
- 2021年のヒットをひもとくキーワードは「共感」
- アニメ主題歌でなくても、YOASOBIの海外人気が高まっているワケ
- ストリーミング時代に重要な「リリース頻度」と「曲の種類」
- アルバム、楽曲の世界観をアーティスト自身が発信する
2021年の音楽トレンドは一体何だったのか──12月2日、世界最大規模のストリーミングサービス・Spotifyが2021年の各種年間ランキングを発表した。
今年、国内で最も再生された楽曲は、ビルボード・ジャパンの2021年度年間チャートでも総合首位を獲得した、優里の「ドライフラワー」。また昨年「夜に駆ける」をヒットさせたYOASOBIは今年、「国内で最も再生された楽曲」トップ20内に6曲がランクインし、さらに「海外で最も再生された日本のアーティスト」ランキングでも1位を獲得した。

そして、今年『紅白歌合戦』に初出場を決めた平井大の飛躍にも注目したいところだ。平井大は「国内で最も再生されたアーティスト」に初ランクイン(4位)を果たしている。
「ドライフラワー」が再生された理由、そしてYOASOBIが海を渡ってまで愛される理由はどこにあるのだろうか。また平井大がデビューから10年経った2021年にキャリアハイを迎えることができたのはなぜなのか。
Spotify Japanコンテンツ統括責任者である芦澤紀子氏に、優里、YOASOBI、平井大のヒット要因を聞いた。芦澤氏の話からは、それぞれ楽曲自体の魅力をヒットの基盤としつつ、ストリーミングでの再生やソーシャルでの拡散において、意図的な戦略と偶発的な条件が見事に絡み合って、成果が生まれていることがよくわかる。
2021年のヒットをひもとくキーワードは「共感」
──2021年に「国内で最も再生された楽曲」は優里さんの「ドライフラワー」ですが、この曲がヒットした要因を芦澤さんはどのように見ていますか。
これは、ロングテールでヒットし続けた驚異的な楽曲ですね。半年以上にわたってトップ50のチャート上位に留まり続けていて、年末にまた1位になった。じわじわとロングヒットしていったタイプの楽曲です。
優里というアーティストは「ドライフラワー」の前にリリースした「かくれんぼ」という曲で世の中に発見されました。その「かくれんぼ」のアンサーソングとして作られた曲が「ドライフラワー」です。「かくれんぼ」と「ドライフラワー」で女の子の立場と男の子の立場が対となっていて、心情を巧みに描いた曲でした。
「かくれんぼ」が好きだったユーザーにとってはもともと思い入れがある状態だったので、より「ドライフラワー」に感情移入しやすかったのではないかと思います。
「ドライフラワー」に関しては、楽曲のよさに加えて、TikTokなどの動画共有・投稿サイトやソーシャルのチャンネルでユーザー発信型の投稿に使われて広がっていきました。その曲を使って自分たちの個人的なエピソードを投稿することがトレンドになり、ソーシャルで一気に拡散していった。楽曲のよさとユーザーの共感が相乗したときに一気に拡散していくというスタイルは、ストリーミングヒットの1つの型のようになっています。
もうひとつは、「THE FIRST TAKE」というチャンネルの威力が今年も相変わらずあったこと。優里さんが今年もTHE FIRST TAKEに出たことが、さらに人気に火をつけたきっかけになっているのではないでしょうか。
じわじわと心に染みていくような曲が、曲自体の魅力や評価とユーザーの共感の高さによってソーシャルで拡散され、ストリーミングとうまくかけ合わさり、一時のバズではなく長い時間をかけて広がっていく。去年で言えば瑛人さんの「香水」のヒットもそれに近いものがありましたが、それを今年一番インパクトのある形で成し遂げたのが優里さんだったのではないかと思います。
──「共感」という言葉の定義や、そこから派生する行動が、さらに拡張された2021年だったというふうに思います。
そうですね。自分の気持ちを代弁してくれるような曲と出会ったときに、人はすごく感情移入して、それを動画やストーリーのBGMにしてソーシャルでシェアします。
そして、シェアされた方も共感して、楽曲をフルサイズで聴きたいと思ってSpotifyのようなストリーミングサービスで検索する。それによって、一過性の楽曲バズではなく、楽曲がフルで何度も聴かれてアーティストに跳ね返っていく。そういったストリーミングならではのヒットの生まれ方が去年、今年と続いてるのかなというふうに思います。
アニメ主題歌でなくても、YOASOBIの海外人気が高まっているワケ
──今年のYOASOBIのデータに関しては、特筆すべきところが2点あると思います。まず1点目は、昨年バイラルチャート(ソーシャルプラットフォーム上で起きている現象を反映したチャート)で年間1位を獲得した「夜に駆ける」が今年は「国内で最も再生された楽曲」3位にランクインし、さらにYOASOBI自体が「国内で最も再生されたアーティスト」2位にまで上昇していることです。

