Finatextホールディングス代表取締役社長CEOの林良太氏
Finatextホールディングス代表取締役社長CEOの林良太氏
  • 金融領域における2つのトレンド
  • 特徴は「はやい、やすい、うまい」金融インフラ
  • 上場を経て大手の金融機関や事業会社への導入加速へ
  • 目指すは金融インフラの再発明、「融資」や「決済」領域も見据える

「金融を“サービス”として再発明する」というミッションの下、さまざまな事業者が金融事業に挑戦しやすくなるような環境を整えるべく、クラウド型の次世代金融インフラサービスを提供してきたFinatext(フィナテキスト)ホールディングス。同社は2021年12月22日、東京証券取引所マザーズ市場に上場した。

Finatextは2013年12月の創業。ドイツ銀行出身の林良太氏(代表取締役社長CEO)らが5人で立ち上げ、創業初期は株式投資教育アプリ「あすかぶ!」などコンシューマー向けの金融サービスを中心に手がけた。その後は大手金融機関や事業会社とも連携して複数のサービスを運営しながら、ビッグデータの解析事業などにも領域を広げている。

ここ数年で特に力を入れてきたのが、金融インフラサービスの開発だ。林氏が「金融版のAWSのような存在を目指している」と話すように、クラウド型かつAPIベースの基幹システムを通じて、事業者がより早く、安価に金融サービスを作れる仕組みを模索してきた。

現在は証券と保険領域でインフラサービスを提供。クレディセゾンやANAグループなどとタッグを組み、自社製品も含めて6つのサービスを世に送り出している。

変化の激しい金融領域で、Finatextは今後どのように事業を広げていくのか。業界のトレンドや同社のアプローチについて、林氏に聞いた。

なおFinatextの成り立ちや、同社のビジネスにも関わる「Embedded Finance(エンベデッド・ファイナンス)」については過去に詳しく紹介している。これらの記事も合わせて読んでいただくと、さらに理解が深まるはずだ。

金融領域における2つのトレンド

「大手金融機関によるデジタルブランドの立ち上げ」と「非金融系の事業会社による金融サービスの参入」──。林氏は近年の金融業界における大きな変化として、この2つを挙げる。

ふくおかフィナンシャルグループの子会社・みんなの銀行は、大手金融機関のデジタルブランドのわかりやすい事例だ。“国内初のデジタルバンク”をうたう同社では、5月にデジタルネイティブ世代を主なターゲットとするスマホ完結型の金融サービスをローンチ。並行して法人向けのBaaS(Banking as a Service)事業も手がける。

このような動きはグローバルでも盛んになっており、ゴールドマン・サックスが数年前からデジタル銀行「Marcus(マーカス)」を展開。JPモルガンも2021年9月より英国で「Chase(チェース)」ブランドのデジタルバンクを始めた。

もう1つのトレンドとして、別の領域で事業を展開していた企業が金融サービスに参入する流れも加速している。海外ではUberやGrabなど大手ライドシェアサービス事業者が、次の一手として金融サービスに進出。Appleやウォルマートなど、各業界をけんいんするプレーヤーも決済や送金などにまつわるサービスを手掛ける。

日本ではLINEが証券や決済、保険、資産運用などすでに複数のサービスを運営しており、メルカリもメルペイを介して、この分野に事業領域を拡張している。

最近は非金融系の事業者が“既存のサービスに組み込むかたち”で金融サービスを提供することを指す、「Embedded Finance」というキーワードを目にする機会も増えてきた。

林氏によると、特に大手金融機関がデジタルブランドを立ち上げる流れは顕著で「明確にニーズがあり、不可避なトレンド」だ。実際に事業者と話をする中でもその潮目が変わってきていることを実感しているという。

一方で非金融系の事業会社による金融サービスの参入に関しては、市場は大きいものの現時点では大きな成功事例が少ないこともあり「どこまで広がるかは未知数な部分もある」と話す。

ただ「本業の接着剤としての金融」や「本業の利用率を良くするための金融」といった考え方が事業者の間でも徐々に広がり始めていることから、さまざまなプレーヤーが金融サービス“も”手がける事例は、今後さらに広がっていくのではないかというのが林氏の見立てだ。

特徴は「はやい、やすい、うまい」金融インフラ

このどちらのパターンにせよ、金融サービスを新たに開発するに当たって事業者のネックになるのがインフラ、つまり基幹システムだ。

これまで主流となってきたパッケージ型の基幹システムを用いる場合、数十億円規模の初期費用がかかることも珍しくないほか、開発に膨大な時間を要する。運用面の負担も大きくかかってくるほか、ライセンスを1から取得する場合には、並行してその壁も超えなければならない。

Finatextが取り組んでいるのは、まさにこの基幹システムの変革だ。

「自分たちの挑戦を一言で説明すると、(顧客の目線で)『おそい、たかい、まずい』基幹システムを『はやい、やすい、うまい』 に変えていくということです」(林氏)

Finatextではクラウド型の次世代金融インフラサービスの開発に力を入れている。現在は証券と保険領域でサービスを展開
Finatextではクラウド型の次世代金融インフラサービスを手がける。現在は証券と保険領域でサービスを展開

Finatextでは2018年に最初の領域として証券のインフラサービス「BaaS(Brokerage as a Service)」を立ち上げた。ポイントは、証券サービスの開発に必要なインフラを汎用的なSaaSとして提供していること。独自開発時に比べて初期投資額を80〜90%削減し、企画からサービス開始までの期間も半分以下に短縮できる仕組みを作った。

2020年には2つ目の領域として保険インフラの「Inspire」を開発。同サービスはすでにあいおいニッセイ同和損害保険やエポス少額短期保険といったパートナー企業に活用されている。

