エビリー代表取締役社長の中川恵介氏
エビリー代表取締役社長の中川恵介氏
  • 動画の未来に可能性を感じ、2006年に個人で会社をスタート
  • 「サービスを作っては壊す」を繰り返した果てに見つけた金脈
  • 「そのうちYouTubeに全部置き換えられるんじゃないか」
  • 「YouTubeができないこと」に注力、社内向け用途に勝機
  • YouTubeが伸びることで生まれるニーズに応える

リモートワークの拡大に伴い、企業内でのコミュニケーションや人材教育のスタイルにも変化が訪れている。従来のように社員同士が対面でやりとりすることが難しくなり、オンラインを前提とした新たな方法が求められるようになった。

そこで活用が進んでいるのが「動画」だ。社外への情報発信手段や消費者との接点としてだけでなく、“社内コミュニケーションツール”として動画を活用する企業が増えてきた。

2006年設立のエビリーは、その需要に応えるかたちで事業を拡大させている動画関連スタートアップの1社だ。

同社が手がけるクラウド型の動画配信プラットフォーム「ミルビィ」は累計で700社以上が活用。特に企業が自社専用の“動画共有ポータルサイト”を構築できる「ミルビィポータル」の引き合いがコロナ禍で急増し、新規契約数は前年比で約3.8倍に増加したという。

エビリーは代表取締役社長の中川恵介氏の個人事業として産声をあげた。受託開発と並行して動画サービスを“立ち上げては壊す”経験を何度か繰り返したのち、2010年にミルビィを公開。2016年にローンチした動画SNSデータ分析ツール「kamui tracker(カムイ トラッカー)」も現在は2万5000ユーザーが活用するまでになっている。

今でこそ成長軌道に乗っているものの、2014年から2015年にかけてはYouTubeに既存顧客を奪われるなど苦境にも陥った。エビリーでは、そこからいかにして事業を拡大させてきたのか。中川氏に聞いた。

動画の未来に可能性を感じ、2006年に個人で会社をスタート

中川氏が起業を志した背景には経営者だった父親の存在があるという。25歳の時に父の会社は倒産してしまったものの、起業への思い自体は揺らがなかった。

むしろ倒産した翌日にはすでに次の事業案を考え始めている父の様子を目にして、「周囲に迷惑をかけたのにそれはどうなのかと思いながらも、起業はそれほどまでに人にパワーを与えるものなのだと感じ、自分もそのような生き方をしたいと考えた」(中川氏)そうだ。

まずは33歳で起業することを目標に掲げ、EC向けのレコメンドエンジンを手掛けるシルバーエッグテクノロジーに初期メンバーとして参画した。

ITの領域を選んだのは今後大きく発展する可能性を秘めており、自身も関心が強かったからだ。同社でセールスやマーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務を担当したのち、中川氏は計画通り33歳になる年に会社を設立した。

なぜ創業時から動画に着目していたのか。理由は2つあるという。

1つはYouTubeの存在だ。中川氏が会社を立ち上げた2006年は、まさにGoogleがYouTubeを買収した年。YouTubeはその前年の2005年2月に誕生し、動画共有サービスとして急速な成長を遂げていた。

もう1つの理由はヤフーBBがモデムを無料配布していたことだ。国内のインターネットインフラが整備されていけば、動画の活用がさらに加速するかもしれない。動画の未来に可能性を感じたことに加え、中川氏自身が映像を好きだったこともあり、挑戦するドメインを動画に決めた。

「サービスを作っては壊す」を繰り返した果てに見つけた金脈

最初の数年間はフリーランスとしてウェブ制作の受託案件を通じて売上を確保しながら、そこで生まれた利益を投資して動画関連のサービスをいくつも開発した。

たとえば「ニコニコ動画」のような動画上にユーザーが任意でコメントを書き込めるサービスを作ってみたり、Flashベースの動画編集システムを作ってみたり。ただミルビィにたどり着くまでの数年間は「受託で稼いだお金を注ぎ込んで新しいサービスを作っては、失敗してやり直す」サイクルを何度も繰り返した。

そうした期間を経て、中川氏はようやく大きな金脈を見つける。企業の動画配信の土台を担う“汎用的なインフラとなるシステム”だ。

当時日本企業の間でも動画ブームが到来し始めていたが、自前で動画を配信するには配信用のサーバーやプレイヤーなどを取り揃える必要があり、ハードルが高かった。

その難易度を下げるような仕組みができれば、需要があるのではないか。そんな考えから作開発したミルビィに対する反応は、当初からそれまでのプロダクトとは全く違ったという。なけなしの資金を使って参加した展示会では複数社から引き合いがあり、いきなり大手企業への導入も決まった。

ミルビィをローンチした当時の社員数は4〜5名ほど。この事業に手応えをつかんだ中川氏は、そこから徐々に受託事業の割合を減らし、ミルビィに注力するべく会社の方向性をシフトしていく。

「そのうちYouTubeに全部置き換えられるんじゃないか」

ローンチ以降順調に広がり始めていたミルビィだったが、大きな山場が2015年に訪れる。企業が日本でも存在感を増していたYouTubeを本格的に使い始めた結果、新規の見込み客だけでなく、既存顧客までもがリプレイスされだしたのだ。

