
- ホテルズが目指す「ココイチ」モデル
- ミシュランシェフが「料理のレシピ」を公開する理由
- 膨大なインプットと経験の蓄積が生み出す「直感力」
- 「シェフ=料理をつくる人」ではなくなる
- 5年後に「食のApple」を目指す
厨房に立って、料理を振る舞う──そんな従来の“シェフ像”にとらわれず、多様な取り組みを通じて、新たなシェフのあり方を追求する人物がいる。鳥羽周作氏だ。
鳥羽氏は「ミシュラン・ガイド東京」2020・2021で1つ星を獲得した代々木上原のフレンチレストラン「sio」のオーナーシェフを務めながら、2021年4月に“食のクリエイティブカンパニー”とうたう会社「シズる」を設立。同社ではYouTubeでのレシピ動画配信、外食チェーンとのコラボ、クラフトマヨネーズ「ふつうのマヨネーズ」の発売などを手がけている。
10月初旬には東京・表参道に、どの時間帯でも食事を楽しめる“ホテルのレストラン”から着想を得て、朝、昼、夜で異なるメニューを提供するレストラン「Hotels(以下、ホテルズ)」をオープンした。sioを経営しながら、従来のシェフがやってこなかった取り組みを次々と形にしている鳥羽氏。彼は一体、何を目指しているのか。
「食のAppleになりたい」と語る、鳥羽氏の考えに迫る。

ホテルズが目指す「ココイチ」モデル
──鳥羽さんが手がけているプロジェクトを数えるとキリがありません。最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。
僕がこれまでやってきたことって全部、「シェフ」というビジネスモデルそのものを変えよう、という挑戦なんです。3年前にsio(それまではGrisという店名)をオープンし、シェフとして独立したときは、めちゃくちゃ結果を出しても給料が上がらないという料理業界のジレンマを解消したい思いが強くありました。
そして2年前から「料理業界に愛があるから、料理を作らない」と決めて、僕が厨房に立つことをやめた。それは“厨房以外で稼ぐシェフの新しいビジネスモデルをつくってやる”という決意表明でもあったわけなんですよね。
その後、コロナ禍がきっかけでいろんな挑戦をしてみたら、これはめちゃくちゃ可能性があるな、と気づいて。今年4月に博報堂ケトルをクリエイティブパートナーに迎えて「シズる」を立ち上げました。自分たちの店以外の店舗開発や商品プロデュースまで領域を広げて、クリエイティブの力で食のプロが活躍できるフィールドを開拓しようという試みです。
今回、オープンしたホテルズは最初から僕がいなくても回る仕組みになっているんですが、これって結構すごいことですよね。
──あらためて、ホテルズで鳥羽さんが挑戦しているテーマとは。
「均一化」と「クリエイティブ」の埋まらない溝を埋めにいった。言葉にするなら、そんな挑戦ですね。
ホテルはメニューの味などを均一化することで利益を出すビジネスモデルである一方で、クリエイティビティを上げづらい課題があった。逆に、レストランはクリエイティビティにこだわるがゆえに均一化、つまり収益の合理化ができない課題があったんですよね。
ホテルズではその両軸を共存させて、誰もがいつでも気軽に質の高い食事を楽しめる空間を体現しました。ホテルの定番メニューをシンプルに磨き上げて、シェフがいなくてもシェフの味を安定的に供給できるオペレーションにしています。
メニューもハンバーガーやサラダといった気軽に食べられるものが看板メニューです。特別に凝った盛り付けをしなくても映えるように、器にもこだわっています。その器のサイズも一般的なレストランで提供されているものより、1.5cmほど小さい。滞在時間が2時間以内で循環するように細かく設計されているから、経営の効率もいい。

僕はこのホテルズをパッケージ化して日本中のホテルに販売していけば、“世の中の食のベース”が一段も二段も上がるんじゃないかと思っているんです。
客室稼働率が低迷しているホテルのリブランディングにも使ってほしくて、宿泊のオプションでしかなかった併設レストランの位置付けを、「おいしい食体験を楽しんだ後に、最高の客室に泊まる」という逆転の発想で、再定義したかったんですよ。
