
- コロナ禍で利用が急進、リリースから11カ月でARR2億円超
- リアルとオンラインのハイブリッド勤務を見据えた開発・連携を強化
9月30日で全国の緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が解除され、新型コロナウイルス感染症の影響は一段落ついたかたちだ。しかし変異株による感染再拡大の可能性なども専門家からは指摘されており、予断を許さない状況が当面続きそうなことも確かだ。
また感染状況の推移を反映して、コロナ禍前からじわじわと浸透していた働き方改革はこの1年半で一気に進んでいる。9月28日にはNTTが全グループ社員を対象にリモートワークを原則とし、転勤や単身赴任をなくしていく方針を発表。ポストコロナ時代にはオフィスワークとリモートワークが併存する「ハイブリッド型」の働き方が、さらに普及しそうだ。
そうしたトレンドを背景に、ビデオ会議やビジネスチャットなどの各種ツールの活用も広がっている。2020年8月にサービスを開始したリモートコミュニケーションのためのツール「oVice(オヴィス)」もそのひとつだ。
サービスを提供するoVice代表取締役のジョン・セーヒョン氏によれば、昨年12月までは毎日10件程度だった問い合わせ件数が、今年1月に緊急事態宣言が再発令したことで1日30〜40件に増え始め、その後も感染の波が来る度に増加しているそうだ。12月に100万〜200万円だったMRR(月次経常収益)は現在、約2270万円にまで成長したという。
コロナ禍で利用が急進、リリースから11カ月でARR2億円超
oViceは、音声を軸にしたコミュニケーションツールだ。テレビやタクシーで、タレントの厚切りジェイソンさんがモニターに吸い込まれ、バーチャルオフィスとして設定された平面上でアバターとして会話を繰り広げるCMを見たことがある人も多いのではないだろうか。
oViceはアプリケーションのインストールは不要で、ブラウザで指定のURLにアクセスするだけで利用できる。通常のボイスチャットやビデオチャットと異なるのは、そこに「空間」や「距離感」の概念が導入されている点だ。こうした距離感を取り入れたコミュニケーションツールは「空間コミュニケーションサービス」などと呼ばれることもある。
ユーザーは、ウェブブラウザ上にレイアウトされたバーチャルオフィスで、自分のアバターとなるアイコンを操作する。ほかのメンバーのアバターにアイコンを近づけると会話の音声が大きくなり、遠ざけると小さくなる。距離だけでなく、アバターの方向も指定できる。
オープンスペースでは、自分以外のメンバー同士が会話しているところにアバターを近づけると、話が聞こえるようになり、会話に参加することもできる。ミーティングルームでは外部の音は聞こえず、中の会話も外に漏れないので、実在する会議室のように利用することができる。
Zoomのようにカメラをオンにして、ビデオ通話状態にすることも可能。画面共有も行える。空間レイアウトはカスタマイズが可能で、オフィスの形態や組織体系、働き方に合わせた設定に変えられる。
初期費用は不要で、継続利用のプランでは10人程度の利用を想定した「Basic」が月額5500円、50人まで想定の「Standard」が2万2000円、100人までの「Organization」が5万5000円。イベントなどの単発利用プランは週単位の利用で、20人までの利用を推奨する「Meetup」が2750円、100人まで推奨の「Conference」が1万1000円、250人まで推奨の「Exibition」が2万7500円。それぞれ同時接続の上限はあるが、アカウント数や接続数ごとの課金ではなく、スペースの最大サイズに対する課金体系となっている。
前述したとおり、1月の緊急事態宣言再発動で利用が急激に伸びたoViceだが、ジョン氏は「最初の緊急事態宣言の時点より、明らかにテレワークを導入する企業が多くなっていることが要因ではないか」と分析する。
「2020年8月までは何もしなかった企業が多かったのですが、下半期には『テレワークの課題を解決する必要がある』という認識を持つようになり、1月になって緊急事態宣言が出たことで、それが『すぐにやらなければ』という危機感に変わったのではないでしょうか」(ジョン氏)

そうした環境の下、ユーザーが急増したoVice。ジョン氏は「今年4月、5月ぐらいになると、国内では(空間コミュニケーションの分野では)ほぼ競合はいなくなり、どちらかというとトレンドメイキングする立場になった感がある」と述べている。
