Photo:Klaus Vedfelt/gettyimages
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  • 海外テック企業がけん引役となり、大型M&Aが起きていく2022年
  • オープンイノベーションの活性化をもたらす海外機関投資家の存在
  • オープンイノベーションからのM&A、“デーティング投資”という選択
  • DX目的のM&Aが増加し、売買両面でIT企業への注目高まる

IT業界と非IT業界の境界線がなくなりつつある今、スタートアップの「出口戦略」はどう変化するのか。本稿はM&Aマッチングプラットフォームを運営するスタートアップ・M&Aクラウ​​ド代表取締役CEOである及川厚博氏による考察だ。M&Aクラウドは10月に10億円の資金調達を実施しており、その事業展開にも期待がかかる。及川氏にM&Aを軸にした2021年の振り返り、そして2022年以降のトレンドを論じてもらう。

海外テック企業がけん引役となり、大型M&Aが起きていく2022年

2021年9月、米決済サービス大手のPayPalが日本で後払い決済サービス「Paidy」を運営するPaidyの買収を発表。買収額は国内スタートアップのM&Aでは過去最大級となる3000億円と報じられた。7月には決済アプリ運営のpringも米Googleへの売却を発表、こちらは200億円程度と見られている。2021年は、海外テック企業の日本のスタートアップへの関心の高さが改めて印象付けられた年となった。

日本のスタートアップの出口戦略はIPOに偏っていると長年指摘されてきた。ここに来て、海外テックのパワーによる大型M&Aが相次ぎ、今後のM&Aイグジット増加の呼び水となることが期待される。

M&Aイグジットの増加は、スタートアップのエコシステム全体から見て必然でもある。スタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL」によると、2021年上半期のスタートアップ資金調達額は3245億円で、半期では過去最高を記録。2017年1年間の調達額に迫る規模となった。一方で、国内のIPO企業数は、ここ数年100社前後で頭打ちが続いている。監査法人のキャパシティの限界から、上場審査に必要な監査証明の引き受け先が見つからない、いわゆる「監査難民」問題もあり、今後もIPO社数が大きく伸びることは考えにくい。となれば、投資家にリターンをもたらす手段として、IPOに比肩するレベルの大型M&Aが増えない限り、エコシステムが機能しなくなってしまう。

こうした状況を背景に、2022年も海外テックがけん引役となり、大型M&Aが起きていくと筆者は見ている。特にSaaS運営企業には、海外からも熱い視線が注がれている。

2019年12月にクラウド会計ソフトのfreeeが新規上場した際、グローバルオファリング(株式などの発行者が、日本国内市場に加えて海外市場でも募集や売出し行い資金調達すること)を実施した結果、初日の時価総額は1200億円を超えた。これを契機に、マーケットの獲得まで一定の期間を要するSaaSビジネスへの理解が進み、PER(株価収益率)ではなく、PSR(株価売上高倍率)で評価することが国内でも一般化しつつある。投資家の期待が集まる中、SaaS領域では有望なサービスが続々と生まれ、急成長を遂げており、海外からの注目度も高い。

SaaS先進国の米国では、すでに大型のM&Aを繰り返し、コングロマリット化したSaaS企業も出てきている。2007年、MR(製薬企業の営業担当者)向けのCRMツールからスタートした米Veevaは、M&Aで隣接領域のSaaSを次々と取得し、製薬業界の開発から販売までをカバーするバーティカルSaaS企業へと発展。時価総額は約4兆5000億円に達している(12月20日時点)。

日本でも今後はSaaS企業の合従連衡が進んでいくだろう。クラウド会計ソフトのマネーフォワードは2021年11月、社内向けAIチャットボットを提供するHiTTOを20億円で買収することを発表した。クラウド人事労務ソフトのSmartHRも2021年には156億円を調達し、ユニコーンの仲間入りを果たしている。グローバルな陣取り合戦が激化していく中、日本企業の戦い方にも大きな変化が求められている。

オープンイノベーションの活性化をもたらす海外機関投資家の存在

PaidyやPringのM&Aほど世間を騒がせたわけではないが、筆者が今年注目したスタートアップファイナンスの動きとして、9月にアルバイト仲介アプリのタイミーが発表したシリーズDの調達が挙げられる。香港の機関投資家3社(Keyrock Capital Management、Kadensa Capital、Seiga Asset Management)を中心に53億円を調達した。

タイミーの事例がエポックメイキングだったのは、「事業会社からの調達=ラストラウンド」という日本のスタートアップ界の常識を覆したことだ。同社はシリーズB、Cで物流施設大手のプロロジスから出資を受け、物流現場でのサービス利用が事業成長を支えてきた。事業会社を中心としたラウンドではバリュエーションが上がりやすいこともあり、以降、VCからの出資を受けづらくなるのがこれまでのパターンだったが、ここでも海外の投資家のアクションにより風穴が開けられたといえる。起業家側、事業会社側の双方にとって、出資検討の際の大きな懸念となっていた次回ラウンドの問題に光が見えたことで、今後、オープンイノベーションの活性化につながることが期待される。

なお、オープンイノベーションは、特にバイオテックなどリアルテックのビジネスが成長するうえで重要な役割を果たす。大企業の持つ生産設備などを活用できれば、製品開発上大きなメリットとなるためだ。大型の設備投資が必要であり、リスクの大きいリアルテックの領域には投資マネーが流れ込みにくく、スタートアップが育ちづらい環境が続いてきたが、昨今話題の日本版SPAC(特別買収目的会社)が実現すれば、これが起爆剤となる可能性もある。

