(左から)ミシュラン1つ星レストラン「sio」のオーナーシェフ鳥羽周氏、ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏
(左から)ミシュラン1つ星レストラン「sio」のオーナーシェフ鳥羽周氏、ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏
  • バイオベンチャーにシェフが参加したワケ
  • 子どもたちの健やかな未来のために、キッチンに立つ
  • プロジェクトの成功より、生きがいに懸ける

従来の“シェフ像”にとらわれず、多様な取り組みを行っている、代々木上原のフレンチレストラン「sio」のオーナーシェフの鳥羽周作氏。

藻の一種であるユーグレナ(和名:ミドリムシ)を活用し、食品や化粧品の販売、バイオ燃料の研究などを行うユーグレナ社の「コーポレートシェフ」に2021年6月に就任したのも、そうした取り組みのひとつだ。

バイオベンチャーとミシュランシェフがタッグを組んだらどうなるのか──ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏と鳥羽氏に話を聞くと、事業戦略や合理性といった言葉では片付けられない、「未来への投資」としての挑戦が浮かび上がったきた。

バイオベンチャーにシェフが参加したワケ

鳥羽氏がコーポレートシェフに就任したきっかけは、ある1つのツイートだった。

自身が経営するフレンチレストラン「sio」で来店客からプレゼントされた、ユーグレナ社製のドリンクを飲んだ投稿したことから始まる。

鳥羽氏はもともと同社製品の愛飲者でもある。いちユーザーとして「もっと商品が認知されてもいいのにな」という思いで発言をしたところ、古くからの友人でもあるユーグレナ取締役代表執行役員 CEOの永田暁彦氏からリプライが届き、「石垣島ユーグレナのアレンジレシピが存在する」ことを知った。

鳥羽氏はこのとき、すぐさま「(アレンジレシピを作る)仲間に入れてほしい」と連絡。素材の特徴を生かしたレシピ開発には自信があった。永田氏は鳥羽氏の提案を受け、一連の流れを社内に報告。トントン拍子で話が進み、代表の出雲氏を招き、鳥羽氏と出雲氏が顔を合わせることになった。

鳥羽氏は顔を合わせるなり、「(レシピの考案は)僕にしかできないことだと思います」と一言。当時同席した出雲氏にその時の印象を尋ねると、「あまりの熱量に言葉も出なかった」と振り返る。

「現実的にどのような取り組みができるのか、を話そうと思っていたら、鳥羽さんは開口一番『お金はどうでもいいから僕に任せてほしい』と言ったんです。『人生をかけてやります』とも言ってくれました。初対面の人もたくさんいる中で、ちょっとまともではないですよね(笑)。でも、彼のような熱量を持った人となら、これまでにない取り組みができるのではないかと思いました」(出雲氏)。

「コーポレートシェフ」というポジションをユーグレナが設けたのには、理由がある。

商品の監修やレシピ開発のアドバイスなどに、“外部の人間”として間接的な関わりを持つことを、鳥羽氏が嫌ったのだ。

「今でこそスーパーフードとして認知が広がったユーグレナですが、少し前まで『ユーグレナなんて……』と世間にそっぽを向かれていたんです。僕も会社が倒産しかけた話は知っています。それでも出雲さんは諦めなかった。そして今では、社会課題を解決する希望になっている。そうした背景を知っているからこそ、一緒に挑戦するなら外部のアドバイザーではなく、同じ会社の仲間として受け入れてほしかったんです」(鳥羽氏)

現在、鳥羽氏はコーポレートシェフとして、リモートをメインにsioのキッチンを使いながら、ユーグレナを活用したメニューの考案などを行っている。

子どもたちの健やかな未来のために、キッチンに立つ

「人生をかけて挑戦する」——60分のインタビューで、鳥羽氏は5回、こう言った。「ユーグレナのコーポレートシェフを務められるのは、自分しかいない」とも話す。

彼は、なぜこれほどまでに熱狂しているのか。背景をひも解いていくと、彼が掲げるミッションにたどり着いた。

「僕は『幸せの分母を増やす』をミッションに掲げて食に向き合っています。でも、幸せの分母を増やすために僕1人ができることは限られている。では、どうしたらいいのか。例えば、未来を担う子どもたちの生活を豊かにできれば、ミッションの実現に近づけます。ユーグレナのコーポレートシェフに就任することは、その一歩なんです」(鳥羽氏)

