10月21〜22日の2日間、福岡で開催されたVC主催の招待制イベント「B Dash Camp 2021 Fall in Fukuoka」で「クリエイターエコノミーの拡大──個の力がビジネスモデルを変容させる」と題したセッションが開催された。
10月21〜22日の2日間、福岡で開催されたVC主催の招待制イベント「B Dash Camp 2021 Fall in Fukuoka」で「クリエイターエコノミーの拡大──個の力がビジネスモデルを変容させる」と題したセッションが開催された。
  • 「知名度を高める」ことは会社を大きくする手段のひとつ
  • 売り上げ20億円の裏側、個人で「バズり続ける」には限界がある
  • 大事なのは「貯金」よりも「貯信」

好きなことで、生きていく──人気YouTuberのHIKAKIN(ヒカキン)などが登場するYouTubeのCMが流れたのは、2014年のこと。あれから約7年が経ち、“好き”を仕事にする個人のクリエイターたちを取り巻く環境は大きく変化した。

「インフルエンサー」といった言葉が一般化したように、SNSでの発信を通じて自らの影響力を高め、それを広告、課金、物販などのマネタイズ(収益化)につなげる人は増えている。YouTuberやインフルエンサーは単なるクリエーターとしてコンテンツを発信するだけでなく、その知名度をてこにしてさまざまな経済活動をする「クリエイターエコノミー」といった言葉が注目されている。

ライブ配信やニュースレターなど、SNS以外のプラットフォームも登場していることから、個人が“メディア化”する流れはさらに加速していくだろう。では、経営者が個人でメディア化している場合、事業にはどのような影響があるのだろうか。

10月21〜22日の2日間、福岡で開催されたVC主催の招待制イベント「B Dash Camp 2021 Fall in Fukuoka」で「クリエイターエコノミーの拡大──個の力がビジネスモデルを変容させる」と題したセッションが開催された。

セッションには、先日Amazon制作の番組『バチェラー・ジャパン』の“4代目バチェラー”に選ばれた、ミラーフィット代表取締役の黄皓(こう・こう)氏、“モテクリエイター“を称しSNSやライブ配信サービスでも活躍する、KOS代表取締役の“ゆうこす“こと菅本裕子氏が登壇した。それぞれ、Instagramで10万人(黄氏)、50万人(菅本氏)というフォロワーを抱えているが、経営者とクリエイターの顔をどのように使い分けているのか。両者が見解を語った。

「知名度を高める」ことは会社を大きくする手段のひとつ

経営者がさまざまなメディアに出て、露出を図る──昨今は“ビジネス芸人”といった言葉で揶揄(やゆ)されることもあるが、2人はなぜ自らの知名度を高めることにしたのか。

婚活サバイバル番組「バチェロレッテ・ジャパン」シーズン1に出演した後、11月25日からAmazon Prime Videoで配信開始される「バチェラー・ジャパン」シーズン4に“4代目バチェラー”として参加する、黄氏。彼は現在、3つの会社を経営している。

父から引き継いだ貿易の会社、パーソナルトレーニングと高級セルフエステを月額2万9800円で受け放題にする「Karada BESTA(カラダ ビスタ)」を展開するRILISIST(リリシスト)、そして専用のミラーデバイス、専用アプリを通じて、自宅にいながら本格的なトレーニングプログラムを体験できるサービス「MIRROR FIT.」を展開するミラーフィットだ。

「三菱商事で働いていたときは会社の看板が大きく、名刺を渡せば信用してもらえるので、仕事が取りやすい環境でした。ただ会社を辞めて独立したときに、いちビジネスマンの自分が『黄皓です』と言っても、『誰だ、こいつ』と思われてしまう。新しく会社を立ち上げて、自分の中では素晴らしいと思う事業ができても、それを多くの人に届けるためには宣伝・広告・プロモーションをしなければなりません。資金力に乏しいベンチャー企業は必ずと言っていいほど、宣伝・広告・プロモーションの壁にぶち当たります」

「どうやって事業を広めていくべきか。その方法を考えたときに、自分がSNSで発信し続けて有名になればいい、と思ったんです。それで5年前にRILISISTを立ち上げたときから、Instagramを使って発信を続けてきました。決してタレントになりたいわけでもないですし、世の中から注目を浴びたいわけでもありません。ただ、事業のことをひとりでも多くの人に知ってもらうために発信を続けて、自分磨きを続けてきただけなんです」(黄氏)

ミラーフィット代表取締役の黄皓(こう・こう)氏
ミラーフィット代表取締役の黄皓(こう・こう)氏

Instagramでの発信に加え、先述した「バチェロレッテ・ジャパン」に出演したことがきっかけとなり、Karada BESTAの規模は拡大。黄氏によれば、昨年までは2店舗しかなかったが、現在は全国で20店舗を展開する規模にまで成長を遂げている。来年にはフランチャイズを計画しており、40店舗まで拡大させる予定だという。

「『バチェロレッテ・ジャパン』という有名な番組に出演させてもらったことで、世間からの認知度を高めることができました。知名度を高められれば、自分の裏側にあるプロダクトに気づけてもらえると思っていたので、すごくプラスの効果がありました」(黄氏)

中には、自らの知名度を上げることに躍起になり、本業(経営)が疎かになってしまう人もいる。黄氏はテレビなどのメディアに出ることについて、こう持論を展開する。

「テレビ番組などに出演し、知名度が上がるのはあくまでボーナスタイム。その知名度をもとにD2Cブランドをやろう、という考えは全くなくて。そのボーナスタイムを生かせる組織づくりをしていくのが、事業家には必要かなと思っています。知名度が高まっているタイミングを有効活用し、プロダクトづくりやプロモーションを行う。そういう意味では、知名度を上げることで、ベンチャーにとって最もお金がかかるプロモーション・PRの部分をある程度費用を抑えながら実施できる。それはありがたいなと思います」(黄氏)

