Entale代表取締役CEOの酒匂ひな子氏
Entale代表取締役CEOの酒匂ひな子氏
  • ユーザーの約2割は男性。LINEで気兼ねなく生理について知ることができる
  • 「恋愛だからって、キラキラさせたくない」、Pairsに「ブルー」を採用した理由
  • 忙しい人こそ「自分の身体と向き合う」習慣を

女性の健康課題をテクノロジーで解決するサービス群として、年々存在感を増すフェムテック市場。アプリによる月経周期の管理はごく当たり前のものとなった。SNSでもPMS(月経前症候群)や生理痛のつらさが当事者を中心に語られ、かつてタブー視されてきた「生理」に対する世の中の意識も変わってきている。

ユニ・チャームが首都圏で働く男女2000人に対して実施した「生理にまつわる意識調査」によれば、女性の80%が「男性に生理について理解してほしい」と回答。男性の63%が「生理中の女性に対して配慮をしてあげたい」と回答するなど、当事者だけでなく周囲が生理について理解することで、女性のクオリティオブライフを高めようという意識も広がっている。

「生理は『女性の問題』と思われがちですが、今は男性も理解して向き合っていかなければならない課題。でも、男性が女性の身体や健康について理解を深めたり、共有されたりする機会はなかなかありません。日常的に使うLINEを利用することで、もっと気軽に生理について知ることのできるサービスがあればいいなと思ったんです」

そう話すのは、生理予測・共有アプリ「ペアケア」を開発・運営するEntale(エンテール)代表取締役CEOの酒匂ひな子氏だ。

ユーザーの約2割は男性。LINEで気兼ねなく生理について知ることができる

2019年9月にローンチしたペアケアは、LINEを利用した生理日予測・パートナー共有サービス。ペアケアの公式LINEアカウントを友だち追加すると、生理日や排卵日を予測し、日々の体調記録を恋人や家族、友人などパートナーと共有することができる。友だち追加登録数は2021年12月現在、約30万人に到達している。

LINEを利用した生理日予測・パートナー共有サービス「ペアケア」
LINEを利用した生理日予測・パートナー共有サービス「ペアケア」

生理管理サービスとしては20年余の歴史がある「ルナルナ」をはじめ、「Clue」や「ラルーン」など、競合となるサービスは国内外に数多くあるが、ペアケアの特長はLINE APIを活用した点にある。

「私自身、つい忘れてしまい、さかのぼって生理日を記録することがよくありました。大学生にも何人か聞いてみると、『わざわざアプリを開くことが面倒』という声もあって。パートナーと共有するにしても、他のサービスはメールで一方的に通知が届くような方法。なんとなく押し付けがましいというか、『ともに向き合えていない』ような感覚があったんです」

「若い世代にとっては、普段のコミュニケーションはLINEが中心ですし、その中で完結できたほうが使い勝手もいい。男性にとっても、アプリをインストールするより、LINEの友だち追加のほうが気軽ですし、普段のコミュニケーションの延長線上でやり取りできる。ホーム画面で通知が届いても恥ずかしくないというか、心理的なハードルを下げられるのではないかと考えたんです」(酒匂氏)

酒匂氏はフリーランスのサービスデザイナー、プロダクトマネージャーとして働きながら、ペアケアのアイデアを着想。2、3カ月ほどで一気に開発を進め、2019年9月4日にサービスを公開すると、1週間で3000人ほどのユーザーが友だち登録し、好調に滑りだした。

「『PMSでイライラしてるとき、そのことをパートナーに伝えるべきかどうか悩んでいたから、すごくありがたい』と、女性の方はもちろん、男性からも反響がありました。『夫婦で共有できるのは本当に助かる』『シンプルなデザインで使いやすそう』といった声もあって……。生理について話しやすくなってきたとはいえ、やっぱり男性からはなかなか聞きづらいところもあります」

「でも実は、男性もパートナーや同僚など、まわりの人のために、生理について知りたいと考えていて、ほんの少しでも自分自身が知ることで女性をサポートできる。そういったニーズが顕在化したんだと思います」(酒匂氏)

これまでに約4万組がパートナー登録をしているが、その9割が男女ペアであり、男性ユーザーは全体の2割強にのぼる。生理開始のお知らせを受け取ったり、カレンダーや体調記録を見たりすることで、お互いの予定調整や普段のコミュニケーションに活かしている。

「恋愛だからって、キラキラさせたくない」、Pairsに「ブルー」を採用した理由

酒匂氏の発想の原点は、前職での経験にある。2012年10月からエウレカで恋愛・婚活マッチングサービス「Pairs」の立ち上げに携わり、2018年3月までデザイナー兼プロダクトオーナーとして、その事業成長の牽引役を担った。ブランドカラーとしてミントブルーを採用したのも、彼女によるものだ。

「立ち上げ当時のデザインチームは5人。その中で女性は私のみでした。『女性ユーザーが増えるようなアイデアを考えて』と、女性の声や目線を代表するような意見を求められた時に、恋愛・婚活が目的のサービスだからといって、赤やピンクを使ったり、“キラキラ”したりするのは違うのではないかなという、勘が働いたんです。

