アキュリスファーマ代表取締役社長兼CEOの綱場一成氏
アキュリスファーマ代表取締役社長兼CEOの綱場一成氏
  • 日本の社会課題解決へ、外資製薬の日本法人代表からの起業
  • カギは“目利き”、タイムマシン戦略を医薬品ビジネスに応用
  • ゼロから新たな医薬品メーカーの在り方を探究
  • 68億円調達で事業加速、テック企業との連携も見据える

さまざまな海外企業に対して大規模な投資を行い、グローバルのスタートアップシーンにおいて存在感を放ってきたソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下SVF)。直近ではスニーカーのマーケットプレイス「SNKRDUNK(スニーカーダンク)」を展開するSODAへ出資するなど、日本企業への投資にも本腰を入れ始めた。

そのSVFの日本1号案件となったのが、“新興医薬品メーカー”のアキュリスファーマだ。

同社は大手製薬企業・ノベルティスファーマの日本法人で社長を務めていた綱場一成氏(代表取締役社長兼CEO)が2021年1月に立ち上げたスタートアップ。社員数7名ながら2021年10月にはSVFなどから総額68億円を調達しており、さらなる事業拡大を見据えている。

製薬や医薬品関連のスタートアップでは“AI創薬”など新たなテクノロジーを活用した企業の大型調達も目立つが、アキュリスファーマのアプローチは毛色が異なる。

大ざっぱに言えば、同社のビジネスは「海外で承認を受けている革新的な新薬を日本に持ってくる」というもの。綱場氏は出資者であるソフトバンクを例に挙げ出しながら「同社のタイムマシン戦略に近いところがある」と説明する。

ソフトバンクはヤフーやiPhoneを筆頭に、海外で芽が出始めたプロダクトを目利きし、いち早く日本で展開することによって事業を成長させてきた。アキュリスファーマの場合はその対象が「医薬品」になると考えるとわかりやすい。

同社が最初に取り組むのは、日本で年間約15兆円の経済損失を引き起こしているとも言われる「睡眠障害」分野の課題解決だ。

すでにフランスの製薬企業Bioprojet Pharmaが手がける薬剤「Pitolisant(ピトリサント)」の日本での独占的開発・商業化に関するライセンス契約を締結済み。この薬剤は米国や欧州で各当局の承認を受けており、臨床現場でも使用されているもので、アキュリスファーマでは国内での臨床開発を進めていくという。

日本の社会課題解決へ、外資製薬の日本法人代表からの起業

「日本の人々や、この国自体にどれくらい貢献できているのだろうか。そんなとんでもないことをふと思い始めたことがきっかけになりました」

綱場氏は起業に至った背景についてそう話す。同氏は製薬業界で約20年の経験を持つベテランで、ノバルティスファーマの日本法人では2017年から2020年まで社長を務めた。前職では革新的な医薬品の発売にいくつも携わり、やりがいも感じていたという。

そんな綱場氏にとって1つの転機になったのが新型コロナウイルス感染症だ。2020年に入り日本でも急速に感染が広がっていく中で、「日本の社会課題を解決するためにもっとできることがないか」と強く感じるようになった。

もともと小学生の頃から起業家への憧れはあった。きっかけはリクルート創業者の江副浩正氏がゼロから新しい事業を立ち上げて脚光を浴びる姿をテレビで目にしたこと。「(2021年には)ちょうど50歳になるので、その前に日本の社会課題の解決に向けた挑戦をしたい」と考え、自身で会社を立ち上げた。

創業時から睡眠障害に絞っていたわけではないが、「事業ドメインは神経・精神疾患領域」「エリアは日本を中心としたアジアに特化」「ビジネスモデルは海外で承認された医薬品を探し当ててくること」などは最初から決めていた。

「(初期メンバーは)自分も含めて中枢神経領域の経験が長いので、それぞれの力を合わせれば強力なチームになると考えました。アンメット・メディカル・ニーズ(治療方法が発見されていない疾患に対する医療ニーズ)の割合が高いのが精神疾患領域であり、薬剤が貢献できる余地も大きい。経験値やスキルがないと難しい領域ではありますが、自分たちの強みを活かせるとも思っています」(綱場氏)

製薬系のスタートアップは、優秀な研究者の発見を土台として新薬をコンセプトレベルから開発するアカデミア発の企業も多い。一方でそうしたビジネスモデルの場合は時間軸が長くなるため、「スタートアップとしてはリスクが高く、投資家サイドからもリスクが高いと思われがち」だと綱場氏は話す。

「医薬品ビジネスでもリスクを最小限に抑えられ、その上で将来的には研究開発型にトランスフォーメーションすることもできる。そのようなモデルを証明したいという思いもあります。だからこそ、最初は海外で承認されている医薬品で、日本の社会課題にしっかりと当てはまるものを探してくるというやり方を採りました」(綱場氏)

もっとも、いくら業界に対する知見が豊富でも、海外の医薬品を日本で展開するには膨大な資金が必要だ。そのため、綱場氏はヘルスケア領域に特化したVCのキャタリスパシフィックとタッグを組み、共同でアキュリスファーマを立ち上げた。

