
- “さかなクン”の歴史版を目指した芸能生活
- 歴史グッズの通販サイトを経て、ぴんぴんころりを創業
- スキルシェアから、出張サービスへピボット
- コロナを機にサービスを磨き込み、オペレーションの仕組みを構築
- 「マッチングしたら終わり」ではないサポートで“お母さん“のオンボーディングを支援
寝たきりの状態や病気に苦しむことなく、人生の幕引き直前までぴんぴん元気でいることを指す言葉「ぴんぴんころり」。そんな言葉を社名にし、アクティブシニア向けに育児・家事支援など活躍の場を創出する起業家がいる。
小日向えり。“近所にもうひとりのお母さんを”をコンセプトとした、育児・家事支援サービス「東京かあさん」を運営する、ぴんぴんころりの代表取締役だ。
東京かあさんは、さまざまなスキルを持ったシニアワーカーが個人家庭を訪問し、家事や育児の手伝いをしたり、料理や掃除のコツを教えたりする、"お母さん"の出張サービス。登録しているお母さんの平均年齢は67歳。また、サービスを利用するユーザーの7割は30〜40代の共働きかつ子育て世帯が中心となっているという。
2019年4月のサービス開始から約2年半が経った現在、お母さんの登録者数は500人を超えたほか、累計マッチング数は300件を超えるなど、ニーズが生まれつつある。

さらなる事業の拡大を目指すべく、運営元のぴんぴんころりは12月8日、ANRI、セゾン・ベンチャーズなどを引受先とした第三者割当増資によって、総額8200万円の資金調達を実施したことを発表した。今回の調達で同社の累計資金調達額は1.5億円となった。調達した資金は人材採用、シニアワーカーとユーザーの獲得に充てる予定だという。
小日向氏は歴史が好きなアイドル「歴ドル」として活躍した経歴を持つ人物だが、2020年5月末で所属していた芸能事務所・サンミュージックを退所。芸能界からも引退している。歴ドルとして活動していた小日向氏がなぜ、次のキャリアとして起業の道を選んだのか。また、アクティブシニア向けにサービスを展開する狙いについて話を聞いた。
“さかなクン”の歴史版を目指した芸能生活
15歳(高校1年生)から芸能活動をスタートさせた小日向氏。活動当初は「モデルや写真の仕事に興味があった」という。だが、高校を卒業し、横浜国立大学に入学してから歴史に興味を持つようになり、歴ドルを目指すことにした。
「当時、目標にしていたのは“さかなクン”の歴史版です」と小日向氏は振り返るが、歴ドルとして認知され、レギュラー番組を持てるようになるまでは多少の時間がかかった。
「芸能活動を振り返ってみて、レギュラー番組を持てるようになるまでがすごく大変でした。“人生グラフ”で言えば、大学1〜2年生の頃が最悪だったと思います」
「当時そこまで稼ぎがないのに、両親には『仕送りはいらない』と言っていたんです。生活費を切り詰めていたものの、月末に銀行口座の残高が200円くらいになることはよくありました。当時、住んでいたマンションの大家さんから『庭にニラが生えてるから取って食べていいよ』と言われていたので、庭から採取したニラを使ってチヂミをよくつくっていました」(小日向氏)
そんな“どん底”とも言える状況を打破するきっかけとなったのが、インターネットだった。小日向氏は自身のことを“オタク”と言うほどのインターネット好き。小学4年生の頃からパソコンに触れていて、チャットで見ず知らずの人と会話していたという。また、中学生・高校生の頃にはホームページをつくったり、ブログを書いたりしていた。
「高校生の頃、自分の趣味について話せるクラスメートはあまりいないじゃないですか。例えば、私は写真部に所属していたのですが、自分が好きなトイカメラについて話せる人が全然いませんでした。それで趣味に関するホームページをつくってみたところ、同じ趣味を持った人たちが来てくれて。その人たちと交流するのが楽しかったんです」(小日向氏)
そうした経験が、歴ドルとしての仕事を獲得するのに生きた。2008年ごろから、今で言う“ウェブマーケティング”のようなことに取り組んでいたという。
「歴史系の検索ワードに引っかかるように、戦国史や三国志、幕末などをテーマにした複数のブログを開設しました。カテゴリーを分ければいいだけの話なのですが、SEO(検索エンジン最適化)を意識して別ドメインで立ち上げました。そのブログ内にコンテンツを溜めていき、歴史系の検索ワードで検索したら、私のブログにたどり着くようにしたんです。ただ、当時はウェブマーケティングの意識は全然ありませんでした(笑)。とにかく自分が好きなネットの知識を生かして、何かしなければという思いで必死にやってました」(小日向氏)
そうした取り組みが呼び水となり、2009年にNHK『BS熱中夜話』から出演オファーが舞い込む。その後は2012年4月から2014年3月までNHK高校講座「世界史」の司会を務めたほか、2016年にはNHK大河ドラマ『真田丸』のオフィシャル応援勇士にも就任している。
「少しずつ歴史系の番組に出演できるようになり、ある程度『歴史といえば小日向えり』という認知を獲得できたのかなと思っています」(小日向氏)
