ベーシック代表取締役の秋山勝氏
ベーシック代表取締役の秋山勝氏
  • 成長のカギは「わずらわしさの解消」
  • コロナ禍で広がった“デジタルセールス”のニーズに対応
  • 起業家としての礎を作ったパチプロ時代の学び
  • 比較メディア事業は創業5年で売上10億円規模に成長
  • ウェブマーケティングの大衆化へ、資金調達で事業加速

“ウェブマーケティングの大衆化”を目標にBtoBマーケティングツール「ferret One」などを展開してきたベーシックが、新たな段階へと突入しつつある。

同社では2004年の設立以降、比較メディアを皮切りにアプリや飲食、EC、ウェブマーケティングなど50以上の事業に挑んできた。中でも近年力をいれているのが、2015年にローンチしたferret Oneを中心としたBtoBマーケティングにおける課題の解決だ。

この領域に注力するべく、2020年12月には創業事業である比較メディア事業をじげんへ売却した。

今後ベーシックでは組織体制を強化し、さらなる事業拡大に向けて既存事業の改良や新プロダクトの開発に取り組んでいく計画。そのための資金としてOne Capital、i-nest capital、博報堂DYベンチャーズなどを引き受け先とする第三者割当増資と金融機関からの融資により、総額11憶円を調達した。

成長のカギは「わずらわしさの解消」

現在ベーシックでは複数のプロダクトを通じて、BtoB事業を展開する企業のマーケティング活動を後押ししている。

主軸を担うferret Oneは、BtoBマーケティングに必要な機能を集約したオールインワン型のサービスだ。

ferret Oneの特徴
ferret Oneにはノーコードでサイトが製作できるCMS機能を筆頭に、さまざまな機能が搭載されている

ウェブページの作成や更新ができるCMS(コンテンツ管理システム)から、SEO対策やメールマーケティング、アクセス解析、見込み客の管理に至るまで幅広い機能を取り揃える。利用料金はミニマムで月額10万円から。このツールに自社で蓄積してきたマーケティングノウハウを元にしたサポートを組み合わせることで、顧客の課題解決を支える。

ferret Oneの背景にあるのが「わずらわしさの解消」という考え方だ。

ベーシック代表取締役の秋山勝氏はウェブマーケティングの大衆化の実現に向け、2015年にferret Oneを開発した。その際に参考にしたのが、スマートフォンやパソコン、テレビといった「世の中にある、すでに大衆化されたもの」だったという。

それらに共通していたのは「裏側の仕組みは高度だけれど、エンドユーザーはそれを意識せずに使える」こと。むしろ複雑さを意識させてはダメで、テレビであれば直感的にボタンを押すと、すぐに見たい番組が視聴できるようなものこそ望ましい。

これをマーケティングツールにも照らし合わせて考えてみると、大きな課題が存在すると秋山氏は感じた。マーケティングツールの中には設定が複雑で、マーケティングに長く携わってきた同氏の目からみても“わずらわしい”と感じるものも少なくなかった。

「ユーザーはツールの操作に長けたいわけではなく、顧客と仲良くなって関係性を築きたいんです。それなのに、その手前にあるツールがなぜこれほどまでに厄介なのか。違和感を感じました。人はめんどくさいことを、わざわざやりたいとは思いません。導入されたものの十分に使われずに解約されてしまうツールは、本質的な価値がないことよりも、わずらわしさが原因になっていることの方が多いのではないかと考えています」(秋山氏)

オールインワン型にこだわったのも、複数ツール間でのデータ連携のわずらわしさを解消したかったからだ。一方で1つ1つの機能は最低限に絞り、シンプルで使いやすい設計を重視した。たとえばメール配信であれば、一斉配信やステップメールなど王道の施策ができさえすればそれで十分だと考えた。

