
- そもそも物価とは何か? インフレ、デフレについての理解
- 消費者物価指数はマイナスを記録、日本はデフレか?
- 世界的にはインフレが加速、その要因とは何か?
- なぜ、日本だけ低インフレ? そのカラクリを解説
- 「物価が安い=デフレはいいもの」という誤解
世界的にエネルギー価格や原材料価格が高騰している。ニュースに目を通せば「世界的なインフレ懸念」という見出しの記事をいくつも見るし、実際にガソリンを入れたり、スーパーで買い物をしていたりすると日本でも物価上昇を実感することもあるだろう。
しかし、一方で日本は未だにデフレを脱却出来ていないという話も聞く。今回は一見すると矛盾している、この事象の背景について学んでいこう。
そもそも物価とは何か? インフレ、デフレについての理解
そもそも一般的に物価が上昇している、下落しているという場合、何をもって物価というのだろうか。日本では総務省統計局が毎月発表している「消費者物価指数」を指して物価という。消費者物価指数は物価全体を表す「総合指数」以外にも、「生鮮食品を除く総合」、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」という2つのデータも重視されている。
なぜ、生鮮食品やエネルギーの価格を除くのか。それは台風や干ばつなどの天候要因で価格が大きく変動してしまう生鮮食品や、地政学リスクや投機資金の流出入など実需以外の要因によって価格が大きく変動してしまうエネルギー価格の影響を除くことで物価動向の実態を把握するためだ。
冒頭でインフレやデフレという言葉を使ったが、経済に馴染みのない方のために簡単に説明をしておこう。インフレは「インフレーション」の略で物価が継続的に上昇する状態を意味し、デフレは「デフレーション」の略で物価が継続的に下落する状態を意味している。
ちなみに、この数か月で目にする機会が増えた「スタグフレーション」という言葉は、不況下でも物価が上がる現象のことを指す。
消費者物価指数はマイナスを記録、日本はデフレか?
物価と関連用語の定義を確認したが、果たして日本はデフレなのだろうか。今月19日に発表された10月の消費者物価指数は「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」が前年同月比マイナス0.7%となった。2020年7月に同プラス0.4%を記録して以降、1年以上にわたって前年同月比の伸び率が0%かマイナスしか記録していない。
そのためデフレかどうかはさておき、物価が上昇傾向にあるとは言えないだろう。なぜ「デフレかどうかはさておき」と言ったかというと、デフレの定義が明確ではないからだ。
政府のこれまでの発言から察するに、デフレを判断するにあたっては需給ギャップ(一国の経済全体の総需要と供給力の差のこと)やユニットレーバーコスト(生産一単位あたりに要する人件費)といったマクロ的な物価変動要因と、今回見ている消費者物価指数やGDPデフレータ(物価の変動を表す物価指数。名目GDPを実質GDPで割ったもの)などの物価の基調や背景を総合的に考慮すると考える。
だが、BIS(国際決済銀行)やIMF(国際通貨基金)が提示した「少なくとも2年間の継続的な物価下落」をデフレの定義とするならば、日本はデフレではないということになる。しかしインフレ懸念は低く、むしろ再びデフレになる可能性が高いといった方が正しいだろう。
ただし、ずっと物価を細かく分析している立場からすると、消費者物価指数自体が正確に国内の物価を反映しているとは思えず、そもそも消費者物価指数を政策判断の軸に置くべきなのかは甚だ疑問なのだが、この点を書き始めると長くなってしまうので本稿では割愛する。
世界的にはインフレが加速、その要因とは何か?
