現場向けクラウド型動画教育プラットフォーム「tebiki(テビキ)」のイメージ
現場向けクラウド型動画教育プラットフォーム「tebiki(テビキ)」のイメージ

ベンチャーキャピタル(VC)によるスタートアップ投資が多様化してきている。

VCのファンドサイズが拡大するのにともない、従来シードラウンドに特化してきたVCがシリーズAラウンドにも参加するケースは珍しくなくなった。逆もしかりで、ミドルステージからレイターステージを専門とするVCが、アーリーステージまでをも守備範囲とするケースも増加している。また、海外の機関投資家による日本の未上場株への投資も活発化している。

注目を集めるスタートアップに投資をしたいVCの競争は、ある意味では“陣取り合戦”ともいえる様相を呈している。そんな中、1社のVCのみを引受先としたシリーズAラウンドというレアケースも出てきた。

現場向けクラウド型動画教育プラットフォーム「tebiki(テビキ)」を展開するTebikiは11月16日、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)を引受先としたシリーズAラウンドで、8億円の資金調達を実施したことを明かした。なお同社が2020年に実施した3億円のシードラウンドも、VCではGCPのみから資金を調達している。

GCPが2019年に設立した6号ファンドの規模は400億円。シード、シリーズAラウンドを通じで1社に11億円弱の資金を提供することができるのは、このファンド規模があってこそのことだ。

“スピード感のあるスモールチーム”を得られるメリット

Tebikiは2018年3月に設立。2019年3月より、物流や製造業界におけるノンデスクワーカーの動画マニュアル制作を支援するtebikiを展開する(ベータ版は2018年3月リリース)。

tebikiは現場のOJT(現場教育)をスマートフォンで撮影し、編集するツールだ。字幕の自動生成や図形挿入といった機能を備えるため、難しい操作は必要ない。今ではアサヒ飲料やアスクル、Olympicグループといった大企業もtebikiを導入。Tebikiは導入社数や売り上げなどは非開示だが、0.5パーセントという低いチャーンレート(解約率)がウリだ。

Tebikiはなぜ引受先をGCPに絞り、シリーズAラウンドに至ったのか。代表取締役CEOの貴山敬氏は「1社のVCとタッグを組むことで、一枚岩の小さな経営チームを作りたかった」と話す。

「複数のVCから出資を受けている場合、多様な意見を取り入れられる一方、考えが固まるまでに時間がかかります。一方、VCが1社のみの場合、意思決定は段違いに早くなります」

「そして複数のVCがラウンドに参加したとしても、出資比率が低ければ、そのVCの我々に対するアテンションは低くなってしまいます。そのようなVCが月1回の取締役会の場でどれくらいのバリューを出してくれるのかという点には疑問があります」(貴山氏)

2020年のシードラウンドよりTebikiへの投資を担当するGCP・プリンシパルの南良平氏も、本件のメリットは“スピード感”にあると説明した。

「新規の投資家から出資を受ける場合は、事業をいちから説明する必要があります。一方、シードで投資した我々がシリーズAでも単独での投資を実行する場合は、これまでの積み上げがあるため、『いくら調達して何に使うのか』という議論に集中することができます。資金調達後もそれ以前と同じように、スモールチームでスピード感を保ったまま、事業を進めていくことができます」(南氏)

デメリットは“経営における独立性の担保”の難しさ

1社のVCが1社のスタートアップと向き合うことで、スピード感のある経営判断ができるという今回の調達。だが貴山氏は「デメリットもある」とも述べる。単独のVCから出資を受ける場合は、複数社のVCから出資を受けるケースと比較すれば当然1社のVCの声が大きくなり、経営における独立性の担保は難しくなる。だがその点さえ打開できれば、今回のようなスキームは普及の余地があるのではないかと同氏は説明する。

「私の場合、GCPを外部のVCとして見ておらず、同じ経営チームのメンバーとして見ています。そのため、自分のコントローラビリティを担保したいという気持ちはそれほど強くありません」

「ファンドサイズを拡大しているVCはGCPに限りません。そのため、スタートアップ側が経営における独立性の面において妥協点を見つけられれば、今回のように、1社のVCがシードラウンドからシリーズAラウンドを単独で引き受けるケースは増えていくのではないでしょうか」(貴山氏)

南氏も同様に、「何らかの機会損失もあるのではないか」と話す。1社のVCからのみ出資を受けることで、他のVCが持つ知見やネットワークにアクセスできなくなってしまうからだ。

「株主が増えることで、マンパワーやブレインパワーも増えます。資金調達では『お金だけじゃない価値』も手に入りますが、単独のVCから調達する場合はその数や内容が限られてしまいます」

「そしてTebikiは今回の資金調達を通じて、良くも悪くも、GCPの色が濃くなりました。今後の資金調達において、それを良しとする投資家も、懸念点とする投資家も出てくるのではないでしょうか」(南氏)

貴山氏も南氏も、取材では共通して「メリットもデメリットもあるため、双方の思惑が一致するのであれば成立するスキーム」と話していた。とは言え、日本でも8億円のシード・アーリーラウンドが単独のVCで成立するケースが出るようになった。ということは、リード投資家以外のVCには今後、ラウンドに参加する際に“資金力”以外の強みを今まで以上に求められていくのではないか。