「100のスペックを持っていたとしても、そのうちの2〜3割しか使われていないツールも珍しくありません。それは結局nice to have(あったらいいな)の集合体になるからです。そうであるならば、必要最低限のものがあればいいという発想でサービスを作りました」(秋山氏)

ferret Oneのイメージ

コロナ禍で広がった“デジタルセールス”のニーズに対応

当初は幅広い企業を対象としていたが、2018年に顧客の利用状況や成果などのデータを踏まえて「BtoB企業向けに絞りこんだ」ことで成長角度が上がった。それをさらに加速させたのが、コロナ禍でのセールス活動の変化だ。

今ではデジタルツールを駆使しながら、オンラインで営業活動をすることも珍しくなくなった。ferret One自体も「一度も対面で会うことなく受注につながる」ことが日常茶飯事だ。

買い手側の企業の意識が変化し、とりあえず営業担当者に会うのではなく、ウェブ上で情報収集をして“ある程度、目星をつけた状態”で商談に進むのが普通になった。つまり「セールスのプロセスの手前に、空中戦のマーケティングが入ってくるようになった」(秋山氏)のだ。

特にこれまで営業力をウリにしていたような企業の中には、ウェブマーケティングと連動した“デジタルセールス”のノウハウを持っておらず、課題を抱えているところも多い。そのような企業からの引き合いが増え、累計の導入企業数は1000社を突破。月によって多少の違いはあれど、MRRも前年同月比で毎月200%近い成長を継続しているという。

hubspotやCloud CIRCUSなど用途によっては競合しうるサービスもいくつか存在するものの、秋山氏によると「1番比較されるのは制作会社」だ。顧客自身も具体的に何をすべきかがわからない中で、まずはユーザーとの接点となるサイト制作から始めるケースが多い。

その点、ferret Oneであればノーコードでサイトが作れるほか、サイトが完成した後のマーケティングに必要なツールも1箇所に揃っている。ベーシックが培ってきたノウハウもセットで提供してもらえる点が好評で、顧客に選ばれる理由にもなっているという。

フォーム作成管理ツール「formrun」も累計で10万ユーザーを超えた。同サービスはM&Aを通じて2017年より運営
フォーム作成管理ツール「formrun」も累計で10万ユーザーを超えた。同サービスはM&Aを通じて2017年より運営

起業家としての礎を作ったパチプロ時代の学び

秋山氏は高校卒業後に“パチプロ”として生計を立てていたという、スタートアップの起業家としては異色の経歴の持ち主でもある。パチンコと経営、領域はまったく異なるものの、起業家人生を振り返ってもパチンコから学んだことは多いと話す。

たとえば感情や欲望を始めとした「人間への理解を深めることの重要さ」や「データに基づく意思決定の大切さ」もそうだ。

当時の秋山氏はパチンコの勝率を上げるために何度も“問い”を重ねた。勝つためにはそもそも良い台を見つける必要があり、そのためには良い店を探し当てなければならない。望む結果を手繰り寄せるために必要な行動を分析し続けることで、自分なりの勝ち筋が見えるようになっていった。

「いろいろやった上でぶち当たったのが、人の欲求にどう打ち勝つかが重要だということでした。パチンコは基本的に完全確率のゲームだと考えているので、1回しか回していないのに当たる時もあれば、1000回試してもダメな時もある。でもここに人の欲求や感情が絡むと、『そろそろ出るはずだ』という根拠のない謎の思いが挟まってくるんです。データに基づけば勝ち目がほぼなく絶対に引くべき時でも、多くの人が過去に偶然勝った記憶に引っ張られ、さらに負けが込んでしまう」

「つまり正しい判断を疎外しているのは人の感情であり、人間理解が欠かせないという考えに行き着きました。データを集め、事実を踏まえて行動し、最後は人間理解に基づいて引くべき時には引く。最終的には、好きな世界で生きていくためには『勝つことよりも、負けない状態に身を置くこと』の方が大切であるというところまで考えが整理されました」(秋山氏)

実際に秋山氏は約5年間パチプロとして生計を立て、多い時の月収は100万円を超えるまでになった。結果的には思い描いていたほどの充足感もなかったことから、別の方向に進むことを決断。20代で複数の企業で働いた後、32歳で起業家としての道を選ぶことになる。

