ゼロボードではCO2排出量算出・可視化クラウドサービス「zeroboard」を展開している
ゼロボードではCO2排出量算出・可視化クラウドサービス「zeroboard」を展開している
  • 膨大な手間のかかる「CO2排出量の算出」を簡単に
  • 「このままでは日本でものづくりをする企業がいなくなる」
  • 各国でルール整備が進み、急速に市場が拡大

ここ数年で一気に加速しつつある「脱炭素」に向けた動きは、スタートアップにとって大きなビジネスチャンスになりそうだ。

世界各国でカーボンニュートラル(実質的に温室効果ガスの排出をゼロにすること)を長期目標に掲げる流れが広がり、日本政府でも「2050年までにカーボンニュートラルを目指すこと」を2020年10月に宣言。企業においても脱炭素に対する取り組みの重要性が今まで以上に増している。

温室効果ガスの削減や温暖化対策などを後押しする技術は「クライメートテック(気候テック)」とも呼ばれ、関連するスタートアップが急激に増え始めた。ハードウェアからソフトウェア、代替肉といったものまで、気候テックに分類されるサービスは幅広いが、その中でも注目を集める分野の1つが「CO2の排出量を算出・可視化するクラウドサービス 」だ。

日本でこの領域のSaaS「zeroboard」を手がけるゼロボードでは、上場企業を中心に約80社に無料のベータ版を提供しており、2022年1月にも正式版のリリースを予定している。

もともと同サービスはドローンやエアモビリティなどを開発するA.L.I. Technologiesの1事業として始まった。2021年3月にベータ版を発表したところ引き合いが大きかったこともあり、この事業に注力すべく9月にMBOを実施。新会社としてスタートを切った。

ゼロボードは11月1日までにインクルージョン・ジャパンとDNX Venturesを引受先とする第三者割当増資を通じて約3億円を調達。この資金を活用してプロダクトの開発と顧客支援体制の強化を進める計画だ。

膨大な手間のかかる「CO2排出量の算出」を簡単に

zeroboardは企業活動によって排出されたCO2量を算出し、GHGプロトコル(温室効果ガスの排出量の算定と報告に関する国際的な基準)に沿ったかたちで見える化するサービスだ。

GHGプロトコルの区分には自社の事業活動における直接的なCO2排出(Scope1)と間接的なCO2排出(Scope2)に加えて、物流や廃棄など、自社の商品に関連した“他社”のCO2排出(Scope3)が存在する。

ゼロボード代表取締役社長の渡慶次(とけいじ)道隆氏によると、特に先進的な企業を中心にScope3についても自社の責任範囲として捉え、排出量削減に向けた取り組みを進めていこうとする動きが広がりつつあるという。

GHGプロトコルにおけるScope1~3のイメージ
GHGプロトコルにおけるScope1~3のイメージ

一方で大企業ほどサプライヤーや関連会社の数が多く、サプライチェーン全体のCO2排出量を把握する難易度は高い。zeroboardではデータ連携やサプライヤーとの連携を通じて必要なデータを収集するための手間を削減。それによって“サプライチェーン全体”や“商品ごと”のCO2排出量をスムーズに把握できるようにする。

現在ベータ版で提供しているのは「排出量のデータ登録」と「算出した排出量を可視化するダッシュボード」の2つに関する機能だ。

専門的な知識がなくとも、サービス上で「灯油を使用しているか」などの質問に答えていけば算定対象となる項目が明らかになるので、あとは各項目の活動量を埋めていけばいい。

登録画面のイメージ
登録画面のイメージ

同サービスは関連会社やサプライヤーにも使ってもらうことを想定しており、企業が利用する会計ソフトなどのビジネスツールや、サプライヤーとのデータ連携によってデータ集計の負担を減らす。

CO2の排出量は基本的に「活動量×排出原単位」で算出されるが、zeroboardでは排出原単位があらかじめ設定されていることから、活動量さえ入力すれば排出量は自動で計算される仕組みだ。

ダッシュボード上では商品や部門、Scopeごとなどに排出量を細かくチェックすることが可能。7月から提供を始めたベータ版は大手企業を中心に約80社が活用する。

ダッシュボードのイメージ。期間や拠点、Scopeごとなどに細かく排出量を確認できる
ダッシュボードのイメージ。期間や拠点、Scopeごとなどに細かく排出量を確認できる

利用企業は大きく2パターン。1つはScope3の解像度を上げたいという製造業の顧客だ。

従来も大まかな標準値を出していたものの、この数値をより正確に把握したいというニーズが増してきているという。これまではエクセルなどを駆使しながら自力で集計・計算するくらいしか手段がなかったが、あまりに負荷が大きい。そこで「サプライヤーも巻き込みながら効率的にできる仕組み」が求められている。

もう1つは飲食チェーンや金融事業者の代理店など他店舗展開している企業の中で、(未上場などの理由から)CO2排出量の開示を求められてこなかった人たち。製造業に比べて取引相手の数は多くないものの、社内にノウハウがないため、単にエクセルを渡して「ここに入力してください」ではうまくいかないことも多い。