YOASOBIはもともと楽曲の世界観先行で、女の子が横を向いた絵をアーティスト写真にするなど、ちょっと謎めいた存在であり、若い世代のインターネットカルチャーが発端となってヒットしたアーティストでした。それが去年、「紅白歌合戦」で初めて地上波でパフォーマンスをしたことで一気に名前も存在も楽曲も全国区に知れ渡り、今年に入ってからメインストリームで幅広い世代にもどんどん届いていくようになったと思います。
「夜に駆ける」は2019年の曲ですけれども、1年間にわたってさまざまな世代の人たちに届いた結果、1年を通して再生され続けました。

YOASOBIはアンダーグラウンドからオーバーグラウンドへ、すごく上手にステップアップしていったタイプのアーティストだなと思います。
アンダーグラウンドのときに支持していた人が離れることなく、その人たちを引き続き惹きつけながら、本人たちのキャラクターを出していくというふうに、うまく方向性を切り替えて、メジャーなフィールドにどんどん出ていった。自分たちのキャラクターを露出させながらも楽曲の世界観も守り続け、どんどんステップアップする。普通はなかなか難しいことです。
キャラクターを出しても今まで作り上げてきた作品の世界観を損なわずにやっていけるだけのポテンシャルが本人たちにあったのだなと思います。
今年は「夜に駆ける」だけでなく、コンスタントに新曲のリリースが続いて、YOASOBIの楽曲が常に複数トップチャートに入っている状態が続きました。それを反映した形で「国内で最も再生された楽曲」のトップ10の内に3曲(トップ20の内に6曲)が入るという結果になっています。
──さらに、「海外で最も再生された日本のアーティスト」で1位を獲得しています。YOASOBIは今年英語版で楽曲をリリースしましたが、そちらではなく日本語詞の「夜に駆ける」が「海外で最も再生された日本のアーティストの楽曲」3位にランクインしていることも興味深い現象です。YOASOBIが海外から聴かれている要因を、芦澤さんはどのように見ていますか。

YOASOBIが1位になっていることは画期的な現象だなと私も思います。「海外で最も再生された日本のアーティスト」や「海外で最も再生された日本のアーティストの楽曲」は基本的にはアニメに寄っているランキングです。ここ数年、ずっとそうでした。
楽曲単位で見ると、今年アニメタイアップではなかった曲は「夜に駆ける」と、あと「Tokyo Drift」(映画『The Fast And The Furious: Tokyo Drift』主題歌)だけです。
YOASOBIの場合はアニメ『BEASTARS』の主題歌である「怪物」がこのランキングに入るのはわかりますが、それよりも「夜に駆ける」の方が断然上に入っていることがすごく画期的です。なぜなのかは推測になってしまいますが、YOASOBIは「夜に駆ける」もミュージックビデオはアニメーションで作られているなど、割とYOASOBIという存在そのものがちょっとアニメ的な、日本のポップカルチャーを体現するものとして海外から捉えられているのではないかと思います。
具体的なアニメ作品の人気に曲がひもづいてなくても、YOASOBIの世界観自体が、日本が発信するクールなポップカルチャーだと捉えられているのかな、と解釈しています。
そのため、いまYOASOBIは海外認知が高くなっていて、まだデビューして2年なのに全世界のトータル再生数が10億回を突破しました。これは過去になかったスピード感ですし、すごいことだと思っています。日本での再生だけではそのペースで達成できない数字なので、海外比率が高いことが証明されていると思います。YOASOBIは今後もっと海外での認知が上がっていく可能性があると思って、楽しみにしているところです。
ストリーミング時代に重要な「リリース頻度」と「曲の種類」
──「国内で最も再生されたアーティスト」ランキングには、YOASOBIの他にBTS、Official髭男dismが昨年に引き続き上位に入っていますが、そこに平井大さんが新たに4位にランクインしています。平井大さんの曲がたくさん聴かれた要因をどう分析しますか。
平井大さんは、ストリーミングをうまく活かした形のリリースやマーケティングを実践しているタイプのアーティストです。数カ月にわたってコンスタントに曲をリリースしたり(2020年より2〜3週間に1度のペースで連続配信する企画を実施)、夏には7週連続で曲をリリースしたりするなど、曲を届け続けたことがこの結果に繋がっていると思います。
ストリーミングで単曲配信をコンスタントに続けていると(マーケティング)効果が高いことはずっと言われていて、レコード会社やアーティストにアドバイスを求められると、よくそういうことをお話ししていたんですが、それをここまで体現したアーティストはいませんでした。びっくりするような制作頻度で、なかなか他に例がない形だったと思います。
しかも平井大さんは、いろんなタイプの曲があるからいろんなプレイリストに入りやすいんです。エディターの目線から見ると、シチュエーション、シーズナル、ムードなどいろんなプレイリストに入れやすいファクターが平井大さんの曲にはあります。
曲のリリース頻度が高く、さらに曲の種類が多いことで、プレースメント(表示の場や回数)が上がって楽曲が聴かれる環境が整っていきました。
全アーティストがそれを真似して同じような成功につながるかどうかはわかりません。楽曲の魅力や平井大さんのアーティスト性が評価されたということでもあると思います。ただ、ストリーミングの特性(Spotifyのアルゴリズムや、ある曲と出会ってその曲をいいなと思ったらそのアーティストを掘り下げていけるというようなこと)を最大限に活かすという意味では、すごく効果的な施策だったと思います。
それで実際に聴かれたときに、曲がいいからユーザーが気に入って、どんどん興味を持って他の曲も聴いていく、というふうにつながっていったのだと思いますね。
──「国内で最も再生された楽曲」のランキング全体を見ても何かひとつの特定のジャンルや傾向が盛り上がっているといったことは言いづらいです。平井大さんのように1人のアーティストがさまざまなジャンルの曲を作り、また1曲の中にもさまざまなジャンルの要素が混ぜ込まれているというのが今の時代の傾向だと思います。
YOASOBIでいうと(作詞作曲を手がける)Ayaseさんがいろんな引き出しを持っていますし、ほかのアーティストではVaundyなどもそうだと思います。やっぱりデジタルネイティブな世代はいろんな曲を聴いて育ってきて、自分の得意なジャンルがひとつに決まっているというよりは、「ポップス」という大きなカテゴリーの中でいろんな引き出しを持っていて、作る曲によって開けるものが違う。
だからこそ、曲にバリエーションが生まれて、それが幅広いリスナーに届くことにもつながっているのかもしれないですね。
また、音楽を聴く行動の中心がストリーミングにシフトしていったことによって、あまりジャンル聴きはされなくなり、どちらかというと気分で聴かれるようになりました。そのときのフィーリングやムード、シチュエーションに合わせて曲を探して聴くという感じになっています。その中でひっかかった曲が何回も繰り返し聴かれて支持を広げていく、といった傾向があると思います。
今年のキーワードとしては、『今年の新語2021』大賞に選ばれた「チルい(落ち着くという意味の「チル」を形容詞化した言葉)がありました。去年からコロナ禍になって、よりチルする、リラックスするといった気分が求められているのかもしれないですよね。
アルバム、楽曲の世界観をアーティスト自身が発信する
──今年の3月に「Liner Voice+」(アーティストによる音声ライナーノーツとアルバム収録曲を組み合わせたSpotify限定のプレイリストシリーズ)をスタートしましたが、そこにはどういった意図があったのでしょうか。
SpotifyがオーディオプラットフォームとしてNo.1になる宣言を全世界にしていることと、8月19日から「Music + Talk」のフォーマットを日本でも使えるようになったことから、それ以降、オーディオフォーマットと音楽のリンクを積極的に考えて編成しています。これまでにaiko、東京事変、RADWIMPS、YOASOBI、クリープハイプで実施し、シリーズとして確立してきています。