「ビジネスの現場でも、多くの人が誤解しながら仕事をしていると感じることが何度もありました。自分がやってきたことを正解にしたいという考えや淡い期待から、定量的に考えれば正しくない判断をしてしまう。(その原理は)ビジネスでもパチンコでも変わりません」(秋山氏)

比較メディア事業は創業5年で売上10億円規模に成長

ベーシック設立後、最初に立ち上げたのは前職時代から注目していた業界特化型の比較サイトだ。今でこそ比較サイトは珍しくないが、2004年に秋山氏が「引っ越しの一括見積もりサイト」を作った当時は黎明期で、先行するプレーヤーも1社しかいなかった。

狙っていたのは「いざ課題に直面した時に、特定の事業者が想起されにくい領域」で、なおかつユーザーの課題が深そうなところ。引っ越しからスタートし、留学、フランチャイズ、家庭教師と産業ごとに比較サイトを連続で立ち上げる戦略は想像以上にハマり、創業5年目には社員数約20人ながら売上が10億円を超えた。

少ない人員でもスピーディーに事業を展開できたのは「物事を構造化」できていたことも大きい。パチプロ時代と同様に比較サイトを徹底的に分析し、その構造は大きく3種類しかないと結論づけた。そこでサイトを効率的に立ち上げるためのCMSを自社で開発。月に1つのペースで新サイトを作れる体制を整えた。

そうしていくつかのサイトを手がけていると、一見全く違う産業に見えても、コミュニケーションの設計や集客の戦略など「基本的なマーケティングの考え方」は同じことに秋山氏は気づく。この発見が、ウェブマーケティングの大衆化という現在のコンセプトにもつながっているという。

ウェブマーケティングの大衆化へ、資金調達で事業加速

また、自分たちの業務を楽にする目的でウェブマケーティングツールを自作したことも1つの転機になった。

その後のベーシックの方向性にも大きな影響を与えた「FerretPLUS」。画像は2009年のもの
その後のベーシックの方向性にも大きな影響を与えた「FerretPLUS」。画像は2009年のもの

社内ツールとして開発したものを「FerretPLUS」として外部にも公開してみると、何もせずとも月間で5000人の会員登録が発生するなど、マーケティング業界関係者を中心に広がっていった。それ以来、秋山氏たちはさまざまな企業からマーケティングに関する相談を受けるようになる。

「ある企業から、SEOを頑張っているけどうまくいかないと相談されました。サイトを見てみると確かに検索順位は上がっているものの、受け皿となるサイトがボロボロで。当時は特定の手法に傾倒して、それこそがマーケティングであると捉えている人も多かったように感じます。なぜそんなことが起きているのかを考えた結果、そもそもマーケティングという概念を理解するための場所がないという結論に至りました」(秋山氏)

有名企業の事例紹介を多く扱う“読み物として面白いメディア”はあれど、苦しい状況に置かれている企業がウェブを活用して業績を上げていくための指針となるメディアはない──。

そこでウェブマーケティングの大衆化というビジョンとともに、実践的なマーケティングを体系的に学べる場所として2014年に立ち上げたのが「ferret」だ。そしてユーザーがferretで学んだノウハウを実行に移すための環境として、翌年にはferret Oneをリリース。それ以降の歩みは上述した通りだ。

冒頭で触れたように、ベーシックでは長年運営してきた比較メディアを昨年末に売却し、SaaS事業に注力する決定を下した。

今回の資金調達はその動きを加速させるのが目的。引き続き既存事業のアップデートを図りつつ、新たなプロダクトの立ち上げも計画しているという。

「ウェブマーケティングの大衆化のシンボルとなるようなプロダクトを、新たにローンチする方針です。(現在のferret Oneなどでは)まだ使い勝手が難しいし、満足していない部分もある。もっと簡単にできる余地があると感じているので、さらなる挑戦をしていきます」(秋山氏)