕がネイティブではないので、頭でようやく理解しているという感じです。なので、ビットコインは、デジタルだけれども価値があると見なされたわけです。

徳力 最近は、ブロックチェーン上で個人をカード化できる「FiNANCiE(フィナンシェ)」というサービスがスタートしましたが、私も正直なところまだピンときていません。

けんすう デジタルだけどコピーできないから価値があるという感覚は、僕らは身体的に感じることはできていないのかもですね。

好きなクリエイターに「祈り」を還元できる仕組みを

徳力 アルは、マンガファンのコミュニティですよね。そもそも、けんすうさんは、なぜアルを立ち上げようと思われたのですか。

けんすう氏が立ち上げたマンガサイト「アル」。マンガの見どころや単行本情報、おすすめのマンガを紹介するサービス。出版社に許諾をとり、好きなマンガの一コマやコメントを投稿できる 提供:Agenda note

けんすう クリエイターであるマンガ家にファンの好きだという気持ちを届ける場所をつくりたいという思いがありました。ユーザーがネットへの書き込みで自己承認欲求を満たそうとすると、ネガティブな書き込みの方が称賛を受けやすいため、ネット言論全体がネガティブな方向になりやすいんです。

 でも、ネガティブな意見ばかりだと、クリエイターは次の作品を書きにくくなってしまいます。その状況を変えたいと思って、マンガ家への「祈り」のような存在をつくろうと考えました。

徳力 応援というより、祈りなんですね。

けんすう はい。モーニング娘。のライブに行ったときだったかな。前の人が両手を合わせて拝んでいたんです。好きになりすぎると、もう反応なんて返ってこなくてもいいんですよ。拝むしかないんだと思って(笑)。

徳力 たしかにマンガは、そういう存在ですよね。私も井上雄彦さんに会えたら、本当に拝むしかない(笑)。実際に、クリエイターの方から喜びの声は届いていますか。

けんすう けっこう来ていますね。いわゆる大御所のマンガ家さんからもご連絡をいただきました。まだWebサイトとしての規模は弱いのですが、月間2500万UUあったnanapiよりも10万UUしかないアルの方が声はすごく届いている感じがします。

徳力 そういう「質」を可視化できるといいですよね。企業のマーケティング担当者も、どうしてもページビューという「量」の規模の大きいサイトを選んでしまいがちです。

けんすう そうですね。だからAKBのCD販売と握手券を組み合わせた仕組みが秀逸なんですよね。握手券という質を提供しながら、CDの販売数という量もカバーしている。そして、オリコンランキングも独占しているわけです。

徳力 マンガが抱えている課題も同じかもしれませんね。一人で何回繰り返して読んだとしても、あくまで一冊分のお金しか私たちはクリエイターに返せません。

けんすう そうなんです。それを本当はお金の面でもクリエイターに還元できたらいいんですけどね。例えば、他のマンガアプリでは200円しか支払えなかったけれど、アルであれば1000円支払える。そうすると、例えば200円であればクリエイターに還元される印税は20円ですが、アルを通せばクリエイターに800円を上乗せすることができる、みたいなアイデアもあるかもしれません。

徳力 たしかにソーシャルゲームは、1人でいくらでもお金を払って遊ぶことができますが、マンガは何回読んでも著者に入るお金は1冊分でしかありません。その御礼や感謝のサイクルの制限をアルが突破できれば、おもしろいですね。

けんすう キングコングの西野さんは、美術館建設のために行ったクラウドファンディングのリターンのひとつとして30万円で1000人の子どもを美術館に無料招待できる権利を設定しました。

 子どもたちから入場料をとるのは良くないけれど、単純に無料にするだけでは、子どもたちの遊び場にされてしまうことも懸念されます。そこで、子どもの入場料を他の大人が支払ってくれたことにして、子どもに喜びと同時に緊張感を提供することも目的としています。これがすごく売れたんです。

徳力 匿名でランドセルを幼稚園に贈る人の感覚に近いかもしれませんね。

けんすう はい。おそらく西野さんにただ30万円を渡す感覚とは違って、子どもたちにも貢献できて、西野さんにも喜んでもらえて、自分も含めて全員がうれしいお金の払い方なのでしょう。ここにも今後のサービスをつくるための、ヒントがあると思っています。