SPACは著名な経営者や投資家が代表となり、その信用力で資金を調達して箱となる企業を上場させ、上場後に目的に合った事業会社を買収する仕組みだ。すでに米国などでは、宇宙ビジネスやバイオテック、新エネルギー開発など、事業化までに長い期間と膨大なコストのかかる領域で、有望なスタートアップの受け皿となっている。日本では2008年に一度導入が見送られたが、2021年10月に東証が導入の是非を議論する研究会を立ち上げており、今後の動向が注目される。

オープンイノベーションからのM&A、“デーティング投資”という選択

事業会社からの出資を受けたあとも、タイミーはIPOを見据えてさらなる調達を実施したが、スタートアップの選択肢としては、事業会社から追加出資を受け、グループ会社としての成長を目指す道もある。印刷・物流サービスのラクスルは12月9日、ダンボールのECサイトを運営するダンボールワンの株式を追加取得し、完全子会社化することを発表した。ちょうど1年前の2020年12月に49.9%の株式を取得しており、今回残りの50.1%の取得に踏み切った。

ダンボールワンはもともとラクスルのテレビCMサービス「ノバセル」を活用。国内市場ではすでにトップシェアを保有しているとのことだが、競合他社の追随を退けるべく、CM展開に注力してきた。この「ノバセル」をはじめ、ダンボールワンと同じくECサービスの世界で成長してきたラクスルには、ダンボールワンに展開できるノウハウがさまざまにあったと考えられる。1年間、関連会社として互いに相性を見極めたうえでの完全子会社化は、実にスムーズなプロセスと感じられる。

このような追加出資を視野に入れた投資を当社では「デーティング投資」と呼んでいる。2021年はこのデーティングを経たM&Aのニュースが多かった。2月には美容サプリ「FUJIMI」を販売するトリコをポーラ・オルビスが買収。7月にはキャラライブアプリを運営するIRIAM(ZIZAI子会社)のDeNAによる買収があり、9月にはCXマネジメントサービスを手がけるEmotion Techのプレイドによる買収もあった。

事業会社が自ら築き上げたノウハウや販売網などのリソースを提供し、デーティング期間中にその効果を確かめる──出資会社にとっては一度に100%の株式を取得するよりもリスクが少なく、ハードルの低いスキームであり、出資を受けるスタートアップにとっても、VCからの出資では望めないような事業面での強力なサポートを受けられることは魅力となる。

「デーティング投資」は、2022年以降ますます増えていくと筆者は予測している。有望なスタートアップを育てながら、シナジー創出を図りたいと考える事業会社は、自社の持つケイパビリティ(能力、可能性)を積極的に発信していくことで、人気のスタートアップとの縁に恵まれやすくなるだろう。

一方、デーティング投資が増えれば、それだけ「デート」に失敗する事例も出てくるはずだ。出資先の実績を伸ばすことはできても、出資会社にとっては期待したシナジーが得られないといったケースも考えられる。こうしたケースで、両社が円満に関係を解消し、よりよいパートナーを見つけるためには、当社のようなセカンダリー売買(発行済み株式売買)のプレーヤーがニーズに応じたサービスを提供していくことが必要だ。多くのスタートアップが最適なパートナーに出会えるよう、セカンダリー売買市場の一層の活性化を図るべく、当社も一翼を担っていきたい。

DX目的のM&Aが増加し、売買両面でIT企業への注目高まる

当社が運営するM&Aプラットフォームの登録ユーザーには、ITスタートアップが多く、昨今のDXブームの中で買い手からのスカウトが集中する売り手も見られる。「DX」は今やM&Aのトレンドを語るうえでも欠かせないキーワードとなっている。

DXを目的としたM&Aの活性化に向かうシグナルとして、2021年はDX目的のジョイントベンチャー(JV)設立が相次いだことに注目したい。たとえば、アクセンチュアは、4月には住友化学、7月には資生堂と、それぞれJVを立ち上げた。住友化学とのJVは、その名も「SUMIKA DX ACCENT」。AI、データアナリティクス、RPAなどの活用によるサプライチェーン最適化や業務の自動化・効率化、顧客ニーズに合わせたサービスの提供などを推進するとしている。また、同社に対し、アクセンチュアはテクノロジーや業務改革などに関するトレーニングプログラムを提供し、人材の育成も継続的に支援するという。日本IBMとJTBも、観光業界のDX推進を目的としたJVを4月に設立した。

継続的な取り組みが求められるDX推進において、社外のプロに外注するよりも、自社の傘下に専門集団を抱えたいと考える企業が出てくるのは自然な流れといえる。この延長線上で、SIerや二次・三次請けのベンダー、デジタルコンサル、デザイン会社などの買収に乗り出す会社も今後増えてくるだろう。これらは、すでに人材獲得目的で同業者間のM&Aが活発な領域であり、他業界からの買収ニーズも高まれば、より一層競争が激しくなることは避けられない。

一方、DX人材を抱える会社が、DX推進によるバリューアップの余地の大きい領域に進出するという逆方向のアクションもあり得る。12月11日、SBIホールディングスは新生銀行に対するTOBが成立したと発表した。SBIはインターネットを介してさまざまな金融事業を展開してきたが、銀行業においては複数の地銀への出資に留まっていた。今回、自社のコントロール下に新生銀行を置いたことにより、どんな展開を描いているのか、大きな注目が集まっている。

さまざまな産業においてDXが叫ばれるようになった今、すでにIT業界と非IT業界の境目は見えなくなってきた。米国のソフトウェア開発者であり、投資家でもあるアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のマーク・アンドリーセン氏が2011年に発信したフレーズ“Software is eating the world(ソフトウェアは世界を飲み込む)”は、現実のものとなりつつある。こうした潮流の中にあってM&Aを読み解くためには、今後ますますITビジネスへの理解が求められるようになるだろう。ITビジネスを得意とするM&Aプラットフォーマーである当社もその役割を自覚し、情報発信に注力していきたい。