Pale Blueが開発する小型衛星用の推進器(エンジン)。写真はその1つである、水レジストジェットスラスタ(水蒸気式推進機)
Pale Blueでは小型衛星用の推進器(エンジン)を開発する東大発ベンチャー。写真は同社が手がける製品の1つである水レジストジェットスラスタ(水蒸気式推進機)で、サイズは9cm×9cm×9cmとかなりコンパクトだ
  • 小型衛星の需要拡大に伴い、“専用のエンジン”の注目度が上昇
  • 東大発の独自技術を武器に、革新的なエンジン開発へ

東京大学の研究を活用した「小型衛星用のエンジン(推進機)」を手がけるPale Blue(ペールブルー)が着々と製品化に向けた取り組みを進めている。

“水”を推進剤として用いる技術を強みに、独自のエンジンを開発。現在は宇宙実証に向けた製品の開発が完了しており、2022年にはJAXAの実証プログラムを通じてPale Blueのエンジンを搭載した実証機の打ち上げも予定されている。

今後同社では打ち上げ後の宇宙実証実験や量産化に向けた製品開発、新規事業立ち上げを見据えた研究開発などに取り組んでいく計画。そのための資金として、シリーズAラウンドで以下の投資家陣より4.7億円を調達した。

  • インキュベイトファンド(既存投資家)
  • 三井住友海上キャピタル(既存投資家)
  • スパークス・イノベーション・フォー・フューチャー
  • KURONEKO Innovation Fund(ヤマトホールディングスとグローバル・ブレインが共同で運営)

またPale Blueでは商工組合中央金庫と2000万円の融資契約を締結したほか、経済産業省が初年度予算3.0億円で公募していた「小型衛星コンステレーション関連要素技術開発(令和2年度補正宇宙開発利用推進研究開発)」のプロジェクトを受託したことも明かしている。

小型衛星の需要拡大に伴い、“専用のエンジン”の注目度が上昇

宇宙産業において「小型衛星」の注目度が高まってきている。

地球観測やIoTサービス、宇宙デブリの除去などさまざまな用途での活用が見込まれており、開発コストが安く済むため民間企業でも参入しやすい。米国のSpaceXなどがその代表格だが、近年は日本でもアクセルスペースやアストロスケール、ALEなど複数の関連スタートアップが生まれている。

Pale Blueが開発するのは、その小型衛星に取り付けるためのエンジンだ。

従来の小型衛星はコストや重量の観点からエンジンを搭載していないものも多かったが、それによっていくつかの課題が発生していた。たとえば空気抵抗や重力による軌道のズレを定期的に修正できないため、軌道が徐々に落ちて寿命が縮んでしまう。また運用を終えた衛星を軌道上から離脱させることができず、宇宙デブリとして漂ってしまう原因にもなっていた。

Pale Blueで代表取締役を務める浅川純氏によると、近年は「宇宙空間でのサステナビリティを評価するような仕組みができ始めている」。そのため使い終わった衛星をきちんと廃棄する目的で、エンジンのニーズが増してきているという。

実際、グローバルではすでに40〜50社ほどの企業が小型衛星用エンジンの開発に取り組んでいる。中でも浅川氏の話ではヨーロッパの研究機関からスピンアウトしたEnpulsionが一歩先を進んでおり、宇宙実証の成功を機に顧客を増やした。

一方で​​Enpulsionを除くと、Pale Blueと近しいフェーズの企業も多いそうだ。小型衛星用のエンジンは「安全性、コスト、多軸方向への推進力、燃費」の全てを兼ね備えていることが求められるため、実用レベルの製品を作るのが難しい。

今は各社がそれぞれの技術を基に製品の研究開発を進め、宇宙実証に向けた取り組みを加速させている状況だ。

Pale Blueで代表取締役を務める浅川純氏
Pale Blueで代表取締役を務める浅川純氏

東大発の独自技術を武器に、革新的なエンジン開発へ

その中でPaleBlueの強みとなるのが、水を推進剤として用いる技術だ。

水のメリットは安全無毒で、取り扱いやすさや⼊⼿しやすさに長けていること。燃費などの面では水以外の推進剤を用いた他社製品の方が優れているものもあるが、顧客にヒアリングをして分かったのは、何より使いやすさと安全性に対するニーズだった。

またエンジンを搭載した衛星をロケットに載せる際の“安全審査”においても、水推進機を使うことで作業コストを10分の1ほどに軽減できる可能性があるため、その点にも「間違いなく魅力を感じてもらえることがわかった」(浅川氏)という。

もともとPaleBlueは東京大学の「⼩泉研究室」における基礎研究を社会に実装することを目的として始まったスタートアップだ。⼩泉研は⼩型衛星⽤のエンジンに関する研究に定評がある研究室で、浅川氏も博士課程では「水を推進剤とした小型衛星推進機の研究と実応用」に取り組んでいた。その際の研究がPaleBlueのコアになっているわけだ。

現在同社では「水レジストジェットスラスタ(水蒸気式推進機)」「水イオンスラスタ(水プラズマ式推進機)」「水統合スラスタ(水蒸気式+水プラズマ式推進機)」という3つの製品を開発しており、顧客の要望に応じて最適なものを提案している。

中でも水蒸式と水プラズマ式のハイブリッド型は技術的な難易度が高いため、PaleBlueの武器になりうる。どれほど強いニーズがあるのかはこれから探っていくことになるものの、すでにこれが欲しいという顧客もおり「自分たちにとって勝ち筋の1つになると考えている」と浅川氏は話す。

水統合スラスタ(水蒸気式+水プラズマ式推進機) 。大きさは 9cm×9cm×12cm
水統合スラスタ(水蒸気式+水プラズマ式推進機) 。大きさは 9cm×9cm×12cm
水イオンスラスタ(水プラズマ式推進機)の作動の様子
水イオンスラスタ(水プラズマ式推進機)の作動の様子

約1年前の資金調達時と比べると、顧客パイプラインの開拓も進んだ。経産省の案件に加え、国内の民間企業2社からも案件を受注済み。現在は海外企業も含めて小型衛星メーカーとのやりとりを始めている。

当初は浅川氏や指導教官の小泉氏ら小泉研の関係者4人だけだったチームも、約1年で19人まで拡大した。ビジネス専任のメンバーがジョインしたことに加え、自動車やエレクトロニクスメーカーなどでハードウェア開発に携わっていたエンジニアが集結したことで、事業が一気に進んだという。

「大学の研究では『エンジンの中のプラズマがどうなっているか』をひたすら調べてたりするのですが、エンジンを使う側からすれば(性能が担保されていれば)内部の状況は正直そこまで気にならないんです。エンジンを製品として作り上げる上では、むしろ電気基板や内部を制御するソフトウェアの完成度をいかに高くしていくかの方が重要だったりする。そこが大学の研究ではできなかった領域であり、会社として取り組むことで一気に加速できている実感があります」(浅川氏)

まずは2022年以降に予定しているJAXAとの実証プログラムや民間企業との宇宙実証への準備を進めながら、その先に見据える量産体制の整備などに向けて組織体制の強化に投資をしていく計画。当面はエンジンを売っていくビジネスに注力するが、ゆくゆくは「単純なハードウェアの売り切りモデルだけでなく、付随するサービスにも取り組んでいきたい」(浅川氏)という。