
- 起業家として3割打者は目指せない、自分の強みはサービスを伸ばすこと
- 人材領域はまだまだ変革の余地がある
- WELQ騒動から得た学び、グロースとガバナンスの関係性
創業したばかりのディー・エヌ・エー(DeNA)に入社し、2011年に創業者である南場智子氏の後任として“2代目”社長に就任。ソーシャルゲームサービス「モバゲータウン(現:Mobage)」、ネットオークションサービス「モバオク」などを立ち上げた人物として知られる、守安功氏。
医療・ヘルスケア情報のキュレーションメディア「WELQ(ウェルク)」の制作体制や情報の信憑性が問題視されたことを契機に、DeNAが運営するすべてのキュレーションメディアを非公開化する、いわゆる「WELQ騒動」の対応に追われた過去もある。ただ、守安氏が10年間社長として手腕を発揮し、DeNAの成長に貢献したのは紛れもない事実だ。
そんな彼がDeNAの社長を退任後、新たなキャリアとして選択したのが“スタートアップ”への参画だった。そのスタートアップとは、守安氏の年齢(48歳)からダブルスコアも離れている、24歳の小川嶺氏が率いるタイミーだ。
タイミーはギグワーカーと事業者をマッチングするアルバイト仲介アプリ「タイミー」を展開するスタートアップ。そんなタイミーの取締役COO(最高執行責任者)として、守安氏は現在、事業のグロース戦略などを考えているという。
大きな組織の社長として、いろんな経験を積んだ人物がアドバイザーや社外取締役のような形でスタートアップに参画する例はさまざまある。また、「プロ経営者」として、メガベンチャーや大企業の経営にその手腕を生かすこともあるだろう。
だが、常勤の取締役COOという、いわゆる“ナンバー2”のポジションで参画する例はあまり耳にしない。なぜ、守安氏は社長退任後のキャリアとして、スタートアップ参画の道を選んだのか。そして、なぜタイミーだったのか。守安氏に話を聞いた。
起業家として3割打者は目指せない、自分の強みはサービスを伸ばすこと
──DeNAの社長を4月1日付で退任することになった経緯は。
「社長を退任する」ということに関しては、自分が決めたものではありません。DeNAは東証一部の上場企業ですから、取締役会の中に指名委員会(編集部注:取締役会の中に設ける社長など経営陣の選解任を議論する組織。社長など経営トップが自らの人事を自分の裁量で決めず、透明性のある選解任プロセスを担保する役目を持つ)があります。DeNAがこれからの経営を考える中で、社長を交代した方がいいのではないか。そういう意思決定が行われたので、このタイミングで社長を退任することになりました。
ただもともと、社長に就任する前から「退任が決まったら、スパッと辞めよう」と決めていました。社長を退任した後に取締役やアドバイザーとして会社に残る選択肢もあるのですが、そのやり方は個人的にも、会社的にもあまり良くないのではないか、と思っていました。
そういった考えもあり、社長を退任するタイミングでDeNAも辞めようと。その次に何をするかは、辞めた後に考えようと決めていました。
──さまざまな選択肢がある中、なぜタイミーだったのでしょうか。
小川と初めて会ったのは、2021年3月だったと思います。DeNA創業メンバーのひとりである渡辺雅之氏(編集部注:2021年8月にタイミーの社外取締役に就任している)から、「若くて勢いのある面白い経営者がいるから、会ってもらえないか」と連絡をもらったんです。それで4月頃に小川と会うことになりました。
もともと、タイミーというサービス自体は知っていました。ただ、詳細に理解しているわけではなかったので、会社はどういう状況なのか、事業は具体的に何をやっているのか。そういう話を聞く中で、小川からその場で「会社に入ってもらえないか」と誘われました。
その後、事業に関するいろんなデータを見せてもらい、改めて面白いサービスだなと思いました。サービス自体は完全にPMF(プロダクト・マーケット・フィット)していて、今後さらに伸びていく可能性がある。
また、少しもったいないなと思う部分もあり、そこは自分が手を入れることで、もっと大きなサービスにしていけるんじゃないかと思いました。
──最終的な決め手は何だったのでしょうか。
自分で起業するかどうか、最後まで悩みました。自分の周りは経営者やベンチャーキャピタリストが多いので、8割くらいの人から「自分で起業した方がいい」と言われました。
