Photo:claudenakagawa/Getty Images
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  • オープンイノベーション促進税制とは何か
  • スタートアップブームの弊害
  • 今こそ理解すべき「税金の役割」

今月10日、自民、公明両党が2022年度(令和4年度)の税制改正の方針をまとめた「税制改正大綱」を決定した。税制改正大綱とは与党の税制調査会が中心となり、各省庁からあがってきた税制改正の要望などを受けて、翌年度以降の税制改正の方針をまとめたものだ。

自民党のホームページに掲載された資料に目を通してみると、さまざまな税制についての改正方針が記載されている。本連載の読者はスタートアップに興味がある方が多いと思うので、本稿では「オープンイノベーション促進税制」について取り上げていく。

オープンイノベーション促進税制とは何か

オープンイノベーション促進税制とは、経済産業省が令和2年度の税制改正において、事業会社やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)からスタートアップへの出資を促すことを目的に創設した制度だ。2020年4月1日から2022年3月31日までの間に、国内の事業会社またはその事業会社のCVCが、スタートアップとのオープンイノベーションに向け、スタートアップの新規発行株式を一定額以上取得する場合、その株式の取得価額の25%が所得控除される。

前述の令和4年度の税制改正大綱のなかでは、本制度の2年間の延長が決まり、かつ出資先企業の要件が従来の「設立年数10年未満」から「15年未満」へ緩和された。一方で、法人税の課税所得からの控除率は現行の「25%」が据え置かれることとなった。

税制優遇を受けるための出資要件については上記以外にも細かく規定されているが、ここではそもそもオープンイノベーションとは何かを確認しよう。

経済産業省では「対象法人がスタートアップ企業の革新的な経営資源を活用して、高い生産性が見込まれる事業や新たな事業の開拓を目指す事業活動」と定義しているのだが、具体的には以下の3点を満たすことが必要としている。

①:対象法人が、高い生産性が見込まれる事業または新たな事業の開拓を目指した事業活動を行うこと

②:①の事業活動において活用するスタートアップ企業の経営資源が、対象法人にとって不足するもの、かつ革新的なものであること

③:①の事業活動の実施にあたり、対象法人からスタートアップ企業にも必要な協力を行い、その協力がスタートアップ企業の成長に貢献するものであること

引用元:経済産業省「オープンイノベーション促進税制について」

スタートアップブームの弊害

たしかに、スタートアップの新しい発想や、レガシーにとらわれずに最新の技術や知識をもとにスピード感をもって開発できる環境に対して、大企業が資金を提供する代わりに協業することでシナジー効果が生まれれば、日本経済を救う活力を生み出せるかもしれない。そのためにはこのようなオープンイノベーションを促進する税制は歓迎すべきものだろう。

一方で、筆者はスタートアップに対して過剰な期待をしてしまっていることに懸念も抱く。経済産業省によれば、2019年度における日本企業のスタートアップ投資額は米国の19分の1であり、極めて低い水準にとどまっていることが指摘されている。しかし、税制優遇することで投資額を増やしたところで、それだけの効果が見込めるかは不明だ。

欧米や中国と比較すると日本のスタートアップ投資は後れを取っているという話はよく耳にするものの、国内のスタートアップを取り囲む環境は10年前と比較すれば、現在はかなり恵まれたものとなっている。VCやCVCなどの投資家の数を比較するだけでも十分かと思うが、それ以外にもスタートアップ企業を取り上げるメディアやアクセラレータプログラム、ピッチコンテストの数なども飛躍的に増えている。

しかし、その結果スタートアップブームが発生し、起業からIPOや事業売却までのフローがある意味でパッケージ化されてしまった感もある。当初は世界に伍するユニコーン企業の誕生を望んでいたはずが、小粒のスタートアップ企業が大量発生しただけのようにも映る。

そのような小粒のスタートアップ企業が大企業から出資を受けてしまうと、いびつなパワーバランスによって、出資を受けた企業が大企業の事業部化してしまったり、ただ受託をするだけで全くイノベーティブではない労働集団が出来上がってしまったりしないだろうか。

経済成長なくして、アニマルスピリッツを取り戻すことはできない

今回の税制改正大綱を読んでみると、オープンイノベーション税制は「極めて異例の措置」であるという記載がある。それだけ期待を込めているのだろう。さらに大綱を読み進めると、以下のような記載がある。

他の先進国との間に生じてきた所得や競争力の差を縮小するためにも、企業においては、リスク回避や横並びの意識を排してアニマルスピリッツを取り戻し、イノベーションに挑戦することが期待される。
引用元:自民党、公明党「令和4年度税制改正大綱」

ここに記載されていること自体には全く異論はないが、1つ気になるのは国が民間に責任転嫁をしすぎていないか、ということだ。議論を簡素化するために、国内経済においては主に3つの経済主体がいるとする。政府、企業、家計だ。

30年近く失政によって経済成長できず、デフレ経済に苦しんだ日本において、企業や家計が投資や消費を控えるのは合理的な選択肢だ。そのような状況下でリスク許容度を高め、アニマルスピリッツを持つことなどありえないだろう。

オープンイノベーション税制だけでなく、昨今耳にする機会が増えた賃上げ税制の議論でも思うことなのだが、企業経営者に対して賃上げや投資を要求する前に、まずは国として経済成長を実現してからこれらの要求をしないと不公平なのではなかろうか。

今こそ理解すべき「税金の役割」

オープンイノベーション税制や賃上げ税制は、減税をすることでインセンティブを設けようとする税制なのだが、せっかくなので税金の役割について学んで終わりにしたい。一般的に、税金は何かをするときの財源になると考えている人が多い。たとえば、社会保障や公共サービスのためには財源が必要で、そのために消費税や所得税などを徴収しているという具合だ。

しかし、税金にはそれ以外の役割があることを認識しておこう。たとえば、これまでに出てきた税制は減税することでアクションを促すものだったが、タバコやお酒が身体に悪いとなればタバコ税や酒税を引き上げて需要を落とすことも可能だ。

また、国内のある産業を保護したければ、その産業に対して高い関税をかければ海外との競争にさらされずに済むだろう。所得税などの累進性がある税体系にすることで、格差是正やビルトインスタビライザー(景気を自動的に安定させる機能)としての役割も期待することができる。

このように、税金の役割を正しく理解できれば、なぜ日本が長い間成長を遂げられなかったのかも理解できるはずだ。景気が悪い時に財源が必要だからと言って何度も消費増税をした事実はあまりにも重い。オープンイノベーションという言葉によって本質から目をそらされるのではなく、大前提として国が経済を成長軌道に乗せることが重要という観点から政策に目を光らせる習慣を身につけてもらいたい。