ユーグレナは、18歳以下の最高未来責任者(Chief Future Officer)を募集するなど、若い世代とタッグを組みながら環境問題に向き合っている。話題づくりで終わらずに、未来への投資にこだわる同社の姿勢には、鳥羽氏の信念にリンクする点が少なくなかった。

そもそもユーグレナの創業は、出雲氏が大学生時代に抱いた「途上国の貧困や栄養失調をなくしたい」という思いに端を発する。鳥羽氏とのプロジェクトは、その思いの延長線上にあるものだと言っても過言ではない。

プロジェクトの成功より、生きがいに懸ける

鳥羽氏が参画して、初めての取り組みが「ユーグレナ あとはおいしくするだけプロジェクト」だ。プロジェクトの第1弾として期間限定で発売(現在は販売終了)したお弁当「優弁(ゆうべん)」は、ユーグレナのスタッフに「想像を超える仕上がりだった」と言わしめた。

ユーグレナを使用した、お弁当「優弁(ゆうべん)」 画像提供:ユーグレナ
ユーグレナを使用した、お弁当「優弁(ゆうべん)」 画像提供:ユーグレナ

優弁の名は体への優しさと、優れた栄養価を表現したもの。ただし、ユーグレナはもともと藻の仲間でもあることから、そのままの状態では「おいしい!」と味が絶賛されることは少ない。食事として受け入れられるには、アレンジが必要だった。

しかし、これが難しい。これまでも“食のプロフェッショナル”たちをパートナーとしてタッグを組み、幾度となくレシピ開発に取り組んできたユーグレナだが、おいしさと栄養価のバランスをとることには苦労してきた。

例えばユーグレナを活用したパスタを開発した際も、独特の味をいかにマスキング(覆い隠す)できるかが最重要課題だった。

「ユーグレナを生かしたレシピ」ではなく、「ユーグレナを摂取できるレシピ」の開発が関の山であり、喫食機会の急拡大ができずにいたのだという。しかし、鳥羽氏が考案したレシピは、スタッフの誰もが「おいしい」と口をそろえる仕上がりだった。

ユーグレナが含むうま味成分・アミノ酸と、うま味に厚みを持たせるミネラルに着目し、その魅力を引き出すことに挑戦したという。

「ユーグレナは1日1000mgの摂取が推奨されているのですが、一品の料理にそれを入れると、どうしても味が落ちてしまっていたんです。どれだけ試行錯誤しても、その壁を超えられませんでした。でも、鳥羽さんのレシピは違ったんです。1000mg含有していながら、とてもおいしかった。驚きを超えて、感動しました」(出雲氏)

「健康のために食べる」という現状が、「おいしいから食べる」に変わったら、世界はどう変化していくだろうか。鳥羽氏は遠くを見つめながら、数年後の景色を空想する。

「おいしいものを食べているだけで健康になるなんて、そんな素敵なことはないと思うんです。僕が人生を捧げる“食”を通して、世界中の子どもたちが健やかに暮らせる未来をつくれるのではないか。そう考えるだけで、生きている意味を感じられるんです」(鳥羽氏)

インタビューが始まる直前まで、鳥羽氏は出雲氏に、電車の中で考えてきた新レシピの構想を話していた。「調味料なら麺つゆ、飲み物なら乳酸飲料、お菓子なら餅(きな粉餅)。あと、ふりかけにしたら超おいしいですよ」——その熱狂ぶりからは、プロジェクトを成功に導く執念、そして「人生をかけて挑戦する」という発言の本気度が伺えた。

現在プロジェクトでは、ユーグレナのグリーンパウダーを使ったハンバーグやフレンチトーストなどのレシピも公開している。

プロジェクトでは、チーズケーキやフレンチトーストなど、お弁当以外にもレシピを開発してきた。いわば人間の健康を実現するための挑戦だが、彼らの取り組みはそれに収まらない。

プロジェクトで見据えるのは、地球の健康、つまり食を通じてサステナブルな世界をつくることだ。

「今の子どもたちは学校でSDGsを学んでいます。ファミレスに大豆ミートのハンバーグと牛肉のハンバーグがあったら、地球のことを考えて前者を選ぶべきだと考える子どもが増えていくでしょう。でも、味を我慢させることはしたくありません。鳥羽さんとの取り組みには、そうした壁を突破できる可能性があるんです」(出雲氏)