
- Twitter運用を監督がするのは、映画業界では普通?
- 新作映画であえて「批判的な声」も募った理由
- 強烈な罵倒も、最大の味方に
映画『カメラを止めるな!』を手掛けた、映画監督の上田慎一郎氏との対談インタビュー。本作は低予算のインディーズ映画ながら、全国300館以上で上映される異例の大ヒットを記録。新作映画『イソップの思うツボ』『スペシャルアクターズ』のプロモーション戦略を含めて、上田監督のコミュニケーション論に迫ります。(編集注:本記事は2019年9月17日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)
Twitter運用を監督がするのは、映画業界では普通?
徳力 以前、映画『カメラを止めるな!』の打ち上げに参加させていただき、映画のプロモーションが成功した秘訣について関係者の方々にいろいろお聞きしたところ、皆さんが口を揃えて「上田監督だから」「上田組だから、ヒットできた」と、お話しされていたことが印象的でした。
そこで今日は、上田監督にあえて失礼ながら作品の中身ではなく、なぜ監督がTwitter上であれだけ丁寧に観客とやり取りをしていたのかも含めて、観客とのコミュニケーションや映画のプロモーションについて深掘りしたいと思っています。
私は上田監督が自ら映画の公式アカウントを運用していたことに驚いたのですが、映画業界では普通なのですか。
上田 メジャー映画では無いと思いますが、インディーズ映画や自主制作映画の場合は監督かプロデューサーが運用している場合が多いですね。
インディーズの場合、人手がないという理由もありますが、やはり、最も作品を愛し、大事にしている創り手自身の言葉が一番熱を帯びると思うので。ただ、SNSは苦手だし面倒だと感じている監督も多いですし、力の入れ具合には差があると思います。
徳力 上田監督ほど、きちんと運用している方は見たことがないです。
上田 僕の場合は、もともと文章を書いて発信することが好きなんですよ。アメーバブログを書いていた時代に何度か炎上も経験しましたが、ユーザーからのフィードバックを楽しんでいました。

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徳力 ちなみに、ブログではなぜ炎上したんでしょうか。
上田 むかし、ある出版社と共同出版という形態で僕が165万円を支払って、SF小説を出版したんです。その出版までの過程、例えば、編集者とのやり取りを包み隠さずにブログに書いていたら、読んだ人から「出版社のやり方が悪どい」「あたなは騙されている」とコメントがあって。
出版形態は法的に問題ないですし、僕は悪事を暴くというつもりでブログを書いていたわけではなく、日記感覚で素直に書いていただけだったんですが・・・。
徳力 本人が納得していたので、別に良かったわけですよね。
上田 はい、でも僕が「騙されていないですよ」と書いたら、「騙されている」と一日に100件以上のコメントがきました。2ちゃんねるにも「騙されている人がいる」とスレッドが立って、盛り上がっていました(笑)。

徳力 炎上を経験すると、発信することに懲りて辞めてしまう人も多いのですが、上田監督が乗り越えられたのは、なぜですか。
上田 僕のそばに炎上を笑い話にしてくれる仲間がいたからでしょうか。僕は誰かと同居している期間が長かったんですよ。それに、批判だったとしても何らかのリアクションがあった方がクリエイターとしては、ありがたいと思っています。
新作映画であえて「批判的な声」も募った理由
徳力 現在、公開中の映画『イソップの思うツボ』では、良い意見だけでなく悪い意見も言ってもらえるように「#イソップ賛否の賛」と「#イソップ賛否の否」という2つのハッシュタグをつくっています。わざわざハッシュタグをつくってまで、否定的な意見を集めてしまう人を初めて見ました(笑)。
上田 たしかに100館で上映がスタートした規模の映画で、これだけはっきりと否定的な声を促したのは初めてじゃないでしょうか。でも、エゴサーチをすれば、観客の反応はすぐに分かりますし、つくり手側が否定的な意見を包み隠せるような時代はもう終わっていますよね。僕からこの2つのハッシュタグをつくりたいと、配給会社のアスミック・エースに提案したんですよ。
徳力 アスミック・エースもよく受け入れましたね。どう提案されたんですか。
上田 この映画のためには、否定的な意見を見て見ぬ振りをするのではなく、どちらの声もあるという議論を楽しんでもらうことを提示するべきだ、と話しました。

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徳力 上田監督がお話しされていることは個人的にはとても正しいと思うのですが、一般的な商業映画において批判的な声を受け入れることは、関係者の心情的にも簡単ではないとも思います。
上田 そうですね。『イソップの思うツボ』の場合は、少し特別かもしれません。前作の『カメ止め』を好きな人が多く観に来てくれたと思いますが、『カメ止め』と同じような映画を期待していた人の中にはハマらなかった人もいて、モゴモゴしながら感想をツイートしているなと感じたんです。
そのモゴモゴを放っておくと、その人の中に負の感情が溜まってしまいます。それをどうすれば、発散してあげられるかと考えたときに「#イソップ賛否の否」というハッシュタグを思い付いたんです。そうすれば、発信し辛い否定的な意見でも発信してもらえるんじゃないか、と。
強烈な罵倒も、最大の味方に
徳力 否定的な声も受け入れるということですが、上田監督が観客とコミュニケーションをとるときに気をつけていることはありますか。
上田 答えになっているかは分からないですが、僕は「反対意見を言う人は、全面的に敵だ」という極端な考え方に抵抗があるんです。
例えば、考え方が違う人同士が批判しあっているとする。でも、その二人は、同じ食べ物が好きで、その話題では一緒に盛り上がれるかもしれない。それなのに鼻から「あいつとは理解しあえない」「あいつの全てが気に入らない」という姿勢は違うんじゃないかな、と。

徳力 ひとつの意見が違うだけなのに、その人の全部を否定してしまう人が増えている印象はありますね。
上田 そうです。だから自分のことをTwitterで攻撃してくる人に対しても、勝ち負けの戦いをしたいとは思わないですね。
それに先ほど、僕がSF小説を出版して炎上したときに一番叩いていた人が『カメ止め』がヒットしたときに、「ただのビッグマウス野郎だと思っていたけれど、やったんだなお前は」みたいなコメントをしてくれたんです。
徳力 いい話ですねえ。
上田 だから、強烈な罵倒も関心の表れなので、将来的には最大の味方になりえると思っています。クリエイターとしては、「観てきたけど、感想はまあいいや」と突き放されたり、無視されたりするのが一番きついですね。
あとは、嘘にならないように自分が納得できる発信も意識しています。自分の知名度が上がったとしても、自由は失いたくないと思っています。
徳力 それは、本当に難しいですよね。今後、上田監督がそのバランスをどのようにとるのか興味があります。だから、「#イソップ賛否の否」をしたことはすごいことだと、つくづく思います。

上田 もちろん映画の賛否を問うこと自体に賛否がありました。クリエイターは「賛」だけを目指すべきだから、「否」を求めることは自信がないことの表れなんじゃないか、という意見もありました。
徳力 上田監督の監督人生は長く続くけれど、配給会社はこの瞬間にこの映画を最大限売らないといけないという十字架は背負ってますもんね。だから極端な話、おおげさな嘘をついてでも話題にしないといけない、と考えがちな傾向はあると思います。
でも上田監督は、フラットに意見をもらうことは無視されるよりも意味はあるし、少なくとも次への糧になるという視点なんだと感じました。
>>3月5日(木)公開予定の後編に続きます。