レギュラー番組が持てるようになってからは仕事の数、収入も安定するなど、芸能生活は順調に進んでいたという。そうした中、なぜ起業することにしたのか。
歴史グッズの通販サイトを経て、ぴんぴんころりを創業
小日向氏が起業に興味を持った背景には、父親や親戚の存在が影響している。例えば、小日向氏のおじは持ち帰り弁当の「ほっかほっか亭」を関西に初めて出店し、チェーン化したほか、スーパー銭湯「極楽湯」を展開する極楽湯を創業し、上場させた経験を持つ人物だ。
「おじだけでなく、いとこが飲食店を経営するなど、私の家系は起業している人が多いんです。その影響もあり、20歳ごろから起業したいなと思っていました」(小日向氏)
歴ドルとしての活動を続ける中、ビジネスの勉強も兼ねて、2012年11月に1社目となる会社・カステイラを創業。同社では歴史グッズの通販サイト「黒船社中」のほか、箱根で旅館業を取得し民泊事業の運営を行っていた(編集部注:カステイラは現在も小日向氏が経営を行っている)。また、友人が立ち上げたアニメの“痛部屋”事業(インテリアを趣味のコンセプトに沿ってプロデュースするサービス)などを手がける会社・SO-ZOの立ち上げメンバー、執行役員として働いたこともある。
「黒船社中では『こういう歴史グッズをつくりたい』という思いをもとに、Tシャツ制作の会社やグッズ制作の会社と提携し、モノをつくって販売する経験をしました。そこでの経験を通じて、モノを売るにはもちろん商品力が良いことは大前提ですが、マーケティングなどの手法も売上に左右するんだな、と勉強になりました」(小日向氏)

そうした中、小日向氏がシニア世代の就労支援に関心を持つようになったのは、祖母がきっかけだ。80歳まで元気に働いていた祖母だったが、8年ほど前に仕事を辞めてから元気をなくし、怪我で入院してしまったという。そこで「働くことが祖母の元気の源だったことに気付いた」(小日向氏)といい、シニア世代の就労支援を手がけることを決めた。
今でこそ“Age Tech”と呼ばれ、注目を集めている「高齢者×テクノロジー」の領域だが、8年ほど前は多くの人がシニア世代向けにビジネスを展開しよう、とは考えていなかった。「シニア世代の就労支援はビジネスになるかどうか懐疑的だった」と当時を振り返る小日向氏。
だが、2015年に小日向氏は「ビジネスとしていける」という確信を持つ。それはシニア人材の派遣事業などを手がけるサーキュレーションが、全国約7000社の中から成長が期待されるベンチャー企業100社を選出する「ベストベンチャー100」(編集部注:ベンチャー業界誌・ベンチャー通信を発行するイシン主催のアワード)に選ばれたからだ。それから2年後、2017年7月にぴんぴんころりを設立する。
スキルシェアから、出張サービスへピボット
“シニア世代の就労支援”を軸に、ぴんぴんころりを設立した小日向氏。当初は、シニア世代のユニークスキルを販売するプラットフォーム「ユニプラ」を展開していた。シニア世代版の「ココナラ」「ビザスク」とイメージすると分かりやすいだろう。
「ビジネスとして伸ばしている感覚はあった」という小日向氏だが、実際に事業を展開してみると、自分の中で“ちょっとしたズレ”が生じていた。
「ユニプラから注文が入るシニア世代が、ハイエンドなスキルを持ったシニアばかりだったんです。私がやりたいことは普通のおじいちゃん、おばあちゃんがずっと元気でいられるような就労支援だったので、少しズレがあるなと思いました。また、ユニプラは事業の幅が広すぎるあまり、何か困ったときの第一想起がとれないな、と。幅広いスキルに対応するのではなく、もっと事業領域は狭めるべきだなと思ったんです」(小日向氏)
そこで小日向氏が目をつけたのが、育児・家事支援の領域だった。さまざまな求人媒体でシニアが活躍している領域を調べた結果、育児・家事支援は70代の人でも現役として活躍している人たちがいる領域だったという。
「育児・家事支援であれば人を選ばないですし、長く続けられる仕事だと思いました。また、需要自体も伸びている。当時、洗濯の代行などいくつか事業アイデアを考えた中、“おせっかいな家事代行”という切り口でサービスを展開することにしました」(小日向氏)

2018年10月から、東京かあさんの実証実験を開始。当初は独身男性が使うサービスになることを想定していたそうだが、いざ実証実験を始めてみると、想像以上に共働き、子育て世帯の女性たちからの需要が高いことがわかった。
「子育て世帯の女性たちは家事だけでなく、育児のサポートも同時に頼むんです。そして本当の親子のような関係になり、物理的なサポートに加えて、精神的なサポートも担っていることがわかりました。そこで“家事代行”だけにフォーカスせず、おせっかいな育児・家事支援という形にサービスのコンセプトも変えていくことにしました」(小日向氏)
働きたい人、使いたい人、双方の需要が高いことはわかったが、当時小日向氏はサンミュージックプロダクションに所属していたこともあり、事業にフルコミットできる状態ではなかった。「いち早くサービスを展開したかったのですが、友人が転職してくれるまで2カ月はサービスのリリースを泣く泣く我慢しました」と小日向氏は語る。
コロナを機にサービスを磨き込み、オペレーションの仕組みを構築