「当時はまだ『マッチングアプリ』という言葉も世の中では馴染みがなかったですし、『“出会い系”でしょ?』というような誤った認識も残っていて業界そのものへのイメージも良いとは言えない状況でした。『サムシングブルー(編集部注:花嫁の幸せを願うおまじないアイテムの1つで、聖母マリアの象徴である青色を結婚式のなかに取り入れるというもの)』という言葉もあるように、ブルーは誠実な恋愛の延長線上にある結婚を想起させる色ですし、サービスそのものを洗練されたデザインにしたくて、ミントブルーを提案しました」(酒匂氏)

Pairs公式サイトのスクリーンショット
Pairs公式サイトのスクリーンショット

海外では、ほぼ同時期に「Tinder」がリリースされていたものの、国内ではマッチングアプリ市場は未成熟な中で、Pairsは着実にユーザーシェアを拡大。2013年10月に台湾版をリリースし、酒匂氏が在籍していた2018年2月には累計会員数700万人を突破した。

「やっぱり、一から携わったサービスが数百万人に使われるようになるという経験は何ものにも代えがたくて。いちデザイナーとしてはもちろん、プロダクトオーナーとしてKPIを達成するためにアイデアを考え、チームメンバーを導いていったことが、今の基礎になっています。自分自身でも100万人に使ってもらえるようなサービスを生み出したいと思って、独立することにしたんです」(酒匂氏)

自身の得意分野を活かせるのはどんなプロダクトか──。受託案件を手がけながらリサーチを進める中、もとの職場を離れたことで見えてきたものがあったと酒匂氏は振り返る。

「エウレカでは、共同創業者の西川順さん(現・franky取締役COO)が当時すでにカルチャー醸成に取り組んでおり、多くのメンバーにとって生理について話すことへのためらいがありませんでした。生理休暇もありましたし、トイレには当たり前のようにナプキンが備えつけてありました」

「独立してから他の企業と接してみると、生理痛でつらそうにしながら働いている方もいましたし、『生理休暇なんてないよ』という声もありました。そこではじめて、生理に対して課題意識を持つことができたんです」(酒匂氏)

忙しい人こそ「自分の身体と向き合う」習慣を

2021年12月現在、対前月比約110%ペースで伸長しているというペアケア。2020年3月からはサブスクプラン「ペアケアプレミアム」を、2021年3月にはピル服用の記録やリマインドを行う「ピルプラン」をスタート。

2021年1月にはカレンダーシェアアプリ「TimeTree」との連携が可能となるなど、機能の拡充とマネタイズを進めている。アイコンとなっている「クマ」のオリジナルキャラクターにも男女両方のユーザーから好意的な声が寄せられているという。

「パートナーと共有されている方はよく『クマからLINE来たよ』『クマが来たから、そろそろだね』などとお話されるそうです。キャラクターに置き換えることで、これまでなかなか言葉にしづらかった生理の話をできるようになったといった声もありました」

「生理周期を共有したり、生理についてのコラムを読んだりすることで、これまでなんとなく『イライラしてるな』と感じたり、ケンカになってしまったりしていたのが、『PMSだから』『今はつらい時期なんだ』と理解した上で、パートナーも一緒に対処することができる。コミュニケーションが自然な形で変わっていっています」(酒匂氏)

行動が変われば意識が変わり、意識が変わればまた行動も変わっていく。「自分の身体と向き合う」ことが習慣化し、女性の健康に関する情報に接する機会が増え、生理について話すことが増えていけば、女性に限らず男性にとっても働きやすい世の中になるのではないか、と酒匂氏は語る。

「個人差はあるものの、女性にとって生理は人生の半分くらいにわたって長く付き合っていかなければならないもの。『毎月我慢して終わり』ではなく、自分の体調や気持ちと向き合って、日々の記録でその変化や傾向に気づくことで、あらかじめ対策することもできるようになります」(酒匂氏)

例えば、排卵痛(卵子が排出されるときに感じる痛み)が毎月続くようになったことに気づき、婦人科で診てもらったら疾患が見つかったというユーザーもいたという。

「データとして可視化してみると、振り返りや改善をしやすくなる。UI/UXとしてもそういった設計をしています。そして、これは女性に限られたことではないとも考えています。日常的に自分と向き合って、不調を周りと共有することで、無理に働かず休暇を取りやすくなったり、結果的によりパフォーマンスを発揮しやすくなったりする」

「どんなに素晴らしい制度が整備されていても、実際の『休みやすい雰囲気』につながるような上司や同僚の理解がなければ、当事者はなかなか制度を利用できませんよね。少しずつ行動が変わっていくことで、組織の中から考え方が変わっていって、みんなが働きやすい世の中になっていけばいいなと思います」(酒匂氏)

2021年6月に期間限定で開設された、新宿マルイのポップアップストア
2021年6月に期間限定で開設された、新宿マルイのポップアップストア

2020年11月にはノンカフェインのサプリメント「Awake」を展開するセルフヘルスケアブランド「Newtral」を立ち上げ、2021年6月には新宿マルイで期間限定のポップアップストアを開設。同年10月には家計簿機能を持つプリペイドカードサービス「B/43(ビーヨンサン)」とのコラボレーションキャンペーンを実施するなど、ペアケアではユーザーとの接点を増やしている。

今後はフェムテックだけでなく、メンタルヘルス領域などにもチャレンジしていきたいと語る酒匂氏。一人ひとりが自分自身と向き合い、ふとした体調の変化に気づけることは、忙しい日々を送る現代人にこそ大切な習慣なのかもしれない。ペアケアが、酒匂氏の目指す「100万人に使ってもらえるようなサービス」になるのも、そう遠くないはずだ。