売り上げ20億円の裏側、個人で「バズり続ける」には限界がある

一方、菅本氏は独立時の状況が黄氏とは異なる。2012年6月まで元HKT48のメンバーとして活動していたこともあり、もともと一定の知名度はあった。

HKT48を脱退した後は数年の充電期間を経て、“モテクリエイター”と称してモテるメイクやファッション情報などをSNSで発信し、若い女性のファンを獲得していった。

2016年8月にKOSを設立。同社では登録者84万人のYouTubeチャンネル「ゆうこすモテちゃんねる」の運営や企業とのタイアップ案件、スキンケアのD2Cブランド「YOAN(ユアン)」などの運営を行っている。また、2019年12月にはライバー(ライブ配信者)マネジメント事業を手がける子会社「321」を設立。現在、約2400人のライバーが登録している。

なぜ、菅本氏は“個”で生きるのではなく、会社を立ち上げることにしたのか。

「“個の時代”とは言いつつも、インフルエンサーとして生きていくのは大変なんです。常にバズることを求められ、何かしらの方法で注目を集め続けなければいけない。それは大変なので、インフルエンスできているうちに、さまざまな事業を始めよう、と。2年後に“ゆうこす”がタレントとして飽きられても大丈夫なように、サービスや人を育てていこうと思い、個人ではなくチームで戦うことにしたんです」(菅本氏)

KOS代表取締役の“ゆうこす”こと菅本裕子氏
KOS代表取締役の“ゆうこす”こと菅本裕子氏

現在、KOSは50人ほどの組織になっており、売上はYouTubeのタイアップ案件やD2Cブランドの運営で10億円、ライバーマネジメント事業で10億円。合計20億円の売り上げを記録するほどの規模にまで成長を遂げている。

「会社を立ち上げたときは、私のファンだった人たちも入ってくれていたので、ずっと“ゆうこす”でいなければいけなかった。会社に行くときはメイクをかわいくしたり、評価面談では『みんな頑張ってくれてありがとう!』しか言えなかったり。なかなか菅本裕子になれないジレンマみたいなものはありました。ただ、今は1周まわって人事担当者なども入ってくれて、私は最後にビシッと出ていくだけの存在になれました」(菅本氏)

菅本氏によればライバーマネジメント事業にとって「コロナは追い風だった」そうで、プロモーションすることなく1カ月に120人が新たにライバーとして登録する状況が続いていたという。

「個人的にライバーは次世代のYouTuberだと思っています。ライバーはYouTuberと違い、特殊な機材は必要なくスマホさえあればいい。また時給制のアプリなどもあるので、ある程度稼ぎやすい。いつバズるか分からないYouTubeとは大きく違います」(菅本氏)

現在、321でマネジメントするライバーの平均時給は2450円(ほとんど活動していないライバーの収益も含めて)となっており、東京都の最低時給の倍の数字となっている。

「321のトップライバーは月に500万円ほど稼いでいます。ライブ配信は1日に5時間ほど配信すれば、月に40〜50万円ほどは稼げる職業です。ただ、ライバーの仕事に対して『こわい』『何をしたらいいかわからない』といったイメージを持っている人は多いので、もっともっと地方の人たちもライバーという職業を知ってもらえたらと思います」(菅本氏)

大事なのは「貯金」よりも「貯信」

経営者の知名度が高まっていくと、プロダクトと自分のどちらが大事なのか、という質問をされがちだ。そうした問いについて、黄氏はこう語る。

「最初はプロダクトだと思っていたんですけど、よく考えると絶対に両方大事だなと思います。だからこそ、自分自身がサービスやプロダクトの入り口になる努力は今もし続けています。ただ、その裏側にあるサービス、プロダクト自体が良くないと信用を失う。メディア化している経営者にとって一番大事なのは貯金でも何でもなくて“貯信”だと思っていて。信用を蓄積していくことがすごい大事なんです」

「自分の知名度にかまけて、信用を失ってしまうようなプロダクトをPRし続けると、どんどんフォロワーが減り、信用も失い、経営者として本当に落ちてはいけないところまで落ちてしまう。そうならないために、まずはプロダクトとして素晴らしいものを作り上げる。その上で自分がそれにふさわしいPRや発信をできるポジションを取る。そういう意味では、絶対に両方欠けてはいけないピースだな、と思っています」(黄氏)

セッションの最後、菅本氏は「今後のクリエイターエコノミー」について持論を展開した。

「今後のクリエイターに欠かせないもののひとつに“ライブ配信”が入ってくると思っています。信用を獲得していくにあたって、ライブ配信は他のSNSと違って強い。YouTubeでは一方的に話しているだけになりますが、ライブ配信はリアルタイムにコミュニケーションが取れる。熱量を最も届けやすいですし、信用も得やすい。ぜひ生配信をやってみてほしいです」

「そのときに大事なのが“固まらない”(言葉に詰まったり反応が返せなくなったりしない)こと。やっぱり途中で固まってしまうと、みんな不安になるんです。だから、相手に対して質問ができて、間を作らずに喋れる人はライブ配信に向いていると思います。顔がかわいいなどの条件は置いておき、企業の中の人はそうしたスキルを持っている人を、ライブコマースの人として育ててみてください」(菅本氏)