
- サブスクリプションでランチの常識は変わるのか
- 週5で使えば「ランチ300円」の衝撃
- サブスク導入で売り上げ180%増の飲食店も
- コミュニケーションこそが飲食店の強みだった
- 前例がないなら、事例を作ってデータを取ればいい
- 東京ではなく、地方からサービスを展開した理由
- 成功するサブスク、失敗するサブスク
- サブスクリプションが実現する「今より公平な未来」
飲食産業は、過渡期を迎えている。消費税率の引き上げ、人材やスタッフ不足、労働時間の長さなど――さまざまな要因が重なり、閉店する飲食店は年々増えていくばかりだ。そんな業界の中で、あるサービスにスポットライトが当てられている。月額5980円で、提携店舗のランチを毎日食べることができる「always LUNCH」だ。飲食のサブスク化、そして挑戦的な価格設定が、多くのユーザーを惹きつけている。サブスクリプションは外食産業を変えていくのか。その可能性に迫る。(フリーライター うすいよしき)
サブスクリプションでランチの常識は変わるのか
AmazonプライムやNetflixといった動画配信サービスに始まり、さまざまな領域で加速度的に導入が進む“サブスク”ことサブスクリプション(定額制)サービス。今やその対象は「食」の領域にも広がっている。大分県に本社を置くスタートアップ・イジゲン、同社は昨年10月から、月額5980円(税別、3月1日以降の新規購入および更新は7980円となる)で、提携店舗のランチを毎日食べることができる「always LUNCH」を提供して注目を集めている。
もともと、大分を中心にして、店舗が手軽にサブスクリプション(月額課金などの定額制。略称サブスク)を導入できるサービスを提供してきた同社だったが、昨年10月には福岡市と京都市で飲食店のランチに特化したサービスを開始。現在その提供範囲を拡大している。
飲食の“サブスク化”は私達の生活にどのような影響を与えていくのか。always LUNCHを展開するイジゲン代表取締役CEOの鶴岡英明氏に、飲食産業とサブスクリプションの未来を聞いた。
週5で使えば「ランチ300円」の衝撃
always LUNCHは月額5980円を支払えば、サービス提供エリア内にある提携飲食店のランチを1日1回食べられるサービスだ。東京・渋谷区であれば、カフェやラーメン店など約30軒の飲食店でサービスを受けることができる。京都市(中京区、下京区、右京区)、福岡市(中央区、博多区)からサービスを開始し、東京都(渋谷区)・大阪市(中央区、福島区、西区、北区)まで拡大。2月には東京・新宿区でもサービスを開始した。ユーザー数は非公開だが、「日々成長している」(イジゲン広報)となっている。
always LUNCHを利用することで最も変化するのがランチの“価格”だろう。これまで、ランチの相場はファストフードであっても400~600円前後だった。だが、このサービスを週5日利用すれば、一般的なランチを300円前後で楽しむことができる。もちろんサービスを利用できる頻度は人によるが、使い方次第では、ファストフードよりも格段に安くなる計算だ。
このサービスのメリットは価格だけだけではない。サービス提供エリアごとに数十軒の店舗から好みの飲食店を選んで利用ができる。 “点”ではなく“面”で、幅広い選択肢を提供している点もうれしい。
サブスク導入で売り上げ180%増の飲食店も
積極的に利用できるユーザーにとってはありがたいサービスだが、一方で導入飲食店には、どのようなインパクトがあるのだろうか。
その答えの前にまずはalways LUNCHのサービスの仕組みを説明する。提携する飲食店は、always LUNCHで提供するメニューと還元額(1メニューを提供するごとにイジゲンから支払われる金額。一律で設定されており、店舗によっては金額に合わせてalways LUNCH限定のランチを提供するケースもある)を決め、always LUNCHのサイト上に掲載する。ユーザーがサービスを通じてメニューを注文すれば、その件数分だけ、飲食店に売り上げが還元される。この仕組みによって、飲食店に負担なく、新たなお客さんと利益の提供を実現している。