金融インフラ事業の収益源は初期導入収益、月額固定収益、従量課金収益の3つだ。初期コストを抑えることができるのは、月額の利用料と従量課金を組み合わせた“サービス”として提供するモデルを取っていることも1つの理由だ。

また初期費用の安さや短い導入期間に加えて、林氏は「うまさ」が同社の強みになるという。

「うまさとは、使いやすさのこと。もちろんUI・UXの質などもそうですが、特にコネクティビティが重要になると考えています。他のサービスと接続したい、既存サービスに金融機能を組み込みたいといったニーズは今後さらに増えていくはずです。実際に金融機関がこぞってスーパーアプリを作ろうとしていますが、その際に複数のサービスがなめらかに接続されたシームレスなユーザー体験を実現できなければ、単なるリンク集になってしまいかねない。(APIによって外部サービスと柔軟に連携できるようにすることで)うまいという要素も提供できれば、それが顧客から選ばれる大きな理由になります」(林氏)

BaaS上で稼働している3つのサービス
FinatextのBaaS上で稼働している3つのサービス

上場を経て大手の金融機関や事業会社への導入加速へ

Finatextのビジネスは金融インフラ事業に「フィンテックソリューション」と「ビッグデータ解析」を加えた、3つのセグメントから構成されている。

フィンテックソリューション事業には同社が創業初期から取り組んできたコンシューマー向けの金融サービスのほか、金融機関に対するフロントエンドサービスの開発やソリューションの提供なども含まれる。

ビッグデータ解析事業では企業の保有するPOSデータやクレジットカードデータなどのビッグデータを解析。その結果を官公庁や国内外の金融機関へライセンスモデルで提供してきた。

Finatextの2021年3月期(決算期の変更により2019年12月1日から20201年3月31日までの16ケ月間)の売上は27億5100万円で、経常損失が7億5700万円。セグメントごとの売上では金融インフラが約9.5億円、ソリューションが約12.4億円、ビッグデータ解析が約5.7億円となっているが、今後は金融インフラ事業を中核に置き、同セグメントの売上を拡大させていく計画だ。

当面の主要なターゲットとしては、大手の金融機関や事業会社を見据える。特に既存の金融機関は従来の基幹システムに対して課題感を持っているケースが多いため、Finatextのサービスの価値を感じてもらいやすいという。

この領域は参入障壁が高く「一度導入すると取り除く方がコストがかかるため(よほどのことがないかぎり)スイッチングされない」(林氏)のが特徴。だからこそFinatext自身も既存の基幹システムを置き換えるのは容易ではないが、事業者が新しいデジタルブランドを立ち上げる際に自分たちのサービスを選んでもらえれば、大きなアドバンテージを得られる。

今回のタイミングで林氏が上場を決めたのも、大手事業との取り組みを加速させることが1つの狙いだ。

「上場していないことで、大手企業との取引に膨大な時間がかかってしまうこともありました。事業のスピードを加速させるとともに、確度を高めていく上でも上場企業になることの意味は大きいです。また今後事業を成長させていくためにも、会社を『燃えるモノ作り集団』にしていきたいと考えています。(上場することで)今まで以上に多様な人たちを巻き込んでいきたいという狙いもあります」(林氏)

目指すは金融インフラの再発明、「融資」や「決済」領域も見据える

Finatextの今後の注力ポイント
Finatextの今後の注力ポイント

短期的な展望としては「金融インフラ事業のパートナー(導入企業)数」の増加を目指していく方針だ。現在のパートナー数は契約合意済みの企業も含めて13社。組織体制も強化しながら、今後はパートナーの開拓をさらに加速させていくことを目指す。

これまでは大企業向けにフロントエンド側の開発サポートなどと合わせて提供することも多かったが、汎用的に使える“モジュール”が拡充されていけば、より事業規模の小さいスタートアップも顧客対象になりうるという。

「まさにAWSのような世界観で、APIのみを提供する仕組みを用意したいと考えています。米国ではStripeや今年上場したMarqetaが、スタートアップを後押しすることで自分たちも一緒に成長していきました。足元では大手企業向けに注力しつつ、日本経済を盛り上げていくためにも、スタートアップの支援にはチャレンジしていきたいです」(林氏)

中期的にはサービスの収益源も従量課金の割合を増やしていく考えだ。

現在は初期導入費と月額固定費が占める割合が多いが、ゆくゆくは月額固定費と従量課金の割合を8割前後まで高めていく構想。初期導入費が下がれば顧客が金融サービスに挑戦する際のハードルはさらに低くなる。またFinatextの目線でも、顧客のビジネスが成長するほど自分たちの収益も増えるため「同じ船に乗って、一緒に頑張る構造」が作れる。

これらの取り組みによって強固な事業基盤を作りながら、長期的には証券や保険に次ぐ新たな領域にも参入する。たとえば融資や決済といった領域は、証券など他の分野とも相性が良く、進出を検討している領域だ。

特に日本では11月1日、法改正により「金融サービス仲介業」がスタートした。従来の仲介業では銀行や証券、保険など業界ごとにライセンスを取得する必要があったが、金融サービス仲介業では1つのライセンスさえあれば横断的にサービスを提供できるようになる。

事業者がさまざまな金融サービスを立ち上げる意欲が高まれば、Finatextのビジネスチャンスも広がる可能性があるだろう。

「(Embedded Financeの文脈のような)非金融系の事業会社による金融サービスについては、まだ大きな成功例が出ていない状況です。当社でも『エンドユーザーにものすごく使われている』というレベルの事例はまだ作れていません。成功例がいくつか出てくれば間違いなく市場は広がっていくはずなので、まずはその事例をしっかり作っていきたいです」(林氏)