たとえば当時のミルビィの主な利用例の1つとして、企業がCM動画などを自社のコーポレートサイト上で配信する際に使われていた。そうした動画は徐々にミルビィではなく、YouTubeで投稿されるようになっていった。

「(YouTubeは)そもそも無料で使えることもあり、既存顧客からもYouTubeで十分ですと言われ、特にtoC向けの動画配信がことごとく取られていったんです。当時は正直『そのうちYouTubeに全部置き換えられるんじゃないか』という危機感もありました」(中川氏)

その状況下で中川氏はどこに活路を見出したのか。同氏が取ったアプローチは大きく2つ。「YouTubeができないことに注力すること」と「YouTubeが広がったことで生まれる企業の新たなニーズに応えること」だった。

「YouTubeができないこと」に注力、社内向け用途に勝機

前者に関してはまさに現在のミルビィポータルがそうだ。toC向けの動画がYouTubeへと置き換わっていく一方、その後も“クローズドな環境”での動画配信ツールとしては引き合いがあった。

当初はイーラーニングを提供する会社やファンクラブサイトなどの裏側で利用されることの方が多かったが、次第に企業内での課題解決手段として活用される例が増加。現在は全体の約6割を占めるまでになっているという。

ミルビィポータルのイメージ
ミルビィポータルのイメージ

冒頭でも触れた通り、特にコロナ禍では社員同士のコミュニケーションや人材教育、新メンバーのオンボーディング(組織定着)における動画のニーズが顕著になった。

経営層や事業部長のメッセージ、社員の自己紹介、社内イベントの様子、社内勉強会の記録、導入しているツールのマニュアルなどを動画としてミルビィポータル上に蓄積する。そうすることで企業文化の浸透や社員間の情報共有が促進されるのだという。

直近では「動画社内報」の用途で使われるケースも増えてきており、それに特化した動画制作の支援やコンサルティングサービスの提供も始めた。

クローズドな環境での動画共有については、YouTubeでも限定公開機能を使えばできないことはない。実際にエビリーがヒアリングをしていても、同機能を活用している企業も存在したという。

ただし限定公開機能の場合はURLを知っていれば動画にアクセスできてしまうこともあり「YouTube上に置くのは心理的なハードルがある」と感じる企業も少なくない。その点、ミルビィポータルは企業内での利用に特化しているため、すべての動画を会員のみが閲覧できる環境を作れる。

また「誰が、どの動画を、どこまで視聴したのか」を解析できる機能や、動画視聴後の理解度チェックや意見収集に使えるアンケート機能なども搭載。顧客の細かい要望にも応えられる仕組みを整えたことが、事業の成長につながった。

YouTubeが伸びることで生まれるニーズに応える

動画SNSデータ分析ツール「kamui tracker」
動画SNSデータ分析ツール「kamui tracker」

ミルビィが“YouTubeが十分にはカバーできていないニーズ”に対応するものだとすれば、第2のプロダクトであるkamui trackerは“YouTubeが浸透することで新たに生まれたニーズ”に対応することで成長を遂げたプロダクトだ。

中川氏はYouTubeの存在感が高まっていた2014年ごろから、自分なりに市場の分析に一層力を入れるようになった。そこで感じたのが「YouTubeに動画をあげても、全ての動画が見られるわけではない」ということだ。

「YouTube上で見られるコンテンツとはどのようなものなのか。それをちゃんとデータとして提供できるサービスがあれば、今後ニーズが高まると考えました。事業の立ち上げ方は過去と同じ。当時稼いでいた利益をすべてこの事業に投資して、最初の1年はひたすらAPIを叩いてデータを収集し、2016年にYouTubeデータベースとしてスタートさせました」(中川氏)

kamui trackerは中川氏いわく「テレビにおけるビデオリサーチのようなサービス」だ。国内登録者数1000人以上のYouTubeチャンネルのデータを網羅していて、YouTube上でのトレンドをさまざまな切り口から分析するのに役立つ。

kamui trackerの画面イメージ
kamui trackerの画面イメージ

現在同サービスはYouTuberや広告主、代理店など約2.5万ユーザーが導入。ここに蓄積された豊富なデータを用いて、企業やクリエイターのビジネスを支援している。

もともとは15年前に中川氏1人で始まった会社も事業の成長とともにメンバーが増え、60人を超えた。2018年には初めての外部調達も実施。2019年の2回目の調達を経て、2021年11月には大和企業投資、地域創生ソリューション、西武しんきんキャピタル、みずほキャピタルから新たに7億円を集めている。

2015年には大きな壁にもぶち当たったが、結果的にはそれが「自分たちの立ち位置」を明確にするきっかけにもなった。

今後は2つのサービスを軸にしながら、映像業務における一連のワークフローを網羅できる体制を整えていく計画。特に現在足りていない“動画制作”に関わる機能を中心に強化することで、データに基づいた動画制作から配信にいたるまでのサービスを一気通貫で提供していきたいという。