鶴岡氏は、always LUNCHを飲食店向け集客メディアと比較して、その導入メリットを語る。

このサービスの特徴は、掲載コストがゼロであること。にもかかわらず、すでに大手集客媒体の約6倍の集客数を記録した事例も生まれているという。サービス導入前後の売り上げを比較すると、提携するすべての飲食店で増加している。最大で売り上げが180%増になった店舗も現れた。

always LUNCHの導入によって飲食店が成長した理由は何か。鶴岡氏は、飲食店が持つ本来の価値が、サブスク化によって顕在化したからではないかと推測する。
コミュニケーションこそが飲食店の強みだった
「いま、グーグルで『渋谷 ランチ』と検索をすると、5500万件もの情報がヒットします。(その膨大な検索結果から)せっかくお店を選んでも、今度はそのお店のメニューの中での選択が待っている。(膨大すぎて)選択ができなくなっている今の時代だからこそ、直感的に何を食べたいかで決められるサブスクリプションの価値は大きいのだと思います」
「また、サブスク化によって、飲食店が本来強みとして持っていた『コミュニケーション』に注力できるようになったことが成長の1つの要因だと思っています。飲食店がサブスクを導入することで、お店にとっては会計作業が、ユーザーにとっては財布を出す作業が消滅しました。これが、既存のコミュニケーションパターンを変化させました」(鶴岡氏)
飲食店では、席に着いて食事をして、その後に会計をして退店するのが普通だ。しかしalways LUNCHの導入店舗では、会計作業がないため、代わりに「○○が美味しかった」「友達を連れてまた来ます」といったポジティブな会話が生まれる心理的なハードルが下がっていると鶴岡氏は分析する。
その結果、always LUNCHユーザーが飲食店をリピートしたり、知人・友人に紹介したりしており、来客数が増加しているのだという。定量的に測れるモノではないが、コミュニケーションが増えたことで、店舗側のモチベーションも高まっているという。

前例がないなら、事例を作ってデータを取ればいい
徹底的なデータ分析と店舗運営から方程式を作り上げるalways LUNCHのリリース前、鶴岡は本社がある大分県で、サブスク方式でのカフェ&バーを運営していた。そこでさまざまな検証をしていたという。サブスクの導入前後でのユーザー数や利用頻度の変動、男女比や利用時間の変化など、徹底的に検証を繰り返した。
店舗を作ったのは、検証のためだけでない。大分県のような地方都市は、東京や主要都市に比べ、ITリテラシーが低いケースが多い。そもそも飲食業界自体、ITリテラシーが高いとはいえない。そんな環境下でも問題なく利用できるように、デザインを研ぎ澄ませる目的もあった。
飲食のサブスクリプションはまだ前例が少ない。だからこそ、自ら前例を作り利用者の不安を取り除く。そんなこだわりに加え、飲食店の悩みの種である集客力のサポートを実現したことで、サービスを利用する飲食店の満足度は高評価だ。導入店舗の満足度は100%を達成している。
東京ではなく、地方からサービスを展開した理由
自ら店舗まで作り、緻密な準備を整えていたalways LUNCH。サービスは東京からではなく、福岡や京都からサービスを開始している。そこには鶴岡氏の起業家としてのある信念があった。
「東京でサービスをリリースして、たくさんのユーザーが付いてしまったら、大規模な変更は難しくなってしまう。“打ち上げ花火”的なものではなく、ユーザーの生活をサポートしていくサービスを目指していたので、まずは地方都市でサービスをリリースし、完成度を高めた状態で東京エリアに展開しようと考えていました」(鶴岡氏)