8月には約1000人のユーザーを集め、負荷テストなども兼ねたオンラインイベント「oVice Summit」を開催。3万円の豪華料理を楽しむバーチャル宴会や、ゲーム、クイズ大会などを実施することで、コアなファンの獲得につながったという。
オフィスとして、またイベント会場としての用途で、これまでに発行したスペースは累積1万件を突破した。そのうちの約7割が口コミによる紹介で利用開始したユーザーだという。
企業によっては複数のスペースを発行して、ビルのように活用するところもあるそうで、ビル数は現在155棟、平均階層数は3階。最も階層の多いところでは36階を利用する企業もある。oViceで毎日働く人の数は約3万人で、これは六本木ヒルズに出勤する人の数とほぼ同じだそうだ。
月次収益は先述したとおりだが、ARR(年次経常収益)もサービス公開から約8カ月の2021年4月には1億円を達成。さらに、そこから3カ月で2億円を突破し、現在では2億7000万円を超えた。サービス継続率は98%を維持しているという。
リアルとオンラインのハイブリッド勤務を見据えた開発・連携を強化
oViceでは以前から、ポストコロナ時代のハイブリッド勤務体系への移行を見据えて、オフラインのオフィスに設置するハードウェアの開発を進めていた。最近ではリコーの360°カメラを使ったストリーミングサービスとの連携により、oViceにリアル空間の映像をリアルタイムで配信できる機能をベータ版として実装。両社で検証を進め、ソリューションとしての提供を目指しているところだ。
また、oViceが本社を置く石川県七尾市では、テーブルに置かれた実在のカメラとスピーカーに近づくと、オンラインのoVice上にその姿が映り、逆にオンラインでそのテーブルを示すオブジェクトにアバターを近づけて話しかけると、その声がリアルオフィスでも聞こえる、といった試みも行われている。同じスペースには、会議室として使える段ボール製の「簡易会議スペース」なども設置されている。

「コロナ以前から会議室は足りていないオフィスは多かったはず。みんながオフィスに戻ってくれば、それがさらに足りなくなる可能性があります。なぜなら、みんな外出しなくてもオンラインで成り立つ会議もあると知ってしまったからです。するとオフィスで参加する会議では、ノイズがひどくなってしまう。そこでオフィスに置けて、オンライン会議に参加する人が入って使えるようなコンパクトなスペースをテストしています。段ボールなので防音性はそこそこですが、角が多いので集音位置を高く設定でき、ノイズが相手にはそれほど聞こえないという仕組みになっています」(ジョン氏)
また海外進出についても本格化。特に韓国では空間コミュニケーション分野は激戦区となっており、トラフィック数で世界第1位のツール「Gather」をoViceが追うかたちとなっている。ほかにもカンボジアやタイ、ベトナムなどのアジア圏や南米などにサービスを展開。グローバルでは既存サービスの「Remo」を抜き、世界第2位の位置でoViceが健闘しているそうだ。
2020年12月のシードラウンド、2021年5月のプレシリーズAラウンドに続き、oViceはシリーズAラウンドで総額18億円の資金調達を完了した。9月に実施したファーストクローズでは、既存投資家のOne Capital、MIRAISE、DGベンチャーズ、DGインキュベーションに加え、新規投資家としてEight Roads Ventures JapanとJAFCOが参加し、14億円を調達。10月実施したセカンドクローズでは、米Salesforce.comの投資部門であるSalesforce Venturesと韓国の投資ファーム・KB Investmentの出資により、4億円を調達した。
ジョン氏は「海外進出やハイブリッド型のワークスタイルへの対応のほかに、今後は他社ツールとの連携を促進していく」と調達資金の使途について説明する。
Zoomなどのビデオ会議システムやチャットツール、リアルタイム議事録サービスほか、「oViceのデータを活用して付加価値をつくれる、もしくはoViceを使えばもっと利便性が上がるようなツールと連携したい」とジョン氏はいう。
「これまでは自分たちの成長のために走ってきたが、シリーズAからBラウンドにかけてはパートナーシップを強化していきたい。例えばイベント会社のために、より良いイベントができるように手伝ったり、オフィスコンサルティングやオフィスデザインの企業と協業してハイブリッドのオフィスデザインを商品化したり、いろいろな人たちを巻き込んで、oViceのエコシステムを作っていきたいと考えています」(ジョン氏)