
- “VC”と一口に言っても、フィットする人材は「モデル」次第
- 新卒VCに求められるのは「金融事業での経験値」ではなく「人好き」であること
- ベンチャーキャピタリストが「簡単に辞められない」理由
社会人になったばかりの新卒にベンチャーキャピタリストが務まるのか?──これは、スタートアップ関係者を中心にして、SNS上でたびたび話題になるテーマの1つだ。
ベンチャーキャピタル(VC)はスタートアップへ資金を提供する投資事業。金融に関する深い知識と経験値が必要なイメージも強いことから「新卒VC」を揶揄する声は少なくない。
これに対して「新卒が活躍できないとは限らない」と話すのが、独立系VCグロービス・キャピタル・パートナーズのジェネラルパートナー(GP:General Partner)の高宮慎一氏だ。前編ではVCのビジネスモデルについて語ってくれた高宮氏に、新卒VCの是非やVCのキャリアパスについて聞いた(前後編の後編。前編はこちら)。
“VC”と一口に言っても、フィットする人材は「モデル」次第
──そもそも「新卒VC」が揶揄される理由はどこにあるとお考えですか。
コーポレートファイナンスや投資先支援の際、経営や事業に深い知識を求められるイメージがあるため、「(業務経験がない)新卒には無理な仕事ではないか」と考える人が多いのでしょう。ですが、VCと一口に言っても、各ファームの「モデル」はさまざまです。
新卒でVCに入り、キャピタリストになったらどんなことをするのでしょうか。かつて金融系のVCでは、年間何十人もの新卒を採用していました。アーリーステージ以降のスタートアップ百社以上に投資しているような、巨大なVCもありました。このようなモデルを採用するVCでは、新卒はコールドコール(飛び込みの電話営業)から始まって案件のソーシング(獲得営業)をして、徐々にVCの業務を学んでいくことになります。
僕が所属するグロービス・キャピタル・パートナーズは、ファンド規模で言えば日本でもかなり大きい方(編集部注:2019年組成の6号ファンドは400億円。これまでの運用実績は約1000億円)ですが、一方で組織としては小規模(編集部注:GPは高宮氏含め4人。その下位職であるジュニアクラスが6人)です。ジュニアとして入社した瞬間から個人でスタートアップの投資を担当し、投資後の支援をして、イグジットまでを目指す、いわば「先発完投型」のモデルです。もちろん、育成過程でパートナーがジュニアに寄り添うことで、パートナーの“職人技”を盗みやすい環境は作ります。
一方で他のVCでは、大企業とパートナリングして大企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の組成や運営を請け負ったり、自社のファンドと請け負ったCVCのファンドを並走させて運用したりするといったモデルも存在します。
──VCの戦略によって求められる人材や、キャピタリストの動き方が変わるということですか。
さらに言うと、シードやアーリーといった、投資を実行するタイミング(ステージ)によってもキャピタリストの動き方が変わります。
シードステージを対象にするファンドは数十億円程度と規模の小さなものが多いです。創業期のスタートアップに対して、かなり早いタイミングで数百〜数千万円規模の投資をして、大きな倍率(のリターン)を狙うハイリスク・ハイリターンのモデルです。
対象は創業期のスタートアップがほとんどなので、ビジネスモデルやプロダクトすらまだないというケースが少なくありません。なので、キャピタリストに求められるのはビジネスモデルの分析よりも、面白くてパンチの効いた人とのネットワークの有無や、ひとかどの人物かどうかを見極める力、そしてたとえ事業がまだ何もないとしても、その起業家に賭けられるという胆力などが必要です。
「シリーズA」などと呼ばれる、プロダクトが存在してPMF(Product Market Fit:自社のプロダクトが市場で適合する状態)しつつある段階のスタートアップに投資する場合には、前述の「人」についての要素に加えて、ビジネスモデルの見極めや、投資実行後に事業や組織作りで支援する力があるかといった、「お金以外で何ができるか」ということが大切になってきます。
新卒VCに求められるのは「金融事業での経験値」ではなく「人好き」であること
──あえて「これは新卒だと厳しい」というVCの仕事を挙げるとすればどういうことでしょう。
先ほども話しましたが、新卒でVCになって最初からすることが難しいのは、特にシリーズA以降で必要になる「お金以外で投資先を支援すること」かもしれません。起業経験や事業経験、コンサルや投資銀行など経営にまつわるプロフェッショナルサービスの経験者だと、少なくともこれまでの知見を生かすことが支援の第一歩になるからです。
ですが新卒であっても、「最初から」というのが難しいだけです。キャリアを積んでいく中で身につければいいスキルだとも思っています。新卒でVCに入り、その後日本を代表するキャピタリストになった人も山ほどいます。
すぐには何もかもはできないかもしれません。ですが「自分がどのようなキャピタリストを目指すのか」、「そのために必要な能力は何か」といったことを見据えつつ、先輩キャピタリストや共同投資している別のVCのキャピタリスト、そして起業家から日々の業務の中で学び、成長すれば問題ありません。そういう意味でも、VCは金融をはじめとする知識やスキルより、好奇心や成長意欲、「人好き」という特性のほうが重要と言えますね。
