Photo: Benjamin Torode / gettyimages
  • 外部ゲーム会社への投資にかじを切る大手
  • “手つかず”で残る日本のゲーム業界
  • 日本のファーストパーティーと大手パブリッシャー動向
  • 日本ではゲーム業界が“下”に見られがち

世界のエンターテインメント市場の中でも高い成長率を維持し、存在感を増すゲーム業界。2021年11月に、ゲーム業界に特化したファンド立ち上げを発表したEnFi(エンフィ)代表取締役・Founding Partnerの垣屋美智子氏は、こうした業界の成長と変化により、日本のゲーム関連産業の立ち位置が相対的に弱くなっていると指摘する。

昨日公開した「ベンチャーマネーの流入で盛り上がるインディーゲーム開発──世界、そして日本ゲーム業界の今」では、プラットフォーム戦略を進める海外ゲーム大手やゲーム特化型ベンチャーキャピタル(VC)の存在、パブリッシャーを通さずにゲームを流通できるようになったインディーゲーム開発会社の動向について、垣屋氏に解説してもらった。本稿では日本のゲーム業界の現状と課題、今後取るべき方策について、垣屋氏に聞く。

外部ゲーム会社への投資にかじを切る大手

世界的に盛り上がりを見せているインディーゲーム開発。その背景ににはゲーム特化型のベンチャーキャピタル(VC)の投資があるのは「ベンチャーマネーの流入で盛り上がるインディーゲーム開発──世界、そして日本ゲーム業界の今」で紹介したとおりだ。力のあるインディーゲーム開発会社は、ゲームパブリッシャーを通さずに「Steam」などのプラットフォームを利用してゲームを流通させ、やがてヒットを飛ばすという傾向も現れている。

この「パブリッシャーを通さずにゲームを流通できる環境」の成立と同時に、「自らはゲームを作らず、他社への投資にかじを切る大手」の存在が、無名だが面白く、やがて大きく成長するインディーゲームタイトルの誕生に一役買っていると垣屋氏は指摘する。

実際に、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)などは、この潮流に合わせて既にかじを切っている。元はといえばSIEは、プレイステーションシリーズというコンソールゲームのハードウェアと、自社名義で開発するソフトウェアを提供するファーストパーティーであり、コンソールプラットフォーマーとしても世界を席巻してきた。

そのSIE、およびソニーグループに変化が見られるようになったのは、2020年ごろからのことだ。

近年のソニー・インタラクティブエンタテインメントの動き
近年のソニー・インタラクティブエンタテインメントの動き

2020年7月には、対戦ゲーム「Fortnite」で知られる米Epic Gamesに対し、ソニーが2.5億ドル(約283億円)を出資した。Epic Gamesは、ゲームエンジンのUnreal Engineを提供する企業でもある。

また2021年に入ってからは、SIE社内の開発組織でSIEワールドワイド・スタジオ(PlayStation Studios)の1つ、SIEジャパンスタジオが、独立スタジオのTeam Asobiに統合された。『サルゲッチュ』『ワンダと巨像』『白騎士物語』などの名作ゲームを自社組織として手がけてきた開発部隊は、事実上撤退するかたちとなっている。

それと並行するかたちでSIEは、3月に世界的な格闘ゲーム大会「EVO」(The Evolution Championship Series)をeスポーツ事業を営むRTSと共同で買収。4月にはゲームユーザーとの親和性が高いコミュニケーションサービスの「Discord」にも出資している。

さらに、フィンランドのゲーム開発会社・Housemarqueを6月に買収。続けて7月にはオランダのNixxes Software、9月に英国Firesprite、10月に米国Bluepoint Gamesを相次いで買収し、PlayStation Studiosの一員として傘下に収めた。