そうした声も踏まえて、自分が本当にやりたいことは何か。そもそも仕事をしたいと思っているのかどうかも含めて、6月末に社長を退任した後、南の島で3カ月ほど過ごし、そこで考えてみることにしたんです。その結果、改めて自分はインターネット業界が好きだということ、得意な領域は0から1ではなく、1から10にサービスをグロースさせることだと思い、それならばタイミーに参画するのが最適な選択肢だと思いました。
──起業に対する思いというのは、割り切ることができた。
起業はあくまで何かを実現するための選択肢じゃないですか。当時、自分の中で「死ぬほどこれがやりたい」「こういう課題を解決したい」というものが出てこなかったんです。もし出てきたら起業したんでしょうけど、残念ながら出てこなかった。
過去にモバゲータウンやモバオクを立ち上げてきており、決して0から1の事業をつくるのが苦手なわけではありません。ただ、今の自分は新しくサービスを立ち上げて、それをヒットさせる自信はなかなか持てなかった。3割打者は目指せないな、と思ったんです。個人的にはCEOよりもCOOの方が好きだ、という思いもありました。
そうした思いの中で、起業するのは良くないなと。それに加えて、自分はある程度できあがっているサービスを伸ばしていく方が好きですし、得意なので、自分としてはそこまで違和感なく、タイミーに入ることを決めました。

──守安さんから見た、小川さんの印象はどういったものだったのでしょうか。
小川とは年齢が24歳離れているのですが、最初に会ったときから年の差を感じませんでした。また、彼が「働くを通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる」という大きなミッションを掲げて、事業に取り組んでいる姿勢には感銘も受けました。
あとは良い意味での“やんちゃ”さは感じますね。今の20代の経営者は大人しい人が多い印象なのですが、小川は野心的であり、視座が高く、行動力がある。頼もしいなと思います。
──どのタイミングで、それを感じたのでしょうか。
8月の中旬頃、彼は私が過ごしていた宮古島まで単身で来たんです。当時、私のことを口説きに来たと思うのですが、そういう行動力はすごいと思います。また、24歳でこの規模まで会社を成長させられているのは、いろんな人の助けがあってこそ。そういう意味では、いろんな人の懐に入り込んで、助けてもらうスキルはすごいものがあるのかなと思います。
人材領域はまだまだ変革の余地がある
──先ほど「少しもったいないなと思う部分がある」と言っていましたが、守安さんの目から見て、どこがもったいないと思ったのでしょうか。
事業自体は伸びていたのですが、自分からするともっと伸ばせる余地がある。テクニック的な部分も含めて、ここは改善の余地がたくさんあるなと思いました。
また、タイミーは“スキマバイト”をうたっており、それ自体はユニークな立ち位置で時代のニーズにもマッチしているのですが、その領域だけで事業を展開していくのか。それとも、もう少し広範なニーズに応えられるように事業領域を広げていくのか。その部分に関しても、まだまだやりようがあるな、と思いました。
──タイミーはシステム手数料を報酬金額の30%に設定しています。30%というのは他のサービスと比較しても高い数値だと思うのですが、ここに関してはビジネスモデルとして魅力的なものに見えた、という認識でしょうか。
ビジネスモデルとしては、きちんとギグワーカーと事業者をマッチングができるのであれば、しっかりと手数料はいただきたい。「手数料が高いのではないか」と言う人もいるかもしれませんが、転職エージェントを使って転職が決まった場合の手数料も30%ほどです。また、派遣社員の場合はそれよりも高い手数料に設定されているので、人材業界のサービスとしては、適正なビジネスモデルだと思っています。
そういう点も踏まえて、人材業界は改めて大きなマーケットだと思っているのですが、まだまだインターネット的なサービスは少ない。「業界を変えていける可能性がある」という点も含めて、非常に魅力的なマーケットだと思います。
──人材業界はすでにリクルートやパソナなど、さまざまなプレーヤーがいます。
