
- スクウェア・エニックスの完全新作RPGが、3520円という破格値で発売されるという衝撃
- グラフィッカーの人件費を下げながら、それをポジティブに伝えるゲームデザイン
- ゲーム業界の将来を担う低予算ゲームは、Steamで育まれる?
- 映画業界と同様に二極化していくゲーム業界
スクウェア・エニックスの家庭用ゲーム機向けソフトに、販売方法の変化が起きている。2021年4月以降、同社がパッケージ版ソフトを販売せずに、ダウンロード専売にするタイトルが増えつつある。
同社はすでに2020年末から『サ・ガ コレクション』(Nintendo Switch(以下Switch)、iOS、Android、Steam)や『サガ フロンティア リマスター』(PlayStation4(以下PS4)、Switch、iOS、Android、Steam)、『聖剣伝説 レジェンド オブ マナ』(PS4、Switch、Steam)など、過去の名作を現行ハード向けに移植したタイトルはダウンロード専売としてきた。いくら過去の大ヒット作とはいえリメイク(リマスター)作では何十万本級の大ヒットは狙えないため、リスクを抑えられる販売方式を選択したのだろう。
これは本サイトの過去記事「世界的ヒット『モンハン』のカプコンも急ぎかじを切る、PCゲームビジネスの破壊力」で解説した、在庫リスク軽減を狙ったものだ。
ところが同社は2021年10月に新作ソフトを2本、ダウンロード専売タイトルとして発売した。この点に注目したい。
スクウェア・エニックスの完全新作RPGが、3520円という破格値で発売されるという衝撃
スクウェア・エニックスの新作ソフト『DUNGEON ENCOUNTERS』と『Voice of Cards ドラゴンの島』は、どちらも完全新作ながら3520円。なぜこんな価格設定ができたのかと言えば、おそらく開発費を抑えたからに違いない。
日本ではファミコンから本格的に始まった、家庭用ゲーム機向けソフトのビジネス。そこからの進化の中でも、特にPlayStationシリーズやXboxシリーズは、グラフィック性能を向上させてきた歴史だと言っても過言ではない。たとえばPlayStation 5(以下、PS5)を買ったユーザーは、PS4では実現できない「PS5ならでは」のソフトを要求する。この「ならでは」に含まれるものは、ずばりグラフィック面だ。
ゲーム機が高性能化するほど、要求されるグラフィックの精細さが高まる。それに伴ってグラフィック担当者の人件費も増加するため、ゲームソフトビジネスの採算分岐点はどんどん高くなっている状況だ。その結果、ゲームソフトは多額の予算を投じた大作が中心となりつつある。万が一でも売れなかったというリスクを回避するため、ヒット作の続編が増えがちなのも、こうした要因によるものだ。
今、ゲームメーカーは発売するソフトのタイトル数を厳選する傾向にある。これは過去記事の「なぜ発売後2年以上のゲームソフトがいまだに売れるのか?」でも説明した通り。
しかし、考えてみてほしい。グラフィッカーの人件費が制作原価を圧迫していることが明確ならば、この制作費を抑えればハイリスクなビジネスから脱却できる。スクウェア・エニックスが3520円で発売したこの2本は、まさにグラフィッカーの開発費を抑えた実験的な作品だったのだ。
グラフィッカーの人件費を下げながら、それをポジティブに伝えるゲームデザイン
同社が発売している『ファイナルファンタジー(FF)』シリーズは、世界最高レベルの3DCGが特徴でもある。開発中の最新作『FF XVI』も高性能機のPS5ではどんな表現を見せてくれるのかと、世界中のファンが期待を寄せている。そんな状況下でスクウェア・エニックスが発売した新作RPGはどこでグラフィッカーの人件費を削減したかといえば、ずばり3DCGの使用を極端に抑え、2Dイラストを使うようにしたのである。
両ソフトともに、戦闘シーンは静止画のイラストを動かし、攻撃やダメージの表現を行っている。地形(フィールド)の表現も、『DUNGEON ENCOUNTERS』では羊紙のテクスチャの上に描かれた枠線。『Voice of Cards ドラゴンの島』では、各マス(カード)に描かれた森などのグラフィックをたくさん並べるという、レトロゲーム感のある地形表現だ。
単にグラフィックがチープになっただけなら、ユーザーから失望されてしまう。しかし「あえて、こういう表現を選んだ」とユーザーに納得してもらえるなら、好意的に受け止めてもらえる。どちらのタイトルも、この難関なミッションに挑戦し成功しているのには「さすがはスクウェア・エニックスによるプロデュース」とうならされた。
ゲーム業界の将来を担う低予算ゲームは、Steamで育まれる?