「SIEは日本でのファーストパーティーゲーム制作を縮小する一方で、外部のゲーム開発会社と資本関係を構築するなど、ゲームのグローバル化を見据え、ゲーム開発機能を社外・海外へ移行する方針に転換しています。また、サブセクターにも出資をすることでプラットフォーム戦略を進めていると考えられます。メディアでも報道されていますが、彼らはゲーム特化型VCのSisu Game Venturesにも投資しました。ちなみにこのSisuは、我々のファンドからも出資しているファンドです」(垣屋氏)

このような方向転換を行うコンソールプラットフォーマーが現れたことで、PlayStationのようなコンソール向けにゲームを開発してきた国内企業などは、今後どのような立ち位置をとるか検討するべきフェーズに来ていると垣屋氏はいう。また、セガ、カプコン、スクウェア・エニックス、コナミのような国内大手パブリッシャーも、自ら企画しゲームを制作することの価値について、今一度考え直す時期が来ているのではないかと述べている。

「VCマネーの流入で、小さな開発会社のエッジの利いたゲームにお金が入るようになった。ゲームを作る人たちは、(借入ではない資金で)ある意味リスクが小さな状態でゲーム制作ができるようになり、そういうプレーヤーたちとどう勝負するかを、大手も考える時期に来ています」(垣屋氏)

“手つかず”で残る日本のゲーム業界

垣屋氏によれば、実際に世界を見渡すと、欧米ではVCが入ったゲーム制作がデフォルトになりつつあり、日本だけが“手つかず”で残っているような状況になっているという。

EnFi代表取締役・Founding Partner 垣屋美智子氏
EnFi代表取締役・Founding Partner 垣屋美智子氏 写真提供:EnFi

「日本はゲームを作る文化は充実していて、素地はあります。小さい頃からゲームに慣れ親しんでいて、さまざまなジャンルのゲームプレー経験のあるゲームユーザーも多く、その人たちが成長してゲームデベロッパーになるので、カルチャーバックグラウンドが厚い。また、ソニーの開発部隊撤退などにより、優秀で経験のあるゲームデベロッパーが外へ出ている状況でもあります。そういう人たちに今、お金を入れたいというのが、(TencentやMicrosoftのような)海外ゲーム系大手であり、ゲーム特化型のVCなのです」(垣屋氏)

そうした資金の日本への流入はすでに起きている。今までの「下請けが制作してパブリッシャーが出す」という仕組みはもう崩れ始めていると垣屋氏は話す。

たとえばTencentは2020年、投資子会社を通じて日本のゲーム開発会社・マーベラスに約50億円を出資し、筆頭株主となったほか、より小さな開発会社にも幅広く投資を進めている。またTencentからは、撤退となったSIEジャパンスタジオ出身者に出資する動きもあるそうだ。

「彼らは大小問わずゲームスタジオと資本関係を結んでいます。資本を入れた後、更にスタジオを大きく成長させていく、海外でとったのと同じ手法を日本に対しても考えているのだと思います」(垣屋氏)

今後のゲームトレンドとしては、「クラウドネイティブ」をキーワードとした、「デバイス依存しない」「どこでも遊べる」「重厚感のある」ゲームが技術的にも流行するだろうと垣屋氏は言う。垣屋氏が立ち上げたファンドの投資先であるSisu Game Veunturesファンドのポートフォリオにも、そうした特徴を持つゲームの開発会社が存在する。またワールドワイドでは「アジア」「女性」も注目されているという。

「“カワイイ”系のゲームづくりは日本人が得意だとされている分野。IP(キャラクターなどの著作物)がつくれるというのも日本の特徴です。一方、中国のゲームはまだIPの観点では追いついていないところがある。ところがローカライズが完璧にされていないものでも、結構世界で遊ばれています。それは日本のゲーム会社がPCやモバイル向けのゲームをあまり開発していなくて、そうした市場へ届いていないのも理由です。それを届けるようにすれば、日本から生まれるゲームがまだまだ市場を埋められるのではないかと思います」(垣屋氏)

