
- 医師が多くの時間をかけているのに、患者には伝わっていない
- 複雑な説明を動画で支援、医師と患者が対話に注力できる環境を
- 病院勤務のかたわら“見よう見まね”で試作品を開発
- 医師と患者をつなぐプラットフォームへ、約1.4億円調達で事業加速
手術などの医療行為の前に、医師が患者に対して十分な説明を行う「インフォームド・コンセント」は医療に欠かせないプロセスだ。
ただ、命に関わる病気や手術に関するものほど説明の難易度が上がるため、従来のやり方には医師と患者双方の視点で課題もある──。コントレア代表取締役社長の川端一広氏はそのように考え、起業の道を選んだ。
川端氏はもともと放射線技師としてがん研究会有明病院に4年半務めた。その際に現場で感じていたのが「医師と患者のコミュニケーション」における課題、つまりインフォームド・コンセントの課題だった。
患者にとって病気の概要や治療方法、合併症の前提となる知識は専門性が高いため、1回の説明ですべてを理解するのは難しい。一方の医師側も準備や説明に時間をかけても思うように伝わらないことも多く、課題感を感じている。
この状況を変えるべく、川端氏は動画を活用してインフォームド・コンセントを支援する「MediOS (メディオス)」を開発した。
病院勤務の傍ら、勤務時間外に独学でプログラミングを学びから試作品作りに明け暮れた。試行錯誤の末にでき上がったのが、MediOSの原型だ。周りの医師などに話をしてみるとプロトタイプの反響が良かったこともあり、病院を退職。医療系のスタートアップでの修行期間を経て、2020年1月にコントレアを立ち上げた。
医師が多くの時間をかけているのに、患者には伝わっていない
そもそも川端氏によるとインフォームド・コンセントの内容は「講義」と「対話」に分けられるという。前者は主に病気の概要や治療方法など前提となる知識を伝えるためのもの、後者は患者の気持ちのサポートや意思決定の支援、質疑応答などにあたるものを指す。
この2つのステップのうち、川端氏が特に改善の余地が大きいと考えたのが講義の部分だ。
医師がCTやMRIの画像を用いながら患者に病気の概要を説明しても、専門用語が多くなかなか伝わらない。医師が作成したメモや資料は丁寧に書かれたものであっても患者にとっては複雑だ。テキスト中心のため視覚的にイメージするのも難しく、大量の文書の中から「自分がどれに該当するのかがわからない」という人も珍しくないという。
一方の医師も「説明に1時間以上をかけている先生もいる」(川端氏)ほどこの業務には時間を使っていて、それが長時間労働の原因の1つにもなっている。
「医師がすごく時間をかけて説明しているのに、患者には伝わっていない。そこに大きな溝があると感じことが、サービスを開発するきっかけにもなりました」(川端氏)
複雑な説明を動画で支援、医師と患者が対話に注力できる環境を
この課題の解決策としてコントレアが開発したMediOSでは、講義の部分をアニメーション動画を用いてサポートする。

同サービス上にはさまざまな病気の概要や手術説明、入院説明などに関する動画がストックされている。医師はその中から患者の症状や治療法に合った動画を組み合わせていけば、1人ひとりに最適な動画コンテンツを提供できる仕組みだ。
医師の目線では“標準的で繰り返しの説明”になりやすかった講義の部分において動画を活用することで、準備や説明の時間を短縮し、個別性の大きい対話の工程により多くの時間を費やせるようになる。患者の理解度が高まった状態で対話に進めれば、対話の質の向上も見込めるだろう。
患者にとってもメリットは大きい。動画にすることで、PCやスマホを使って、好きな時間に好きな場所で説明を受けられる。対面の場合とは異なり、気になった部分は繰り返し視聴しても良い。一度きりだった医師からの説明を自宅でも再現できるという意味で、“診察室が拡張”されると川端氏は話す。
「患者が本当に知りたいのは、自分がどのような病気で、どういった治療法が存在するのか。その治療法にはどういったリスクがあり、その治療をすることで自分の生活がどのように変わっていくのかといった一連の情報です。それを視覚的な動画でわかりやすく伝えることで、患者のニーズに応えられると考えています」(川端氏)
また、MediOSにはもう1つの特徴として「サービス上で患者側から事前に質問を登録できる機能」が備わっている。これによって医師への質問や疑問点の伝え忘れも防止できるという。
