村田祐介氏、千葉功太郎氏
  • 世界のスタートアップ調達額は70兆円前後の見込み
  • 日本国内では8000億円超え、四半期単体で初めて2000億円を突破
  • 「海外VC」「クロスオーバー投資家」「海外PE」の参戦が活発に
  • 海外投資家の参戦が加速、背景に起業家のレベルアップ
  • 「日本のマーケットの状況がようやく伝わるようになった」
  • 海外で話題を呼んだ「SPAC」、日本ではどうなる

海外投資家の参戦と、それに伴う大型調達が目立った1年​​──。2021年の国内スタートアップの資金調達動向を振り返るとそんなところだろうか。

毎週のように二桁億円調達の話題を耳にしたと言っても過言ではないくらい、もはや10億円以上の資金調達リリースが珍しくなくなってきた。同時に投資家の顔ぶれもバラエティに富んでおり、海外投資家の名前を目にする機会も増えた。

例年と比べ、2021年の国内スタートアップの資金調達動向はどのような状況だったのか。本稿ではインキュベイトファンド代表パートナーの村田祐介氏、投資家であり米・ナスダックへ上場したSPAC、PONO CAPITALの取締役を務める千葉功太郎氏と共に、この1年を振り返っていきたい。

世界のスタートアップ調達額は70兆円前後の見込み

まずは大まかなグローバルの状況から触れていきたい。2021年は第3四半期まででスタートアップによる資金調達金額が約50兆円(約4377億ドル)規模になった。

2020年の上半期は新型コロナウイルスの影響でスタートアップへ流れる資金が限定的になっていたが、そこから徐々に回復。2021年は昨年の倍以上のペースで推移しており、年間では70兆円前後まで拡大することも見込まれる。

グローバルでのスタートアップによる資金調達金額の推移
グローバルでのスタートアップによる資金調達金額の推移(年間) (すべての図版の出所:日本ベンチャーキャピタル協会)
グローバルでのスタートアップによる資金調達金額の推移(四半期)
グローバルでのスタートアップによる資金調達金額の推移(四半期)

村田氏がグローバルにおける大きな流れとして挙げるのが「クロスオーバー投資家(上場企業と未上場企業双方を対象にする投資家)の台頭」と「他国への投資の増加」だ。

近年、米国を筆頭に“VC以外のプレーヤー”によるスタートアップ投資が加速している。もちろんマーケットの変化の影響も受けるが「クロスオーバー投資家がスタートアップに投資する流れは、今後も止まらないだろう」というのが村田氏の考えだ。

また、この流れは米国に限った話ではない。地域別の調達額では米国の約2100億ドルをトップに、アジアが1250億ドル、ヨーロッパが710億ドルと続き、各エリアで調達額が大幅に増加している(いずれも2021年の第3四半期までの累計調達額)。

これはクロスオーバー投資家の存在に加え、海外投資家が他国のスタートアップにも目を向け始めたことも大きい。

地域別の資金調達金額の推移(四半期)
地域別の資金調達金額の推移(四半期)

日本国内では8000億円超え、四半期単体で初めて2000億円を突破

日本国内の状況に関しても調達額が大きく伸び、「空前の調達環境と言える状況」(村田氏)だ。

第3四半期には四半期単体の調達額が初めて2000億円を突破。第4四半期も同水準の規模が見込まれるため「8000億円を超えることはほぼ確実で、いかに9000億円に近づくか」という規模感になりそうだ。

国内スタートアップによる資金調達金額の推移(年間)
国内スタートアップによる資金調達金額の推移(年間)
国内スタートアップによる資金調達金額の推移(四半期)
国内スタートアップによる資金調達金額の推移(四半期)

国内VCファンドの組成金額については、第3四半期までで3000億円強となっている。2019年、2020年は共に5000億円を超えたが、第4四半期にファンドレイジングをするVCの金額も考慮すると、最終的には去年と同水準あたりに落ち着きそうだという。

村田氏がVC側の変化として挙げるのが「機関投資家からの資金の流れ」だ。

「国内の機関投資家では年金基金の存在感が高まってきています。数年前まではほぼゼロに近かったのが、第3四半期にファンドレイズされた国内VCファンドのLPの内訳をみると約15%にまで広がっています(VEC調べ)。そこに海外の機関投資家も加わり、全体の4割ほどを年金基金と海外投資家が占めるように。以前とは全く違う環境になったと感じています」(村田氏)

国内VCファンド組成金額の推移(年間)
国内VCファンド組成金額の推移(年間)

「海外VC」「クロスオーバー投資家」「海外PE」の参戦が活発に

ここからは“投資家の動向”という観点で、2021年の国内スタートアップの資金調達トレンドを掘り下げていく。

国内のVCがその牽引役を担っている点はこれまでと変わりはないが、2021年は「海外VC」「クロスオーバー投資家」「海外PE(プライベート・エクイティ)ファンド」という3種類のプレーヤーの参戦が続き、その存在感が例年以上に増した1年となった。