VCマネーの流入により5年、10年後には、ゲーム業界は全く違った景色になっているのではないかと垣屋氏は予測する。

日本のファーストパーティーと大手パブリッシャー動向

日本のファーストパーティーや大手ゲームパブリッシャーの間でも、少しずつ立ち位置が異なる部分もあるのではないか。各社は今後の戦略について、どのように考えているのだろうか。

垣屋氏は「日本のプレーヤーの共通認識として、グローバルではPCゲーム、モバイルゲームがどんどん大きくなっているということはあると思う」と述べ、日本ゲーム界の近況について次のように説明する。

「日本ではコンソールゲームがまだまだ主流ですが、それが変化していく。その中で、PlayStationやNintendo Switchなどのプラットフォームだけでやっていてよいのかと、パブリッシャーは考えるようになっています。一方、プラットフォーマーである任天堂やソニーの側は、専用デバイス対応のプラットフォームを守っていかなければならない。そこで世界でどういうゲームがトレンドになっていくかを知っておく必要性は、誰もが感じています」(垣屋氏)

ファーストパーティーについては、前述したソニーのかじ切りも、「PCでもモバイルでも、PlayStationでもゲームが遊べる」という状況をつくる必要に駆られた結果、PS専用ゲームだけでない、さまざまなデバイスで遊べるゲームを開発可能な環境づくりに向かっているのではないか、と垣屋氏。ソニーがゲーム特化型VCに投資したり、ゲーム会社に資本を入れたりと、Tencentと同様の戦略に転換しているのも、このためだろうと話す。

また、11月1日にはセガと米Microsoftが戦略的提携の検討に合意したことを発表している。この提携はセガの中長期戦略の一環で、「グローバル」「オンライン」「コミュニティ」「IP利用」をキーワードに掲げる同社の「Super Game」タイトル創出に向け、「Microsoft Azure」プラットフォームを活用して、開発プロセスの最適化を図るというものだ。

「セガはNFTなどゲームの新たな領域への投資も公言しており、今後を見据えた新しい施策というのには敏感な印象。マルチプラットフォーム対応やクラウドゲーム対応などでゲームの開発環境も進化する必要がある中、Microsoft開発プラットフォームを通して最先端トレンドやマイクロソフトのプラットフォーム戦略にアクセスするというのも狙いなのではないでしょうか」(垣屋氏)

一方、バンダイナムコグループの場合は強いIPを持っており、その活用にプライオリティを持っているように見える。垣屋氏は、日本のゲーム会社について、「共通認識は持ちながら、それぞれ少しずつ戦略には違いがあり、危機感を持ちつつ独自の路線を探っているのではないか」と分析する。

また、モバイルゲームの領域で事業展開する各社については、垣屋氏は以下のとおり触れている。

「サイバーエージェントやグリー、DeNAなどもゲーム事業に投資してはいますが、プラットフォームがモバイルに寄っている上に、彼らにはゲーム以外の事業もあります。レガシーなゲーム会社の課題は『ゲーム会社であること』です。彼らは海外でも生き残る必要があります。海外進出しないとしても、日本には海外から他のプレーヤーが入ってきますし、また、日本の市場の規模が小さいという両方のジレンマがあるからです」

「ミクシィについては、ゲームの仕組みをほかの事業へ持って行こうという取り組みが見られます。競馬・競輪へオンラインを取り込むなど、eスポーツの文脈に近い、ITというよりはエンタメよりの方向性が感じられます。またミクシィは投資の分野でもゲームに力を入れている印象で、ゲームの世界レベルのトレンドを押さえておきたい意図があるのではないでしょうか」(垣屋氏)

日本ではゲーム業界が“下”に見られがち

垣屋氏は日本のゲーム業界は今、ある問題を抱えているという。

垣屋氏
写真提供:EnFi

「日本のゲームはクオリティも高く、世界的に評価されています。ところが当の日本では、ゲーム業界が(ソフトウェア開発の中では)“下”に見られがちというところがすごくある。それがひとつの理由となって、ゲームで大きくなった会社がITの方向へシフトしてしまう。ゲームで成功したら、次はゲームではなく、シリコンバレーのITスタートアップとして成功したい、とかそういった方向に行ってしまいがちなんです」