そこで簡単に使えて、瞬時に排出量を計算できるzeroboardに価値を感じてもらえているのだという。

正式版ではこれらの機能を軸としつつ、CO2排出量の削減管理や施策ごとの費用対効果をシミュレーションできる仕組みなども追加していく計画。その上で「実際のコストや効果はどうなのか」「目標を達成するには何をやるのが1番効果的なのか」を教えてくれる、“経営判断に使えるサービス”を目指していくという。

「このままでは日本でものづくりをする企業がいなくなる」

渡慶次氏は外資系の証券会社を経て三井物産に入社し、金融領域やエネルギー×ICT領域の事業を経験。前職のA.L.I. Technologiesではソフトウェアに関する事業を担い、電力会社向けのシステム開発やコンサルティングなどエネルギー関連のプロジェクトを推進してきた。

転機となったのが、世の中でカーボンニュートラルの見え方が変わってきたことを機に、自社プロダクトの立ち上げを決めたこと。そこで生まれたのがzeroboardであり、それを牽引したのが電力・エネルギーソリューション事業を統括していた渡慶次氏だった。

「もともとはCO2排出量を小口でオフセットしたいというニーズが広がることを予想して、環境価値を柔軟に取引できるプラットフォームを作ろうと考えていたんです。ただ数十社にヒアリングをしてみたところ、価値取引の手前にある『(排出量の)可視化』に課題を抱えている企業が多いことに気づきました。そもそも可視化できなければ価値を買うこともできない。これをきっかけに事業の方向性が定まりました」(渡慶次氏)

ゼロボード代表取締役社長の渡慶次道隆氏
ゼロボード代表取締役社長の渡慶次道隆氏

実際にベータ版を発表してみるとさまざまな企業から引き合いがあり、明確なニーズを感じるとともに、この事業1本で大きなビジネスになる手応えを掴んだ。A.L.I. Technologies自体はハードウェアを主軸とした企業であったため、事業の柔軟性やスピード感を重視した結果、MBOにより別会社として成長を目指すことを決めた。

「企業においてCO2排出量の削減や可視化を進めるためのルールの整備が、欧州手動で欧州の企業が得をしやすい方向へと進められています。単にこのルールに従ってCO2排出量を可視化するだけでは、日本でものづくりをする人がいなくなってしまうかもしれない。そのような危機感があるんです」(渡慶次氏)

上述したようにCO2の排出量は活動量×排出原単位で算出できるが、排出原単位には海上物流のCO2排出量なども加算されるため、国によってこの数値が変わってくる。ものづくりに必要な原材料やエネルギーの多くを輸入に頼っている日本のような国にとっては、厳しいルール変更になりうるというのが渡慶次氏の考えだ。

「サプライヤーまでも巻き込んで、極限まで排出量の管理を細かく突き詰めていくことが、日本のサプライチェーンを維持するための唯一の生き残り手段だと思っています。これを支援するための仕組みを作ることで、国内のサプライチェーンをもう一度強いものにしたい。あるいは今後力を失っていくかもしれないものについても、復活の狼煙をあげてもらいたいんです」(渡慶次氏)

各国でルール整備が進み、急速に市場が拡大

渡慶次氏が「『CO2排出量の可視化』に関しては、各国で急速にルール整備が進んだことで巨大な市場がいきなり生まれた」と話すように、この領域は今まさに関連するプレーヤーがどんどん増え始めている状況だ。

グローバルではPersefoniが10月29日に1億100万ドルの資金調達を発表(同ラウンドでは三井住友銀行も株主として参画)。マイクロソフトのような大手企業も参入している。

日本でもアスエネやオンドなど複数のスタートアップが2021年に入ってサービスの提供を始めた。

「(プロダクトの機能や使い勝手の良さは大前提として)いかに早く主要な企業を巻き込み、パートナーシップを組めるか。ビジネス構築力が鍵を握る陣取り合戦になると考えています」(渡慶次氏)

ゼロボードではすでに関西電力やSAPなどと協業に向けた取り組みを始めているほか、大手金融機関との連携も水面下で進めているという。

パートナーが増えればzeroboardの提供価値も広がる。たとえば事業会社と連携して脱炭素を後押しするソリューションを提案したり、金融機関とタッグを組んでグリーンローンを提供したりといったことも可能になるだろう。

「ESG投資に取り組んだ方が企業価値がプラスになるということにさまざまな企業が気付き始めている。これがすごく重要な論点です。CSRでやっている時代にはずっとコストだとされていたので、業績に余裕のある企業がやるものでした。それが今はやらなければ企業価値が落ちるということが明らかになり、海外企業だけでなく、日本の企業も戦略的に取り組み始めています」

「自分自身、金融部門にいたことで金融業界側からの(企業のCO2排出量に関する)開示のプレッシャーが徐々に強くなってきているのを感じていました。また商社でエネルギー×ITの事業も現場で経験させてもらった。今の事業は言わば自分のこれまでのキャリアの交差点にあるようなイメージで、天職だとも感じているんです。zeroboardが脱炭素経営のインフラのデファクトスタンダードとなるように、まずは国内からしっかりと事業を作っていきます」(渡慶次氏)