それ以降はチームを作りながら、神経・精神疾患領域において複数の化合物を探索。その過程で冒頭で触れたピトリサントと出会い、睡眠障害の課題解決から取り組むことに決めた。

カギは“目利き”、タイムマシン戦略を医薬品ビジネスに応用

アキュリスファーマのロゴ

アキュリスファーマのビジネスモデル自体は決して目新しい発想ではない。ただ、実際に実現しようと思うと難易度が高いと綱場氏はいう。資金の問題に加え「どの医薬品を持ってくるか」の“目利き”や“交渉力”も重要になる。

たとえば同社が日本で展開しようとしているピトリサントは睡眠障害の薬剤だが、現時点で日本の睡眠障害の医薬品市場は小さい。だがその症状に悩まされている人は一定数存在し、潜在的なニーズ自体は大きいというのが綱場氏たちの見立てだ。

「そのようなニーズを見極めた上で薬剤を目利きし、患者に治療に向き合ってもらったり、医師に治療に携わってもらったりしながら、市場を顕在化させるところまでやりきれるかどうか。経験のあるチームでなければ難しいと思います」(綱場氏)

また国内の製薬業界を取り巻く環境の変化も影響を与えている。中でも大きいのが薬価の問題だ。増大する医療費を抑える手段として、薬価の引き下げが進む。

その結果として大手製薬メーカーは海外市場に目を向け、日本に注力した医薬品の開発や、アジアだけでの販売権・開発権には興味を示さなくなりつつある。かたや中小規模のメーカーとしても研究開発費に大規模な投資をしづらい環境だ。

綱場氏によるとニューロサイエンス領域に強みを持つ海外のバイオテック企業の中には、アメリカやヨーロッパに次ぐ市場として日本に関心を示す企業も多い。そのため日本への参入には前向きであるものの、国内でパートナーとなる企業をなかなか見つけられない状況にあるという。

アキュリスファーマでは神経・精神疾患領域において、その受け皿となることを狙っているわけだ。

ゼロから新たな医薬品メーカーの在り方を探究

海外ですでに承認済みの薬剤を日本へ導入するというアプローチは、新薬の社会実装を早めるという観点でもプラスに働く可能性がある。

薬剤が世に出ていくまでの承認フロー自体は変わらないが、海外で承認を得ていることによって議論の過程を短縮できうる余地があると綱場氏は話す。アキュリスファーマはこの領域の専門性の高いメンバーが集まっているため、さらにその速度を高めていくことを目指している。

加えて、同社では「承認を得た薬剤を世に普及させるまでのプロセス」も既存の医薬品メーカーとは異なる手法を模索していく計画だ。従来はMR(医薬情報担当者)と呼ばれる人材を中心に、人海戦術で医師に情報提供を進める方法が主流だった。アキュリスファーマの場合はMRの人材もいないため、まったくゼロから最適な手法を考え、選択できるという。

「何もない状態であることが、強みにもなると思っています。これだけデジタルやDXが叫ばれる中で、医薬品業界はすごく遅れてしまっている状況です。医師に対する情報提供の方法などに関しても、SNSやデジタルをもっと使えるはず。自分たちはゼロベースで、ベストなチャネルを考えていきます」(綱場氏)

68億円調達で事業加速、テック企業との連携も見据える

アキュリスファーマとしては、まずは今回調達した資金も活用してピトリサントの日本での商業化に向けて注力する。ただ中長期的にはテクノロジーを活用した新たな取り組みなどにも力を入れていく計画だ。

たとえば睡眠障害の領域でいえば「スリープテック企業」との連携などもその選択肢の1つだろう。医薬品に付随するデータなどが集まってくれば「自分たちが触媒となってデジタルソリューションを手掛ける企業などを巻き込みながら、プラットフォームを形成していきたい」(綱場氏)という。

綱場氏によると、今回の資金調達もそれを見据えた株主構成を意識している。

  • SoftBank Vision Fund 2
  • キャタリスパシフィック
  • HBM Healthcare Investments
  • Global Founders Capital
  • 三井住友トラスト・インベストメント
  • ANRI

リード投資家のSVFはAI関連をはじめテック系のスタートアップが投資先に多く、投資先とのネットワークやガバナンス面のアドバイスも期待できる。

キャタリスパシフィックとHBM Healthcare Investmentsは共にヘルスケア領域に特化したVCで、グローバルで先をいく医療スタートアップの知見を得るのが目的の1つ。Global Founders Capitalや日本のANRIはさまざまな領域の企業へ投資をしているため、スタートアップ全般に共通する経営手法についてもキャッチアップしていきたいという。

「医薬品の専門家集団として存在感を発揮し、その土台から新しいビジネスにも挑戦したい。あくまでもビジョンの大元は日本の社会課題に取り組むということ。自分たちが貢献できる分野を考えると8〜9割は医薬品かもしれませんが、そこだけに固執しているわけではないので、課題に対するカタリスト(触媒)として他の会社も巻き込みながら一緒に挑戦していきたいです」(綱場氏)