「(医師と患者の対話については)対話にいくまでに難しい説明が続くことで十分な時間が確保できなかったり、患者の頭がパンクして質問する余裕がなくなってしまったりすることもあります。講義部分を動画によって効率化するとともに事前に質問できる仕組みを取り入れることによって、間接的にはなるものの『医師と対話したい』という患者のニーズにも対応していきたいです」(川端氏)。
MediOSは2021年1月にベータ版のローンチを迎え、現在は大学病院をはじめとした200〜700床規模の病院数カ所で導入が進む。まだまだこれからのサービスではあるものの、医師の説明時間が患者一人あたり33%削減された事例など、少しずつ導入の効果が生まれ始めているという。
なお現在コントレアには川端氏のほかエンジニアや医師のメンバーが在籍しており、社外の専門の医師の監修のもと、動画コンテンツは自社で制作している。サービスの料金は手術件数などによって異なるものの、月額数万円程度から利用可能だ。

病院勤務のかたわら“見よう見まね”で試作品を開発
現在は自身が立ち上げたコントレアの代表としてMediOSの運営に注力している川端氏だが、冒頭でも触れた通り同氏のプロジェクトがスタートしたのは放射線技師として病院で働いていた頃にさかのぼる。
最初に川端氏が開発したのは、VRを活用することでCTやMRIの画像をわかりやすく伝えるためのプロダクト。プログラミングの知識はなかったが、終業後に夜まで病院に残り、エンジニアの見よう見まねでUnityのプログラミングを学び試作品を作った。
もっとも、最初のチャレンジは失敗に終わったという。周囲の医師に相談しても「患者さんにゴーグルをつけてもらうのは難しい」などネガティブな反応が圧倒的に多かった。
さらに大きかったのが、ある患者会で出会った70歳前後の咽頭がん患者の存在だ。その患者は手術のために声帯を摘出していたのだが、筆談を通じて「声が出なくなるとわかっていたら、手術を受けなかった」と伝えられたという。
「その時にものすごい衝撃を受けました。あくまで推測ではありますが、そのような重要事項は手術前に医師が必ず説明しているはずです。ただ、仮にそうだったとしてもそんなに大事なことが伝わっていない。そこに大きな課題を感じました」
「放射線技師の仕事の本質は、テクノロジーで医師と患者をつなぐことだと考えています。CTやMRIといった画像や技術を使うことで患者からは見えないものを可視化して、医師に届けていく。これがわかりやすい放射線技師の役割ですが、必ずしも画像に限った話ではなく、テクノロジーを用いて患者に正しい情報を伝えていくこと、つまりインフォームド・コンセントの在り方を変えていくことも自分の務めではないかと考えるようになりました」(川端氏)
VRを使って“画像”の提供方法だけを変えるだけでは、根本的な解決にはならないかもしれない──。この患者との出会いを機に、川端氏は方向転換を決め、新しいプロダクトづくりを始める。それが後のMediOSというわけだ。
口頭で繰り返し行っていた説明を動画でサポートするというアイデアを医師に話してみると、「すごく良いね」「すぐに使ってみたい」とVRの時とは真逆の反応が返ってきた。そこで手応えを掴み、病院を退職することを決意。医療系スタートアップの“先輩企業”でもあるアイリスで半年間修行を積み、2020年1月に起業した。
医師と患者をつなぐプラットフォームへ、約1.4億円調達で事業加速
MediOSは、スタートアップ風の表現をすると「医師の説明の一部を動画でリプレイスするサービス」と言えないこともない。だからこそ、川端氏もローンチまでは「『動画を使うなんてダメで、医師がやらないといけない』と医療現場から反対されるのではないかと不安も感じていた」という。
ただ少なくとも現在まではそういった反応はなく、それが少しずつ自信にもつながってきているという。
「繰り返し同じような説明をしてきている中で『必ずしも医師がやらなくても良いよね』と多くの医師が感じています。ゴールは業務の効率化ではなく、患者が理解・納得した上で治療に進めること。そのためには個別の説明や質疑応答の時間が必要であり、その点について共感いただけています」(川端氏)
コントレアでは2021年11月にCoral Capital、千葉道場ファンド、個人投資家を引受先とした約1.4億円の資金調達を実施した。この資金を活用して組織体制を強化し、サービスの機能拡充や拡販を進めていく計画だ。
「ゆくゆくはインフォームド・コンセントを起点に、医師と患者をつなぐプラットフォームへと進化させていきたいと考えています。予約やチャット、文書管理など今までアナログだった医療現場と患者のタッチポイントにデジタルを取り入れていくことで、医療現場の効率化と患者エンゲージメントの向上を実現できるようなサービスを目指していきます」(川端氏)