──たしかに、おいしい外食を楽しんだ後は「このまま寝てしまいたい」と思うことがあります。
そうですよね。これまでは1日1組限定のオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)などが受け皿になっていたけれど、僕はその幸せを味わえる人を1日50組、100組といった規模まで増やしたいと思っています。
いま、イメージしているのは「ホテルズ京都」「ホテルズ福岡」「ホテルズ大阪」「ホテルズ北海道」のように各地に広げていくこと。それぞれの土地の魅力を生かしたアレンジをどんどん加えていただきたいんですけれど、ベースとなる料理の基準値はしっかりと押さえておく。要は、「ココイチ」(カレーハウスCoCo壱番屋)モデルなんですよ。
ベースとなるカレーの味がいいから、トッピングの余白を楽しむ価値が高まって、結果的に商品の単価も上がっていく。
僕がやりたいのも、突き詰めるとココイチです。世の中の日常食のベースを一段上げるプラットフォームになりたい。ホテルズもオープンして、4日しか経っていないですけど(10月5日の取材時点)、僕、気づいたんです。僕がやりたかったのは「食のプラットフォーム」をつくることだったんだ、と。
ミシュランシェフが「料理のレシピ」を公開する理由
──「食のプラットフォーム」になるとは、どういうことでしょうか。
例えば、僕が唐揚げや目玉焼きなどの作り方をYouTubeにアップしているじゃないですか。周りの人たちに「よくそこまで見せるね」と驚かれます。たしかに、星付きのシェフがレシピを無料公開するなんて、これまでは考えられないことだったんですよね。
でも、それを見た人がウマい唐揚げを作れて幸せになれば、最高じゃないですか。世の中の食のベースを上げる価値って、そういうことだと思うんです。幸せになる人が増えたら、マネタイズも簡単になるんですよ。
結局、楽しいこと、うれしいことにみんなお金を払いたいわけだから。
言ってみれば、僕が作ってみせる唐揚げは“iPhone”です。同じ電話という機能を持つ“携帯電話”はそれまでにもあったけれど、格段に使いやすくてカッコよくて、それを手にするだけでワクワクする。Appleはそんな価値を提供しているんです。
それと同じように、「Appleが唐揚げ作るとしたら、こうでしょう?」「はい、次はApple餃子です」といったようにワクワクする料理の作り方を示し続けることが、食のプロである僕たちがやるべきことかな、と。
──これまで「シェフの技」はレストランの奥に隠されていて、なかなか外には明かされないものでした。真逆のアプローチですね。
そういうコンテンツであり、ビジネスモデルだったんです。間口を狭めて1日8組くらいしか受け入れず、客単価を上げて、「2年先まで予約でいっぱいです」みたいにしてしまう。僕の店だけ儲かることだけ考えれば、それで十分なのかもしれないけど、それだと幸せにできる人の母数はすごく限られてしまうんですよね。
──実際に、進んでいる案件はどのくらいあるのでしょうか。
どんどん案件は来ていて、今、手元で進んでいるのは40個くらい。来年も大手食品メーカーやコンビニとの商品開発が決まっていますし、ユーグレナのコーポレートシェフとして、ユーグレナを活用したメニューの考案も行っています。
これら全部、今までだったらミシュランシェフはやりたがらなかったことですよね。「こういうことはディスブランディングだ」と言われてきた流れを帳消しにして、僕はどんどんやっています。「1杯500円の牛丼と5万円コースのシェフの料理じゃ、根本的に違うじゃん」というのがこれまでの発想。でも、僕からすると、「いやいや、あの牛丼を500円のままでもっとおいしくできるタマネギの厚さはあるはずだから」と言いたい。
いろんな手立てで食は変えられる可能性を秘めているし、そこにシェフが介在する価値は高いと思うんですよね。
膨大なインプットと経験の蓄積が生み出す「直感力」
──おそらくたくさんのオファーが寄せられているはずですが、鳥羽さんが「やる」と決める判断基準は。