一方で先進各国の物価動向を見てみると、私たちの実感通り、消費者物価指数は急上昇している。米国労働省が発表した10月の消費者物価指数は前年同月比プラス6.2%と前月の同プラス5.4%からさらに伸び率を広げた。6%台の上昇率というのは1990年11月以来、約31年ぶりのものである。米国ではこれで6カ月連続で5%以上の伸びを続けたことになる。
欧州に目を向けてもドイツ連邦統計庁が発表した9月の消費者物価指数(速報値)は同じくプラス4.1%となり、1993年12月以来約28年ぶりの上げ幅を記録。スペインでも統計局が発表した10月の消費者物価指数は同プラス5.5%と1992年9月以降で最も高い伸びとなった。
この背景には多くの要因が絡んでいるが、最も大きく影響を与えているのは原油価格の高騰に伴うエネルギー価格全般の上昇だ。先進各国は産油国に対して増産を呼びかけているが、世界的な脱炭素化の流れの中で産油国は増産に及び腰になっている。
今月上旬に開催された石油輸出国機構(OPEC)加盟・非加盟の主要産油国で構成するOPECプラスは閣僚級会合のなかで大幅増産を見送ることで合意した。
ほかにもコロナ禍で感染拡大の防止を目的として抑制していた経済活動を再始動させたことによるペントアップ需要(繰越需要)の顕在化や、人手不足やコンテナ不足などさまざまな要因によって引き起こされる共有制約もある。今回の世界的なインフレが複合的な要因によるもので短期間では落ち着きそうにないことに、世界各国の金融当局や中央銀行幹部も頭を悩ませている。

なぜ、日本だけ低インフレ? そのカラクリを解説
それでは、なぜ日本だけが低インフレとなっているのだろうか。年明けは1ドル=103円台であったのに対し、現在足元では114円台と大きく円安方向に動いている。円安ということは輸入価格が上昇することを意味しており、そう考えると日本は諸外国以上に物価が上昇していてもいいのだから、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」が前年同月比でマイナスの伸び率となっていることは本当に不思議な現象だ。
しかし、もう1つの物価データを見てみるとその理由が分かる。日本銀行が毎月発表している企業物価指数を見てみると、10月の国内企業物価指数(速報値)は前年同月比プラス8.0%と大きく上昇している。さらに内訳を見てみると、素原材料(第一次産業で生産された未加工の原材料や燃料)は同プラス63.0%、中間財は同プラス14.3%、最終財は同プラス3.8%となっている。
つまり、日本でも物価上昇の影響は出ているのだが、長らくデフレや低インフレに慣れ切った日本の消費者に対して、コスト上昇を最終価格に転嫁するのは自殺行為に近いと企業側が認識している。そのため利益の圧縮のほか、いわゆる企業努力をしてなるべく値上げをしないようにしているだけだということが見て取れる。
「物価が安い=デフレはいいもの」という誤解
このような物価の話をすると、企業が努力をして物価を抑えたり、下げたりすることは消費者にとってはありがたいことで、そういう意味ではデフレはいいものだという意見が出てくる。しかし、その考えは明らかに安直で短絡的すぎる。
経済は複雑に絡み合って繋がっていることに注意が必要だ。たしかに消費者の観点から言えば安く買えることは嬉しい。しかし、企業はボランティア団体ではないため、売価を上げられないのであれば、原材料以外のコストを削減して対応することになる。
そうなると、従業員の昇給を控えたり、賞与額を引き下げたりすることもあるだろうし、設備投資を控えることで成長しなくなったり、非正規雇用の割合を増やしたりするかもしれない。多くの人は消費者であると同時に普段は企業で働く労働者でもあるわけだから、結果的に給料が増えなかったり、賞与額が減ってしまったり、場合によっては雇用形態が不安定化することにもつながる。
そうなれば将来不安からさらに消費を控えて貯蓄するようになるだろう。それによってモノが売れなくなれば、企業はさらに売価を下げる。
その結果、労働者はさらに手取りが減り、さらにお金を使わない消費者となる。このようなデフレスパイラルという負の循環に一度入り込んでしまうと、なかなかそこから抜け出すことができないのは日本が長きにわたって実証してきたことだ。
そうなると、その状況を打開できるのは政府だけということになるのだが、日本はMMT(現代貨幣理論)とは真逆の「これ以上の財政出動をすると財政破綻してしまう」という謎理論によって、救済の一手を封じられ続けている。
モノの値段について掘り下げていくと、経済の仕組みや国がどのような政策を打てばいいのかなど非常に幅広い知識を身につけることができる。消費者物価指数は毎月1回発表されるだけなので、ぜひ発表されるごとに結果と内訳を確認する習慣を身につけてほしい。