「日本も10年前にガラケーゲームが台頭してきた時にモバイル特化プレーヤーが誕生しました。当時、モバイルプラットフォームを国内で席巻した後、『今度は(任天堂やPlayStationなどの)コンソールプラットフォームと戦う』みたいな方向へ行けば、日本のゲーム業界はもっと活性化したかもしれません。まだコンソールが世界的に主流で日本がその先端をいっていた10年前であった時の話です。今はそうしたフェーズが終わって、海外勢も日本に来て、新たな競争が始まっていますが、『ゲームは“下”の産業ではない』ということは今でも強く言っておきたい、広げたい考え方です」(垣屋氏)

自身もソニー・コンピュータエンタテインメントでPlayStationに採用すべきゲーム技術の選定を行い、社内でVCのような役割を担当していた垣屋氏は、2000年代初頭から、AIやオンラインゲームに導入できそうな技術を探す仕事をしていた。

その経験から「今見ても、ゲームの技術こそが最先端で、そこから何年も遅れてITで技術が採用され、最後にクルマに取り入れられる。その最先端のテクノロジーを使ってグローバルで戦うのは、実はすごいことだと知ってほしい」と語る。

また、垣屋氏は、日本ではゲーム業界内での連続起業家がいないと嘆く。

「日本の起業家はゲーム事業を売却した後、次はIT会社を立ち上げたり、ゲームではない他の分野のファンドを立ち上げたりというケースしか、今のところありません。我々が投資するSisuには3人のGP(代表パートナー)がいますが、3人合わせて16のゲームスタジオ立ち上げ経験があります。世界にはゲーム業界の中で何度も何度も起業をし、何回も経験を積んで失敗して、投資をしてきている人たちがいるわけです。一方で日本だとゲーム業界で成功しても、次は同じ事業はしないですし、成功で得たお金をベンチャー投資する場合もITに投資してしまうケースが多くて、残念な状況です」(垣屋氏)

垣屋氏は今、世界的には、ゲームVCを中心に業界の中で資金や人の経験が循環・成長するエコシステムがあり、その中でユニコーン企業が誕生している状況があるという。また、それがエンタメ全般ではない、ゲーム特化型のVCが求められる理由のひとつであると説明する。

「日本にはゲーム特化型のファンドがなく、海外へのアクセスもありません。また、歴史的に『ゲーム開発はゼロイチでやるもの』という考え方が残っています。それを変えるきっかけになればという思いが、ファンドを立ち上げた背景でもあります」(垣屋氏)

「今の子どもたちは、中国など海外制作のゲームでローカライズがあまりされていないものでも楽しんで遊ぶようになっている」と垣屋氏は言う。

「これからは海外のゲームだから、日本のゲームだからという区別や、IPのクオリティ、IPの文化的な違いなどへの違和感もなくなっていくのかもしれません。今までの日本の“丁寧な”ゲームの作り方はそれほど重要でなくなるかもしれない。リリースしたら随時アップデートすればいいし、アップデートによってゲームの体験がどんどん良くなっていくのをユーザーも一緒に楽しむ、というようなことが起こりつつあります」

「今の子どもたちが大人になる頃には、より違和感なく、海外製のゲームを遊べるカルチャーになると思います。未完成ながら出るゲームといかに戦っていくのか。これまでのIPを活用して旧タイトルの焼き直しを新デバイス向けに出しつつ、コストを何とか合わせていくやり方もありといえばありで、重要な打ち手ではあります。ただ、それもいずれ飽きられてしまう。やはり日本のゲーム業界は海外進出しなければ、開発費が賄えないような状況にあると考えます」(垣屋氏)