シンプルに、「幸せの分母が増えるかどうか」です。より多くの人を幸せにできるか。それだけで決めています。プラットフォームになるってそういうことじゃないですか。ただし、そのためには仲間が必要。プラットフォームとは大海賊船なので、優秀な人材を採って教育していくことが必須です。
──優秀な海賊団をつくるために何を大切にしていますか。
やはり圧倒的なビジョンの力だと思います。サッカーでも、「県大会1位」程度の目標に掲げる監督のチームには、優秀な選手は集まらないですよね。志が高ければ高いほど、そこ1に人生かけて働きたいと共感してくれる人が集まってくるわけです。

僕の目標が「年商10億円のYouTuberシェフになりたい」だと、世の中を変えられるほどのすごい仲間は集まってくれないですよね。だから、視点はできるだけ高く、俯瞰するようにしています。焦点は目の前の事業だけにフォーカスせずに、5年後を見ている感じです。
5年後を見ているから、ホテルズの日々の売り上げに一喜一憂することもないですし、僕自身は厨房に立たずにやっていって、それでも成功する。今に焦点合わせなくても成功するくらいじゃないと、5年後の風景は変えられないですよ。
──どんどんアイデアがわいてきますね。
よく「直感力」っていうじゃないですか。先日、福岡の糸島まで行ってAppleのエンジニアを辞めてコーヒー豆をグラインドするマシンを開発したヤバい人に会って話しました。彼とは意見が一致したんですけど、精度の高い直感力の裏には、膨大なインプットと経験の蓄積があるんですよ。
僕らはコロナ禍の1年半だけでもいろいろな試行錯誤をしながら、自分たちの経験から直接学んできた。その経験値から瞬時に「こういう時はこうだよね」という直感が算出されるわけで、入力される経験の数が10なのか1000なのかで直感の精度は変わるはず。僕がどんどん新しいことを始めるのは、インプットを圧倒的に増やしたいからなんです。チャレンジの経験だけじゃなく、人に会って話を聞いて人の経験からも学びたいなと思っていますね。
──週に何人くらいの人に会って話を聞いていますか。
平均して1日に4人か5人は会っているはずなので、週に25人くらいじゃないですか。ということは、月100人。僕にとっては見聞きするものすべてがインプットなんです。
例えば、店で出されたコップ1つとっても「触った感じが心地いいな。どんな素材なんだろう」と意識を向ける。24時間、神経を集中。うちのメンバーにも「呼吸するようにインプットしよう」と言っています。
──鳥羽さんから次々に繰り出されるアイデアを確実に実行できる海賊団がやはり重要ですね。
だからこそ、僕自身がチャレンジする姿勢を見せることが大事だと思っていて。店はあくまでショールームなんです。僕のビジョンがどういうものなのかを見せる場所が店舗です。
店の料理や皿、店舗の構えやスタッフの応対すべてで、「鳥羽さんが言っている『幸せの分母を増やす』ってこういうことか」と体感してもらえるミニマムなショールームなんです。
これから僕らがファストフードの基準値を上げる取り組みをどんどんしていくと、カジュアルなシーンでもっとたくさんの人と接点を持てるようになる。すると、「おいしいな、これ。今度、代々木上原の店にも行ってみようかな」と思ってもらえる導線にもなる。これからのシェフの生き方は、この2軸のトラフィックをつくることだと思うんですよ。

「シェフ=料理をつくる人」ではなくなる
──鳥羽さんがずっと試行し続けている「シェフのキャリアのアップデート」ですね。
そうです。これからのシェフはクリエイターであると同時に、クリエイティブディレクターとして評価される存在になるべきだと思っています。
コロナで外食できなくなって、店舗以外でもシェフが解決できる課題はいろいろあるなと気づいた今、新しいディレクションの力が求められているんですよね。
当然、シェフの働き方も厨房にいることがすべてではなくなります。店の中で1日20人を幸せにするのか、YouTubeで100万人を幸せにするのか。両方大事で、2つを両立させる知恵が必要。今やらないと間に合わないぜ、というのが僕の感覚です。