強力なプレーヤーがたくさんいますが、一口に人材業界と言っても正社員の斡旋なのか、アルバイトの斡旋なのかという違いがあります。また、専門性の高い職業なのか、もう少し汎用性の高い職業なのかという違いもある。さらに言えば求人だけでなく、アルバイトのシフト管理や休憩管理なども含めたバリューチェーンの広がりも考えられる。そういう意味では、既存のプレーヤーとは違った領域にいるのかなと思っています。
そして人材業界はまだまだインターネット的発想のサービスは少ないですし、データを活用してマッチングの最適化などを実現できているサービスはほとんどない。ここから、さらにいろんなことができる余地があるのではないか、と思っています。
みなさんからよく「なんで人材業界に行かれたんですか?」と聞かれるのですが、自分の感覚としては引き続きインターネット業界にいると思っています。タイミーは事業ドメインは人材ですが、インターネット的な発想でサービスをつくっているので、個人的にはインターネット業界ど真ん中のサービスだと考えています。
WELQ騒動から得た学び、グロースとガバナンスの関係性
──取締役COOとして、どういった部分でタイミーの成長に貢献できると考えていますか。
タイミーの3年後を考えたときに、DeNAの社長だった経験はそこまで生かせないかなと。それよりも社長になる前の、DeNAの規模を1年で2倍、3倍にしてきた経験の方が生かせると思っています。仮に自分が社長になった後の10年が得意だと思っていたら、プロ経営者のようなキャリアを積んでいたと思います。
ただ、自分としては会社を伸ばしていくことの方が得意なので、社長になる前の10年間の経験をタイミーの成長に生かせると考えています。
また、CEOの経験をしてきた中で今回COOに就任しました。CEOの気持ちがわかるCOOというのは、個人的に強い部分だと思っているところです。
──サービスを伸ばしていくにあたっての、守安さんの特異性は。
自分はもともとエンジニアなんです。技術も一通りやってきた中で、プロダクトも触りながら、ビジネスモデルも組み立てる。技術とサービス、ビジネスを高い次元で組み合わせられる人自体が結構少ない中で、それらを組み合わせてスピード感持って意思決定できるのは自分の強みかなと思います。
その上で数字を見るのも好きですし、サービスのポイントとなる部分に気づく能力は高いと自負しています。サービスのグロースフェーズにおいて、スピーディーにグロースのポイントを探して伸ばしていけるのが強みだと考えています。
──WELQ騒動もそうですが、成長スピードを維持しながら、ガバナンスの体制も整えていく。簡単なことではないと思います。先日も内々定者取り消しで揉めたスタートアップもありましたが、新産業領域のガバナンスについてどのように考えていますか。
WELQ騒動に関しては、自分の中ですごく反省をしました。やはり会社として事業を伸ばすことは当然やらなければいけない一方で、会社にはさまざまなステークホルダーがいるわけじゃないですか。
例えば、キュレーションメディアのときはユーザーやクライアント、記事をつくってくれる社内のメンバーがいた。当時、そういったステークホルダーに対して目が向けられていませんでした。その反省も踏まえて、やはりいろんなステークホルダーがいることも考えながら、どういうサービス、事業であるべきかを考えるべきだと思っています。
また、WELQ騒動は記事のつくり方も含めて、現場がどういうことやっているのかが把握できていなかったのが問題だったと思っています。そこは大きな反省点がありましたし、個人としても相当学ぶべき部分があったので、今後その学びは生かしていきたいです。
──タイミーの今後の展望について教えてください。
緊急事態宣言中は需要が落ち込んでいた飲食店のアルバイトも、緊急事態宣言が解除されてから需要が戻りつつあります。2021年10月の飲食店業務の日別募集数は2021年9月と比較して、約3倍にまで増えています。今後、さらに飲食店の仕事は増えていくはずです。
自分の得意領域でもあるデータを見ながら、グロースの戦略を立てる。大きくするために、どういう山の登り方をしていけばいいのか、そのシナリオをつくっていけたらと思います。
自分はインターネット自体が好きなので、インターネットの力を生かして、世の中に貢献し、事業としても大きくなる。今は本当にワクワクして取り組んでいます。