1つ目の海外VCに関しては、2020年から2021年第3四半期にかけて国内スタートアップに投資実行した海外VCは推計45社にのぼる。

海外VCによる国内スタートアップへの投資が広がっている
海外VCによる国内スタートアップへの投資が広がっている

Sequoia Capital(およびSequoia Capital China)を筆頭に世界的に知られるトップティアVCに加え、クリプト特化やディープテック特化など個性的な投資家も新たに日本に進出してきている。国内ではまだあまり知られていないようなプレーヤーも含め、さまざまな海外VCが日本に目を向けるようになったと言えるだろう。

2つ目の国内外のクロスオーバー投資家に関しては、推計32社が2020年から2021年第3四半期にかけて国内スタートアップへ投資を実行している。こちらもFidelity InternationalやT.Rrowe Priceなど以前から国内で投資をしていた投資家に限らず、顔ぶれが広がっている状況だ。

クロスオーバー投資家によるグロース投資も一気に加速している
クロスオーバー投資家によるグロース投資も一気に加速している

最後の海外PEファンドについては、過半数の株式を取得する「マジョリティー投資」は以前から盛んだったものの、ここ数年でスタートアップへの「マイノリティ投資」も珍しくなくなってきた。

9月にバイオテック企業のSpiberに投資をしたカーライルや、11月に医療スタートアップのリンクウェルに投資をしたベインキャピタルなど、国内でも海外PEファンドによるスタートアップ投資の例が少しずつ生まれ始めている。

海外PEによる国内スタートアップ投資も今後の注目トピックの1つだ
海外PEによる国内スタートアップ投資も今後の注目トピックの1つだ

海外投資家の参戦が加速、背景に起業家のレベルアップ

特に海外投資家の存在が目立つようになった背景には、どのような背景があるのか。村田氏、千葉氏と話をする中で以下のような点が挙がった。

  • 英語で情報発信ができる起業家、経営陣の増加
  • 海外投資家と積極的にコミュニケーションを取る起業家の増加
  • CFOのレベル向上
  • 日本のマーケットや起業家への評価の向上(適正化)
  • 米国を筆頭にした海外スタートアップの評価額の高騰
  • 中国スタートアップへの投資の難易度上昇(規制の観点など)

まず大きいのが起業家側の変化だ。必ずしも海外市場にチャレンジしようとしているスタートアップだけでなく、国内市場を狙っている企業も含めて海外投資家と積極的にコミュニケーションを取るようになっているという。

「たとえば上場を見据えるスタートアップが(海外投資家向けに)インフォメーションミーティングを英語で開催することが常態化してきています。結果的に海外投資家にとってはその場が日本の有望なスタートアップを知る機会、言わば『ユニコーン候補のリスト』が手に入る機会になっている。そこから機関投資家同士で情報交換がなされたり、彼らが出資する海外VCへと情報が共有されたりすることで、日本のスタートアップの存在が認知されていくんです」(村田氏)

起業家や投資家として日本のスタートアップ業界に長く携わってきた千葉氏も、自身が米ナスダックに上場したSPACの社外取締役として、日本の起業家と英語で頻繁にミーティングをするようになったことでその変化を感じているそうだ。

「決して英語が得意というわけでなくても、CEOやCFO、CTOが通訳なしで英語で対応でき、資料もきちんと英語で作られています。数年前は『英語は苦手なんです』と話す起業家も多かった印象ですが、その雰囲気が変わってきた。起業家の量が増えただけでなく、全体的に質も上がっているような実感があります」(千葉氏)

経営者のレベルの向上に関しては英語でのコミュニケーションだけでなく、特にCFOを中心とした財務のリテラシーもそうだ。特に近年は機関投資家や外資系金融出身のCFOの存在も目立つようになってきた。

たとえば2021年はビジョナルやセーフィーなどの“親引け(IPOの際に株式の一部を特定の投資家に売ること)”が注目を集めたが、IPOに向けた株価の作り方なども含めて「一段階レベルが上がった」(千葉氏)という。

なお、村田氏と千葉氏がチェンジメーカーとしてキーマンに挙げたのがラクスル取締役CFOの永見世央氏。みずほ証券、カーライル、ディー・エヌ・エーを経て同社に参画した永見氏が後輩のCEOやCFOにとっての「ベストプラクティス」を作ったことが、上述した変化にも影響を与えているというのが2人の考えだ。

「日本のマーケットの状況がようやく伝わるようになった」

また、こうした起業家サイドの変化と並行して「海外投資家からの日本のマーケットの見え方」なども変わり始めていると村田氏は話す。

「もともと日本のマーケットの状況がほとんど伝わっていませんでした。たとえばEC化率がグローバルで見ても圧倒的に低いので大きな機会があるとか、多くの企業がインハウスエンジニアを採用するとともに積極的にSaaSを導入し始めるようになっているとか。そういった状況がようやく伝わるようになってきました。SaaSの場合だと、日米で1企業あたりの導入数が桁一つ違うとも言われています。国内でもそのマーケットが拡大していくことが伝われば、当然評価されるようにもなる。SmartHRやアンドパッドの例のように、国内のB2B SaaSに投資をする海外投資家は来年以降さらに増えると思います」