サービスのローンチから間もなく、always LUNCHに掲載されたばかりの店舗に、予想以上のお客さんが来店したことがあった。来店は止まらず、結局当日分だけではなく、翌日分の食材まで使い切ってしまったのだという。調理で忙しい飲食店は電話に出ることも、メールを見ることもできないため、完売をアナウンスすることすらできなかった。サービスの盲点だった。
飲食店に負荷なく、即座に完売をアナウンスするためにはどうすべきだったのか。飲食店にヒアリングを重ねた結果、強化したのはカスタマーサポートチームだった。すべての飲食店と個別でLINEグループを作り、問題や提案に即座に対応できるようオペレーションを改善していった。
東京からではなく、地方からサービスを広げるメリットについて鶴岡氏はこのように語る。
「東京は日本の中でも特殊な場所です。サービスが拡がりやすい反面、後戻りができなくなってしまう側面があります。地方で導入するから見えてくること……たとえばインバウンド向けの新サービスが積極的に利用されている京都で見えてくること、飲食店と人が密集した大阪で見えてくることなど、東京以外から始めることで見えてくることも多い。日本を俯瞰(ふかん)して見て、スタート地点を判断する。東京からスタートすることが正解ではないと思います。
成功するサブスク、失敗するサブスク
動画や音楽を筆頭に、多様なジャンルで導入の進むサブスクリプション。鶴岡氏にその未来を聞いた。
「サブスクが成功するためには、いくつか法則があることが分かっています。例えば、『月3万円で自動車が乗り放題』というのは難しいでしょう。それはサブスクではなく、リースに近い。定期契約になるだけの仕組みはもはや浸透し辛いと思います」
「重要なのは、破壊的な価格設定と選択肢の提供です。サブスクは、統計学の側面が大きなビジネスモデルです。エリアの人口や男女比、リテラシー偏差値などから、ある程度結果を予測することができます」(鶴岡氏)
加えて重要なのは、価格のバランスを見極めることだ。安すぎても高すぎてもうまくいかない。また、always LUNCHで提供する「ランチ」のように、ユーザーに適切な選択肢を提供できる領域でこそ効果を発揮していくという。

サブスクリプションが実現する「今より公平な未来」
もし、さまざまなジャンルのサブスクに溢れた未来が到来したら、人の生活は今よりも幸せになれるのだろうか。そんな問に対して、鶴岡氏はこうに語る。
「今よりも公平な未来を実現するんじゃないかと思っています。例えば、飲食店はネットの評価に大きく左右されますよね。でも、あれって正しいのでしょうか。本当に美味しいお店や丁寧な接客のお店でも、過小評価を受けていることは多いと思っています」(鶴岡氏)
事実、always LUNCHの人気店と、飲食店のネット上の評価には、相関関係はまったくないのだという。
「サブスクが飲食業界に導入されることで、既存の評価をリセットする効果も期待できると思っています。たとえオープンしたばかりのお店でも、評価やPR力に左右されず、対等に戦うことができる。サブスクリプションが浸透することで、今より公平でフラットな競争が生まれるんじゃないかと思っています」(鶴岡氏)
鶴岡氏がサブスクで実現したい目標は、ランチだけではないと言う。
「飲食だけではなく、人間が生きていくために必要な衣食住の全て定額でサポートしていきたい。豊かな生活を今より安価に提供出来るようにすることで、人間の可能性の拡張を最大限サポートしていきたいんです。まずは、always LUNCHをたくさんのエリアに展開して、ランチの体験を変えていけたらと思っています」(鶴岡氏)
定額の料金を支払い、決められた選択肢の中からコンテンツを無制限に楽しめるのがサブスクリプションだ。しかし、サブスクリプションがリアルな生活とひもづくことで、それ以上の価値も生み出されている。
多くのユーザーがサブスクリプションを利用することによって、同じ選択肢の中から行動を決定する未来がやってくるのかもしれない。それは、同一の思考や人間を生み出されるのか。それとも、時間・経済的な余裕を創造し、可能性が拡張された人間を生み出されるのか。サブスクリプションサービスの未来には、期待が高まるばかりだ。