──インターンとしてVCへ入社したのち、独立したキャピタリストたちもいます(例:ANRI、TLM(現・mint)、THE SEED、インキュベイトファンドのFoF(Fund of Funds)など)。
まさに、成長意欲と好奇心が強く、起業家が好きというタイプの方々ですよね。「好きな特定領域を持っているかどうか」「どんなVCになりたいか」の考えがあれば、必要な能力も、やりたいことをベースに伸ばせばいいという話です。VCの場合、IPOやM&Aというイグジットが「成功」ですが、投資先のトラブル──最悪の場合は投資先が倒産するといった「ハードシングス」がまず先にやってきます。そういった状況に耐えうるためにも、「VCという仕事が好きだ」、「スタートアップが好きだ」という“想いの強さ”が必要になると思います。
──ここ1〜2年でキャピタリストのバックグラウンドが多様になっているように感じています。
VC、キャピタリストという職業自体がより広く認知されつつありますが、(バックグラウンドの多様性は)そんなに変わっていないかもしれません。昨今のスタートアップでは外資系投資銀行、PE(プライベートエクイティ)ファンド、コンサルなどの優秀な人たちが参加するなど、裾野が広がってきた印象もありますが、VC業界ではもう少し前からプロフェッショナルファームの人材は流れ込んできていました。
──VCはスタートアップより先に、多様な人材が流れ込む傾向があったということですか。
はい。僕がグロービス・キャピタル・パートナーズへ入社した2008年当時から、コンサルや商社などの出身者もいました。その後さらに大手テック企業や起業家出身者も入社しました。VC業界全体で見ても、プロフェッショナル・ファームや大手企業からキャピタリストになった人も増え、また新卒からVCでのインターンを経て独立するパターンもあります。多様な人がVCにやってきています。
ベンチャーキャピタリストが「簡単に辞められない」理由
──最近のトレンドだと、VCからスタートアップのCXOになるパターンも増えていますよね。CXOは、VCとしてのスキルを大きく転用できるポジションと言えそうですか。
うーん。実は「投資家から事業家」って、それほど連続性はないんですよね。もちろん一部転用可能なスキルもありますし、またしても転身してから学べばいいという話ではありますが。
例えば、VCからスタートアップのCFOになった場合、コーポレートファイナンスの知識は役に立ちます。しかし、事業会社に合ったチームマネジメントや、経理、総務、労務といった管理のオペレーションについては必ずしも精通しているわけではありません。もちろん、細かい実務はメンバーにやってもらうということはありますが。
VC投資はだいたい5〜7年ほどの長期的な時間軸で、事業を俯瞰(ふかん)するような立ち位置にいます。ですがスタートアップは日々のオペレーションから3年ほどの中期の視点が強かったりするので、時間軸の視点も若干異なります。
──VC事業からはあまり簡単に転職・退職できる印象がありません。契約もありますし、前編では「人と人とのウェットな関係も大事」という話もありました。転職・退職などでVCの担当者が変わることで、起業家が困惑するということも聞きます。
おっしゃるとおりです。パートナークラスになると外部投資家(LP:Limited Partner。ファンドに投資する外部の投資家)に対して「10年コミットするのでお金を出してください」とお願いをし、同時に投資契約にもキーマン条項(事業を継続する上で重要な人物が退職することによる利益の喪失を防ぐための契約条項)が入るので、簡単に辞めるわけにはいきません。
場合によってはGPは借入をして自らファンドに出資をしているケースもあります。また、成功報酬も途中で辞めるとなくなるので、経済的な縛りも大きいです。逆に、辞めるタイミングがあるとしたら、担当の投資先がおおむねイグジットするなど、ひと段落ついたときや、ファンドそのものが終わったときですね。
──キャリアチェンジを考えることはあるが、辞め時が限られているということですか。
簡単に辞められないコミットの大きさに、VCの本質の一端があります。投資先にコミットして5年、7年と同じ船に乗る。投資家から資金を預かって10年間のファンド期間で運用する──長期間、大きなコミットを求められるからこそ、キャピタリストにはVC業界そのものへの想い、投資先や産業を創るんだという想いが大事なんだと思っています。VCは人間くさい世界なんです。
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高宮慎一
グロービス・キャピタル・パートナーズ
代表パートナーベンチャーキャピタリスト。Forbesベンチャー投資家ランキング2018年1位、2015年7位、2020年10位。
支援先:アイスタイル、オークファン、カヤック、クービック、しまうまプリント、ナナピ、ピクスタ、ビーバー、ミラティブ、メルカリ、ランサーズ、リブルー、グラシア、ファストドクター等
ハーバードMBA