「米国に行くと、近年はなぜか現地のトップティアのVCが以前にも増して会ってくれるようになりました。今までは日本のスタートアップには投資しないと言っていたのに、日本のマーケットに関心があるからどんどん紹介してほしい、機会があるなら(投資に)加わりたいと言われます」(村田氏)

Googleなどのテックジャイアントやマッキンゼーを始めとしたグローバル企業出身の経営陣も増えてきたことで、海外VCが“自国と同じような基準”で創業者やチームを評価しやすくもなった。

そうした背景もあって日本のスタートアップの評価額が上がり、海外投資家のチケットサイズに合うようにもなりつつある。

「国内には時価総額100億円以上の未上場企業が約180社、300億円を超える企業が80社ほどあると言われています。そのような企業が行うファイナンスは50億円を超える額や3桁億円も見込める。今まではチェックサイズが合わないことが理由で日本企業へ投資をできなかった投資家もいますが、そこをクリアできるようになったことも投資件数が増えた要因だと思います」(村田氏)

一方で評価額が高騰している米国のスタートアップなどの水準には達しておらず、日本のスタートアップの評価額との間には“歪み”もあるため、投資家目線ではより投資をしやすい状況なのかもしれない。

FinTechとHealthTech領域におけるスタートアップの資金調達状況
FinTechとHealthTech領域におけるスタートアップの資金調達状況

なお村田氏は上述したSaaSに加え、FinTechやHealthTechも注目領域に挙げる。

前者は世界的にも今年「BNPL」が大きな注目を集めた。決済などに加え「クリプト」や「Web3」に関連するものも含め、広義のFinTechは今後も盛り上がっていく可能性がありそうだ。

後者のHealthTechについては、コロナ禍で遠隔診療を中心に社会的なニーズが高まった。

加えてヘルスケアにデジタルやコンピュータサイエンスを掛け合わせた領域として「プログラム医療機器」や「AI創薬スタートアップ」の領域にも今後大きなチャンスがあるというのが村田氏の見立て。博士号を取得した研究者の起業家の活躍にも期待が高まる。

海外で話題を呼んだ「SPAC」、日本ではどうなる

最後に日本ではまだ制度の検討がされている段階ではあるものの、今年グローバルで大きな話題を呼んだSPACについても取り上げたい。

日本人の中でもいち早く“当事者として”SPACに携わっており、東京証券取引所が開催する「SPAC制度の在り方等に関する研究会」にもゲストとして参加経験のある千葉氏は、日本でもSPACを推進する場合には「アメリカのSPACをいかに日本に合わせてカスタマイズしていくかが重要」だという。

「東証の資料にも記載がありますが、日本版SPACの最大のメリットは『合理的な価格の発見』にあるという表現もされているんですね。これは裏を返せば、今の日本のスタートアップの課題の1つは価格を発見できないことにあるという話だと思っています。特に顕著なのが、今後日本のスタートアップを牽引していく可能性を秘めたディープテック企業の価格付けです。PSRやPERといった常識的な金融のモノサシでは合理的な価格を発見が難しい。それをSPACがやってくれるのではないか、という議論がされているんです」(千葉氏)

その副次的な効果としてアンダープライシング問題(初値が公開価格を上回ること、公開価格が市場の期待より低いこと)の是正や、千葉氏自身も提言している大型IPOを牽引する起爆剤としての効果も期待できると指摘する。

日本のマザーズ市場(再編後はグロース市場)は数十億円規模の時価総額でも上場企業になれるというメリットを残しつつ、反対に日本版SPACは大型化を引っ張りあげる機能になるのではないかという。

「未来のスタートアップの価格を発見する機能のように、単にアメリカのコピーを作るのではなく、日本の今のIPO制度において実現できていない部分を実現できる仕組みになりうる。まさに海外投資家の参戦によって、日本でもスタートアップが1000億円、2000億円の時価総額を目指せる環境が整ってきている中で、その1番下の基礎部分として(SPACは)ありなのではないかというのがこの1〜2カ月で議論されてきたことです」(千葉氏)

バイオや宇宙なども含め、複数のディープテックスタートアップに投資をする村田氏も「(上場審査では)黒字化の時期やその蓋然性が重視され、ディープテック企業が上場するには無理やり黒字化しなければ難しいような状況には課題がある」という考えだ。

実際に海外では今年だけでも複数の宇宙ベンチャーがSPAC上場に踏み切った。

その中の一定数は上場できなかったものの「それは上場すべきではないと市場が選別してくれた。市場の効果がきちんとワークしている」(村田氏)。千葉氏も「250もSPACが立ち上がると、そこには市場ができあがり、(淘汰されるべきものは)自然と淘汰されるようになる」と話していた。