皆さんは最近、マイニンテンドーストアやPlayStation Storeで、新発売のゲームソフト一覧ページをご覧になられたことがあるだろうか。こちらからSwitchの新作ソフト一覧画面を確認してほしい。

おそらく、新作ソフトの多くはゲームファンであっても初めて見るものが多いはず。それもそのはず、新作ソフトとして並んでいるタイトルのうちパッケージ版が発売されているソフトは、わずか1割程度。実は9割のタイトルは、ダウンロード専売ソフトとなっている。
これらダウンロード専売タイトルのほとんどは3DCGを使わない、または使っていてもできるだけ低予算・少人数で作られたインディーゲームが中心。本業で生計を立てながら趣味でゲームを作っている人もいるくらいなので、大手ゲームメーカーが作るタイトルに比べて採算分岐点は極端に下がる。
ここまでインディーゲームが増えた背景には、「Steam」というプラットフォームの存在が大きく貢献している。本サイトの過去記事「世界的ヒット『モンハン』のカプコンも急ぎかじを切る、PCゲームビジネスの破壊力」で紹介したPCゲームのプラットフォームのSteamには、こうしたインディーの新作ゲームが次々と発売されている。
Steamの大きな特徴は早期アクセス(アーリーアクセス)という「慣習」だ。
早期アクセスとは「開発途中バージョンだけれども、まずはプレーして、ユーザーの皆さんの声を聞かせて欲しい」というスタンスで、ベータ版程度の完成度のゲームを先行して発売する仕組みだ。
製品版として発売したソフトに不具合などがあればネット上で炎上騒ぎになるが、早期アクセス版ならばユーザーもデバッグに協力する感覚で、バグ報告やバランス調整の提案などをポジティブに行ってくれる。これにより、プロのデバッガーを雇えないような個人開発者でもバグの修正が容易になるというわけだ。
開発者にとっての早期アクセス版のメリットはバグやバランス調整だけではない。ある意味ではクラウドファンディングのような開発資金の調達も可能だ。だがもちろん、“うまみ”だけではない、シビアな側面もある。ゲームの内容に共感する人が少なく、支持が得られない場合は、ゲームの開発が進められないという可能性もある。
しかし、早期アクセスで評判になれば収入面やデバッグの充実はもちろん、ネット上での知名度も飛躍的に上がっていく。低予算で作っているゲームなので、ネット上でポジティブな評判が広がっていくことは、お金には代えられない宣伝効果を発揮する。テストマーケティングに加えて、プリプロモーションも兼ねているのだ。
特に、最近は汎用の開発ツール「Unreal Engine」で作るゲームが増えている。このためSteam用として作ったゲームも、比較的容易にSwitchやPS4/5などへ移植できる。Steamですでに高い評価を得たタイトルは、家庭用ゲーム機向けに発売しても勝機があるというわけだ。
まさに、このパターンで11月24日に発売されたばかりなのが『ごく普通の鹿のゲーム DEEEER Simulator』だ。Steamの製品版はSwitchやPS4、Xbox Series X|Sの製品版と同時リリースとなった。それどころか、SwitchとPS4ではパッケージ版も発売されたほどである。
過去に制作実績がなく、初めて作ったタイトルだとしても大ヒットすれば、一気にヒットゲームメーカーの仲間入りができる。そんなアメリカンドリームのような環境が整いつつあるのが、今のゲーム業界と言えよう。
映画業界と同様に二極化していくゲーム業界
ゲーム業界の行く末は、かつて映画業界が歩んだ道に似ていると言われることが多い。
かつて一番の娯楽メディアだった映画は、無料で観られるテレビに駆逐された。このため、現在は全世界で公開される大予算のハリウッド映画やディズニー、ジブリのような作品群が中心になっている。
一方で、低予算ながら意欲作を作り、スマッシュヒットを狙う作品も増え、二極化が進んできた。現在のゲームも『FF』シリーズのようなAAA(トリプルエー)タイトルと、低予算(インディー)ゲームに二極化されつつある。
今回の記事冒頭で紹介したような、スクウェア・エニックスが自社ブランドを使ってインディーゲームを発売したのは、こうした「いまどきの」ユーザーニーズに対応した動きだと私は解釈している。
ダウンロード専売タイトルはパッケージ版ソフトとは異なり、外部の調査会社では購入本数を把握できない。このため、今回の施策が成功したのかどうかは、次回のスクウェア・エニックス決算発表を待たなくてはいけない。しかし今回の成功の可否に関係なく、ゲームメーカーはSteamをはじめとする新しいビジネスモデルへの移行を強いられている、苦しい時期にあることだけは間違いない。