──シェフの方々が自分の領域を広げていく必要がある、と。
そうです、越境できないとダメです。やっぱり、どの世界でも活躍している人は越境していますよね。プラットフォームになるには、いろんな世界の人たちと手をつなげる力が求められます。その点、シェフはすごくいいポジションにいると僕は思っています。
なぜなら「食」という最強のソフトを握っているからです。これまではビジネス側の人からくる「今度ECサイトを始めるんで、○○シェフ監修のパスタソースを作ってください」とか頼まれて応じていたわけですが、これからはシェフが主導権を握って自分たちでやれる時代です。仕組みから丸ごと考える。それをやっているのが、シズるです。
──すると、「シェフになれる人」の定義も変わってきそうですね。
おっしゃるとおりで、「シェフ=料理をつくる人」に限らなくなると思います。プロの味を世の中に届けるプロセスに携わる人すべてがシェフであり、料理人に変わっていく。デザイン、ビジネス、SNS発信、やることはたくさんあるし、これまでいろいろな事情でシェフになるのを諦めてきた人たちでも活躍できるステージがつくれますよね。
そうすると、人材のプールも一気に広がるわけで、ますます優秀な人が集まってくれるようになる。面白くなりますね。
──シェフの可能性も無限に広がりそうですね。
広げたいです。そのために、シェフのマネジメント事務所みたいな仕組みもつくろうと思っていて。コロナ禍ではとにかくお客さんを幸せにすることばかり考えてきたけれど、これからはシェフを幸せにすることにも力を入れたいんですよ。幸せの分母を増やすには、絶対にそれが必要。いいシェフが10倍に増えたら、世の中の幸せの量も10倍になります。昔、飲食業界を「変えたい」と思っていたけれど、今は「応援したい」という気持ちですね。

5年後に「食のApple」を目指す
──レシピなどが真似されるリスクについてはどう考えますか。
どんどん真似してもらっていいです。でも、難しいと思います。それくらい緻密に作り込んでいるので。ポイントは、真似できないくらいのクオリティなのに、使い勝手が良くてカジュアルな日常シーンに落とし込んでいくというところ。
みんなが使えるデバイスでありながら、めちゃ綺麗な写真も撮れるし、発信もできる。ハレの日じゃなくてケの日のベースを上げてくれるもの。まさにiPhoneのような感じです。
僕らのプラットフォームを使って、食に関わる人がどんどん稼げるようになってほしいですね。自由にアプリをつくってアレンジしてほしい。
──独り占めするほうが儲かる、という考えは。
嫌われるからやらないです。やっぱり本質的じゃないですよね。応援される存在にならないと、幸せの分母は増やせないですよ。
僕も自分がどうかより、人を応援するのが好きなんですよね。常に相手に対して想像力を持って接していたい。トマトソースのレシピを公開して大丈夫かと言われても、「みんながおいしいトマトソースを選べるようになるほうがいいじゃん」という考えです。
僕らは僕らで、オープンソースで手の内を公開しながらも、高速でアップデートするアジャイル型の組織だから、多分ずっと先頭を走れると思います。
この間も、(レシピ動画の)クラシルで、箸で食べやすいベーコンエッグの作り方を公開しました。それは「厚切りベーコンを小さく切ってフライパンに敷き詰めて、焼き目をつけたら上から卵を落とす」という方法なんです。
この作り方だと、薄いベーコンで作るよりも箸で食べやすくてうまいんです。僕らができるのはこういうこと。食のプロだから提案できるクリエイティブの力で、みんなの課題を解決していく。これ、テクノロジーの力で課題を解決するAppleと同じですよね。
次世代のレストランとしてホテルズを提供して、「どうぞこの場を使ってください」とオープンAPIのようにみんなに配る。店で使っている食器はもうEC販売を始めてるんですけど、これからホテルズコーヒー、ホテルズダイナーとか展開してもいいですね。僕らも稼げるし、みんなも稼げるから、結果的にWin-Winになります。