ストリーミングにおいては単曲で聴かれることがメインになっていますが、やっぱりアーティストはアルバムに対してすごく思い入れがありますし、トータルとしての作品性を考えてアルバムを作っている。
そこで、ストリーミング時代だからこそ、アーティストの言葉で語ってもらうことが重要なんじゃないかという想いのもとに始めたシリーズです。アルバムに対してアーティストが持ってる深い想いや、1曲1曲どんな想いを込めて作ったのか、制作過程におけるエピソードなどを語ってもらって、ユーザーにとってアルバムの視聴体験がより豊かなものになるような企画として続けています。
──今後Spotifyがプラットフォームとして目指すものとは。
Spotifyはもともと、聴き放題のいちサービスという位置付けではなく、アーティストとリスナーが出会って関係をさらに強化してもらうためのサポートをする場としてあります。実際にアーティストがSpotifyというプラットフォームを、作品を配信するのみならず、自己表現の場として活用する事例が増えてきていると思います。
たとえばSpotifyと連携しているポッドキャスト制作配信アプリ「Anchor」を使うと、誰でも簡単に音声コンテンツを作って配信することができます。アーティストが「Liner Voice+」みたいな形で、セルフライナーノーツとともに音楽をリスナーに届けることが、スマホひとつあればできるんです。
それと同じような表現方法として「Canvas」というものもあります。スマホでSpotifyで楽曲を聴くとき、デフォルトだと背景がジャケ写の静止画になるんですけど、それを8秒の動画のループに変更してよりリッチな体験を届けることができる機能です。それもアカウントさえ持っていれば簡単にアーティスト自身でできます。そういった機能を使って楽曲の世界観をいろんな手段で自ら発信しようというアーティストが増えてきた印象がありますね。
メジャーレーベルと契約しなくても作品を発信できるという傾向はストリーミング時代になってより強まっていると思います。音声コンテンツやCanvasを活用して、楽曲の世界観を増幅させてリスナーに届けていくことができる。さらにソーシャルのチャンネルの発信を組み合わせることで、どんどんストーリミングの再生回数やマンスリーリスナーを増やしていくことが可能になっています。そうやって自己発信で頑張って成功していくアーティストが増えている実感がありますね。
──芦澤さんが個人的に来年期待しているアーティストは。
藤井風さんですね。今年「きらり」がストリーミングで億単位で再生されました。本当に才能豊かで、もっともっと国境を越えて活躍するポテンシャルのあるアーティストだと思っています。今でもすごくビッグなアーティストになられているんですけれども、さらなる活躍を期待しています。