こうして2019年4月にサービスを開始した東京かあさん。働きたい人、使いたい人からの需要が高いこともあり、小日向氏は2019年の年末に芸能事務所を退所することを決める。
「芸能事務所を辞めて、ぴんぴんころりの経営、東京かあさんのグロースにフルコミットすることにしました。『ここから、さらに伸ばしていくぞ!』という感じだったのですが、2020年に入ってすぐコロナ禍になり、成長が鈍化していきました」(小日向氏)
新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、個人家庭を訪問し、対面で家事や育児の手伝いをしたり、料理や掃除のコツを教えたりするのは難しい。「今あるリソースでもう1つ何かキャッシュポイントをつくらなければ」(小日向氏)と考え、手づくりお惣菜の宅配サービス「つくりおき.jp」のような、お惣菜の宅配サービスを立ち上げてみた。
ただ、東京かあさんのユーザーは“お母さん”に対面で直接会って交流することにサービスの価値を感じている人が多く、なかなか使ってくれる人がいなかったという。
「そこで腹を括りました。コロナ前と比較すると、たしかに成長率は鈍化していたのですが、新規ユーザーの申し込みやシニアワーカーの登録がなくなったわけではない。むしろ着実に伸びてはいたんです。そうしたデータを見て、余計なことはせず東京かあさんに集中しようと思いました。当時、サービスの成長に対してオペレーションの設計が間に合っていなかったので、『いまはサービスを磨き込むタイミングだ』と思い、オペレーションの構築に時間を割くようにしました。その結果、解約率も下がりました」(小日向氏)
例えば、コロナ前は登録を希望するシニアワーカーと直接会って面接をしていたが、コロナ禍を機に面接の方法をLINEのビデオ通話に切り替えている。そうした背景もあってか、登録者は右肩上がりで増え続け、500人を突破する規模になっている。

「マッチングしたら終わり」ではないサポートで“お母さん“のオンボーディングを支援
家事代行やベビーシッターなどのマッチングサービスを利用する際に気になるのが、どんな人材が登録者しているかということだ。サービスのグロースを優先して間口を広げ過ぎた結果、問題が起きるリスクも生じる。もちろんサービスの急拡大だけで説明できるわけではないが、例えばベビーシッターマッチングサービスの「キッズライン」などではわいせつ容疑で逮捕者が出ており、最近ではシッターによる「赤ちゃん揺さぶり」動画が波紋を呼んだ。
その点について、東京かあさんは登録を希望する人は全員面接を行うほか、「最初はお互いの相性を確かめることが重要」(小日向氏)と言い、初回は必ず東京かあさんのスタッフが現場に同行し、カウンセリングや無料体験をサポートする。
「またマッチングしたら終わりではなく、2カ月ぐらいはLINEのやり取りを見て、コミュニケーションに齟齬がないか、スケジュール調整はうまくいっているかチェックしています。こういう育児・家事支援の仕事はお互い最初が大変なんです。忙しい中、その家の家事のルールを教えないといけないし、“お母さん”たちは質問しづらかったりする。それを“山”と呼んでいて、2〜3カ月経って山登りを終えると、すごく楽しくなってくるみたいなんです。だからこそ、山登りできるように手厚くオンボーディングを行っています」(小日向氏)
東京かあさんの料金プランは、月額1万3200円のミニマムコース(訪問回数上限2回、合計時間5時間)、月額2万4200円のレギュラーコース(訪問回数上限4回、合計時間10時間)、月額5万2800円のボリュームコース(訪問回数上限8回、合計時間24時間)、月額7万9200円のデラックスプラン(訪問回数上限12回、合計時間36時間)の4つが用意されている。これに加えて、訪問費として1回ごとに700円がかかる(すべて税込)。
なお、“かあさん“側からは50%サービス手数料を取得する。家事代行サービスやベビーシッターサービスの手数料に関しては各社、割合は異なるが、いわゆる“派遣型“は時給制、月給制だが工数がかかるため実質的な手数料は高め(70%ほど)に設定することが多い。一方でワーカーと利用者をつなげるだけの“マッチング型“は工数がかからないため、低め(10〜30%ほど)に設定することが多い。東京かあさんは両者の中間の価格帯を設定した。
「オンボーディングの部分で初期投資にコストがかかるため、スポット利用ではなく、月額単位での利用が前提になっています。最初は私たちが赤字を掘ることになるのですが、どんどん使い続けてもらったらきちんと投資コストを回収できる仕組みです。全員がミニマムコースを使い続けると正直大変なのですが、ミニマムコースから入ってもらい、レギュラーコース、ボリュームコースといったプランにアップセルしていければと思います」(小日向氏)
現在、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県でサービスを提供している東京かあさん。今後、“お母さん”の登録数を2022年12月までには1000人、2025年までに1万人にすることを目指し、サービスの提供地域も拡大していく予定だという。